夢売り
「ようこそ『夢幻堂』へ。今夜はどんな夢をご希望で?」
雑誌をみて気になった和菓子の店。入ってみると人ではなく着流しを着た狐がそう言って出迎えてくれた。
「ええと、ここは和菓子の店じゃ……?」
そういうと狐はバツが悪そうな顔をした。
「ありゃりゃ。普通のお客さんでしたか……どうかこの事は誰にも言わねーでくださいね?」
「は、はい……」
私の返事にほっとしたような顔をみせる。
「まあ、ここでお嬢さんにあったのも何かの縁でございましょう。あっしは狐。ご贔屓のお客様には『狐の旦那』
などと呼ばれております」
狐の旦那は懐から名刺を取り出し、私に渡した。
そこには「夢幻堂オーナー」という文字と、その隣に大きく「狐」と書かれていた。
名前が無いのか、見てくれ通りの名前なのか気になったが、何も言わずに受け取ることにした。
「この時間は予約が入っていたはずなんですよ。あっし、そのお客さんとお嬢さんを間違えたみたいで。いやぁ失敬失敬。お詫びといっちゃぁアレでございますが、これを」
名刺の次に渡してきたのは、透き通った赤い綺麗な勾玉だった。
「これは?」
「当店のイチオシ商品、〈夢見玉〉でございます」
「ゆめみだま?」
「さようでございます。それに寝る前に見たい夢を念じて枕元に置くとその夢を見られるという優れものでございます。効果が出るのは3回までなので、よ~く考えて使ってくださいね」
なんだか悪徳商人に捕まったみたいな感じだけど、まあお金は払わなくて良いのだし、貰える物は貰っておこう。そう思いながら私はそれをポケットにしまった。
「その顔は疑っておりますな?ウチはその業界でも有名な夢売りですからご安心を」
「夢売り?」
さっきから知らない単語をオウム返ししているばかりな気がする。
「あぁ、夢売りとは文字通りの意味でして。夢を売るんです。お嬢さんにあげた夢見玉のようなものをつくって、ね。」
勾玉を取り出してもう一度見る。
店の照明に照らしてみると更に綺麗に輝いた。真ん中には白っぽい丸いものが入っていた。
「これ、どうやって作ってるんです?」
少し気になって尋ねてみると、旦那はよくぞ訊いてくれましたと言わんばかりにぱっと顔を輝かせた。
「お嬢さんは、すごくいい夢を見たのに何だったのかイマイチ覚えていない事はありませんかい?」
私は少し考えたあと、こくりと頷いた。
「あ。あります。内容は忘れているのになんだかいい夢を見たなって思うことが」
「それはですね、あっし達がその夢をいただいて、夢見玉を作っているんですよ」
「え?」
夢を取るということが可能なのか。
そんなことをしても良いのだろうか。
疑問が頭に浮かんでは消えていっていると、狐の旦那はカウンターの奥にあるふすま襖を指(というより手?) 指した。
「あそこの奥は、人々の見ている夢を見ることができる場所——夢殿に繋がっているんです」
そういって私を襖の奥へと案内してくれた。
奥には真っ白な空間が広がっていた。そして真珠のような大きくて丸い球体が浮いている。
「これは?」
「これは夢映しという、まあ簡単に言うとモニターです。ここに色んな人の色んな夢が映像として映し出されるのです」
さっきまで真っ白だった夢映しに夢が映った。
そこには有名なグループのアイドルの一人と女の子が楽しそうに会話をしたり、買い物をしたりという映像が映し出されており、まるでデートをしているようだった。
「夢というものは、現実ではありえない事も叶えてくれる。それは幸せなことで、ずっと夢の中に居たくなる。夢から覚めたくなくなる。そう思ってしまうと夢に囚われてしまう事があるのです。…………だから夢は儚い幻でなければならない」
そうして旦那が夢映しに触れると、映像が触れた手に吸い取られていくように消える。旦那の手の中には小さな銀色の玉があった。
これが勾玉の中に入っているのか……多分。
「そのとおり。そして勾玉には夢に囚われないようまじないが施されています。まじないについては企業秘密でございますが」
旦那が自慢げに説明をしていると、カランコロンと誰かがドアを開ける音がした。
夢殿から出ると、二十歳くらいの女の人がいた。
「あの、昨日電話した……」
「あぁ!伊藤様でございますね?ようこそ夢幻堂へ。今夜はどんな夢をご希望で?」
どうやらここに来た最初、この人と私は間違えられたらしい。ふと目があったので一礼する。
「先客がいらしたんですか?」
「いえいえ。こちらはアルバイトさんでして。大丈夫でございますよ」
そう言って笑う旦那。勝手に従業員にするなと思ったと言いたかったが、話に合わせることにした。
応接間に移り、商談が始まる。
伊藤さんは少し考えて言った。
「…………悪夢を見せてください」
「えっ?」
思わず声を上げてしまった。普通は悪夢なんて見たくないだろうに。
声を上げたことにより、旦那にムッとした顔をされた。
「す、すみません……」
「どうも失礼いたしました。なにせ入ったばかりの新人でして」
「なら、仕方ないわね」
くすくすと笑われてしまった。何か間違った反応をしただろうか。
「では気を取り直して。悪夢を希望する理由を教えていただけますか?」
「付き合っていた彼に浮気されてしまって。しかもその浮気相手との間に子供ができてしまって——婚約までしていたのに……」
それで復讐としてその彼に悪夢を見せたい、という事らしい。
旦那は立ち上がると、応接間を出ると、何かを持って戻ってきた。
持ってきた物は夢見玉——私がもらったものよりも不透明で、赤黒いものだった。
「これを彼に渡せば悪夢に囚われそのまま永遠に目覚めなくなります」
「本当ですか?」
「えぇ」
「……お願いします」
お勘定をと伊藤さんが財布を取り出そうとした時、我慢できずに「ちょっと待ってください」と言ってしまった。
「そりゃあ相手の方も最低だとは思いますけど、そこまでしなくてもいいじゃないですか。目覚めないって事はそのまま死んでしまうかもしれないのに……!」
「こらこら」
旦那に静かに咎められる。お客様の決めたことに口出しをしてはいけないと。
伊藤さんはお代を払い、夢見玉を持って出て行った。
「いやぁ、女性というものは怖いですなぁ」
閉まっていくドアを見ながら旦那は呑気そうに呟く。
「人殺しのようなに手を貸して。そんな商売があって良いのか」
「そんなことをしたらあっしが逮捕されちゃうじゃないですか」
狐が警察に手錠をかけられて連行される図。シュールだ。
そんな図が浮かびながら私の中で何かにひっかかった。
悪夢に囚われる夢見玉というのは嘘だったのか……?
「アレは本物ですよ。偽者売るなんて詐欺じゃないですか。……あっしの店には夢殿があるんですよ?」
「…………あ!」
そうか。夢殿があるんだ。人々の見ている夢を見ることができる場所。そこの夢映しを使って悪夢を取り除くのか。
「ご名答。お嬢さんの推理力にはびっくりですな。まあ、少し灸を据えるためにも半日くらいは放置しようと思っておりますがね」
細い目を更に細くして笑う旦那。
最低なことをしたんだからそれくらいなら良いかもな。女の恨みは怖いぞってことで、ね。
「にしても本当によく分かりましたな。あっしの助手として働きません?」
「それも良いかなぁ……」
人の見る夢に興味はあるし、それに人に夢を見せるというのもなんだか良いな。
「ほんまですかいな!?」
こうして私の不思議なアルバイト生活が始まった。
後に、雑誌に載っていた「イケメン職人の作る絶品和菓子のお店!『夢幻堂』」というのは、人間に化けた旦那が営む表向きの店だったことが判明した。
絶品和菓子はもちろん、イケメン職人という言葉にも気になったのも正直あったのでなんかこう……少しだけ幻滅した気分になった。
和菓子夢幻堂の閉店後、今日も誰かが自分の希望する夢を求めてドアを開ける。
「ようこそ夢幻堂へ。今夜はどんな夢をご希望で?」