少女を迎えに(1)
青空を戦闘機が尾を引きながら飛んでいく。
長いまどろみの中で、忘れてはいけない大切な何かを考えていた。
感覚は覚えていたが、起きた時には全て忘れてしまっていた悲しみを感じていた。
「今、何時だろう……。」
虚脱感に襲われながら、左手を空にかざした。時計に目を向ける。
「14時15分か、迎えにいかなきゃ……」
柚子葉を迎えに行く時刻だった。
まだ、睡眠を欲する体を無理に起こし、屋上を後にする。
柚子葉とは、中学時代の友人の幼馴染を通して知り合った。
女性に苦手意識があった僕だが、音楽の趣味が似通っていたこと、家が近かった事があり徐々に仲良くなっていった。今は週一くらいの頻度で会い、話をするほどに仲が良い。
「坂守、今から帰りか?」
下駄箱にさしかかろうとした時、後ろから声が聞こえた。
「はい、先生」
振り返ると、生徒指導担当先生がそこにいた。
「そうか……。今日は昼終了だったと思うが?」
最近では特別な事情がない限り、授業が終わり次第帰ることが暗黙の了解となっていた。
「すいません。友人を迎えてから帰ろうかと思いまして」
「…………例の女の子か?」
先生は察しが良く、人の話も汲み取ってくれるために生徒に人気の先生だ。
「はい……。一人で帰りたくないそうなので」
「なるほどな……。あれは悲惨だったからな……」
「いきなりでしたから、誰かがそばにいないと……」
「お前も大変だろうに……。偉いな、お前は」
「いえ、僕もですから。偉くもないです」
「そう謙遜するな、多くの奴らは、自分が生きるのに精一杯なんだ」
「仕方ないと思います。こんなご時世じゃ」
「まぁ、そうなんだがな。とにかく、領空侵犯が多くなっているし、気をつけて帰れよ」
「ありがとうございます。先生もお気をつけて」
「おう。じゃあ、また明日な」
「はい、また明日」
先生が見回りの続きに向かうと、僕は靴を履き替え、校門を抜けた。
戦争は突如として始まった。
きっかけは大気汚染の問題だったといわれている。
自らのキャパシティ以上を生み出した隣国は、その人員の全てを発展に当てる。
空気を綺麗にしようとするでもなく、緑を増やすためにはペンキで地面を塗りたくった。
結果、空気は汚れ、特殊なマスクはなしには住めない土地が出来上がった。
限界まで膨れ上がった国家は、綺麗な土地を求め、上北する。
北部に位置した大国は応戦したが、空気の汚れは伝播するように増していった。
そして、他の国々を巻き込むように、清浄な地を求める戦争は広がり、海を越え、氷を割り、第三次世界大戦が勃発した。
小国の日本は巻き込まれはしたが、汚染の広がりが早かったために、多少巻き込まれている程度となっている。
止まらない戦争に対し、自由の国のある学者が述べた有名なコラムがある。
「彼らは何を求めているのでしょうか、清浄な土地ですか? 清浄な空気? 化学肥料や、DNAの調整なしに作物が育つための環境? 馬鹿げている。もう、そんな土地はどこにもない! 地球の自浄作用自体に限界がきておるのだ! 今すぐ戦争を止めないと、人類が行く先はこの地球上からなくなってしまう!」
学者の葬儀はコラムが書かれてから10日後に執り行われた。
既に戦争は止められなかった。新たな既得権益を得ないで戦争を終わらせると、どの国も存続不可能なまでになっていたのだ。そのため、戦争に異を唱える存在は邪魔だったのだ。
世界が終わるまで止まらない戦争に対し、各国は宇宙を目指した。
遥かな宇宙の先に、楽園があると信じて、一人でも多く送り出そうと戦争は続く。