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病気の少年との約束のホームラン

作者: ポイ宇宙

 私は信下準之助、プロ野球選手だ。バードウィングスのスタメンとして活躍させてもらっている。今日は大事な日本シリーズの最終日。相手は四年連続日本一に輝く山本パンサーズである。

 私がバードウィングスに入って十年になる。十年目にして初めての日本シリーズなのだ。しかも後一勝すれば日本一というところまできている。今日はとても大事な日なのだ。

 しかし、何故か私は野球場ではなく病院に来ている。別に怪我したわけではなく、ある人物に呼ばれたからだ。


「ありがとうございます。信下選手。うちの子も喜びます。ほらあいさつしなさい和哉」

「こんにちは信下選手」

 私は入院している和哉君の見舞いを頼まれたのだ。練習の最終調整をしたかったので断ろうと思ったが事情を聞くとそのようなことはできなくなった。和哉君は脳に重大な障害を持つ少年であり、今手術をしないと間に合わない危険な状態なのである。しかし、医者が言うには成功率が五割ほどしかなく、仮に失敗した場合死、もしくは症状が一気に悪化するらしい。しかし、このまま置いておくと、どんどん治る確率が減っていってしまうというにっちもさっちもいかない状態なのである。和哉君は手術をする決心がつかないのであった。

 そして、私に白羽の矢が立ったのである。

「お願いします信下選手。どうか息子を励まして手術を受けるように説得してやってください。あの子は信下選手の大ファンなんです」

 そんなことを言われたら断れるわけがない、私は車を飛ばして約束の時間に病室にやってきたのだ。

「和哉君。手術を受けないのかい?」

「だって、怖いよ」

「でも、このままだとどんどん悪くなるんだろ」

「そうだけど」

「君が怖くならないように、私に何かできることはないかい?」

「・・・・・・今日信下選手は日本シリーズにでるんでしょ」

「ああ、そうだよ」

「その試合で信下選手がホームランを打ったら僕手術をうけるよ」

「本当かい」

「うん。だから頑張ってね信下選手」

「ああ、分かったしっかりとテレビを見ていてくれよな。君のためにホームランを打つから」

 和哉君は笑顔でもう一度頑張ってねと言ってくれた。病室を出るときに私に向かってビデオカメラを回している母親がありがとうございますと礼を言った。どうやら、息子の思い出としてビデオ録画をしているようだ。

「よし」

 チームの優勝、和哉君の命がかかった大事な一戦になった。なんとしてもホームランを打ってやろう。


選手控室に行くとチームメイト全員が声を出し、やる気が充満しているのが見て取れた。チーム初めての日本一になれる大事な試合だからだろう、普段の姿からは想像もできない気迫を感じた。

「おっしゃー、打って打って打ちまくるぞぉぉぉ!」

 キャプテンの田中選手が円陣を組み、喝を入れた。こんな気が充満したチームが負けるわけがない。

 

大事な最終試合は、打撃戦になった。こっちが打てばあっちも打つ、こっちが走れば向こうも走る点の取り合いになった。9回の裏を迎えバードウィングスの攻撃、スコアは28対28。私も六打数六安打という好成績を収めていた。

しかし、ホームランが打てていなかった。フルスイングをするがどうしてもスタンドには届かずフェンスに邪魔をされ続けた。チームメイトはなんと私以外全員がホームランを打っている。この疎外感が私を焦らせた。何としてでもホームランを打たなければ、和哉君のために。

 前の2人がヒットを打ち一打サヨナラの状況になった。そして、打順は私。バットの握りを確かめ、ホームランをイメージして素振りをする。

 今日六失点の木村選手がマウンドに立っている。かなり疲れているようだ。チャンスだ。先ほどから球を見ているが明らか不調だ。

 木村選手の第一球。様子見のボール球だったが、速度は遅かった。これなら容易に打つことができる。

 そして、第二球。来た絶好球。

 私は、あらん限りの力を使いフルスイングをした。バットの芯で捉えられた打球は大きな弧を描き、スタンドへと飛んでいく。手ごたえはあった。ああ、しかし野球の神は私に微笑まなかった。また、フェンスがスタンドインを邪魔した。

 私のヒットによりチームはサヨナラ勝ちをし、初の日本一となった。決定打であるヒットを打った私の下にチームメイトたちが駆け寄ってきた。監督に続き私は胴上げされた。ドーム内は大盛り上がりであった。ヒーローインタビューでは私がお立ち台に上がることになったのだが、このとき何を言ったのか全然覚えていない。

 

ビールかけを義務で参加し、私は早々に会場を後にした。すぐにでも病院に行き、和哉君に謝らなければ。そして、なんとしても手術を受けてもらえるように話そう。タクシーを拾い、病院に向かった。

 和哉君が入院している病室に着くと、不思議なことに中には誰もいなかった。部屋を間違えたのだろうか、いやこの部屋であっている。どういうことだ。

「もしかして・・・・・・」

「あらっ、信下選手ですか」

 看護師が私に声をかけてきた。部屋の中でボー然と立ちつくす私を不審に思ったのだろう。

「あの、和哉君はどこに」

「和哉君でしたら先ほど手術室に入りましたよ」

「はっ、手術ですか」

「ええ」

 訳が分からない。しかし、今はその謎の究明よりも現場に行くのが先だ。

 ザワザワ。

 手術室の前から大人数の声がする。

「あれ・・・なんでみんなが。それに何故パンサーズも」

 そこにいたのは先ほど優勝争いをした山本パンサーズ、そしてそれを下した私のチームメイトたちが居た。

「・・・・・・あの田中選手これは」

「おお、お前もだったのか」

「お前も?」

 田中選手にこの良く分からない状況について説明を簡潔にしてもらった。

 和哉君は脳の腫瘍のため重度の記憶障害であった。日常の基本的なこと以外のことはわずか数分で忘れてしまうのだ。もちろん私との約束も忘れている。母親はどうしても和哉君に手術を受けさせたかった。しかし、和哉君は首を縦に振らない。そこで私たちを使ったのだ。まず、今日試合をする選手全員を順番に呼び、ホームランを打てば手術を受けると言う約束を取り付ける。和哉君はすぐにそれらのことを忘れてしまうため、証拠として母親はビデオカメラを回していた。そして、今日の試合を見る。ホームランを打った選手の映像だけを和哉君に見せて約束通り手術を受けさせる。そういった寸法であった。

この場所にいる選手たちは私以外全員がホームランを打っていた。今日の試合を決めたのは私だが和哉君の運命を決めたのはここにいる全員である。私はいたたまれなくなり、その場を離れた。途中で和哉君の母親とすれ違った。しかし、彼女は私と目を合わせることなく頭を下げ小走りで手術室へと向かっていった。

バードウィングス、信下選手の一打でサヨナラの初優勝。

バードウィングス、山本パンサーズ共に病気の少年とのホームランの約束を守った。しかし、信下ホームラン打てず。

 さて、どちらが明日の新聞の一面を飾るだろうか。


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