捕食者と被食者
「好きな動物とか、いますか?」
唐突に玲於奈の口から放たれた言葉に、俺は動揺を隠せなかった。
口はぽかんと開け放たれ、目は丸くさせていたのだと思う。
まさか、どっかの暇な神様が動物について語り合いたいと言う俺の願いが叶ったのか?いや、暇すぎだろその神様。
「どうかしましたか?」
俺の顔をのぞきこむようにして見ていた玲於奈が、心配そうな顔をしていた。
いや、俺じゃなくてもさ、初対面の美少女に好きな動物って聞かれたらポカーンってなるよね。何言ってんだこいつ、みたいな。
「いるけど...なんでそんなこと聞くんだ?」
素朴な疑問。
「実はですね...転校先の学校では、好きな動物について語れる人が欲しいって思ってたんです。その手始めに草原君に聞いちゃいました。」
こいつは...まったく同じ境遇じゃないか。
熱く語り合える、友が欲しい。
そんな俺と玲於奈の願いが叶ったのだ。
こんなに嬉しいことはない。こいつとは、一生の友達になれそうだぜ...
「その気持ち、すごくわかる。痛いほどわかる。大丈夫だ、俺に全部ぶつけろ!お前の動物愛を!全部全部受け止めてやる!!!」
とても初対面の人同士の会話だとは思えないな。
「ほ、本当ですか!?草原さん、私っ...」
「ライオンが大好きなんです!」
...ん?今この女、なんて言った?ら、らいおん?なにそれ?どこの球団のマスコット?
「オスのあの雄々しくも美しいたてがみ、そしてメスの気高さ!あぁ、たまらない!そしてこの愛をぶつける人ができて!私っ、私っ!こんなに感動したことはありませんっ!!!」
俺、ポカーン。本日2度目。
「ところで、草原さんの好きな動物は、なんなのですか?」
若干トリップしかけている、とろんとした目で俺をまっすぐ見て聞いてきた。
俺はポカーンタイムを切り上げ、ものすごく不快そうな顔を作る。いや正確には、そんな顔になってしまった。そして最悪に悪い目つきで玲於奈を睨みつけ、一言。
「...シマウマ。」
「...え?」
玲於奈もトリップを終了し、ポカンとしている。そしてその後、さっきの俺を見ているような顔をして「いや、嘘ですよね?草原さんのような素晴らしい方が、そんな軟弱な動b...」「軟弱だぁ!?」キレた。ぷつんって音がした。そして机をバンと叩きつけ立ち上がる。「シマウマってのはなぁ!自分の弱さを認識してんだよ!てか草食動物ってのはみんなそうだ!だから目が横に付いてんだ!ただ目の前の動物を捕食対象にしかしない野蛮な動物と一緒にすんじゃねぇ!!!」
こんどは教室全体がポカーン。
「野蛮、ですって...?」
ぷつんと言う音が聞こえた気がした。
「野蛮とはなんですか、野蛮とは!生きるための狩りをあそこまで美しく、気高く行える素晴らしい生物ではないですか!そこらへんの草をもしゃもしゃ咀嚼しているだけの草食動物と一緒にしないでください!!!」
「今までの言葉を撤回しろ!まずもってだな...」
「はいはい、そこまで!」かろうじてポカン状態から脱した宮崎が俺達の三倍はある怒鳴り声をあげた。そして何故かにっこりと笑い玲於奈の方を向き「志田、初日から気が合う友達ができて、よかったな!安心したぞ!」などという的外れなことを言う。
玲於奈が顔を赤くして反論する。
「違います、先生。こんなの、ただの捕食対象です!」