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第十一話 「公爵令嬢は貴族らしき男の悩みを聞く」

 小鳥のエサとして貰った米入り小袋を持って、私は屋敷の東にある湖にやって来た。見渡していると岸から離れた場所で水面に浮かぶ、一羽の白鳥が視界に入った。それと同時に、湖の畔に黒衣の男が座り込んでいるのが見える。


「はぁ……。どうしてこうなったのか……」


 湖の畔で、膝を抱えて座り込みながら溜息を吐いている、ダークグレーの髪色をした大男は筋肉質で、難しい顔をしている。強面な雰囲気だが、肩を落として途方に暮れているのを見ると、何やら気の毒になってくる。


 それに、よく見れば黒を基調とした服装は上品で細やかな刺繍が施され、貴族然とした格好である。どこぞの貴族であるなら、こんな辺境の湖で肩を落として膝を抱えているのは、あまりにも不自然に思えた。


 それにしても、あんな所で大男が座っていたのでは、自分の目的を達することが出来ない。どうしようかと思った時、手にしていた小袋を地面に落としてしまった。


「あ」


 小袋から米が落ちで周囲に飛び散る。


「ああっ!」


 せっかくヴィクトルから貰った米を地面にばらまいてしまい、慌てて集めるが小さな米粒がかなり飛び散ってしまって、一粒づつ集めるのは大変だ。途方に暮れていた時、ぬっと黒く大きな影が差し込む。見れば先ほど湖の畔で膝を抱えていた大男だった。


「我も手伝おう」


 大男はダークグレーの髪を揺らしながら、黙々と散らばった米粒を集めだした。彼が協力してくれたおかげで速やかに落とした米粒を集めることが出来た。



「あ、ありがとうございます。おかげで助かりましたわ」


「うむ。この位は造作も無い事だ」


 見た目は厳ついが、意外と良い人らしい。ずっと白鳥を眺めていたし、実は動物が好きなんだけど、近寄ってくれなくて悩んでいたとかだろうか? 疑問を持った私は大男に問いかけた。


「あの……。先ほど、ずっと溜息を吐かれてますけど、何かお困りですの?」


「ん? あ、いや……」


「もしかしたら、何かお力になれるかも知れません……。いえ、やはり私などでは、お力にはなれない可能性の方が高いですね……」


「……」


「でも、話して少しでも貴方の、お心が軽くなるかも知れません。差し支えなければ……」


 私が真摯に話しかける様子を黙って聞いていた男性は一瞬、まぶたを閉じてから息を吐く。


「そうだな……。我は、ゆえあって詳細を話す事は出来ないのだが……」


「あ。私、申し遅れましたが、ブランシュフルール公爵家のエリナと申します」


 自分の素性は明かしておいた方が良かろうと、先に名乗ると男は少し考える素振りを見せた。


「公爵家……」


「はい。差し支えなければ、お名前を教えて頂けませんか?」


「すまないが、事情があって我の名前は……」


「あ、いえ……。詳細は話せないと最初におっしゃってましたものね。構いませんわ」


 恐らく貴族であろう者が思い悩んでいて、今からその内容を話そうというのだ。初対面の者に家名を尋ねられても、詮索されるのは憚られると言うのも頷けた。



「すまんな。まぁ、フルネームは語れないのだが、俺のことはマリウスと呼んでくれ」


「マリウス様ですね。分かりましたわ。……それで、何を思い悩まれているのですか?」


「うむ、実は……。自分で言うのも何だが、俺は正義感が強くてな……」


「まぁ、それは素晴らしい事ですわ」


 笑顔で讃える私に気をよくしたらしいマリウスと名乗る男は、ほんの少し表情がやわらいだ。


「うむ。自分でも、そう思う。……で、先日ある者から、母親の形見を取り戻したいと懇願された」


「形見……」


「その母親の形見とやらは、母親をいじめていた者が無理やり取り上げた物なので、何としても自分の手元に取り戻したいと涙ながらに訴えられてな……」


「まぁ……」


「そこまで懇願されると、やはり正義感の強い我としては協力せざるをえなくてな……」


「分かりますわ……。私も話を聞いてるだけで、同情してしまいますもの」


 何とも気の毒な話で、私はマリウス様に同意し、うんうんと頷いた。すると私が共感したことにマリウス様は目を輝かせた。


「分かってくれるか!」


「ええ……。大変な依頼を引き受けられましたわね……。その形見とやらが見つからなくて、お困りでしたの?」


「いや、形見はすでに取り返した」


 てっきり形見が見つからなくて、マリウス様が困り果てていたのかと思いきや、悩みの種はすでに取り除かれていたようで拍子抜けしてしまう。


「そ、そうなんですの? じゃあ、何に悩まれてたんですの?」


「うむ……。何というか、その……。母親の形見を取り戻す事に協力するにあたって、成功した暁には、相応の報酬を支払う約束をしてくれていたのだが、反故にされてな」


「まぁ!」


「その上……。何と言ったら良いか……。我はその者に弱みを握られてな」


「まさか、脅迫されているのですか!?」


「うむ。まぁ、そんな感じだ……」


 マリウス様は言いにくそうに琥珀色の瞳に影を落とす。


「酷過ぎますわね……。恩を仇で返すような真似をするなんて、許せませんわ!」


「ああ。俺としても、とても許せぬ。……が、俺がその者に逆らう事は、現状では不可能なのだ」


「そんな……」


 逆らう事が不可能なんて、一体どれだけ決定的な弱みを握られてしまったというのか想像もつかない。唖然としながらも、なるほど、それなら詳細は話せない訳だと納得した。


「いや、これは我の問題だ。そもそも口車に乗って騙されてしまった、我にも非はある。そなたが気に病む事は無い」


「……私の祖父はかつて、広大な領地を所有していましたが、友人の保証人になったのが原因で、詐欺同然に、領地と財産を奪われました。とても他人事とは思えませんわ」


「…………」


「私のような小娘は頼りにならないと思われるかも知れませんが、これでも公爵家の娘です。もし、私がお役に立てる事があれば、何なりとおっしゃって下さい」


「心優しいエリナ嬢に感謝する……。そなたに話したおかげで、確かに心が少し軽くなった……」


「マリウス様……」


 表情が明るくなったマリウス様は黒いマントをひるがえして湖畔を後にした。彼を見送った私は、当初の目的を思い出し湖に目を向ける。



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