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不気味なコンタクトと元住人達

 『ポイント32』の東エリアの沖合いに、1隻の小型高速潜水艇が浮上する。潜水艇は専用の桟橋までゆっくりと進み、停船した。

 ガコンッ……

 ハッチが開き、中から男が一人顔を出す。

「いやはや……二度とこの地に足を踏み入れる事はないと思ってましたが。ま、立案者クライアントの要請では仕方ないですよね~~」

 男が桟橋に降り立つ。顔のそばかすが少々目立ち、頭に大きなカブト虫のブローチを付けた30代半ばくらいの白髪の男だ。冷たい潮風が彼の短いクセ毛を揺らし、その三白眼が先に見えるトンネルを見据えた。そう……本土の中華料理屋で立案者プランナーの夕飯を作っていた『氷上』という男だ。

 ガコォォォォォォ――――――ン……

 基本的な構造は西エリアと同様で断崖絶壁にエレベーターがあり、それに乗って敷地内へと進む。

(……おや?)

 東エリアの敷地内に一歩前進した彼の足が止まる。このエリアには通常処理を行う産廃施設が建ち並んでいるのだが、その一画で地面にしゃがみ込んで施設を仰ぎ見ている者が一名。作業者用の白衣を着て、頭には目出し帽を被った明らかな不審者。そう、『吉田さん』だ。

「何か珍しいモノでも?」

 氷上は吉田さんの真横に立ち辺りをキョロキョロと見渡してみたが、解体を待つ寂れた施設が静かに佇んでいるだけで、特に目につく物は見当たらない。それでも吉田さんはその場にしゃがみこみ、無言で何かを見ている。

(なんだかよく分かりませんが、あまり他人様に氷上の行動を見られたくはありませんので)

 氷上はやれやれといった感じで吉田さんの目の前に移動し、同じようにしゃがんだ。そして――

 カチャ……

 上着に隠し持っていた一丁の拳銃を取り出し、吉田さんの前に差し出した。

「さあ、コレで頭をズドンッと。悩み事なんか吹き飛ばしましょう。んふッ★」

 人の良さそうな笑みを浮かべつつ、氷上は中華料理屋の時と同じく相手の耳元で囁くような〝声〟を発して命令した。

「…………」

 吉田さんは何も言わずに氷上から拳銃を受け取り、ゆっくりと自分のこめかみに銃口を押し当てる。

(さて……)

 この後、吉田さんがどうなるかは火を見るより明らかで、氷上は踵を返してその場から事も無し気に立ち去ろうとした――――――が。

 カチャッ……

(――――――――ッ!?)

 発砲音の代わりに聞こえてきたのは、拳銃を構え直す金属音。そして、その音が持つ悪意は完全に氷上を背後からとらえていた。

「こ、これはこれは……妙ですよね~~」

 氷上はゆっくりと振り返ってゴクリと喉を鳴らしながら両手を上げた。

 ザッザッザッ……

 吉田さんは拳銃を片手で真っすぐに構えたまま、氷上の方へ歩み寄る。やがて、銃口が氷上の胸元に軽くぶつかった。

 スッ――

 拳銃を半回転させ、吉田さんはグリップを相手に向けて差し出した。わずかに、さりげなく、バカにするような笑みを口元にたたえながら。

(……くッ!)

 屈辱の色が氷上の顔に滲み出る。彼は差し出された拳銃を素直に受け取るしかなかった。そして、今度は吉田さんの方が氷上の耳元に近づき、そっと何かを囁いた。


「――――――――――――んふッ★」


 氷上が引きつり気味の笑顔を見せる。何を言われたかは分からないが、その場を静かに去って行く吉田さんの背をじっと見送っていた。

(なるほど、相変わらずおどけた人だ……)

 氷上の頬を緊張の汗が伝った。呼吸が微妙に乱れ、両手の指先がピクピクと震えた。やがて、吉田さんの姿が小さくなって視界から完全に消えた。

「ふぅ~~……では、仕事にとりかかりましょうか」

 彼は大きく溜息をついた後、南エリアへと続く道路を眺めつつ気を取り直し、再度歩き出した。


 ゴウゥゥゥゥゥ――――――ン……

 エレベーターが到着する。扉が開き、中から氷上がその姿を現す。彼は目の前に続くとても長く薄暗い廊下を歩き始めた。彼は小さな声で何か歌っていた。その歌声は冷たい空気に響き、周囲の静寂に色と光を与えていく。


 ―――― Silent night,Holy night, ――――

 カッカッカッ……

 ―――― All is calm,All is bright, ――――

 カッカッカッ……

 ――── Round yon Virgin Mother and Child, ――──

 コッコッコッ……

 ―――― Holy infant so tender and mild, ――――

 コッコッコッ……

 ―――― Sleep in heavenly peace, ――――

 カツンッカツンッカツンッ……

 ―――― Sleep in heavenly peace. ――――

 ザッ……

 氷上の足が止まった。目の前に厳重にロックされた重厚な金属の扉が見える。

(――――ッ!?)

 一歩踏み込もうとしたその足が中空で止まり、彼の神経が一気に張り詰め、その大きな三白眼が扉の両脇を淀ませていた薄闇をとらえる。

「プレゼントを用意して~~♪」

      ・

「蝋燭に火を灯し~~♪」

      ・

「友人、家族の歓喜に満たされ~~♪」

      ・

「街はネオンで煌めき、雪を纏う~~♪」

      ・

 薄闇の中から届いたのは二人分の少女の声。壁にもたれかかって一人はトナカイの着ぐるみ姿で携帯ゲームに興じ、もう一人はサンタのコスプレしてシャンパンをラッパ飲みしている。

「んふッ★ クリスマスの夜ってヤツは老いも若きも男も女も、等しくバカみたいにうかれてくるよね~~?」

 氷上御形はズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、お出迎えした二人を視界に定めた。

「ホッホッ~~☆ また一人プレゼントを求めて迷い込んだようじゃのう。グビグビ……ぷはァ!」

「けどサンタさん、アレは典型的な悪い子だよ。目の中が曇ってるもん」

「ホッホッ~~☆ そんな輩をここから先に通すワケにはいかんのう。どうしようかのう、トナカイ君?」

「折角のクリスマスだもん。天使の2、3人でも御招待してテイクアウトしてもらおうよ」

「うむッ、よき考えじゃ。主は来・ま・せ・りィ~~♪」 

 トナカイとサンタはすっかりクリスマスのテンションで、目の前の来訪者をバカにするように出迎えた。

「黙れッ」

 氷上の三白眼から冷徹なる視線が放たれ、トナカイとサンタを穿つ。

「…………ッ!」

「…………ッ!」

 彼の言葉通りに二人が黙る。と言うより、喉に何かが詰まったみたいに言葉が紡げなくなる。

「やあ、『視界の女王 クイーン・オブ・ビュー』……2年以上も捜したよ。掃討作戦から上手く逃れ、この御形を含む六人の『称号者』達は世界中に散らばってしまったよね~~。で、御形はこの世からエリジアムの元住人を全員消してしまおうと考えたんだ。この御形以外に〝優れた異常者〟は必要ないからさ。それに、君と同じくエリジアムとの関わりを示唆する連中に生きててもらっちゃ困るしね」

 クイッ――

 氷上の左手がポケットから抜き出され、何かを指示するかのように動く。

「叩き割っちゃいなよ♪」

 ガシャンッ!

 その言葉通り、サンタは掴んでいたシャンパンのビンを壁に叩きつけた。ビンは半分に割れ、古いアクション映画でチンピラが使ってそうな凶器が出来上がる。

「御形の雇い主が新しい身分と隠れ家を用意してくれてね。ダリア准将にも内務庁にも見つからず、今まで生きてこれたんだよね~~。けどさあ、他の元住人もバカじゃないからさ、これがなかなか見つかんなくって……んふッ、苦労したよね~~!」

 クイッ――

 また御形の左手が小刻みに動き、人差し指でトナカイの方を差した。

「さあ、楽しく突いてみよう♪」


 ────ザグッ!!


 サンタが割れたシャンパンのビンでトナカイの胸元を刺した。凶器は着ぐるみの布地を容易く貫き、トナカイの胸元にジワッと鮮血が滲み出る。

「実に愉快で素晴らしいでしょ? 氷上の声は特別製。かつてエリジアムで惨めにモルモットをやっていた頃、研究員から何度か聞かされたんだあ……んふッ★ 氷上の口から発せられる声は、どんな人類にも該当しない特別な周波数を持っていて、耳の三半規管を著しく揺さぶり、相手の五感を『感覚遮断』の状態に陥らせるんだって」

 そう言って彼はポケットに両手を突っ込んだまま、実に清々しい面持ちで歩み寄って来る。

「つまりぃ、相手から体に感じる刺激を意図的に取り除く……目隠しや耳栓をした状態さあ。で、その状態が長時間続くと、人間は幻覚を見るようになるんだよ。んふふふふッ★」

 氷上はサンタから凶器を取り上げると今度はトナカイに握らせた。

「さぁて、やり返す番だよ。これまた楽しくイッてみよう!」


 ────ズンッ!!


 トナカイが無言で相方の喉元を突く。さすがに喉元は露出していたため、目に見えて大量出血する。

「君達の出血量は尋常じゃあない。このままバカみたいに立ち尽くしていれば、3分足らずで死ぬだろうねえ。では、久し振りに出会えた同郷者達よ。名残惜しいがこれも弱肉強食の掟……んふッ★ 悪く思わんでく…………れ……!?」

 そう言って二人の被り物を同時に引き剥がした――――が、彼の目の前に現れたのは、どういうワケか瀕死のテロメンバー二名。

「あぁぁぁ……げふッ……」

「うぅぅぅ……かはッ……」

 付けていた仮面の額には、『A』と『B』の文字。メンバー二名は糸の切れたマリオネットみたいにガクリと崩れ落ちた。

(バカなッ!? マズイですね、この空気……エリジアムでかつて何度か感じたことのある……)

 氷上の表情から余裕の色は一切消え、狼狽の色がジワジワと浮き上がっている。


<オラは死んじまっただぁ~~♪ オラは死んじまっただぁ~~♪>


「――――はひッ!?」

 いきなり足元から愉快な声が聞こえてきて氷上がビクッと震えた。その声は瀕死のテロメンバーが着ている衣装の中からだった。

(コレは……?)

 彼が衣装の内側に手を突っ込むと、中から遠隔操作の可能なテープレコーダーが出てきた。

<コイツを聞いてるヤツは残念でしたあああああああああッッッ! おそらく、この最深部シェルターの中にあるモノがお目当てではるばる足を運んだんだろうけど、御先にあたし等がいただきま~~す☆ ……しちゃったんで、ごめんねぇ~~☆ けれど、あたし等も鬼じゃあないッ! 御苦労さまの意味をこめて、コレを聞いた連中皆さんにとっても素敵な参加賞をあげちゃうぞォ~~!>

「……ちッ」

 ガシャッ!

 氷上は不愉快に顔を歪めてテープレコーダーを地面に叩きつけた。そして、腰のベルトに引っ掛けてある衛星電話を手に取る。

(マズイですねえ……できれば氷上一人で回収したかったんですが)


 ────パシュッ!


「うおっとッ!?」

 冷たい空気を著しく震わせる音。と、同時に、氷上が手にしていた衛星電話が破壊された。

「ホッホッホッ~~☆ 今夜のパーティーはとことんサプラぁ~~イズ! ゲスト・第1号のアナタに早速参加賞をプレゼントぉ~~!」

 またしてもサンタの声。しかし、今度は本人のようだ。何故なら……目の前にそびえるシェルターの巨大な扉がわずかに開き、その隙間からサイレンサー付きの自動小銃オートマチックがニュッと姿を現していたから。

「ふぅ、遊びが過ぎますねえ、柏木茜。それにしてもどうやって中に? おお、そうでした……アナタは『柏木沙羅』の娘。彼の直結の遺伝情報を持つ者のみが、このシェルターのプロテクトを解除できるんでしたねぇ~~」

 銃撃を受けたにしては氷上に動揺は大してなかった。


 ゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――────


 重厚な扉がゆっくりと観音開きに開いていく。そして、大きな袋を背負った真・サンタさんが登場した。

「ふぅむ……どうやら『モノ』を手に入れたというのは嘘みたいですねえ。確保できたのなら、ここでゆっくりする必要はない。んふッ★ どうやら、何かトラブルにみまわれた……そう考えるのが自然」

「ホッホッホッ~~☆ 利口な大人は大嫌いだよ~~、ホッホッ~~☆」

 ──カシャ

 サンタさんが自動小銃オートマチックを構え直した。

「おおっと、さすがに御勘弁を。銃を持ったアナタと真っ向勝負なんて……ああッ、恐ろしい」

 彼は実にわざとらしく怯えてみせると、両手を左右に振りながら後退する。

(氷上の仕事はここまで……後は立案者クライアントからの援軍を待った方が得策)

 ニヤッと口元を歪めてそのままエレベーターホールまで逃げようとした……が。

 ガコォォォォォ――

 エレベーターの扉が開き、その中にトナカイが悠然と佇んでいた。

「……ちッ」

 またしても氷上は不愉快そうに舌打ちする。

「やあ、トナカイくん。悪い大人が迷い込んだがどうしようかのう?」

「もちろん滅殺さッ★ ただし、必要な情報を聞き出してからだけどね」

 とても不吉な言葉を口走りながら、サンタとトナカイは氷上を間に挟んでゆっくりと前進する。

(詰んだか……なら、少々荒ぶれるしかないよね~~)

 氷上が一瞬、意を決したような表情を見せ、次の瞬間――


「ぎいィィィィィィィ――――──やあァァァァァァァ――――──ッッッ!!」


 人間のモノとはとても思えない奇怪な声を喉の奥から絞り出し、地下空間の大気をまんべんなく振動させた。

「お……お、うぅぅぅ……!?」

「あ……あ、れぇぇぇ……!?」

 怪奇現象が発生した。サンタ──茜は自動小銃オートマチックの引き金に指をかけたまま硬直し、トナカイ──咲はスキップをしかけたままその場で固まっている。

「さてさて、どんな気分だい? んふッ★ この氷上を最初に精密検査したエリジアムの研究員は、50億人に一人の割合で発生するかどうかの『才能』だって言ってたよ。相手に止まれと言えば動きを制御できるし、死ねといえば躊躇無く目の前で首を吊るのさ。だから氷上は恐がられ、忌み嫌われ、そして……畏怖の念をこめて『 幻惑の僧正 ビショップ・オブ・ファントム 』と呼称された。で、そんな名前をつけてくれた研究員を真っ先に殺しちゃった♪」

 彼は嬉しそうに自分の過去を振り返りながら、スキップで茜に近づいて帽子と付けヒゲを無造作に引っ剥ぐ。

「やあ、こんばんは。さしものクイーンも動けなければただのカワイイお人形さん。んふッ★ ダレも氷上の声には逆らえないんだよ~~!」

 彼は茜の鼻先を人差し指でピンッとはじき、おどけた素振りで踵を返してトナカイの方を向いた。

「ああ、動けない。ああ、喋れない。ああ、何もできそうにない。まさに、こ・れ・さ!」

 氷上はまたスキップして今度は咲に近づき、トナカイの被り物を剥ぎ取った。

「『感覚遮断』の影響で脳髄が麻痺しているのさ。肉体に指示を出す脳が正常に機能しない状態……俗に言う〝金縛り〟。叫び声一つで敵を制圧できる。氷上こそが最後まで生き残るべき『元住人』なんだよッ! 他の連中は氷上の人生に邪魔なだけだからねえ~~、み~~んな死んじゃってく・れ♪」

 そう言って絶頂感に身を震わせながら咲の顔を凝視した。


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