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悪魔

性的描写ありますので、苦手な方はお気をつけ下さい。すみません。

 好きだと自覚してから、シャルレーヌはダンタリオンの布団へ潜り込んで寝ることが増えた。

 いつもドキドキしながら彼の胸板へ密着するけれど、ちゅ、と軽いキスを落としてくれるのはおでこや髪だけだ。


 ───唇にしてくれないのは、自分を期待させないためだ。

 それはわかっていたけれど、シャルレーヌは断られないのをいいことに、ダンタリオンへ身を寄せるのだった。

 希望を失くすのには、彼がシャルレーヌを触る手付きが、優しすぎた。


 初めに花嫁を希望したときは、悪魔が自分に興味をもつはずがないと、召し使いでも何でもいい、側に置いてもらえればと、そんな思惑だったはずなのに。

 今は自分に興味をもってもらうにはどうしたらいいか、気が付くとそればかり考えている。

 かと言って、男性を魅了する術を何も知らないシャルレーヌは、憂いを帯びた溜息をつくしかないのだった。




 ダンタリオンが薬草を売りに村へ出かけて行ったある日のこと。

 青白い炎と留守番をしていたシャルレーヌは、気分転換に散歩をすることにした。


「あなたも来てくれるの? ありがとう」


 シャルレーヌが歩き出すと、当然のように付いて来る火魂に、笑いかけた。

 薬草の群生地、動物たちをよく見かける陽だまり、きのこの生える木の洞など、よく行く場所を通って湖まで歩いた。

 よく釣りをする場からぐるっと一周歩く。小さい湖ではないので、いい時間潰しになりそうだ。そう思いながら、シャルレーヌは青白い炎と共に森林浴を楽しんだ。


 釣り場のちょうど対岸まで来たところで、樹木の影に隠れた大岩があるのを見つける。

 対岸だったので、シャルレーヌは全然気が付かなかった。こんな森の中に岩があることを不思議に思いながら、好奇心で近付いていく。


 岩には人が一人通れるくらいの裂け目が開いていて、入り口には魔除けとされる薬草がいくつもぶら下がっていた。


「まぁ。何か大切な物があるのかしら」


 シャルレーヌは好奇心はをもって見たが、恐らく、人から悪魔と呼ばれるダンタリオンに関係した何かだろうと、入る気はなかった。特に説明をされていないのだから、勝手に秘密を暴くのは良くないことだと。

 しかし、青白い炎が揺らめくと、その入り口までたゆたっていく。シャルレーヌを振り返るような動きをしたかと思うと、すっと入って行ってしまった。


「炎さん……?だ、だめよ勝手に入ったら……!」


 慌てて入り口まで近づくが、すでに炎の姿は見えなくなっていた。岩の裂け目は暗闇で、何も見えない。奥まで見えないほど、そんなに深い穴なのだろうか。


 シャルレーヌはそわそわしながら、炎が出て来ないかと待ったが戻って来る気配はない。何か困ったことになっているのではと不安になってくる。


 仕方なしに、シャルレーヌも岩の裂け目をくぐることにした。


 中に入ると、ひんやりとした空気が体にまとわり付いてくる。

 壁に手をつきながら一歩一歩進んでいくが、数歩もいかないうちにぼんやりとした光が辺りを照らし始めた。

 もう反対側に出たのかと、シャルレーヌは足早に進むが、辿り着いたのは大岩の中にあるにしては不自然な空間だった。

 壁自体が青白く光り、部屋のような空間を照らしている。光の色がシャルレーヌが探しているものと似ていたので、親愛なる炎はどこだろうかと部屋の中を見渡す。


 探していた炎は、部屋の中心にいた。

 その真下には、壁と同じように青白く光る棺が置かれている。


 シャルレーヌは恐る恐る近づくが、炎は揺らめいているだけで、戻ろうという気配がない。


「炎さん。さあ、早くもどろう?」


 手を差し伸べるが、炎は逃げるように、蓋の無い棺の中へと姿を消してしまった。

 あ、と思って駆け寄ったときには、炎の姿はもう見えなかった。


 代わりにシャルレーヌが目にしたのは、棺の中身。

 何かおぞましいものが入っていたらどうしよう、と思ったのは一瞬だった。


 棺の中には、花のついた薬草がぎっしり詰まった中に、一人の男性が横たわっていた。

 貴族の正装に似た服を着ているが、服の上からも引き締まった身体がよくわかる。

 無造作に伸ばされた黒髪の間から、硬そうな角が伸びて、青白い光に照らされていた。


 人ならざる者であることは明白だったが─────

 美しい。

 シャルレーヌは思わず目を奪われて、その姿を見つめてしまう。


 思考が停止したシャルレーヌの前で、それはゆっくりと目を開いた。

 ギラつくように輝くルビーの瞳が、シャルレーヌを捉える。


 黒髪に、赤い瞳。

 彼と、同じ色彩。

 ダンタリオンを人間の姿のまま悪魔にしたら、こうなるのでは、という想像がシャルレーヌの脳内を駆ける。



 

「いよお、俺の花嫁。惚けるほど俺の姿は美しいか?」


 唐突に話しかけられて、シャルレーヌはびくりと身体を震わす。

 言葉にならない声を上げて後ずさろうとするが、棺の中から上半身を起こしたそれ(・・)は意地の悪そうな笑みを浮かべた。


 そして棺の中から腕を掴まれ、軽々と中へと引っ張り込まれてしまった。

 シャルレーヌは「ひっ」と悲鳴をを上げるが、棺の主の身体の上へ落ちる衝撃で、目を瞑る。

 触れられた手は、体温が無かった。生きている者とは思えない冷たさを感じて、シャルレーヌはぞっと身を硬くした。

 腰に手を回され、逃げられない。


 そんなシャルレーヌの様子に、棺の主は愉快そうに喉を鳴らして笑う。


「くくっ……、怖いか?恐ろしいか?そうこなくちゃな。あんな三文芝居で悪魔を名乗られちゃあ、悪魔の名が泣いちまうぜ。」


 シャルレーヌの顎を掴んで自分の方へと向けると、棺の主は人間とは思えない荒々しい笑顔を見せた。



「俺が悪魔ダンタリオン。 正真正銘の、な。」



 そしてシャルレーヌの唇にかぶりつく。

 下唇を何度も吸われたところで、茫然としたシャルレーヌが我を取り戻したが、もう遅い。

 苦しくて息をしようと薄く開いた唇から、舌が荒々しく侵入してくる。シャルレーヌの前歯をなぞったかと思うと、奥で縮こまる舌を吸い上げようとする。逃げようと頭を引くが、体温のない大きな手に掴まれた。

 頭を掴まれたまま、棺の主に口内を好き勝手に舐め回される。

 くちゅるっと鳴る唾液の音に、シャルレーヌの頭が痺れてきた。


「ふぁっ…………はぁっ……はぁっ…」


 一瞬止んだ猛攻を逃さず、シャルレーヌは思い切り顔を背けた。足りない空気を肺いっぱいに吸い込む。

 頭を掴まれていたので、背けた時に首が痛んだ。


「おいおい、そんな嫌そうな顔すんなよ。愉しくなっちゃうだろ?」


 愉快そうな声音が上から降って来る。

 密着される身体を押しのけようとするが、びくともしない。


 掴まれたままだった頭を寄せられて、今度は耳に舌を入れられる。体温はあれだけ冷たいのに、生温い感触が耳の中を這いずり回る。

 思わず出そうになる悲鳴を抑えて、動く口で抗議の声をあげる。

 すると、乱暴に頭を離された。


「ど、どういうことですか。貴方が悪魔ダンタリオン、とは………。」


 名前を呼ばれて、棺の主は面白そうに顔を歪める。


「一度言ってわからないのは俺の花嫁に相応しくないな。───お仕置きだ。」


 愉しそうな声がしたかと思うと、シャルレーヌの身体にバリッと電気が走った。

 息を飲んで叫び声を上げそうになるが、衝撃は一瞬だった。


「ぅ………………っ。」


「いいねえ、そそるねぇ。お前の嫌そうな顔、最高だよ。───ああ、だからオディロン・ドルーはあんなにお前に執着したんだな。」


「………………、なんで、その名を…。」


 話して、ない。


「くっくっ…悪魔にタダで情報もらおうだなんて、強欲なお嬢さんだなあ?お仕置きだな。」


「待っ…………!」


 また雷のような魔法が来る、と思ったシャルレーヌは、思い切って逸らしていた顔を棺の主へと向ける。瞳の赤が、ゆらゆらと匂い立つように、面白がってこちらを見返してくる。


「自分で、考えます……………。」


「ほう。懸命だな。」


「貴方様が、悪魔だということはわかりました。それでしたら、私の個人的な事情も、その万能なお力でお分かりになるのも頷けます……。」


「ああ。それで?」


 彼と同じ赤い瞳だというのに、今目の前にある赤は、嗜虐的な輝きを湛えている。下手なことを言えば、先程のように簡単に痛めつけられるだろう。

 しかし、慕っている彼の名が上がったとあっては黙ってもいられない。

 シャルレーヌは必死に頭を働かせた。知らず知らずのうちに早口になる。


「お、愚かなわたくしでは、偉大なるダンタリオン様がどうしてこちらでお休みになられているか、わかりかねます………。ですが、何か事情があって、出られないのではないでしょうか。そして、()がダンタリオン様でないのなら、何者なのかという疑問が浮かびます。」


「ふうん。それで、その疑問は解決できそうか?」


「………………、いえ、もう少し時間をいただけたら……。」


「まあ、そうしろ。」


 興味も無さそうに、悪魔は、ふわぁ、とあくびをした。


「あー、だりぃ。お前からもらった生気くらいじゃ全然起きてられねぇな。」


 ぺろ、と自分の唇の端を舐めて、シャルレーヌをおいしそうな目で見る。どうやらさっきの口付けで、生気を吸い取られていたという。

 悪魔からの腕の拘束がなくなったので、シャルレーヌはこれ以上何かされる前に、と重くだるい身体を励まし、棺から急いで這い上がった。


「おい。アイツに何か望んでも無駄だぞ。」


 棺の中に再び身体を沈め込んで、顔の見えなくなった悪魔が言う。


「欲求不満になる前に、また来い。」


 そう言うと、辺りは火を噴き消したかのように、真っ暗になった。


 棺のあった場所から、ふっと青白い炎が浮き上がる。

 シャルレーヌの目の前を通って、来た道を戻って行く。シャルレーヌも、炎に付いて暗闇を歩いた。



「炎さん、あなたが悪魔ダンタリオンだったのですね。」


 語りかけども、前をゆく火魂からは、いつものように返事はない。

 魂の形なんて見たことがないけれども、目の前にあるのが悪魔の魂なのではないか、とシャルレーヌは考えた。

 そして、悪魔の身体はここにあった。

 たった今言われた、「生気」じゃ長く「起きていられない」という言葉。

 では、何なら起きていられるというのか。


 人間のダンタリオンは、願いと引き換えに、人間の魂を集めている。


 ───悪魔のダンタリオンを目覚めさせるために、人間の魂を集めている?


 それでは、()は何者なのだろうか。

 悪魔か、人間か、魔法使いか。


 シャルレーヌは、胸の疼きを感じて、服の上からぎゅっと押さえた。


 自分は悪魔ダンタリオンの花嫁。

 ()をダンタリオンだと思い、目を奪われ、恋をしたのだ。

 ()が何者であろうと、シャルレーヌが好きになったのは()なのだ。

 いきなり乱暴に口付けてくるような奴では決してない。


 今、本物のダンタリオンが別にいるとシャルレーヌが知ったと聞けば、()は今までのように接してくれないかもしれない。

 ───現時点ですでに、「夫婦」という関係を推しても手も出されないのだけれど。これ以上距離を置かれるとしたら、それはとんでもなくツライ。


 ──────しばらく、何も知らなかったことにして過ごそう。

 シャルレーヌは、そう心に決めた。


 人間のダンタリオンと、共に過ごすために。







 そうと決めてから、シャルレーヌは毎夜のようにダンタリオンの寝床にお邪魔するようになった。

 彼が自分に手を出さない理由がわかったからだ。

 おそらく、自分の花嫁ではないからと、悪魔へ遠慮しているのだろう───と。

 それならば、手を出してもらえるようにこちらがお膳立てすればいいのだ。

 湖畔で眠る悪魔は「俺の花嫁」とシャルレーヌを呼んだが、シャルレーヌにとってのダンタリオンはここにいる彼だ。だから、不義理でも何でもない、とシャルレーヌは強気だった。


 彼から嫌われてはいない。

 むしろ、好意はもってくれている。

 片方が恋い焦がれていて。

 そんな男女が二人でいて、何も起きないという方が自然の摂理に反している、とシャルレーヌは思った。



「───シャル。最近、こっちに来ることが多いね?布団が寒い?」


「…はい。ダンタリオン様、もっと近くに寄ってもよろしいですか?」


 名前を呼ぶと、彼は困ったように笑うことが多かった。

 いつもの笑みとは些細しか違わないけれど、真実を知ってから、シャルレーヌはその変化に気が付くようになる。気が付くと、どうにもその目の色の変化を追ってしまう。


 本当の名前は、なんと言うのだろう。

 いつか知れる機会はあるのだろうか。


 彼への想いがいっぱいになって、シャルレーヌはダンタリオンの首筋に顔を寄せると、唇を押し当てた。


「ふ、ふふっ…シャル。くすぐったいよ。」


 シャルレーヌの吐息が首筋に当たって、彼は身じろぎして身体を離した。

 密着していた身体同士に少し隙間が空いて、シャルレーヌは彼を見上げやすくなる。

 見ると、ダンタリオンもシャルレーヌを真剣な目で見下ろしていた。


「ダンタリオン様………。」


 熱っぽい吐息と共に名前をこぼすが、ダンタリオンは「うっ」とたじろいで目を逸らした。

 ダンタリオンの頭ごしに、青白い炎がめらめらと燃えていた。


 ───炎が何か余計なことを言っているのでは。


 シャルレーヌは直感的にそう思った。

 いつもこうだ。見つめ合っていい雰囲気になるのに、決まってダンタリオンはたじろぐか諦めた顔をして、シャルレーヌに眠りの魔法をかけてくるのだ。

 まるで、これ以上何もさせないとばかりに。


 若干の怒りを覚えながら、シャルレーヌは今日も強制的に眠らされる──────




「ダンタリオン様。わたくしにも、魔法は覚えられないでしょうか?」


 薬草摘みを手伝いながらされたシャルレーヌの問いかけに、ダンタリオンはきょとんとした。


「ずいぶん今更だね。シャルは魔法が使いたかったの?」


「ええと………はい。魔法というか……。」


 眠りの魔法に抗う方法を知りたいです。という言葉は危うく飲み込んだ。


「生まれつき魔力があれば使えるらしいんだけど。どうだろうね、シャルにはあるのかな?」


「どうすればわかるのでしょうか。」


「う~んと、小さい頃から動物の話す言葉がわかるとか。薬草を探知できるとか。薪がなくても暖炉の火を絶やさないでいられるとか。」


「ないです……。」


「なんとなくでいいんだけど。そういう力を磨いて、世界の力を借りるのが魔法なんだけど───」


 シャルレーヌはがっかりした。動物の声が聞こえたらいいのに、と小さい頃は考えたことがあるが、一度だって言葉がわかったことはない。


「でも、ダンタリオン様にはそういう力が幼い頃からあったということですね。」


「うん、まあね。おかげで不気味がられて親には捨てられちゃったけど。」


 さらっと言われた言葉に、シャルレーヌは「え、」と顔を上げるが、気にした風もなくダンタリオンは次の薬草群生地へ足を向けている。

 シャルレーヌは慌てて追いかけた。


「ご、ごめんなさい。嫌なことを思い出させてしまって」


「別に、昔のことだから気にしてないよ。おかげでここに来れたしね。魔法の力も伸ばしてもらえたし。」


「す、素敵な力です。親御さんは、もったいないことをしてしまいましたね。」


「あはは、シャルにそう言ってもらえると頑張った甲斐がある。」


 屈託のない笑顔を見せるダンタリオンに、シャルレーヌはホッとする。

 それにしても───


「そういえば、初めてお会いしたときも“修行中”と仰っていましたね。どなたかに師事を………?」


「うん、そう。オレを育ててくれた人がいるんだ。」


 もしかして、それが湖畔で眠っている悪魔なのだろうか。

 シャルレーヌの視界に映る青白い炎は、静かにダンタリオンの横に佇んでいる。


 かなり、ダンタリオンの核心に踏み込んでしまった。

 これ以上しつこく聞いて、嫌われたくない。

 シャルレーヌは、足元の薬草に視線を落とした。







 寝支度を終えて振り返ると、離れたところに布団を敷いて寝転ぶダンタリオンの背中が見えた。

 今日は、いつも彼の側を漂う火魂が見えない。

 もしかしたら、今日は邪魔されずに事を致せるかもしれない。シャルレーヌは、元令嬢とは思えない期待を浮かべながら、ダンタリオンにそっと近づいた。


「……ダンタリオン様。」


「おいで、シャル。」


 声をかけると、彼もまだ眠っていなかったようだ。手を広げてシャルレーヌを迎えてくれる。

 彼の腕に身を委ねると引き寄せられて、ぎゅっと抱きしめられる。

 彼からの初めての抱擁に、シャルレーヌは動揺した。


「ダンタリオン様………?あの?」


「シャル。いつも辛い思いをさせてたよね。」


 抱きしめられたまま、おでこに口付けされる。温かい吐息が肌を掠めていく。


「俺も、こんなかわいい子が側にいるのは辛いよ」


「わ、わたくしの存在がダンタリオン様のご迷惑に………?」


「ちがう。どれだけ俺が我慢したと思ってるの、」


 彼の顔が近づいて来たかと思うと、ゆっくりとシャルレーヌの唇と重ね合わせられる。ついばむようなキスを何度かされると、シャルレーヌの心臓はうるさいくらい高鳴った。


「シャルも、俺とこいうことしたかったんだよね?」


 僅かに顔を離して、ダンタリオンが囁く。

 シャルレーヌは、彼のいつもより強く輝く瞳を見て、恥ずかしさで沸騰するかと思った。

 その通りだけれども、実際言葉にされるととても破廉恥なことをしていたんだと自覚してしまう。

 彼に返事をしようにも、言葉が出て来なかった。


 落ち着かない様子のシャルレーヌを愉快そうに見て、ダンタリオンは口付けを再開した。

 シャルレーヌのふっくらした下唇を甘噛みし、温かい舌で何度も舐め上げる。唾液で光れば、唇ごと吸い上げた。優しく。強く。


「シャルも、ずっと我慢してたよね」


 耳元で囁かれると、思わず身体がびくりと動く。

 そんなシャルレーヌの耳たぶを甘噛みしながら、彼の手は、シャルレーヌの胸の双丘へと伸びた。


「今まで、よく我慢してたね」


「あ、の………。ダンタリオン様、」


「ん、大丈夫。もう我慢しないでいいように、気持ち良くしてあげる」


 薄い布地の上から、胸の先端をゆっくりこすられる。

 彼とのキスですっかり立ち上がっていたそれは、摩擦による新たな刺激で、シャルレーヌの身体を震わせた。

 胸を揉まれ、なまめかしい吐息と一緒に、声が漏れてしまう。

 薄い寝間着の裾から彼の手が侵入して、直に触られる。

 漏れる声を抑えようと引き結んだ唇に、彼の唇が重ねられ、舌が中へとはいってくる。


 シャルレーヌは与えられた刺激に意識が染まらないよう、必死に抗っていた。


 何か、違和感を感じて。


「ダンタリオン様、どうして……………?」


 シャルレーヌのか細い声に、彼は首筋にうずめていた顔を上げた。

 月明りだけの室内で、彼の赤い瞳だけが色をもっているように輝いている。

 

「どうして? 俺に、こうされたかったんでしょ?」


 手のひらで胸のふくらみを包まれ、柔く揉まれる。

 その心地よさに、思わず肯定しそうになるのをシャルレーヌは押し留めた。


「どうして、急に……………。ダンタリオン様らしく、ないです。」


「俺らしくない?」


「……はい。ダンタリオン様なら、もっと………手順を踏まれると思います……。」


「手順、…………シャルは、俺の花嫁(・・・・)だったはずだけど?それ以上に手順が必要?」


「えっと、………手をつなぐ、とか。口付けてから、一緒に寝る……とか。」


「……シャル。布団に潜り込んで来たの、シャルだよね」


「はい、………それは、その。少しでもダンタリオン様がわたくしを意識してくだされば、と思って…。」


「意識したよ。シャルはかわいい。抱きたい。」


「でも、でも、……………突然すぎます!」


 シャルレーヌは、彼の手首を掴んで顔を見上げた。力の抜けた身体では、胸に置かれた手を引き離すことはできなかったけれど。


 見上げた彼の瞳は、相変わらずルビー色に輝いている。

 これ、だ。

 先ほどから感じている違和感は。

 同じ色なのに、いつもと違う輝きが、彼の瞳にあった。

 同じように輝く瞳を、シャルレーヌは知っている。



「───悪魔、ダンタリオン、様。」



 震える声で、シャルレーヌはその名を口にした。


「はあ、処女ってめんどくせー」


 彼は心底面倒くさそうに言うと、シャルレーヌの胸に置かれた手を動かし始めた。

 正体が発覚したというのに、まるで何事も無かったかのように性交を続けようとする。


「お、おやめください……!」


「うるさい。」


 どかそうと掴んだ手首に力を込めるが、びくともしない。

 足をばたつかせるが、覆い被さってくる彼の身体で押さえつけられて、無駄な抵抗に終わる。


「嬉しいだろ?お前の大っ好きなコイツに触れられるんだから」


「や、いやです………!やめてください!」


「ずっと望んでたじゃねぇか。応えてこねぇこいつに欲求を高めながら」


「あなたは、ダンタリオン様じゃ、ない………」


「くくっ……俺が正真正銘の悪魔ダンタリオンだ」


 抵抗もできず、与えられる快楽を甘受せざるえをえない現状に、シャルレ―ヌの目に涙が浮かぶ。

 それを目にしても、悪魔は愉しそうに目を細めるだけだ。


「欲求不満になる前に来い、つったのに来なかったよなあ?必死にアピールしても受け流されてんのが可哀想すぎて、直々に俺が来てやったんだ。ありがたく思えよ」


 さっきとは打って変わって、荒々しくされる口付けに、歯と歯がぶつかり合う。口内に這入る前に口をきゅっと結んで耐えるが、舌がこじ開けて来る。口内を蹂躙される。力が抜けていく。

 ──────生気を吸われていく。


 シャルレーヌは、舌を、唇を思いっきり噛んでやろうかと思ったが、いつもと変わらないダンタリオンの身体を前に、それを躊躇っていた。

 ギラつくような瞳の輝き以外、同じなのだ。

 普段薬草を摘む手も、猫毛のような黒髪も、いつもシャルレーヌを心配するその唇も。

 だからこそ、恋い焦がれた相手からの愛撫に待ちわびた心が嬌声を上げている。

 相反する気持ちに、涙があふれて止まらない。


 胸の突起を強く縒られて、シャルレーヌは痛みに顔を顰めた。


「いい表情するよな───。お前のいつも澄ましてる顔がそうやって歪むのが、堪らねぇ」


 ───でも。

 今の彼は、彼ではないのだ。


「ダンタリオン様でなくては、わたくしはダメなのです……!」


 シャルレーヌは、上がる息の合間から言葉を吐き出した。

 ダンタリオン様、と何度も声に出す。

 それは、愛撫を繰り返す目の前のダンタリオンにではない。

 いつも穏やかで、優しい笑顔を見せるあの青年へ。

 優しい魔法をつかう彼に。

 シャルレーヌが大好きな、あの人へ。

 何度も、何度も名前を呼ぶ。


「ダンタリオン様……!」




「あー、ほんとめんどくせぇな。」


 ふっと手を離される。

 汗ばんだ体温が離れていって、シャルレーヌは息を切らしながら彼を見上げた。


「嫌がってるお前の顔は最高だけど、生気が全然うまくねぇ。」


 味を確かめるようにする自分の唇を舐めて、面白くなさそうな表情を浮かべる。


「しっかし、お前アイツに期待もちすぎじゃねぇ?俺の演技、文句ナシだっただろうが。普通あのタイミングでわかるかよ」


「ダ、ダンタリオン様は、貴方のような方ではありません……!」


「俺みたいな方ってなんだ」


「いきなり口付けてきたり………ふしだらな行為を長時間したり……!」


 シャルレーヌの言葉に、悪魔は肩をすくめた。


「こりゃ、アイツも大変だな。──────それはそれで、俺は愉しいが」


 最後の言葉は小さい呟きで、シャルレーヌにはよく聞こえなかった。

 身体を離した悪魔を、次はどうするのかと茫然と見上げるしかできない。


「また欲求不満になったら来てやるよ」


 そう言うと、ふ、と彼が目を閉じる。

 その次の瞬間には、彼の身体からふっと青白い煙が立ち上り、それが集まり火魂へと形作られた。

 悪魔がダンタリオンの身体から離れたのだ、とシャルレーヌは理解した。


 青白い火魂はふよっと浮かぶと、ダンタリオンの背後に距離を置く。

 これでいつものダンタリオンに戻れたのかと、シャルレ―ヌはホッとして、目の前の彼に視線を移した。



 顔を真っ赤にして、シャルレーヌを見下ろすダンタリオンの姿が目に入った。


「ダンタリオン様………!」


「………ぁ、シャ、シャル。」


「良かった………元に戻られたのですね。ご体調は大丈夫ですか?」


 そっと彼の頬に手をやると、ぴくりとダンタリオンの身体が緊張するのが伝わってくる。


「う、うん。シャル、…えっと、ごめんね……。」


「いいえ……。ダンタリオン様が謝るようなことでは……。」


「……………………………。」


 ダンタリオンは、顔を赤らめたまま、困ったように黙った。

 そしてシャルレーヌは、ダンタリオンの困惑を感じ取って、焦った。


 ダンタリオンの気を惹きたいがために、自分の安易な考えから悪魔を呼ぶような結果を招き、そのうえ愛する人を困らせてしまった。

 突然我に返ったと思ったら、乱れたシャルレーヌの姿が目の前にある。飽きれて言葉も出て来ないのは仕方ないことだろう。

 ──────そうシャルレーヌは頭を巡らせて、自分の不始末に悲しくなった。自業自得はどうしようもない。でも、彼に迷惑をかけることは。


 ダンタリオンは黙ったまま、そっとシャルレーヌのめくれていた寝間着を元に戻す。


「あ、も、申し訳ありません……。」


「……………………………、ね、寝ようか。」


「は、はい。」


 二人はギクシャクしながら、同じ布団に横になった。


 シャルレーヌはこの布団にいていいのかと疑問を覚えたが、いつものように何も言わないダンタリオンに、甘えることにする。

 とてもじゃないけれど、落ち着かない心臓に眠るような気分ではない。心音が聞こえてしまうのではないかと恐れて、寝返りを打つフリをして、ダンタリオンへと背を向けた。

 ダンタリオンの姿であれやこれやされたことを思い出して、今にもじたばた悶えそうな心境だったのだ。

 ──────あの中身が、悪魔でなかったならば、と。

 シャルレーヌが朝まで眠れることはなかった。



 一方、ダンタリオンも、シャルレーヌの扇情的な姿を見て、平静を保てるほど紳士でなかった。

 何せ悪魔が入っていたときの、目で見たことと触れていた感覚を容易に思い出すことができるのだ。

 身体の中心に熱が集まることを感じながら、シャルレーヌが寝返りを打った好機を逃さず、ダンタリオンもシャルレーヌへと背を向ける。


『ダ、ダンタリオン様は、貴方のような方ではありません……!』


 悪魔へと放たれた言葉が、脳内に響き渡る。

 悪魔がしたこと以上にシャルレーヌに触れたいなどと、彼女が知ったら幻滅するだろう。

 そう思い、ダンタリオンは落ち込むと同時に膨れ上がる欲望に呑まれそうになる。

 ダンタリオンは、己の欲望と朝まで戦うことになった。



 そんな悶々とした二人を眺めながら、青白い炎は面白そうに揺らめいていた。





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