第十九話 「公爵令嬢は吃驚する」
保護した白鳥の経過を見ながらも、セバスティアンには引き続き、この領地周辺でアルヴィン王子らしき人物がいないか調べて貰っていた。
フィリップにも、かつて王子の従僕であった時のツテを生かして、グルーテンドルスト国内の情報を集めて貰っていたが、肝心のグルーテンドルスト国側もアルヴィン王子の行方を全く掴めていないらしく、完全に八方塞がり。打つ手が無い状態となっていた。
「ルーベルの怪我が治る頃には、王都に帰ると約束したけど……。このままアルヴィン王子が見つからず、私の名誉が回復できないんじゃ、帰るに帰れないわ……」
王都に帰る前に濡れ衣を晴らして、自分は清廉潔白であると証明することが、帰還の必須条件だと思っている。身の潔白を証明できずに王都へ戻って、また弟が怪我を負わされるという事態は絶対に避けなければならない。
「それにしても、今日は冷え込むわね……」
季節は移り変わろうとしている。このところ、日が暮れてからはめっきり冷え込むようになってきた。私は冷たく、かじかむ指先に温かい息を吹きかけ、両手をこすりながら、そろそろ就寝しようと居室のソファから腰を上げる。ふと、すっかり定位置となったソファの上に鎮座して、うとうとしている白鳥と視線が合う。
「……」
「一緒に寝る?」
「!」
「うん。我ながら良いアイデアだわ! 今晩は寒いし、一緒に寝ましょう!」
温かな羽毛で覆われた白鳥と寝れば、暖が取れるのは間違いないと考えた私は、ずっしりとした白鳥を抱きかかえると一路、寝室へ向かう。白鳥はさっきまで眠そうにしてたのが嘘のように目を見開き、わたわたと翼をバタつかせて私の腕の中で必死にもがいている。
「一緒に寝るだけよ。別に取って食おうとは思ってないから、そんなに興奮しないで」
ブンブンと首を振り、逃げようとする白鳥を宥めながら黒檀材の階段をのぼって二階の寝室へ入り、寝台の中へ白鳥を連れ込む。なおも寝台から出て行こうとする白鳥を両手で抱き寄せ、私は呟いた。
「私ね……。よく嫌な夢を見るのよ。前世の夢なんだけどね……。公爵家の娘として生まれる前、とある国の姫だったんだけど、国の戦争に巻き込まれて死んでしまうのよ」
「……」
「前世で最後の瞬間。殺される時の記憶が嫌になる位、鮮明でね……。貴方が一緒に寝てくれたら、嫌な夢は見ないかも知れないわ」
「……」
私の言葉を聞いた白鳥は何か察してくれたようで、抵抗を止め大人しくなった。長い首を伸ばした白鳥は、私の腕や手に優しく頬ずりしてくれた。
「励ましてくれるの? 優しい子ね。ありがとう……。良い事もあったわ……」
「……」
「ここに来てから、ミシェルは護衛として、ずっと一緒に居てくれるし、セバスティアンやラウル、ヴィクトル、フィリップも皆、良い人達だし、こうして貴方にも出会えて仲良くなれたんですもの……」
私が目元をなでると、白鳥は気持ち良さそうに目を細める。
「ここでの出会いには感謝してるわ……。さ、今日はもう寝ましょう……」
私はモフモフとした白鳥の羽毛に顔をうずめ、お日様の匂いがするのを感じた。思った通り、とっても温かい。寝台の中で最高のぬくもりを手に入れた私は、白鳥の心音を感じながら、心地よい眠りについたのだった。
窓から爽やかな朝の陽ざしが差し込む。いつもなら、肌寒くて寝台から出たくないのだが、今日は一緒に寝てくれた白鳥のおかげで、ぽかぽかと身体が温かく、難無く寝台から出られそうだ。ぐっと伸びをすれば白鳥もパチリと目を開けたので声をかける。
「あ~。暖かい! やっぱり一緒に寝て、正解だったわね!」
「……」
「これからは毎日、一緒に寝ましょう!」
「……」
人間と寝た経験など、今まで皆無だったであろう白鳥は、心なしか若干、疲れているような……。元気がなさそうな雰囲気を感じなくもなかったが、一度あのぬくもりを味わうと止めることは難しく、せめて白鳥が居る間だけと自分に言い聞かせながら毎晩、一緒に寝台に入ることが習慣となっていった。
元々、寒い時期になると、指先や足先が冷たくなりがちだった私は、白鳥のおかげで夜中でも、すっかり冷え知らずとなった。そして、白鳥と寝台を共にするようになってからというもの、嘘のように前世の悪夢を見なくなった。
今朝も本来なら、寒くて寝台から出たくないと思うで筈だが、白鳥のおかげで全身ほかほかだ。窓のすぐ外で、可愛らしく囀る小鳥たちの姿と鳴き声が微笑ましい。私が寝台からゆっくり身体を起こせば、白鳥もまぶたを開けた。目覚めた白鳥の頭を撫でながら話しかける。
「以前も話したけど私、前は本当によく前世の悪夢を見てたのよ」
「……」
「毎晩のように夜中、目が覚めて滅入ってたんだけど、貴方と一緒に眠るようになってからは、ぐっすり安眠できるようになったわ!」
「……」
「あなたがずっと、私の羽毛布団になって温めてくれるなら、一生安心していられるんだけどね」
抱き寄せて背を撫でながら、白鳥の頬におはようのキスをすると直後、寝室の中に声が響いた。
「……君が望むなら一生、温めてもいいぞ?」
「あら、是非お願いするわ! ……え?」
きょろきょろと部屋の中を見渡すが、自分以外の人間が居る気配は無い。しかし、確かに男の人の声が聴こえた。まさか……。と恐る恐る白鳥に視線を向ければ、むくりと首を上げ、大きな片翼をクチバシに当てた白鳥が口を開く。
「驚いたな……。喋れるようになった……」
「え……。ええっー!」
朝から、私の絶叫が部屋中に響き、窓の外の小鳥たちが驚いて飛び去っていった。
突如、人間の言葉を話し始めた白鳥に対して動揺が隠せない私は、妙な汗が背中にダラダラ流れるのを感じながら問いかける。
「ど……。どういう事ですの!?」
「いや、実は……。俺は元々、人間なんだ」
私の目を真っ直ぐに見つめ、語り出した白鳥に、驚きを隠せないまま尋ねる。
「な、何で白鳥の姿に?」
「その……。呪いをかけられてしまったんだ……」
「呪い!? 誰に呪いをかけられたんですの?」
「弟にやられたんだ……」