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徹底的な茶番と終わる悪夢

「『例外物体ナインティーン』……やはりッやはりッやはりッやはりッやはり生きていやがったかああああああああああああああああああ──────────ッッッ!!」

 喜怒哀楽が入り混じったようなコンダクターの叫び声が響く。彼は転げ落ちた義眼を拾ってはめ直し、咲の面前に躍り出た。

「貴様が死ぬハズはないのだッ! このオレ以外の手で殺されるハズはないッ! そう、悪夢を持ち帰ってしまったこの地で、貴様を葬り去っ――」


「お黙りゃあああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」


 ボコオオオオオォォォォォォォォォォォ――――――――ッッッ!!


「ぶべらッ!?」

 あまりに無造作な裏拳が炸裂してしまい、顔面にクリーンヒットしたコンダクターが奇声を発して吹き飛んだ。

「服のコーディネイトは面倒臭いし、ライバルの女共はウゼぇし、事故チューなんて大歓迎だこのヤロー! 毎日事故ってやらあッ!」

 咲、携帯ゲームに夢中で周囲の様子が目に入っていない。

「もう、咲チャン前見てッ! お仕事の時間だよォ~~!」

 ヘリ撃墜前に華麗に脱出したパイロットがパラシュートを広げて着地成功。柏木茜――地面をゴロゴロッと転がって、更に転がって、転がって…………ゴリッ。

「おぅ~~おぅ~~、母なる大地がわたしにイジワルするぅ~~(号泣)」

 茜、どっかにスネぶつけた。

「むむッ! 一体、何じゃね、アノ超不審な物体は!?」

 やっと咲がデスペアの存在に目を向けてくれた。真っ黒焦げになったヘリの残骸を力任せに押しのけ、大したダメージを受けた様子もなくゆっくりと立ち上がっている。

「ふ、フザけおってぇ……! だが、今日のオレには幸運の女神が降臨している。貴様という悪夢の元凶が自らやってきてくれたんだからなッ!」

 顔面を半壊させながら立ち上がる今のコンダクターに、咲という宿敵以外は見えていない。

「咲チャン気をつけてッ、アレはきっと未来からやってきたロボットとかアンドロイドの類いだよッ! 変態チックな性癖の持ち主を探し出し、アグネスのもとに連行する究極兵器に違いないよッ!」


咲&作者:「マ、マジでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッッッ!?」


 咲が本気で狼狽しとる。よく分からんヤツも一緒に。

「ぬうぅ、こいつはまさに一大事。世間様にあたしの夜の趣味・嗜好がダダ漏れになる……そんな事態は何としてでも避けねばなら~~ん!」

 と、いうワケで……咲と茜の両名が大急ぎでコスチュームチェンジ。


 ―――― 茶番が進行しております。少々お待ちください。ゴミを投げないでください ――――


「ふッ、待たせたな♪」

 着替え完了。今回の衣装を簡単に説明すると……『段ボール』。手脚と胴体と頭部にそれぞれの大きさの段ボールを装着し、表面に赤のサインペンで汚い線を入れて、胴体の前面に『MS』。背面に『3倍弱』って書かれてる。

「完成ィィィィィ!! ロボットにはロボットで対抗すべぇぇぇぇぇし!!」

 シャッキィ~~~~ン☆ 咲はサイボーグ・『SAKI』になった。

「よし、戦うのじゃ、サイボーグ・SAKIよッ! 世界の平和と明日の生活費はオマエにかかっとるッ!」

 いつの間にやら茜は白衣とハゲヅラを装着し、バカでかい操縦パネルを手にして登場。

「任セロ、博士。二足歩行ノ真髄ヲ、アノ木偶ノ坊ニ叩キ込ンデヤル」

 最早、彼女達にかけてやる言葉が見つかりません。

「な、なあ……アノ小娘、爆破されたヘリを空中で蹴ったように見えたんだけどさあ……あ、あたいの見間違いかなあ?」

「ま、4ヶ月前の異常な光景を考えれば……見間違っていようがなかろうが、大差は無いと思いやすぜ」

 突如として降って生まれたこの荒唐無稽な状況に、ビオラとファゴットは呆けたように呟くばかりだった。

「く、く、く……クソガキ共がああああああああああああああああッッッ!! あくまでこの殺し合いを愚弄するかッ!!」

 あまりの憤怒でどうにかなってしまいそうなコンダクターが、コントローラーを叩き折った。


 ドックン―――― ドックン―――― ドックン――――!


 途端にデスペア中央のナノマシンの『巣』が今までとは比べ物にならない程蠢動し始め、肉体内部で拡散し、骨格を膜のように包みこんでいく。

「むぅ~~、敵のマシンがパワーアップし始めおったわいッ! ならばこちらもッ!」

 茜博士、そう言って白衣のポケットから何か小さな物体を取り出した。

「デスペアの実動シーケンスは自律モードに移行された。最早、こちらで制御はできん。土木用の大型重機が狂ったとでも思え!」


 ――――ドゥンンンッ!!


 デスペアの足が地を踏み、地面に迫撃砲を受けたかのような足跡を残し、低空で跳躍して瞬時にして咲の目の前に立った。その刹那――

 ドコォォォォォ──────ン!!

 金属バットの先端のような拳が、サイボーグ・SAKIの頭部にめり込む。


 ヒュン――――――――――――ボコオオオオオォォォォォォォォォォォン!!


 大型の象すら肉片にしかねない一撃をモロに食らい、くたびれた人形みたいに高々と吹き飛ばされ、まだ解体途中の寄宿舎に激突した。その飛距離、およそ200m。生物が原型をとどめられる衝撃ではない。

「い、いか~~ん! わしのサイボーグ・SAKIがあ~~! まだローンが半年残っとるのに~~!」

 パタパタとスリッパを履いた足で走って行く茜博士。アレって売ってんの?

「ふ、ふ、ふ……ふははははははははァァァァァ!! 完璧だッ!! 恐るべし、エリジアムより産まれしテクノロジー……では、墓標を飾ってやろう」

 咲が突っ込んでいった解体途中の寄宿舎に向けて、コンダクターがグレネードランチャーを肩に担いで構えた。

(ほう、丁度良いタイミングだ。柏木茜もろとも成形炸薬弾で塵になれッ!)

 半壊した寄宿舎に駆け寄る茜。巻き上がる粉塵の中へと跳び込んだ瞬間――


 ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――――――――ッッッ!!

 発射。


「さらばだッ、我が悪夢よおおおおおおおおおおおおおお──────ッッッ!!」

 狂喜。


 ――――――フフフッ★


(ッ!?)

 目標までの距離はわずか200メートル。着弾までは2秒もかからない。そんな一瞬にコンダクターの片目がとらえたのは微笑む茜。

 ヌッ――

 粉塵から伸びる二本の生身の手。

 ────ガッ!!

「――――――――――ッ、バカなあッ!?」

 グウゥオン!!

 段ボールを装着した両手が弾頭を掴み、ものすごい勢いで上半身を180度ひねった。つまり、撃ち出された弾の最大加速の状態をそのままに、起爆を回避して撃ち返しやがった。


 ズドオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ――――――――――ッッッン!!


 弾頭はデスペアの胸部に命中し、高分子ポリマーの防御壁とiPS細胞が構築する肋骨を破壊。攻性ナノマシンの『巣』が外部からの衝撃で制御を失い、外側に流れ出し始めた。

「はぁぁぁッ、はうッ!?」

 コンダクターの全身から力が抜ける。その場に両膝をつき、口を半開きにして彼は……泣いた。とめどなく涙を流した。


 ―――― オマエは何だ!? オマエは何だ!? オマエは何だ!? オマエは一体…… ――――


「へへっ……どう思うよ、ファゴット?」

「あのタイプのランチャー、弾頭の最高速度はおよそ秒速290m。減速した途端に起爆する仕組みですからね。そいつを素手で掴みスピードを保ったまま投げ返した……なるほど、オレ等の〝優秀な元上官〟が『悪夢』などと呼ぶのも納得できやすぜ」

 完全に傍観者となっていたビオラとファゴットが、溜息混じりに呟いた。

「どこか故障はしていないかね、サイボーグ・SAKIよ!?」

「ハ、博士……頭痛イ。グラグラ、グワングワン。視界悪イシ、息シニクイシ、足ガ蒸レルシ」

 頭に被った段ボール製ロボット頭部から、なんかもう……ドバドバと血ぃ流れ出してるし。いいから脱げよ。

「こんな事もあろうかと、早急に開発した新兵器があるのだよッ! さあ、コレを使い給えッ!」

 そう言って茜博士がさっきポケットから取り出した物体を、手の平に乗せてズイッと差し出した。

「コ、コレハ……!」

「そう、電池だ。しかもアルカリだ」

 茜博士、自分の行動に全くの躊躇無し。

「…………………………もう、ヤダぁ~~! こんな生活ゥ~~~~!」

 バリバリバリッ!!

 内側から段ボールが綺麗に裂けて、中身が再登場。

「よし、いくのだッ! サイボーグ・SAKI第2形態よッ!」

「うぃ~~~~ッす」

 えらく軽いノリで再稼働する。第2形態と言っても本人が下着姿になっただけ。

「何故だ……それだけの膂力を隠し持ちながら、本土の隠れ家でむざむざとワタシに潰され、どうして柊沙那を奪われた!?」

 咲が悠然と進行する途中で、体のあちこちを風通し良くされて両膝をついたダリア准将が、口惜しそうに見上げながら問う。

「あぁ~~~~ん? 馬鹿なの? 死ぬの? ま、アンタが結構強かったからねえ……本気で暴力振るっちゃえって思ったけどさ。そうすると、あの家ごとブチ壊しかねないし。んなコトしちゃったら、2階にいた双子や沙那まで巻き込むし」

「ふんッ、なるほど……一応、理性らしきモノは備わっているワケか」

 准将がバカにするように鼻で笑った。

「まあ、あたしにとっちゃあ、双子も保護対象も面識のない只の他人。だけど――」

「……だけど?」

「アイツ等の身に何かあったら、あたしの蒼神博士クライアントが悲しむからねえ」

「随分と蒼神槐ヤツのコトを気に入っているようじゃないか」

 准将が冷やかすような笑みを浮かべた。

「おうよッ! いつか生まれたままの姿で博士の寝室に突入してやんよッ!」

 親指をビシッと立て、白い歯をキラ~~ン☆ オマワリさん、またアイツです。

(お、お、お……おのれェぇぇ~~! どこまでも規格外なモンスターめッ! デスペアの一撃で確実に頭部を肉団子にされたハズ……何故だッ!? ヤツには生死の常識すら該当せんのかッ!?)

 コンダクターは片手を顔面にあてがい、義眼を指でつまみ出した。よく磨かれた義眼の表面に映るその顔――ここで負ければ死ぬか、あるいは死ぬまでその顔でい続ける事となるか。

「どちらも御断りだッ!!」

 意を決したコンダクターが自動小銃オートマチックを構えた。

 グググググッ……

 暴走する攻性ナノマシンを胸部から漏らしながら、デスペアが立ち上がった。

「さて、終いにしようかね」

 ハーフトップのブラにボーイレッグのショーツ。かなり身軽になった汐華咲が、鋭い視線を放ってデスペアとまた対峙した。相手に視神経の代替となる感覚素子があるかどうかは分からないが、確かにこの瞬間、咲とデスペアは視線を交わして相手を『敵』と認識した。

 グググッ―――― グッ――

 暴走状態にあるデスペアに残された猶予はわずか。例え相手に勝っても、すぐに自壊してしまう。


「やってしまえええええええええええええええええええええええええッッッ!!」

 喉の奥から迸ったコンダクターの無意識の叫び。


 ズッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォッッッン!!


 島全体を震わせるような衝撃。ミサイルのごとき勢いで突き下ろされた、二本の鉄柱型の拳が地面を深々と抉った。

「お…………お、お、おおッ……しゃあああああああああああああああッッッ!!」

 デスペアのリーチと攻撃速度の前に、回避運動は不可能。埋まっていた不発弾が爆発したかのような大穴が開き、そこには咲の姿はおろか……肉片すら見当たらない。コンダクターが瓦礫の山から跳び下り、義足を軋ませながら必死で駆け寄って来る。

「ハァハァハァ、ふはッ! ふ、ふ、ふ……ひゃっはあああああァァァァァ!!」

 完全勝利を確信したコンダクターがのけ反り、天を仰いだ。まさに狂喜乱舞。彼にとりつき続けた悪夢の元凶が滅んだ。この瞬間、生きながら死に追われる人生が終わりを告げ、新しい第一歩が――


「うるせえよ、カス」

 ――――――――――――――――――――ッッッ!?


 声がした。視界の外から声がした。とても淀み、とても禍々しく、殺意と悪意の絞り汁みたいな声がした。

 ブシャッ!!

「ひッ――――――!?」

 突如、デスペアの腹が内側から裂け、中から一本の腕が飛び出す。

 ガッ……

(――――――――――神よ)

 生温かく湿った手に首根っこを掴まれ、彼は生まれて初めて祈った。人生の半分以上を戦場で過ごし、人を殺し続けてきた彼が……初めて無意味な偶像にすがった。


 ズブシャアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――ッッッ!!


 デスペアの腹から胸部までが派手に炸裂し、中から『ソレ』は寄生生物のごとく這い出してきた。

(相手の体内に潜って攻撃を避けた……これは〝発想〟か? それとも動物的本能……!?)

 この展開をジッと見守るしかなかった准将が、デスペアの内容物で全身を汚し静かに立つ咲の姿を目にして、瞬きをするタイミングを失っていた。

「ひ、ヒヒヒッ……いいさ、殺せよ。さあ、2年半前に潰しそこねたオレの命を奪ってみろッ!!」

「はあ? アンタ、ダレよ?」

「………………………………へ?」

 咲の視線はとてつもない殺傷能力を纏っていて、とてもフザケているようには見えない。つまり、正直な返事。で、今まさに下衆な根性と生命を消されようとしている本人は、相手のまさかのリアクションに呆然。全ての感情を一瞬失い、魂をどっかに落っことしたような顔になった。

「茜ぇ~~、アンタの知り合い~~?」

「知らなぁ~~い。年上のオッサンに興味無いしィ~~」

 どうでもいいような世間話の感覚で、コンダクターがこの瞬間まで抱いていた憤りと復讐心が一蹴された。実にさりげなく。実に自然と。


「ち、畜生オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ────────ッッッ!!」

「うざッ……」


 ゴキャ──

 生々しい音とともに、コンダクターの見ていた世界が半回転した。

 ドサッ……

 そして、彼の肉体は彼の意に反して一気に脱力し、両脚がグニャリと折れ曲がって、その場に崩れ落ちた。『コンダクター』と呼ばれた一人の男の崩壊。同時に──


 ドシャアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ────────…………


 内部構造を著しく破壊されたデスペア。肉体を維持する機能に致命的なエラーが生じ、生体兵器としての存在意義を完全に失っていた。


「か、か、か、勝った…………勝ったあああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」


 ヘドロのように崩壊していくデスペアを目の当たりにし、さっきまで身動き一つとれなかった蒼神博士が勝鬨をあげた。




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