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朝と夜のまにまに

作者: 本宮愁

ねぇ、私の夢を知ってる?

それは、あなたに「おはよう」と笑って眠ることよ。

私はあなたに、たった一声かけて眠る。しっかりと目を合わせて。それだけでいいの。

きっと、あなたもおんなじ夢を見ているにちがいないって、信じてもいいのかしら。




朝と夜のまにまに、




すこしずつ白んでいく空を、じっとみつめていた。

いまは朝だろうか。夜だろうか。

刻一刻と変わる世界から、目をそらしたくなくて、だけど現実にはできなくて。

ギュッと目をつむったつぎの瞬間には、世界は「朝」をむかえて、私は世界から遠ざかる。



焦がれた光は、もうそこにない。




「朝と夜の交わりを見てはだめよ」


おとなたちは口をそろえて言う。


「朝の子どもと夜の子どもは、目と目を合わせてはいけないの。片方が目を覚ましたら、もう片方はギュッと目をつむって、それからすぐに眠るのよ。そうでなければ、やさしい空は、朝を映したらいいのか、夜を映したらいいのか、わからなくなってしまうから」



夜の子どもと朝の子ども。

空に愛された、ちいさな子ども。


むかしむかし、朝の子どもは、夜の闇に凍えて泣いた。

むかしむかし、夜の子どもは、朝の光に焼かれて泣いた。


大きすぎる愛に守られた、空の愛し子たちは、それからずっと、大好きな色の空だけを見て、すくすくと育った。



「まにま」の時刻がちかづくと、空は「もうお眠り」とやさしく子どもの背をなでて、もうひとりの子どもを揺り起こす。



子どもたちは大好きな空をこまらせないように、すなおにギュッと目をつむる。



「おやすみ、そら」

「おはよう、そら」



でもね、そら。

そら。


きっとそらはかなしむから、ぼくらはけっして言わないけれど、


――僕たち、もうとっくに、子どもじゃないんだ。




はやく「まにま」がやってこないかなぁ。


目覚めるとすぐとなりにきみがいて、僕はじっと、きみの寝顔をながめて時を過ごす。僕の空(・・・)にはすっかり飽いてしまっていたから、そのくらいしかすることもない。


だけど、空はいまでも僕を夜の闇におびえた子どものままだと思っているから、僕は夜におびえなくちゃならない。


大好きな空が用意してくれた大好きな景色だから、僕は朝から出られない(・・・・・・・・)ことをかなしんじゃいけない。


僕がかなしめば、空にはわかる。

空はきっとかなしむだろう。

かなしんだ空は泣くだろう。


そうしたらきっと、空の涙は大地をえぐって、空のことが大好きな地上のいきものたちが、たくさん傷つく。


そうしたらきっと、空も傷つく。


だから僕は、けっしてかなしんではいけないんだ。さびしがっても、こわがってもいけない。僕はしあわせでなくちゃならない。僕は心からよろこんで、空の子どもでいなくちゃならない。


そんなことを考えるようになってしまったから、ほんとうはもう、僕は空の子どもでいないほうがいい。


なのに僕は、あの子に笑ってもらいたいがために、空の子どもでいつづけている。ごめんね空。だけど僕は空が好きだよ。いまでもまだちゃんと、朝焼けが好きだよ。あの子と、ほんの一時だけすれちがえたような気がする、その瞬間が愛おしいんだ。空とおなじくらいに。



「はやく、『まにま』がこないかなぁ……」



――きみもそう、願ってくれているの?




目が覚めると、いつもとなりにあなたがいる。しあわせそうな寝顔がなんだかすこしさびしげにみえるのは、きっと私もさびしいから。だけど、私はさびしがってはいけない。だって、私には空がいるから。空には、私たちしかいないから。


毎日毎日会っている。

眠りに落ちたあなたに、会っている。


あなたの、しあわせそうでさびしげな寝顔だけをしっている。ほんとうに眠っているのか、たしかめてみたことはない。たしかめてみちゃいけない。


私が起きているかぎりあなたは眠っているから、私たちは夢のなかでさえ交わらない。永遠の平行線。……ねぇ、ひとりごと。言ってもいい? だめかな。空が聞いたら、空は傷つくかな。でもね、私。


――あなたとお話ししてみたかったの。


夕焼けのなかで目覚めるとき、あなたはいつもまどろんでいた。

朝焼けのなかで眠りにつくとき、いつからか、空に語るあなたの声に背中を押されるようになっていた。


ごめんね、空。空が好きだよ。いまでも好きだよ。だけど、たまに、ほんのすこしだけ、空がうらやましくて、にくくて、たまらなくなる。どうしてだろうね。空に愛された私たちは、この世界のだれよりもしあわせな子どもなのに。






空に愛された空の子どもは、空にとらわれて空のために生きた。


大きすぎるその愛につつまれて、不自由なしあわせを手に入れた。






空が孤独でないように。大きな愛を受けとめて、さみしさは胸の奥に秘めて、そうして笑うようになってから、もうどれだけの時が過ぎただろう。






ねぇ、空。

僕の大好きな空。

僕のことが大好きな空。



僕らはもう、子どもじゃないんだ。




ねぇ、空。

私の大好きな空。

私のことが大好きな空。



許してくれる? どうしても欲しいものがあるの。





ねぇ、空。

()たちの空。

()たちのしあわせは空のものでしょう。


だから、ごめんね。





つぎの「まにま」がきたら、きっと()は目を開けて、もうひとりの()に「おはよう」と告げて眠る。


()におびえた子どもはもういないんだと、きっと空に教えてしまう。



空。空。どうか傷つかないで。()の大好きな空。



空のことは大好きだよ。

いまでもちゃんと、大好きだよ。


だけどもう、空だけを愛する子どもじゃいられない。




ねぇ、空。


空のことだけを考えて、空のためだけに生きるのが、空の望む子どもなら、どうしてあの子を連れてきたの?


一番でも二番でも三番でも、空は空以外に心奪われることを許してくれないんでしょ?



僕たちもうしってるよ。子どもじゃないから、しってるよ。

僕らは、さみしくてたまらなくなった空が地上からさらってきた、ただの子ども。空に愛されなければ、空にはいられない。空に愛されてしまったから、空にしかいられない。空の子ども。




ねぇ、空。


空のことだけを考えて、空のためだけに生きてもいいと、本気でそう望んでいたの。あの子もきっとそうだった。


一番でも二番でも三番でも、空は空以外に心奪われた私を許さない?


空の子どもじゃなくなった私たちを、空はどうするのだろう。さみしくてたまらない空は、それでも私たちを囲いつづけるだろうか。甘い甘い天の楽園で、砂糖漬けの日々を送らせるのだろうか。……きっと、それだけじゃ足りないね。空には、きっと。





ここは空。


大きすぎる()につつまれた、空の檻。





「――それで? 朝の子どもと夜の子どもは、どうなったの?」


「夕焼けと朝焼けが大好きになったことにして、永遠の黄昏のなかで生きることにしたのよ。夜と朝とが、ぴったりと重なるほんの刹那。そこに、空の子どもたちは暮らしている。――だから、朝と夜の交わりを見てはいけないの」


「それって、朝と夜の『まにま』?」


「ええ。どっちでもなくて、どっちでもある、特別なひととき。空の檻は口を開いて、子どもたちを解き放つわ」



子どもたちの願いを叶えて、それから空は、きっと手をのばす。空のことだけを考えてはくれなくなった『子ども』たちの代わりに、あふれた愛を受けとめてくれる愛し子を求めて。


空に愛された子どもは、二度と地上には帰らない。

空の愛は尽きることなく、子どもではなくなった子どもたちすらも、大きく大きく包みこみつづける。


永遠に。



「途方もなく大きくて孤独な檻だけれど、空が大好きな子どもたちなら、しあわせに暮らしているのかもね」



空を愛することと、しあわせであることは、空の愛し子たちの義務だもの。

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