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第十八話 「公爵令嬢は白鳥の今後について考える」

 庭師のラウルは薔薇の苗を植え終わった後も、水路を作って噴水庭園にする準備を整えたいと、引き続き熱心に作業を続けている。真剣に仕事に取り組む姿勢には感嘆するばかりだ。


 急ぎの仕事ではないのだから、適度に休憩を入れてはと言ってみたのだが、笑顔で頷くばかりでとても休んでいるようには思えない。


 どうやら根っからの仕事人間のようだ。この屋敷で、新種の薔薇を作ることが出来るというのも彼のモチベーションに繋がっているのかも知れない。しかし、くれぐれも無理はしないようにと念を押した。




 日差しの気持ち良い午後のひと時、私はミシェルと居室でお茶を頂くことにした。セバスティアンの指示の元、黒髪の従僕フィリップ・ノワールが、藍色の絵付けが施された硬質磁器のティーカップにハーブティーを淹れてくれた。


 ふと私が座っている猫脚カウチソファの反対側に、白鳥が目を閉じて鎮座しているのが目に入る。この白鳥は本当におとなしい。爽やかな香りを楽しみながら、ほどよい温度のハーブティーで咽喉を潤しソーサーにティーカップを戻すと、茶器を置く音に少し驚いたのか、白鳥が閉じていた目を開く。それを見て私は優しく声をかけた。


「おいで」


 ポンポンと両ひざを軽く叩いて、こちらへ来るよう誘えば、白鳥は長い首を伸ばし、私の顔を窺った後、ミシェルの方をチラリと見て、木目細工の床に視線を向け、ほんの少し考えた後おずおずと近寄って、ぴったりと私の横で寄り添うように座った。


「あら、膝の上には乗ってくれなかったわ」


 私が残念がっているとミシェルは苦笑する。


「白鳥は意外と重いから、膝の上に乗られれば辛かろうに……」


「多少、辛くても膝に乗ってほしかったのよ」


 笑いながら、そっと手を出せば白鳥は首を伸ばし、そのまま触れさせてくれる。私はゆっくりと、優しく撫でながら白鳥の艶やかな羽毛の手触りを堪能する。その様子を見ていたミシェルが口を開く。


「それにしても……。よく懐いたな」


「本当に……。まさか、こんなに心を開いてくれるとは思ってなかったわ……」



 ここまで懐いてくれたのも予想外だったし、屋敷内を自由に歩かせた時には、何かしらトラブルがあるのでは無いかと思っていたが、トラブルらしいトラブルは無く、セバスティアンやフィリップも白鳥があまりに行儀良くて驚いていた。強いて言えば、ヴィクトルと顔をあわせれば敵対心をあらわにし、威嚇する位だ。


 屋敷の外に出した時も、基本的に私の傍から離れず、庭園内を散歩し池に入って水浴びする程度。翼を広げてバタバタするそぶりはあっても、あくまで運動の一環という感じで、そのまま空に飛び立ちたいとか屋敷の敷地外に出たい様子は見受けられない。



「このまま飼うなら、その白鳥に名前を付けないといけないんじゃないのか?」


「うん……。それなんだけど、出来れば自然に返したいと思っているのよね……」


「何だ。飼うんじゃなかったのか?」


「飼いたい気持ちも、勿論あるんだけどね……。人間が与えるエサだけでは栄養が偏ってしまうし……」


 この白鳥を保護した時、セバスティアンに言われた。野生の生き物に人間がエサを与えれば本来、自然から得られるはずの栄養が摂取できない。偏った食生活を送っている個体は徐々に免疫力が低下し、身体が弱くなってしまうだろうと。


「今は生米を中心に与えているんだったか……。野生の白鳥は本来、何を食べてるんだ?」


「藻よ」


「も?」


 怪訝そうに眉根を寄せる金髪の麗人に、補足説明する。


「水草よ……。湖に自生してる」


「ああ、水草か……。さすがに水草を毎日、採取して白鳥に与えるのは難しいな」


「ええ……。それに、やっぱり仲間と一緒にいた方が幸せだと思うし……」



 時折、白鳥が寂しそうに遠くを眺めている姿を見かける。迷い鳥になって長いのかも知れない。やはり、本来なら群れで過ごす生き物なのだから、出来れば仲間と共に過ごさせてあげたい。


「このまま飼うつもりが無いのであれば、翼の傷が完全に癒え次第、湖に戻すか……」


「そうね……。その頃には、ちょうど渡りのシーズンで、湖に他の白鳥たちもやって来るはずだから、仲間たちと合流できると思うわ……」



 寂しくなるが、それがこの子にとっても一番良い選択だろう。そう考えながら白鳥に視線を向けると、自分のことを話しているのが分かるのか、白鳥はじっと私の顔を見つめている。その瞳を見つめ返しながら、ふと気づく。


「あら……。この子、よく見ると瞳が青みがかってる」


「ん……? どれどれ……。ああ、本当だな。白内障とは違うようだが……」


 本来、白鳥の瞳は黒曜石のように真っ黒だ。高齢の個体なら、白内障で瞳が白く濁ってしまう場合もあるだろうが、青みがかっているというのは珍しい。


「以前、盲目の鳥が発見された時、その個体は瞳が水色だったと聞いたことがあるが……」


「でも、この子はちゃんと見えてるわよね? 私やヴィクトルの顔を、はっきりと判別しているし」


「他の白鳥と比べると生まれつき、視力が弱いのかも知れないな……。たまにそういう個体もいる」


 アルビノの一種だろうか。色素が薄い個体は身体が弱いことも多いと聞いたことがある。他の個体より視力や身体が弱かったのも迷い鳥になってしまった要因かも知れない。


「翼の傷が塞がっても、上手く飛べなかったり、群れに馴染めなかった場合は、またどうするか考えないといけないかもね……」


 そう呟くと、白鳥は目を細めながら私の手に頬を寄せた。まるで、この屋敷を出て行きたくないと言ってるように思えて苦笑してしまう。残り僅かであろう、一緒に過ごす日々を惜しみ、私がそっと白鳥を抱き寄せれば、白鳥も別れを惜しむかのように、長い首をゆっくりと私の首元に寄り添わせた。



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