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エリジアムの産物と抵抗する者達

「な、何っスか……アレ!?」

 ラヴァーズが息を呑んで固まった。

「人型の生体兵器? 博士ッ、何か御存じですか?」

「い、いえ……あんなモノはボクも初めて見ます」

 エンプレスに回答を求められたが、PFRSの職員時代にも類似するようなモノは目にしたことがない。その威容──人型に分類されるだけあって、人類の四肢を模した手脚があるが、その太さやリーチは完全に人類の規格外。街路樹程の太さがある上腕と大腿部から、鉄パイプのような骨格の細い前腕と下腿が生えており、身長は3m前後はある。大雑把に形容すると、人間の巨大な骨格標本が半透明のゼリーを表面に纏っているような……とても禍々しく、威圧的で、破壊のみを追求した結果のような姿だ。

「諸君等が知らぬのも無理は無い。この『デスペア』はドコの軍事国家にも正規配備されていない、次世代の生体兵器だ。国が所有する研究機関ではなく、個人が所有する研究機関で造られたプロトタイプなのだよッ!」

 コンダクターは瓦礫の山の頂上に腰をかけ、両腕を大きく広げて悠然とした態度で答えた。


 ヒュッ――!


 一閃。

 ――ズドッ!!

 不意に一本のナイフが空を裂き、デスペアの眉間に深々と突き刺さった。

「つまらん講釈は結構。コンダクター、アンタを連行させてもらいやすぜ」

 ファゴットが瓦礫の山に座する敵を睨みつけた。

「ふんッ、あまり調子に乗らんほうがいいぞ。かつての有能な部下共よ」


 サアァァァァァァァァァ―――――


「なッ、何だ……!?」

 眉間に刺さったナイフの刃が突然砕け、中空で砂のようにサラサラと崩れて柄の部分だけが地面にポトリと落ちた。

「な、なンやねん……? 動いとるで、アレ!」

 そう言ってハープが指差したのは、デスペアの太い肋骨の内側に見える……『巣』。非常に綺麗な球体を形作っていて、中身がかすかに蠢いている。

「フハハハハハ~~ッ! いいぞいいぞッ、諸君等のそういう表情が見たかったのだよッ!」

 コンダクターがコントローラーを操作すると、デスペアがグパッと大口を開き、そこからダークシルバーの煙のようなモノが吐き出された。

「な、何を始める気だい!?」

「全く臭いが分からない……ひいィィィィィ!」

 ビオラとコントラが慄き、立ち尽くす。煙のような物体は冷たい潮風に乗って彼等の周囲に流れていき、霧のように彼等の全身にまとわりついてくる。

「まさかッ……毒!?」

 蒼神博士が思わず口を押さえた。

「よしよォ~~し! 実に見応えのある焦燥っぷりだッ! だが、安心したまえ。毒などではない。折角の切り札を出したのだ。そんな芸の無いマネはせんさ」

 コンダクターはイヤラしくニヤつく。

(……ん?)

 一番近くに居たファゴットに〝違和感〟が訪れた。彼の軍服に隠してある数本のナイフが――

 ボロッ……

 さっきと同様に粉々に崩壊しはじめる。

「――――――ッ、まさか!?」

 尋常ならざる悪寒が背中をはしり、彼は他の沈丁花のメンバー達に視線をやる。

「ど、どういうコトや……うちのマニピュレーターがッ!?」

 サアァァァァァ――――

 ハープの顔色が変わる。彼女の二の腕に巻きつくムカデ状の武器の超振動ブレードが、あっという間に崩壊して大気の中へと消えた。

 ガシャッ! ボロッ――――

 サアァァァァァ――――――

 ハイエロファントのハンマーの頭が柄から分離し、地面に崩れ落ち、死んでいったテロメンバー達のライフル銃も煙に包まれ消滅してしまう。

「素晴らしい。実に見事。パーフェクトだッ! 諸君、実戦における性能テストに付き合っていただき感謝するッ!」

 コンダクターが一人で歓喜にうち震えている。

「コレはもしや……『攻性ナノマシン』!?」

 この異様な怪奇現象から蒼神博士が答えを推測した。

「くくくッ、さぁ~~すがは元PFRS上級職員。早速のネタバレとは恐れ入りますなあ……推測の通り、デスペアの胸部にある球状の物体はナノマシンの巣。この生体兵器は非合法のiPS細胞と攻性ナノマシンを合成し、体表面を高分子ポリマーでコーティングした傑作ッ!」

 コンダクターがバカにするように笑った。

「バカな! iPs細胞の兵器転用なんて……未だにコピー臓器の開発も滞っている現状で兵器としての実用化なんて、50年は先のテクノロジーだ……!」

「ふんッ。君の知る世界レベルの常識と、オレやダリア准将が知る残酷な現実とでは密度が違い過ぎるのだよ。デスペアの製造に使われたテクノロジーは、10年近く前に既に実用化されている」

「そんな……一体、ドコの国で!?」

「国ぃ? いいや、国ではない。『島』だよ博士。今、我々がこうして突っ立っているこの島……『ポイント32』で生まれたテクノロジーなのだよ」

 そう言ってコンダクターは義足で地面をコンコンッと叩いた。

「あッ……そうか、そういう事か。ここが……『エリジアム』」

 蒼神博士の喉元をイヤな汗が伝う。

 パチパチパチパチッ――

 コンダクターからの安っぽい拍手。

「正確には〝廃墟〟。あるいは〝残骸〟とでも言うべきかな。今から約2年半前……ダリア准将の指揮のもと、『エリジアム掃討作戦』が実行された。そして、この島は永久に世界の情報網から消え去った」

「この島で……何が?」

「博士、もう過去の事象だ。エリジアムが存在した事実と実状は、この国の首相ですら知らぬ特秘。政府内部や軍部でも、ごく一部の人間しか記憶していない。エリジアムに関する物的情報は准将の手によって削除されたか、あるいは隠蔽された。諸君等が気にする必要は無いのだよ」

「でも、咲さんと茜さんは――」

「その名を口にするなああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 コンダクターが血相を変えて叫んだ。

「……ったく、実に忌々しい! 准将は自分が殺したなどとほざいていたが、オレは信じるものかッ! あの化け物が、あのクソ女が、あの悪夢が……オレ以外に殺せるワケがないのだッ!」

 ピッ――

 コントローラーのモニターをタッチすると、デスペアから吐き出されていたナノマシンの煙が止まる。

「さて、これで諸君等の通常兵器は完全に無力化された。ナイフの一本も使えぬ石器時代に戻ったワケだが。それでも抵抗するというのなら――」

 ――ゴッ!!

 瓦礫のコンクリ片が勢い良く投げつけられ、デスペアの頭部に命中する。

「はッ、どうしたよ? いつでもかかって来なッ!」

 肉体派丸出しのビオラは既にヤル気充分。もちろん、他の沈丁花メンバーもダレ一人として戦意喪失している者はいない。

「あ~~、わったしは駄目ヨ。攻撃手段を失ったら、はい、それまでヨ。やってられないし、怖いから逃げるんだヨ~~」

「ちょ、ハイエロファント……空気読むっスよ」

 あまりあてにはなりそうにない元SP等もいるが。

「戦略のプロとしては失格。だが、おもしろい……足掻いて見せろッ!」

 グググッ――

 未知の生体兵器デスペアがその威容を本格的に稼働させる。肉体の中央に位置する『巣』から攻性ナノマシンが流れ出し、巨大な四肢の骨組みに蛇のごとく絡みついていく。

「うっわぁ~~……不気味っスねえ」

 呑気な声を漏らしながら、ラヴァーズが最初に突っかけた。

「……了解、来なせえ!」

 極限状態における以心伝心が発動し、ファゴットが両手を組んで台を作る。


 ――――ブワッ!


 大・跳・躍。ファゴットの持ち上げる力が加わって、ラヴァーズの体がムササビのように宙を舞い、デスペアの頭上に……

 ド――――ッ!

 ダイナミックに着地。デスペアの両肩に足を乗せ、左手で頭頂部を掴んだ。

(何のつもりだ?)

 コンダクターが目を細める。邪魔なラヴァーズを払いのけようとデスペアの片手が迫るが、彼は器用に上体をひねって回避し、跳び下りた。

「どうした? 曲芸でも見せたつもりかな?」

 コンダクターが鼻で笑う。

「そうっスね、これといって役に立てないオレっちの唯一の曲芸っスよ」

 そう言ってラヴァーズはデスペアの背後に立ち、右手を広げて見せた。その手には指が……4本!?

(――――ッ、義手!? まさかッ!?)

 コンダクターの頬が引きつったその瞬間――


 ボオオオオオオオオオォォォォォォォォォ――――――――――ッッッン!!


 強烈な破裂音。デスペアの頭部から盛大に爆炎が噴き出し、首から上がバラバラになって原型が失われた。

「おおっとコリャ……派手な戦闘開始の狼煙だ。いや、もしかしてコイツで終わりですかい?」

 すぐ近くでその威力を目の当たりにしたファゴットが呟く。

「貴様、義手の指にRDXを仕込んでいやがるな」

 コンダクターが不愉快に表情を歪めた。

「正解っス。低感度爆薬なんで、日常生活も安心して送れるっスよ」

 ラヴァーズは両手をズボンのポケットに突っ込み、自分の仕事をやり終えた様子でフラフラと帰って来る。

「よっしゃああああああッッッ! 追撃いくよォォォォォ!」


 ブンッ! ブンッ! ブオォン!


 ビオラの雄叫びを合図に、次々とコンクリの塊やら折れた木材やらが投げつけられる。

「ほらッ、アンタもやるンやッ!」

「こんな事が……こんな事が世界平和につながるのか?」

 ハープに言われ、相田も足元に落ちてたコンクリ片を掴むが、そのコンクリ片とデスペアという異形を交互に見つめながらボソッと呟いた。

「やっぱアホやなぁ~~……あっちが悪モン。こっちは今や正義の味方やッ! アンタの下らん夢叶える前に、人質と一緒にこんなトコで朽ち果てる気ィか? 白と黒がぶつかったからには、どっちかが痛みを知らんといかンのやッ!」

「暴力をもって制しろというのか……?」

 相田はすっかりすくんでいた。無理もない。ボランティアに参加していただけの一般人。そんな立場の人間が目にして進んで動ける光景ではない。

「必死だな。マンモスに襲いかかる原始人だ。哀れで痛々しく、純粋。かつての上官として部下にトドメをさすのは忍びない……否ッ! 実に楽しみだッ!」

 ピッ――

 コントローラーに入力されるコマンド。骨格を形成するiPs細胞がフル稼働し、失った頭部の骨格を再生させていく。そして、肉体の各部位から高分子ポリマーを少量ずつ分離させ、頭部表面をしっかりとコーティングした。

「おおっと、こりゃまた……窮まったっスね」

 爆薬の威力はラヴァーズ自身が一番良く分かっている。その彼がイヤな汗で額を濡らしているという事は――フラグ?




※iPS細胞=「人工多能性幹細胞」。体細胞へ数種類の転写因子を導入することにより、ES細胞に似た分化万能性を持たせた細胞。体を構成する全ての組織や臓器に分化誘導することが可能。

※RDX=非常に強力な軍用炸薬。プラスチック爆弾の主成分。



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