ダンタリオン
「─────それは、できない。」
悪魔ダンタリオンは、シャルレーヌの求婚を、心なしか小声になって、撥ねのけた。
「理由をお伺いしても?」
シャルレーヌは、なおも食い下がる。
「こほん。そもそも、悪魔と人では婚姻も何もなかろう。娘よ、人は人と結ばれるよう決まっている。」
「本当に……そうでしょうか?それは、どなたが決めたものなのでしょうか?」
「…………………神、だ。」
「まあ。それならば悪魔であるダンタリオン様には関係ございませんね。わたくしも悪魔籍に入らせていただきますわ。」
「いやいやいや。む、娘よ。貴様の願いは何だ。千年と生きる長命か。ならばやめておけ。飽きるぞ。」
「いいえ。わたくしはただ、ダンタリオン様のお側に置かせていただけたらと思うのです。」
オディロンの容貌にかまけて痛い目を見たというのに、シャルレーヌはもう、すっかりダンタリオンの姿に心を奪われていた。
この人ならざる容姿に、願いを何でも叶えてくれる力。これだけを備えていて、シャルレーヌごときにイタズラしようだなんて思うわけがない。
しかし、このまま森を出れば侯爵家の者に見つかって、幽閉されオディロンのオモチャになる未来しか見えない。悪魔と一緒になった後は、ここで朽ちていけば良いのだ。元よりそのつもりだったのだから。
オディロンのようにはいくまいと、シャルレーヌはシャルレーヌなりに直感を働かせていた。
「相手のことをよく知りもせずに、そういうことを言うものではない───」
「いいえ、ダンタリオン様。わたくしも貴族の端くれですが、そういうものとして育って参りました。他人との関わりとは、自分を曝け出してはいけないものだと。しかし、わたくしは夫となる人間が本性を曝け出したとき、耐えられる術をもちませんでした。家族になる者の心を、受け止めきることができなかったのです。そんな弱き心をもつわたくしなぞが、どうして人の世で生きていけると言うのでしょう。どうか、どうかお側に置かせてくださいませ。」
跪いて紡ぐシャルレーヌの必死な言葉に、ダンタリオンは沈黙した。
非常に、非常~~~に困ったような沈黙であった。
「娘よ───、その願いは叶えることができぬ。」
ダンタリオンの言葉に、シャルレーヌは顔を上げた。
「それでは、召し使いでも奴隷でも構いません。どうか、お側に。」
「我は万能。代わりに働く手足を欲してはおらぬ。」
悪魔の頭蓋骨の、落ちくぼんだ目のところをじっと見つめて、シャルレーヌは星々の空間に立ち上がった。
「わかりました。───それではわたくしの魂を献上いたします。せめて、この命がダンタリオン様のお力の一助になりますよう。」
「娘よ。その願いはお前が無駄死にすることを意味するが…。」
「はい。承知しております。」
さあどうぞ、とシャルレーヌは目を閉じて、手を胸の前で組む。
「え~…何この子、自殺志願者なんですけど………。」
ダンタリオンが言い淀んだところで、また体内から引っ張る力を強く感じて目を開けた。
周りにあった星の輝きは一粒もなくなって、ダンタリオンと会った小屋の前に二人して立っていた。
「─────?ダンタリオン様?」
「本当に花嫁になる?」
気さくな物言いに変わったのが気になったが、異形から放たれるその言葉に、シャルレーヌは頷いた。
「お側に置かせていただけるのですか。」
「うん、いいけど───。でも、オレも修行中だからあんまり期待しないでね。」
その言葉で、横に浮かんでいた火魂が、激しくダンタリオンの周りを動き回る。
どころか、頭蓋骨に青白い炎を叩きつけ攻撃的だ。
「うっ、師匠落ち着いて……!仕方ないでしょう。願いも叶えないで魂とれな………!…………それによく見るとこんなかわいい子を路頭に迷わせるのは可哀想…………熱っ!」
ダンタリオンは邪魔そうに火魂を振り払うと、頭蓋に手をやった。
そして、そのままカポッと頭蓋を外すと、シャルレーヌへと、笑いかけた。
「まあそんな訳で、これからよろしくね。花嫁さん。」
頭蓋骨の下にあるのは、紛れようもなく人間男性の顔であった。
そう、人間。
─────シャルレーヌは、ドッと体中に疲れを感じ、失意と絶望の中、その場に崩れ落ちた。
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遠くから湯の沸く音が近づいて来る。
シャルレーヌが目覚めると、見知らぬ小屋の中に寝かされていた。一段低くなったところに窯があって、そこに湯が沸く薬缶がかかっていた。
「あ、起きた?」
薬草をむしっていたダンタリオン───らしき人間が、横からシャルレーヌに声をかけた。
ぼんやりとそちらを見ようと起き上がると、上にかかっていた薄い布団がはらりと落ちる。肌寒さを感じて見ると、ドレスは脱がされ下着だけの姿になっていた。
シャルレーヌは声にならない悲鳴を上げて、布団を手繰り寄せると、壁際目いっぱいまで後ずさった。
しかし、壁には何やら色々なものがかかっていて、背中がぶつかった拍子にガラガラとシャルレーヌの上に降って来た。痛い。
「あああ、何やってるの」
ダンタリオンが近づいて来るのを察して、いくつか物を上に乗せたまま、シャルレーヌはサッと部屋の隅まで移動した。今度は物にぶつからない程度に。
そのシャルレーヌの動きを目を見開いて見ていた彼は、急に目を細めて、あはっとふき出した。
「野生動物みたい。あはは!」
そう言って、シャルレーヌが落とした物を一つずつ拾って、元の場所へと戻していく。
その様子を見ながら、シャルレーヌは「ドレスは…」と呟く。
小さな呟きだったが、ダンタリオンはしっかりと拾って、「寝かしづらかったから脱がしたよ。ごめんね?脱がしただけで何にもしてないから」と言う。
指さされた場所に、ドレスとパニエ、コルセットなどが折り畳まれて置かれていた。ドレスは草や泥だらけだ。昨夜オディロンにされたことを思い出しかけて、目を逸らす。
ダンタリオンは、昨日の異形と同一人物だとは思えなかった。
昨夜のは演技だったんだ、とシャルレーヌは理解した。
ダンタリオンは、よく笑って、よく喋る。昨日の悪魔のくせに荘厳な雰囲気はまるで無くなっていた。
人間から逃げてきたつもりが、結局人間と一緒になっている。気が付かない自分のバカさ加減に、再びシャルレーヌは気落ちした。
ダンタリオンは、むしっていた薬草のいくつかを小さなポットに入れると、薬缶のお湯を注いだ。
「まあ、これ飲んで落ち着いてよ。あ、大丈夫。変な物入ってないから。気持ちを落ち着かせるお茶。」
木彫りのコップに無造作に注ぐと、無理に近づく訳でもなく、そっと置かれる。
シャルレーヌは体に薄い布団を巻き付けたまま、そろそろとコップを手に取った。
鼻を寄せると、ふんわりと薬草の匂いが漂ってくる。舌にのせると、優しい味がした。
確かに、気持ちは落ち着きそうだった。
ふー、ふー、と冷ましながら飲んでいたシャルレーヌは、ふと視線を感じて目を上げた。
薬草を分ける作業をしていたはずのダンタリオンが、膝の上に片肘をついて、こちらを見ていた。
目が合うと、ふわっと笑う。
「かわいいね、お嬢さん。」
「え……、あの…。」
社交界へとデビューしてから、ついぞ聞いたことのない文句だった。
「それで、かわいい迷子の花嫁さん、お名前は───?」
「あ、も、申し遅れました。シャルレーヌ・ダンテスと申します。」
「シャルれ………うん、シャルね。シャル。これからよろしく!」
温かいお茶のせいだろうか。まるで魔法でもかかっていたかのように、シャルレーヌは自然に自分の名前を名乗っていた。
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扉を叩く音がして、シャルレーヌは手伝っていた薬草分けから目を上げた。扉を見るが、開く気配はない。
ダンタリオンは、シャルレーヌに静かにしているよう身振りすると、あっという間に頭蓋骨をかぶった悪魔の出で立ちになって、小屋の中が見えないようスッと外へ出て行った。青白い火魂も、どこにいたのか、ダンタリオンの背中を追って扉の外へと消える。
シャルレーヌはガラスのはまっていない小さな窓をそっと開け、外を覗き見た。ダンタリオンの向こうから、きちんとした格好をした男性が二人歩いて来ていた。さっきの扉だと思った音は、この敷地内に誰かが入って来たときに知らせる魔法だったのかもしれない。シャルレーヌも、自分が小屋にたどり着く前にダンタリオンが出迎えてくれたことを思い出す。
「高貴な方を探して………年のころは17,8………深緑のドレスに…………」
途切れ途切れに届く言葉に、シャルレーヌはハッとした。自分のことだ。そして、ダンタリオンの前にいるのは、侯爵家の使用人だ。
ついにここまで来たんだ。どうしよう。捕まってしまう。オディロンから逃げきれる自信がなかった。
使用人が問いかけ終わると、ダンタリオンはおもむろに杖を掲げた。
「我が名はダンタリオン。人と欲望の世界の狭間に住まう者。貴様らの願いは、その命をもって代償としよう───」
そして火魂がダンタリオンの周りを廻り始めたところで───使用人たちは、一目散に逃げ出した。
犠牲を払ってまで、シャルレーヌのことを探したいほどではなかったのだろう。まさかオディロンも、見つからないからと言って使用人の命までは取るまい。
「あ~森に入ったらここにたどり着けるようにする魔法切るの忘れてた~。でも脅したからこれでしばらくは来ないかな」
呑気な声で、ダンタリオンが小屋へと戻って来る。ふうっとばかりに頭蓋骨を外して、扉の横へかけた。
「ありがとう…………ございます。」
シャルレーヌは、遠慮がちに彼の後ろ姿へ呟いた。
「いえいえ、どういたしまして。また来ても追い返すから、シャルは安心してよ。」
振り返ったダンタリオンの毒のない笑顔に、シャルレーヌは不思議な気持ちになった。
オディロンにされたことを考えると、もう男性なんて怖くて近寄れないのではと思っていた。
オディロンとこれから夫婦生活を送るなんて絶対に無理だと思ったし、無事に彼と結婚をしなくても、貴族としての体面がある以上、他の男と結婚せざるを得ないのでは、まともな状態で結婚生活なんて送れるのか、と。
家にいては、これから結婚するだろう兄の邪魔になるだろうし、修道院に行く外ないかもしれない。
しかし、それならばオディロンに囚われるリスクを負うよりも、ここで悪魔に命を捧げよう───。そんな心持ちでいたはずだ。
だというのに、悪魔本人はのほほんとしていて、全然悪魔らしくない。彼は一体なんなのか、もっと知りたくなってくるのだった。
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裏に畑があって、そこで自給自足がされていた。土にはダンタリオンが少しの魔法を足してあげて、栄養いっぱいのおいしい野菜がいつでも出来ていた。シャルレーヌは毎日、水をあげるだけでいい。
小屋の周りを少し歩くと薬草が自生していて、種類も豊富だ。
ダンタリオンと共に歩くと、薬草の名前をいくつも教えてくれた。シャルレーヌは生まれて初めて植物に興味をもった。
薬草は煎じたり乾燥させたりして、出来たものを近くの村に売りに行っているそうだ。その少しのお金で、ダンタリオンは娯楽に使っているらしい。───何に使っているかは、シャルレーヌにはわからないけれど。たまに、夜になると出かけて行く。
「村の人は、悪魔から薬草を買ってるなんて怖くないのでしょうか?」
「ん~。オレのことは魔法使いだって思ってるよ。人里に行くときは、さすがにあの頭外してるし。まあ、悪魔も魔法使いも似たようなものだよね。オレも時々自分がどっちかわかんなくなる。」
「まあ……。でも、確かに不思議な術を使うところは、同じかもしれないですね。」
ダンタリオンは、色々な魔法を知っていた。
シャルレーヌは魔法を使う人を見たことがなかったので、毎日が新鮮だった。
もちろん、悪魔に会ったのも初めてだったので、シャルレーヌはどっちも同じだと言われても納得できる気がした。
ダンタリオンは、この国には珍しい黒髪をもっている。猫毛のふわふわした髪は、彼を人なつこく見せていた。変装用の頭蓋がなければ、誰も彼を悪魔とは信じられないだろう。
見目は飛び切り整っているわけではなかったけれど、吸い込まれそうなルビー色の瞳をしている。
血を思わせるその色だけは、確かに悪魔的だとシャルレーヌが頷ける部分であった。
『娘の不治の病気を治してほしい』
『行方不明になった息子を探して欲しい』
『盗まれた家宝を取り返したい』・・・
シャルレーヌとは違い、願いを叶えて欲しいがために訪れる人間は、数日おきに来た。
その度にダンタリオンは、青白い火魂を従えて、あの星空の空間で取引をするのだ。
空間に行くとシャルレーヌには何も聞こえないため、一度、戻って来たダンタリオンにどうやって願いを叶えているのか聞いたことがあった。
ダンタリオンは、唇に人差し指を当てて、「シャルにはないしょ」と緩やかに笑った。
願いに来る人間たちは、最期に自分の魂が無くなってもいいくらい、それより大切なものがあるんだ────シャルレーヌは、願いが叶って涙する人たちを小窓から見ながら、どんな願いも一人の命と平等なのかな、と考えていた。
森の中を少し歩くと、湖があった。透明度の高い水を湛え、水面の輝きは美しい。
そこでダンタリオンと釣りをして、お喋りに花を咲かせた。お互いの核心は突かないよう、初めは慎重に。ダンタリオンはシャルレーヌに何があったかとは聞かなかった。また、シャルレーヌもどうして彼がここで暮らしているのか、聞かなかった。
ダンタリオンが興味をもつのは、シャルレーヌの生まれた街のこと、食べ物のこと、娯楽のこと。
流行っていたオペラの話をしたときには、ダンタリオンは「よし、次に金が貯まったらオペラでも観に行こう」と楽しそうに笑った。
おしゃべりに夢中で釣り糸が引かれているのに気が付かないと、青白い火魂がシャルレーヌの周りを廻って知らせてくれた。
シャルレーヌがお礼を言うと、得意げにその炎を膨らませた。
ダンタリオンの側で飛ぶ青白い火魂は、シャルレーヌが試しに触れても全然熱くなかった。
ただ、炎の中に指を突っ込むと、火魂がくすぐったそうに炎をよじった。まるで生きているみたいだ。
「あははっ!シャル、気安く触るなってさ」
「ご、ごめんなさい!」
「いやあ、かわいいシャルちゃんに触られて絶対内心嬉しいよ」
ダンタリオンがそう言うと、火魂が大きく膨らんで、彼に覆い被さった。
「あっ、熱っ!!いきなり火力出すの止めて!!図星だからって怒らないで!」
ダンタリオンが冷やそうと、起こした水の魔法が噴水のように吹き上がって、虹をつくる。
火魂とダンタリオンは、すごく仲の良いパートナーみたいだ。
どうしてか、ダンタリオンにだけ声も聞こえるかのようだった。
オペラに行きたいと思いついてから、ダンタリオンは薬草の他に何か効能のある薬を作り始めた。そして、あっという間にお金を貯めてしまった。いつもの近くの村だけでなく、随分遠くまで売りに行ったらしい。
ダンタリオンが出かけている間は、シャルレーヌと青白い火魂でのお留守番だった。ダンタリオンが村の人から買い付けた小麦を使って、二人(?)でパン作りに挑戦したり、言われた通り薬草を煎じておいたり、家の周りを掃除して、たき火を起こして暖まったり。青白い火魂から作られる火種で、炎の温かさに困ることはなかった。
シャルレーヌは、言葉は通じずとも、この青白い火魂に親しみを感じていた。
「どう?変じゃない?」
「ええ、とても素敵。お似合いです。」
ダンタリオンがくるりと回る。楽しそうな彼の様子を見ていると、シャルレーヌも自然と穏やかな顔になってしまう。
ダンタリオンは、オペラを観に行くにあたって、ドレスコードを気にしていた。いつもの動きやすい服装から、貴公子のようなかっちりとした服装をまとっている。
シャルレーヌにとっては見慣れた貴族の盛装が、彼の珍しい黒髪によって、異国情緒を感じさせる。
魔法では、服まで出すことができるのだろうか。
「さすがに何もないところからは出せないからね~。材料を集めて作ったんだ。デザインはこの間街に行ったときに見かけた貴族の服。」
「まあ。ダンタリオン様は器用でいらっしゃいますね。」
「ん。作ったのは世界の力を借りたから、魔法だけどね。」
感心するシャルレーヌに、ダンタリオンは畳まれた服を渡してくる。
「はい、これシャルの。」
「わたくしの?何でしょうか。」
「何って。シャルも一緒に行くんだよ?そんな恰好じゃ行けないじゃない?」
簡素なワンピースを着ただけのシャルレーヌに目をやって、ダンタリオンは「さ、早く」と催促する。
「そ、それでは……。」
広げると、シャルレーヌの瞳の色に近い、明るい緑色のドレスだった。
きっと似合うよ、とダンタリオンは目を細めて言い、残ろうとする青白い炎を掴んで、小屋を出て行った。
帽子を目深にかぶるから、と口紅だけダンタリオンにしてもらい、シャルレーヌは久しぶりに街へと来た。街まで来るのに、悪魔のごつごつした杖に乗って空を飛ぶという移動の仕方には、びっくりしたが。
誰か知っている方に会って、オディロンの元に戻されるのではないか、と恐怖も僅かにあったが、隣でわくわくした様子のダンタリオンを見ると、その心のしこりは溶けるように消えていった。
シャルレーヌは、オペラを人生で初めて楽しく観劇した。心の底から楽しんでいた。隣に、彼がいたからだろうか。
「ダンタリオン様、今日はありがとうございました。」
「いやあ、面白かったねえ。こんなにいいものがあるなんて、シャルから教えてもらって良かった。」
「わたくしも、こんなに楽しかったのは初めてです。………一度は諦めた人生でしたのに、ダンタリオン様のお側に置かせていただけたおかげで、再び知ることができました……。」
「あははは。そういえばシャルは最初、命を捧げようとしてたもんね。あれにはびっくりしたな。」
「わたくし、幸せです。ダンタリオン様の、おかげです。」
シャルレーヌは、彼を見上げた。
今日のオペラ観劇だけでない。日々の何でもない生活が、愛おしい。
感極まって、シャルレーヌの燐灰石色の瞳が潤んでいた。
街灯に照らされて輝くその目を、ダンタリオンも目を細めて見つめ返した。
彼の目に、ほんの一瞬だけ、ちらりと翳りが浮かんだ。
・
・
・
ある夜、シャルレーヌは横になったダンタリオンの側へ行った。
「どうした? 眠れない?」
「……抱いて、ください………………。」
「………シャル?何だって……?」
「抱いて、ください!」
「へっ!?」
驚愕するダンタリオンの懐に、構わず薄い寝間着のままサッと入り込む。
ぎゅっと目を瞑って待つが、ダンタリオンから与えられたのは─────
「よしよし」という背中を撫でられる温かい手だった。
「えっと、そうではなくて……。」
確かに抱かれているような恰好になったが、まるで子どもの扱いに、シャルレーヌは戸惑って彼を見上げた。
ダンタリオンは横になったまま片肘で頭を持ち上げて、まだ「よしよし」とやっている。
青白い火魂が彼の横で、炎をパチパチと分裂させていた。
「あの、わたくしたち………夫婦になったのですよね?」
「んー?」
「その、夫婦とは何か……こう、触れ合ったりするものなのでは?」
シャルレーヌは直接的に言うのを躊躇い、言葉を濁した。
「いま、触れ合ってるよー。よしよし、寂しかった?」
「はい………。」
「寂しかったの! そんなに最近忙しかったっけ?」
「いいえ………。そう、ではなくて。」
───こんなに毎日近くにいるのに、貴方から触れてももらえないなんて。
シャルレーヌは、自分の中の浅ましい欲求を自覚して、カァッと顔を赤くした。
これでは、相手に構わず自分の一存を押し付ける、オディロンと同じではないか。
そして、わかっているだろうにシャルレーヌの言葉を躱そうとする彼に気付き、恥ずかしさでどうしようもなくなる。
彼には、シャルレーヌをどうこうしようという、そんな気持ちは全くないのだ。
「も、申し訳ありません…っ」
ダンタリオンの腕の中から抜け出そうと、腕をついて起き上がったところで、今度は本当に抱きすくめられた。
バランスを崩したせいで、ひゃっと短く声を上げ、ダンタリオンの胸の中へと落ちる。
彼はシャルレーヌを強く抱き留めると、おでこに一つ、口づけを落とした。
「急に動いたら危ないでしょ」
「あ………。」
自分の心臓が、どくどくと激しく動いているのを感じる。
ダンタリオンの首元に顔をうずめて、気持ちを落ち着けようと息を吸った。
「ダンタリオン様………………。お慕いしております………。」
吸った息と一緒に、シャルレーヌの口から自然に言葉が滑り出る。
好き。
好き。好き。
好き。好き。好き。
胸の中にその言葉が渦巻いている。
「………………うん、ありがとう。」
ダンタリオンの返事に、シャルレーヌの胸が一際どくんと鳴る。
このままでは全く眠れなさそうだ。
そう思ったシャルレーヌに、ダンタリオンから「おやすみ」と言葉が送られる。
不思議と、瞼が落ちて───次の瞬間には、シャルレーヌは眠りの世界にいた。
眠りの魔法を使ったダンタリオンは、最後にシャルレーヌのつむじにキスを落とす。
その後ろで、青白い火魂がざわめいていた。
「……………うん、師匠。わかってますよ、…………」