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呉越同舟と敵地到着

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ…………


「――――えッ?」

 地の底から呻いてくるような音を耳にし、蒼神博士が目を覚ました。彼は……気絶していた。

(あれッ……体が温かい)

 目蓋を開いた彼の視界に最初に飛び込んできたのは――

「……あ、エンプレスさん…………ッて、わわッ!?」

 抱かれていた。寝そべって目を閉じている全裸のエンプレスに。

(な、何でボクまでッ!?)

 彼もまた全裸。つまり、裸の若い男女が見知らぬ場所で抱き合い、一枚の毛布にくるまれているワケで。お互いの肌が密着したり、蒼神の胸元に柔らかな膨らみが感知されたりするワケで。心臓の鼓動がドッキドキ☆で、色んな箇所がときめきメモリアル★なワケである。

(お、落ち着こう……ボク達は確か……)

 乗っていた小型輸送機が攻撃を受けて飛行不能となったため、緊急着水した。が、なにぶん装甲が丈夫とは言えない輸送機だったので、派手に着水すると同時に大破。そこで記憶は飛んでいる。おそらく海中に投げ出されたのだろう。しかも、12月24日……真冬の冷たい海中だ。よく助かったものだ。

「……ん、んん……あ、博士……目が覚めたんですね」

 エンプレスも目を覚ました。彼女の褐色の瞳と視線が合い、薄赤く染まっていた博士の頬が更に赤くなってしまう。

「どこか内臓を痛めてはいませんか? 気分はどうです……寒気とか?」

 そうか。彼女は冷たい海水で全身ズブ濡れになったんで、服を脱がしてお互い抱き合い、低体温症を防いでくれていたのか。

「ここってドコですか?」

 一番最初に質問せねばならぬ点に触れる。彼等は金属板の床に寝そべっていた。天井の淡い照明が映し出すのは、周囲の無機質な金属壁と正体不明の貨物の山だ。遠くの方から聞こえてくるのは何かのエンジン音なのだろうが、この微妙な振動……何か動くモノに乗っているらしい。

「博士……どうか落ち着いて聞いてください。ここは……」

 エンプレスが蒼神に上から覆いかぶさるような体勢になり、神妙な面持ちで告げようとしたその時――


 ガコォォォォォン!!


 不意に金属の重厚な扉が開き、何者かが入って来た。

「おやァ……これはまた。無粋なタイミングで訪ねてしまったかね?」

 声がした。女性の声だ。そして、その声に蒼神は聞き覚えがあった。否、あり過ぎた。

「――――ッ、ダリア准将!?」

 彼は慌てて跳び起き、攻撃的な目つきで身構えた。

「我々の進路上にたまたま浮かんでいたのでな。その無様っぷりがあまりに笑えたので拾ってやった。感謝してくれていいぞ」

「拾った? では、ここは……」

「ワタシが所有する沈丁花専用の前進洋上兵站艦( FFD)さ。本艦は現在『ポイント32』に向かって進行している」

「なッ……!」

 ものすごくイヤな予感がした。ダリア准将自らが指揮をとって事件現場に向かっているという事は、テログループに対して何だかの対応をするという意思表示。そして、彼女がとるであろうアクションは二つ――『殲滅』か『交渉』か。前者なら人質の身の安全が危ぶまれ、後者なら――

「あッ、蒼神のオジチャン!」

 ダリア准将の陰から駆け出してくる一人の男の子。

(ああ……何て事だ!)

 それは紛れもなく柊沙那。テログループから人質交換のため要求された本人だ。蒼神は駆け寄って来た沙那を抱き締め、憎悪のこもった瞳で准将を睨む。

「貴様の隠れ家では余計な時間をくってしまった。いつの間にアノ連中を引き入れたんだ?」

 准将が呆れたような表情で腕を組んだ。

「隠れ家で何をッ!?」

 沙那がここにいるという事実は、隠れ家に残してきた護衛の敗退を意味する。そして、准将により与えられる敗退とは、多くの場合『完全第1撃フル・ファースト・ストライク』を意味する。

「自分は軍人であり血迷った畜生では無い。だから、ガキ共を手にかけるようなマネはせん。が、『例外物体ナインティーン』……いや、汐華咲には死んでもらった」

「そんな……!」

 博士の口が半開きになったまま閉まらない。死んだ!? 殺された!? 

「肋骨をきっちり折ってやった。折れたのが心臓と肺に数本突き刺さった。完璧な致命傷だ。『林檎拾い(テンペスト)』で確認もした」

「で、最後にオレのナイフを喉元にプレゼントしてやりやした。PFRS本部ビルでは世話になったんでね……ふんッ」

 バカにするように鼻で笑いながら、沈丁花のメンバー・ファゴットが中に入って来た。

「何て事をッ……!」

 蒼神の目が更なる憎悪で歪んだ。何故だ……何故こんな連中が軍人という立場にいるのだ。人を殺してまでテロの要求に応えるような輩が、軍部の実権を握っている。同じだ。4ヶ月前と何も変わっちゃいない。社会はボクの信じる正義を尽く潰しにかかってくる。

(くぅ――――!)

 沙那を抱いたままの蒼神に湧き上がるドス黒い衝動。彼は考えるより一瞬早く、その肉体に狂気を纏わせて動く――!

 ぐっ……

(あ……!)

 蒼神の手に受ける感触。考えるという行為が一瞬停止した脳内を、一筋の光が救う。

「オジチャン……大丈夫?」

 沙那の小さな手が蒼神の右手を握り締めていた。

「博士、いけません」

 エンプレスの両手が左手を優しく包んでいた。

「では、捕虜の諸君。目的地まではもう少しかかるのでね。コレは寛大な我々からのサービスだ。好きなように使ってくれ」

 バサッ……

 准将は手にしていた衣服の束を投げ渡し、ファゴットが蒼神に寄り添う沙那を引き離して、腕に抱きかかえた。そして、二人は蔑んだ表情で踵を返して退室して行った。


 ガコォォォォォ――――ン…………


 扉が閉まる。

「…………」

「…………」

 訪れる静寂と沈黙。窮地にいることの確認。そして、自分のせいでまた犠牲者が出た事実を知ってしまった。どうしてなんだッ? ボクは何もしちゃいけないのかッ? いつもだ……いつもそうだ。

「博士、私達はまだ生きています。なら、いつかチャンスはあります。待ちましょう」

 エンプレスの瞳はまだ輝きを失ってはいない。そうだ……ここまでやっておいて諦めるなんて選択はない。予定は狂ったが、目的地には向かっている。冷静に状況を見据えておけば、必ず好機は訪れるハズだ。

「申し訳ありません、エンプレスさん。ボクがここで投げ出すワケにはいかない……初志貫徹しなければッ」

 蒼神が自分の頬を軽くはたく。

「それにしてもさっきの准将の話……まさかあの汐華咲が殺されるとは」

 エンプレスにとっても信じがたい。彼女の異常性は何度か目の当たりにしている。理由は解らないにしろ、普通の人間と同じ方法で殺せるとはとても思えない。が、柊沙那を奪取している状況で嘘をつく理由は無い。では、本当に死んだというのか?

「その事なら心配ないと思います。多分」

 蒼神が神妙な面持ちで呟く。

「……何故です?」

「墜落する前にボク達が見ていた、咲さんの血液サンプルの分析結果を添付したメール……アレにあった内容が間違いでなければ、咲さんは死んではいない。と言うより、〝死なない〟」

「死なない?」

 博士が科学者らしからぬ事を言う。

「確証はありませんが、もしかすると咲さんは血液中に医療用ナノマシン……あるいは、それと同等の機能を有した人工細胞を、外部から取り込んでいるんじゃないかと思います」

「え、え~~っと……それは……つまり?」

 エンプレス、首を小さく傾げて悩む。

「メールで言っていた〝ガン細胞と分子構造が酷似している細胞〟……ガン細胞は猛烈な速さで分裂・増殖を繰り返します。生まれた臓器から勝手に離れ、他の場所に転移します。そして、医療用ナノマシンは、ガン細胞の性質をモデルとして開発が進められているんです。ガン細胞が正常な細胞を探知して食い荒らすように、ナノマシンは機能不全を起こしている箇所を探知し、優先順位を自ら決定して人体を中から治癒します」

「開発が進められているというのは、ある程度開発が終わって現実に適用されているという意味ですか? それとも……」

「あくまで構想に過ぎません。ナノマシンを使った技術開発は莫大な資金を必要とするため、臨床実験が行える程の安全性を確認できるようになるまでに、小国の国家予算並の資金を費やしてしまいます」

 それはそうだ。高層ビルから落下してグチャグチャになった骨や内臓を再生し、高濃度の放射能を浴びた肉体を治癒する。その原因が医療用ナノマシンだとすれば、医療現場の常識を根底から変えられる。現代医療でどうにもならなかった不治の病も、大事故による内臓のヒドイ破損も、たちどころに治してしまうということなのだから。

「しかし、博士の推論が正しければ、汐華咲の血中にはその医療用ナノマシンが存在する……と?」

「かもしれません」

 蒼神の科学者としての好奇心が震える。できれば、すぐに自ら病院へ赴いて分析してみたいという衝動に駆られそうになった。が、今は……。

「それはそうと……そろそろ服を着ませんか?」

「えっ……あ、そ、そうでしたね!」

 エンプレスに言われ、自分達が未だに全裸で向き合っているコトに気付く。二人は准将から渡された、軍部で働く技術作業員の制服を手に取り、少々赤面しながら背を向け合って着替え始める。

「そういえば、御礼がまだでした。エンプレスさん、ありがとうございます」

 蒼神が囁くように言う。

「いえ、私は専属SPとして博士を護衛でき、生き甲斐を感じているんです。PFRSという自分を救ってくれた存在を失った現在、この強化人間ブースト・ヒューマンとしての肉体を活用できて嬉しいんです。だから博士、私の体を充分に使い潰してください」

「は、はあ……」

 蒼神が気恥ずかしそうに困惑する。女性の口からそんなMっ気ムンムンなセリフ……リアクションが準備できない。けれども、彼女の貴重な人となりが垣間見え、彼はちょっぴり安心した。傍らにいてくれる仲間の存在を強く感じ、着替え終わってすぐ振り向くと、エンプレスの華奢で柔らかな両手を自分の両手で包みこんだ。


 ギュッ――!


「えっ、あ……!?」

 不意の出来事にエンプレスが硬直する。

「…………」

 向き合う蒼神から言葉は出ない。真剣な眼差しがエンプレスを射抜いている。一人で出来る事の限界はすぐにやってくる。が、同じ決意のもとで手を取り合った同志なら、不可能としか思えない目標もきっと――

(ど、どどどどどどどどッ……どうしよう!?)

 一応、面構えは冷静を装っているが、彼女の内心は珍しくグゥ~~ラグラと動揺中。危機的状況にあればあるほど、心身の補完という意味で他人を……特に異性を求めようとするものだが、今はSPとしてその力量が問われている状況。変に意識するのはマズイ。でも……。

「おおッ! ついに二人の距離がイイ感じに縮まったヨッ! 安いドラマの臭いがしてきたヨッ!」

「ちょッ、ダメっスよ!」

「――なッ!?」

 部屋の片隅から不意に声がして、エンプレスと蒼神が同時に振り向く。そこに居た……というか、転がってたのは、無様に縛られ廃棄処分されたみたいなラヴァーズとハイエロファント。

「あ、アンタ達いつからいたのよッ!?」

 エンプレス、頬を赤くして小さく慌ててる。

「最初っからっスよ。照明が弱過ぎて見えなかったっスか?」

「寒いヨ~~、辛いヨ~~、わったしも着替えたいヨ~~」

 そういえば、准将から渡された着替え……4人分だった。


 ――ゴソゴソ、ぬぎぬぎ、バサバサッ……(しばらく御待ちください)――


「いやァ~~、危うく凍え死にするところだったっス」

「あったしトイレ行きたいヨッ。膀胱が寒さで縮んで尿意が暴れだしたヨッ」

 仲間が二名復活。内一名は股間を押さえて内股でプルプルしてる。

「ここって……おそらく資材倉庫っスね。で、どうするっスか?」

「いや、どうするって言われても……」

 見たところ、この状況を脱出するのに役立ちそうな物は見当たらない。出入り口は一つだけで、四人で一斉に蹴ってもビクともしなさそうな金属の扉。だが、ここはあのダリア准将が指揮する戦艦の中。準備に怠りはないハズ。

「博士、ありました」

 そう言って、エンプレスが天井の隅を指差す。そこには照明と上手くカモフラージュさせた小型の監視カメラが。

「と・い・れ! ト・イ・レ! TO☆I☆RE!」

 いきなり始まったハイエロファントの便所コール。片手で股間を押さえ、もう片方を天高く振り上げて訴えてる。もうなんか……惨め過ぎます。そして、この様子は機関室のモニターに鮮明に映っていて、指揮官たる准将が一応見ている。その隣にはファゴットも居て、モニターの様子に苦笑気味。

「どうしやす、准将? 拾ったはいいですが、このまま敵地に同伴させてもメリットはありやせんぜ」

「構わん。人質交換で軋轢が生じた時のため、付録として使ってしまえ」

 彼女は冷徹に言い放った。

(何かいつもと違うんだよなァ……『人質交換』に『交渉』。いつもの准将なら、躊躇なく『ポイント32』の空爆を実行するところだが)

 長く沈丁花で准将の部下をやっている者として、彼女の異変には薄々勘付いていた。何かある……部下にも隠している何かが。

「准将ッ、見えてきたでッ!」

 甲板から戻って来たハープが、機関室に入ってくるなり彼女を呼ぶ。

「よし、本艦を西エリアの停船ポイントにつけろ。ボートの準備だ」

 外はすっかり日も暮れて、真冬の冷たい夕方の色を装いだしている。甲板には准将と沈丁花のメンバーが。そして、監禁を解かれた蒼神と彼に寄り添う柊沙那に、エンプレス。

「准将、他の二人をどうする気?」

 エンプレスが敵意むき出しの目で睨む。ラヴァーズとハイエロファントはまだ艦内だ。

「現場には連れていかん。貴様等が程度の低い抵抗に出るかもしれんしな」

 つまりは人質。人質交渉のためにやってきて、ここでも人質が発生するという妙な虚しさ。

「オジチャン……ここドコ? 何しに行くの?」

 沙那は見るからに不安で一杯だった。当然だ……世の不条理を何一つ知らぬ6才の男の子にとって、この状況は精神衛生上あまりに良くない。

「何も恐いコトはないよ、沙那。今からちょっと遠足に行くんだ。さあ、手を握って」

 そう言って差し出した手を沙那はキュッと握った。既にその手は汗でしっとりと濡れ、小賢しい嘘をつかねばならない自分が嫌だった。

「ハープとコントラ、ついてこい。ファゴット、ホルン、ビオラは艦に残れ」

「なんだよ准将、あたい等は留守番かい?」

 ビオラがあからさまに不機嫌な声を漏らす。

「人質の二人を見張れ。腐っても元SPだ……油断するな」

「へいへい、分かったよ」

 ボートに乗り込む六名=ダリア准将、ハープ、コントラ、蒼神、エンプレス、柊沙那。ついに目的地を目の前にした。『ポイント32』――本土領海内に位置する無人島の一つ。全体的な外観は楕円に近い円柱状の島で、まるで海底に向けて打ちつけられた、一本の超巨大な釘みたいだ。島の外周には多少の雑木林が残っているが、島の表面の殆どは人の手が入ってライフラインが敷かれ、老朽化はしているが産廃処理施設としての設備が一通りそろっている。敷地内は大きく5つのエリアに分けられる。


 【西エリア】=無害化された産廃を埋め立てる広大な埋め立て地。

 【東エリア】=通常処理を行う施設棟。

 【北エリア】=危険レベルの高い化学物質や毒物の処理を行う施設棟。

 【南エリア】=立ち入り禁止。詳細不明。

 【中央エリア】=資材置き場。寄宿舎。


「……さて」

 ダリア准将が先頭に立つ。上陸した一行の前には短いトンネルがあり、突き当たりにはエレベーターの扉が確認できた。扉を左右から挟むようにして、仮面を付けた二人のテロメンバーが立っている。その手に構えられたライフル銃が鈍い光を放って、彼等を待ち受けていた。



※完全第1撃<フル・ファースト・ストライク>=先制攻撃によって、敵の報復戦力を完全に破壊すること。

※前進洋上兵站艦(FFD)=戦争において作戦を行う部隊の移動と支援を計画し、物資の配給や整備、兵員の展開や衛生、施設の構築や維持などを実施する戦艦。


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