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お昼ごはんと軍事作戦

 ―――――――――――――― 24日・正午 ――――――――――――――


 蒼神博士とエンプレスは政府の監視網を避けるため、電車やバスを使って大勢の民間人に紛れ込み、まずは博士の知り合いが勤めている大学病院へ。そこで血液サンプルの分析を依頼し、地下鉄を使って飛行場に到着する。政府や軍部は博士の当面の目的をまだ知らない。まさか、テロ集団に人質にされた者達の解放のため、たった二人で敵地へ交渉に赴くなどダレが予想する? しかも、彼等が必死で確保した男の子は一緒ではない。例え、二人が追跡班に発見されたとしても、男の子が即座に拘束される危険は無い。で、そんな微妙な状況に置かれている事など知る由もない男の子……『柊沙那(6歳)』は蒼神博士の隠れ家で――


 カチャカチャ、モグモグ……カチャカチャ、グビグビ……


 お昼ご飯食べてた。

「沙那君、どう? 美味しい?」

「うんッ、美味しいよ☆」

 キッチンのテーブルで茜が作った炒飯を頬張っている。で、沙那を挟むようにしてスターとデビルの双子が着席していて、一緒に同じ炒飯をいただきますしている。

「コレってすごく香ばしくてイケるよ、スター」

「そうね。後でレシピを教えてもらうわ、デビル」

 双子の方も御満悦だ。

「むふふぅ~~、わ・た・しの中華料理がァ~~♪ 青少年の胃袋を~~、ぐっじょおおおおッぶ♪」

 茜、何がそんなにテンションを高めるのかは知らんが、水餃子と回鍋肉を楽しく調理中だ。ただ、どういうワケだか……現在の彼女はエプロンではなく『ゴスロリ』の衣装を纏ってる。白をベースにしたレースとフリルとリボンで飾った服に、パニエで膨らませたスカート。縦ロールのウィッグとヘッドドレスを装着したコテコテの仕様だ。めちゃくちゃ調理し辛いだろうに。

「アンタ達、今夜あたり気ィつけなさい。あのアホが気合い入れて料理を振る舞った日の夜には、必ず犠牲者が出るからね」

 沙那とデビルの肩にそれぞれポンッと手がそえられる。同時に二人が振り向くと、そこには渋い顔して立ってる咲。案の定、ゴスロリ。黒をベースにしたヤツ。ただし、間に合わせがなかったのだろうか、会社帰りのオッサンが使ってそうな折りたたみ傘を差してる。

「咲姉チャン、家の中で傘差すのはやめようよ」

 デビルから冷静に注意される。

「お黙りッ。年長者の言う事を聞かないと、下半身に一生残るトラウマが訪れちゃうぞッ」

 えらく不吉なコトを言いながら、デビルの綺麗なブロンドのショートボブをクシャっとつかむ。彼を間近で観察して初めて分かったが、平均的な12才の少年と比べて華奢な体格をしていて、右耳には何かのアニメのキャラクターを模したピアスをつけている。

「そうよ、デビル。下半身は一生の付き合い。大事にしないといけないわ」

 姉が微妙に勘違いしたセリフを述べる。彼女もまた弟と同様に華奢な体つきで、床につきそうなくらいの銀髪のロングヘアに真っ赤なヘアバンドをつけていて、咲は一瞬目にしていた……二人が体を動かした時、スーツで隠した肌の一部がわずかに露わになって、その肌に不自然な“外傷”の痕が幾つもあったのを。

(なるほど、『病状』ねえ……)

 咲は目を細め、昨晩博士が言っていた言葉を思い出して軽く溜息を漏らす。そして、茜の方に視線をやる。

「……うん」

 相方は少々苦笑いして軽く頷いた。どうやら茜も気づいているようだ。生きる事に何の支障も異常も無い人間が、ワケの分からん手術を施されてまでSPになるハズもなく。この双子もまた、沙那と同様に何だかの形で人間社会の犠牲者なのかもしれない。

「ところでさあ、君自身には何か心当たりは無いのかな? 人質交渉の道具に指名された身としては」

 そう言って咲は沙那の頭を優しく撫でた。

「何も知らないよ……ボク、早くママのトコに帰りたい」

適当な嘘がつけるような余裕は男の子からは微塵も感じられない。少しでも執拗に問いただせば、すぐにも泣き出しそうなくらいに表情を曇らせている。

「それじゃあ、ママもパパも心配してると思うからァ、無事だって連絡くらい入れとく?」

 茜が中華鍋とオタマを振るいながら言う。

「蒼神のオジチャンから電話は絶対しちゃダメって言われてるんだ……それに、『パパ』はいない。ママは『パパ』のコト聞くと怒るんだ」

 沙那は少し俯いて小さく呟く。この男の子にもあまり人様に聞かれたくない事情があるようだ。テロ集団から身柄を要求されているからには、何か政治的・経済的な絡みがあるのかもしれない。そうなると、必然的に男の子の両親が重要なファクターになりうるのだが……。

「――――――ちッ」

 ふと、咲がキッチンからリビングの南の窓を視界にとらえ、小さく舌打ちした。手にしていた傘を折りたたみ、両手をギュッと握り締めて茜の方を睥睨する。

「あ~~あ、せっかく料理が上手くできたのになァ」

 咲の様子の変化に気づいた茜がコンロの火を消し、裏口の方にトコトコと歩いていく。

「……何かあったのかしら、デビル?」

「……何か始まりそうな空気だよ、スター」

 年若いとはいえ、SPの訓練を一通り受けた二人だ。咲と茜の機微に気付いて瞠目している。

「双子の諸君、護衛対象を連れて2階へ移動しな」

 咲がスターとデビルに背を向けながらポツリと呟いた。

「ど、どうしたの?」

 沙那が怯え気味の声で問う。

「生活費を稼ぐんだよ。大人だからね」

 咲はそう言って口元を歪めた――――不気味に歪めた。


 ――バタンッ!

 大型トラックの荷台の扉が開き、将校の軍服を着た長身の女性が入って来た。荷台の中は通信機器とPCで埋め尽くされ、スーツ姿の数人のオペレーターが椅子に腰かけてモニターを見つめている。軍服の女性は通信機を手に取った。

「この場所で間違いないんだな、コントラ?」

 低い声で相手に問う。

<はい、ここです。ここで“臭い”は途切れてます>

 トラックの助手席では通信機で応答しながら、窓から頭を出して鼻をヒクつかせている者が。迷彩柄の下士官の軍服を着ているが、まだ14、5歳くらいの少年だ。さっきからやたらと周囲の臭いを嗅いで警戒している。

<おッ、ありましたぜ、准将。逃走に使われたっていう車両が>

 運転席の男が路肩に放置された一台の軽自動車を発見し、報告した。

「よし。では、ここを拠点として次のミッションに移る。まずは半径5キロ以内の主要道路を全て封鎖。検問を行う」

「で、あたい達は何を?」

 わずかなスペースに狭っ苦しそうにして立っていた連中の一人が、閉じていた目を見開く。

「ここから先はしらみつぶしだ。ビオラとホルンはコントラを先頭に先遣を担え」

「あいあいさ~~」

「了解、りょうかい」

 プロレスラーみたいなガッチリとした体格の女性隊員と、小学校の低学年みたいに華奢で小柄なオッサン隊員が、フザケ気味に敬礼して荷台から跳び出していく。

「ファゴットとハープは有事に備えてここで待機だ」

「有事ィ? ガキ一人拉致るだけやろう? 非力な科学者の兄チャンにケツの青いSPの二人組やで。先遣の三人で十分やン」

「……だろうな」

 彼女――ダリア准将は小さな声で呟く。准将の率いる私設特殊部隊『沈丁花じんちょうげ』。建造物の占拠・制圧作戦を専門とする曲者共の集団。4ヶ月前の事件で人員の多数を失っていたが、公に処理できない案件の始末役として、いまだにその存在は軍部において大きい。

(蒼神めッ……自分の息子を失ってもまだ学習できんのか)

 准将がイラつきをこめて軽く舌打ちし、荷台から降りた。と、同時に――


 キッ――!


 大型トラックの正面に一台の軍用ジープと二台の装甲兵員輸送車(APC )が停車する。

「なッ……!?」

 完全に予定外の状況だったのだろう。准将は呆気に取られて口が半開きになっている。

 バタンッ!

 ジープからスーツ姿の中年男性が一人降りてきた。男が通信機を手に取り合図を出すと、それぞれの輸送車のハッチが開き、武装した陸軍歩兵が二個小隊展開される。

「何のつもりだ、このバカがッ! 折角の包囲作戦をムダにする気かッ!?」

 ガッ――

 憤怒の表情で足早に歩み寄った准将が、その男のネクタイを鷲掴みにして鼻息を荒くする。

「お、落ち着きたまえ、准将……私も率先して現場に赴いたワケじゃない。作戦を監視せよとの首相からの直接命令だ」

 今にも噛みついてきそうな勢いの准将を相手に萎縮する男性――内務庁直轄機関・国家調査室の総責任者『杜若かきつばた』室長。彼もまた、4ヶ月前の事件に巻き込まれて有り得ない事象を目にしてしまった一人。そして、首相とは違う見地から准将の人となりを疑っている。

「下らん。“監視”だと? ワタシの作戦に不備など無い! 現場に必要なのは有象無象ではなく、即戦力として動ける者だけだ! 目標に勘付かれる前に撤退しろ!」

「准将……別にアナタの指揮能力や作戦の首尾をとやかく言うつもりはない。ただ、今回のアナタの“モチベーション”には少々……納得のいかない点があると首相が申されましてね」

 室長が一瞬、口元を小さく歪めた。何かの秘密を握った人間が垣間見せる、有利な立場を誇示するようなイヤラしい笑みだ。

「……知らんな。重要な軍事作戦の一環故、ワタシが担当しているに過ぎん」

 准将はさりげなく室長から目を逸らし、声のトーンを落とした。

「軍事作戦? それは防衛本庁長官も同意の――おっと、これは失敬」

 彼はわざとらしく言葉を濁す。

「ふんッ……長官の件について追及するつもりは毛頭無い。くたばったところでワタシには何の不都合もなかったしな。無能な男には丁度良い最期だ」

「これは冷たいですなあ。ま、彼が“不慮の事故”で他界してくれたおかげで、この国で他国の戦術核兵器が使用されたという事実と密約は、立証されずにすみましたからなあ」

 室長は余裕のこもった声で呟きながら、軽装歩兵の二個小隊に手で合図を送る。部隊は彼の面前に綺麗に並び、起立する。

「国の体面など知った事ではないが、“不慮の事故”というのは、このオモチャの兵隊共が編制された直後に起きたヤツの事かな?」

「…………」

 准将の鋭い指摘に対し、室長は押し黙った。

「諸君、これより作戦を開始する。本作戦はダリア准将からの協力もあり、間もなく目標が潜伏中のアジトが突き止められる。おそらく、一般の住宅を丸ごと買収して不動産リストを偽装したモノだ。よって、部隊を二つに分ける。第一班は南から、第二班は北から家屋内に潜入し、目標を全て制圧せよ。目的はあくまで『柊沙那』の奪還であり、銃器類の使用は避けろ」

「室長、敵から抵抗があった場合は?」

 部隊のリーダーと思われる初老の隊員が質問する。

「事前のミーティングで説明した通り、目標を誘拐した犯人は二名。一人はナイフの一本もまともに扱えない青臭い科学者。もう一人はSPとして強化訓練を受けてはいるが、所持しているのはせいぜい9ミリの自動小銃オートマチックだ。つまり、5分で済む。が、油断はするな。大事の前だ」

「御安心を。我々は素性の知れないイカレた愚連隊とは違いますので」

 そう言いながら部隊長の視線が准将に向けられる。

「これは手厳しいな。杜若室長、御自慢の精鋭部隊の邪魔にならぬよう、ワタシの沈丁花はバックアップに専念した方が宜しいかな?」

「いやいや、首相は准将の作戦の監視を私に命令された。故に、アナタがここで恙無く任務を果たしてもらった方が、いらぬ疑いも晴れやすくなるというもの。国家調査室としては、目標の身柄さえ確保できれば文句はありませんよ」

 言葉の応酬によるプチ冷戦だ。

「准将ッ、コントラから通信入りましたぜ!」

 ファゴットがトラックの荷台から呼びかける。

「よし、GPSからの信号を監視衛星に入力。赤外線モードに切り換えろ」

 准将が指示を出しながら荷台に戻り、メインモニターを睨みつける。

(蒼神……ガキの馴れ合いもここまでだッ)

 准将は軍服の胸元からスティックシュガーを一本取り出し、封を切って口の中にサラサラと流し込んだ。

 ゴクッ……

 彼女の喉が鳴り、メインモニターに隠れ家の赤外線映像が映し出される。

「…………ん?」

「……何や?」

「……妙だな」

 准将が目を細め、ハープとファゴットが首を小さく傾げた。発見した隠れ家には五人の存在を確認。数が増えている。

「コントラ、その場所で間違いないのか?」

 通信機を手に取って呼びかける。

<はい、ここです。福祉施設で回収した柊沙那の私物と同じ臭い……ここで止まってます>

 少年隊員の凜とした声が返って来る。

(仲間と合流でもしたか? 面倒なッ)

 早くも不確定要素が邪魔をし始めていたが、准将達の作戦に変更はない。そして、モニターを見つめていたのは准将達だけではない。

「よし、隠れ家の位置が判明した。各自、武装とライブカメラの状態を確認しろッ!」

 杜若室長が二個小隊に檄を飛ばす。部隊長が手にしたPDAに座標とマップデータが送られ、輸送車二台が徐行を始める。

「室長、思うにあのボーイスカウト共が付けているカメラは……」

「ええ、准将。アナタ達『沈丁花』の一挙手一投足を記録するためです。軍規に正しく従い、命令を順守し、我々に対してバカな妨害がなかったか……ね」

 国家調査室は本気だった。PFRSの一件で実動部隊を丸ごと壊滅させられた上、准将率いる沈丁花の常軌を逸した行動を、現場で目の当たりにしている。場合によっては、軍部における准将の息がかかった機関・組織を解体してしまおうという腹積もりなのだろう。

(政治の駆け引きなどどうでもよいわ……柊沙那の身柄さえ引き渡すことができればな)

 准将は室長の回答には何の興味も無い様子でメインモニターを凝視している。そして、数分後――


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