クサリス 皇国騎士学園 フィー
しばらくぶりです。
間が空いてしまって申し訳ありません。
クサリスの総合ギルドで大猪の皮の納品を終え、報酬を受け取った俺達は護衛であったクリスとそこで別れギルドの建物前の大通りに出た。
皮の引き取り待ちの時間が予定よりかかり、終わった頃には昼過ぎとなっていた。
普通は人通りも多く賑わっているはずの時間帯に一部の人々が通りを塞ぐようなひとだかりを作っていた。
「何かあるのですか?」
ティルが近くの30代くらいの露天商に尋ねた。
「近所の子供が飼っている子犬が子供にじゃれたはずみで、騎士様とやらにぶつかってお怒りだと…」
少し注意を向ければ、若いらしい男の下卑た嫌味が聞こえた。
「それくらいの事、騒ぐほどのことじゃ…」
と、改めて騒ぎの方に視線を向けると…子犬の悲鳴?と子供の悲鳴。
人垣を割って前へ出るとひくひくと痙攣する子犬に覆いかぶさり身体で庇う少年…そしてイラついた表情の青年が2人。
「で、どうしてくれるんだよっ 靴が汚れちまったじゃねーか!」
言いながら右足を後ろへ振り上げる青年、と止めようもしないもう一人。
少年は今にも自分を蹴りそうな青年には目もくれす、必死に子犬を庇い続けている。
で…
「ぁ…」
俺はいかにもなワザとらしい声と一緒にまだ片足立ち状態の青年に向けて小石を蹴り飛ばした。
ほぼ同時にティルが少年に駆け寄りその背中に庇う…
「ぃっ! なんだぁ!!」
「悪かった…殴ると手が汚れるので…」
悪びれもせず、それが当たり前のように言いながら俺はかがんだままのティルのそばに立つ。
その間にティルは視線は青年2人組に向けたままぼそっと何かを囁く…
(治癒術…さすが神族)
それは気配で確認するにとどめ、2人組を見ると、それなりに良い生地でしつらえた衣類とそこそこに派手な拵えの長剣。その上で小さく意匠化された文字のいかにもなマントを羽織っていた。
『Ein Ritter und Einr Pflicht』
(騎士と義務?)
何を言いたいのか判らなく疑問符が意識に浮かぶ??
「おい…こいつらはなんだ?」
「おそらく…この街の学院生ではないかと…」
名前を知られるのも後々、面倒になりそうなので、あえて名を呼ばす、視線でティルを見ながら尋ねると、こういう答え…
「学院? 何やら嘘くさいが…まぁ…」
「何をごちゃごちゃとっ! お前が何をしたか解っているんだろうなっ!」
こちらの会話を遮って青年の一人が喚き散らす。
で、無視する。
「そっちは?」
「大丈夫、もう少しすれば完全に…」
子犬の事をティルに尋ねると大丈夫という事。もう用事は無い。
「て・てめえら…」
「で、どうしてこんな騒ぎになっているんです?」
と、今更のように尋ねた。
青年達の害意は俺の狙い通りに既に完全に俺に向けられており少年はティルに庇われて人垣にまぎれる事が出来たようだ。
「帝国貴族に逆らった報い、その身に刻めっ!」
言いながら(自称)帝国貴族の長剣が鞘走るが、一人分ほど身体を左にずらして躱す。
眼前で態を崩す青年の身体を前に押せば…青年はこちらに背を向けてそのまま押された側に倒れる。
倒された自分に理解が及ばず口だけがパクパクと開閉する様を尻目に俺は…
「さて、みなさん、何をするか判らない馬鹿に構わず、逃げましょう!!」
言うと同時にティルが少年を、俺が子犬を抱えて路地に駆けこむ。
同じように周囲の人垣もあちこちの路地に駆けだしている。誰もが貴族ごときにかかわって、くだらない怪我などしたくは無い事が判った。
(どうやら、コノ…貴族は嫌われているようだ)
視界の端で『待て!』と喚く馬鹿2人を無視して俺達(観客だった人垣も含む)はその場を散って行った。
実は住まいの近所であったんだが…(笑)
『Ein Ritter und Einr Pflicht』という文言を飾る集団に興味を持った。
アレから数日経ち、時々遊びに来るようになった少年とそれとなく情報を集めてみると、それは戦士ギルドの関係組織で『学園』とやらの教育機関のシンボルだと…
正直、アレを見た後では『何の冗談だ?』としか感想を抱けなかったが、逆に『何を教えているのだ?』という興味に変わった。
で、エイヴ商会の方から派遣されてきた料理人とウェイトレス(本職はハウス・メイド)
が1階で何やら忙しく動き回っているのを放置して学園とやらを見物に行く事にした。
簡素な服装といつもの長尺剣、長剣を帯び人伝に学園を目指す。
といっても、建物そのものは全寮制で大きく、方向と建物に気付けば迷うことはそうそうない。
街の第4市街のほぼ4割が学園で残りもほとんどが学園に関係のある商店などらしい。
第4市街をさらに5つに区分けし、それぞれに学園と関連施設を用意する。
街では第4市街を総じて『学園』市街ともいい、5つの区画も『1学区~4学区』、そして『特区』となるそうだ。
そしてそれぞれの学区は同じカリキュラムで学生を教育し、それぞれを競争させることで成長を促進させているという。
学園には特に入学資格などがあるわけではなく、試験合格と入学金の一括納付が義務付けられているくらいで、年齢、性別、種族の制限も建前としては存在しない。
建前というのは、やはり貴族、富豪などの裕福層が最大数を占め、次は冒険者や元戦士ギルド所属者と続く。
そして学生として入学したその場から学園外を含めてすべての身分が均一化される…
大貴族も平民も、学生になった時点で対等に扱われ、対等の立場となる…建前だ。
そして学園の卒業生というのは各国の騎士団入団に有利であるらしい…
元々、学園の発端は『戦災孤児』の支援と『戦争時の人質の隔離』を目的とした教育、矯正施設であり、戦時の戦力維持と敵国民の皇国への思想傾倒を目指したものである。
ただ、技術を磨くという点では優秀な機構で、有能な人材を数多く卒業させてきたことから教育機関としての性質が強くなり、そこに皇国の『有能であれば貴族、平民を問わず登用する』姿勢が加わることでエリート認定機関として一定の権威をもつことになった。
しかも発端当初の『敵国の人質に対する思想教育』が僅かに影響し、他国人でも教育には平等な姿勢ができており、敵対国の人間でも受け入れるという訳のわからない事になっている。
まぁ…皇国にある意味、留学する才能、後ろ盾を持つ敵国人が皇国に帰化する事もあるので害悪ばかりではないらしい。
そんな事前情報を頭の中で半数しつつ学園の事務で見学の申し込みを終える。
簡単な書類の記入だけで、検認印をもらい、それを懐にしまうと学園の見学経路表示に従って廊下を歩く。
教室では騎士の作法を教えていた。
広場ではいくつかの集団が剣技や体術を教えていた。
「リーフさぁーん!」
広場の体術の授業を遠くから眺めていると懐かしい女の子の声が俺を呼んだ。
俺を『リーフ』と呼ぶ者は、ここではそれほど多くないはずだ。
視線を横にずらせば、そこには懐かしい顔。
「あれ? フィーか?」
「うん、お久しぶりです。リーフさん」
懐かしい顔。村でよくお世話になった少女が佇まいも凛々しくそこには居た。
「リーフさん、学園にご用ですか?」
「ぁぁ…ちょっと興味を持ったので見学に…」
「ですよねー(笑) いまさらリーフさんが学園で習うことって、そんなにないですものねー」
「おいおい、俺がそんなに完璧に見えるなら…もうちょっと人を見る目を養ったほうがいいぞ」
などと、他愛もない会話をしつつ…
「フィーは何でここに?」
と聞いてみる。
「…アレから色々と考えた事があって…あの時はたまたまリーフさんが居てくれたから村には何もなかったけど…そう考えちゃうと、誰かは戦わなくちゃいけない…」
「でも、それは君がする事じゃないだろ? 他にも男は居たはずだ」
「うん…でも…私が初めに戦うから意味があるの…」
戦いに向かない女性が戦うから、他の男が戦う気になれる…ということか…
「…そっか…頑張れとは言わない…それは、頑張って『無い』者に向かって言う言葉だ…だから…」
「………」
「君には…『幸運を…』って…」
「うん…ありがとう」
少ない、時間だが 久しぶりにゆっくりと流れる時を過ごせた俺は、上機嫌で帰途に就いた。
誤字指摘、御感想など、頂ければ幸いです。




