どこまでもそこに
山道を進む足音四つ。
勝人や和博、真佐美もこの山は庭みたいなものなのだろう。
迷いもせずに、進んでいく。
小さい山とはいえ、人の手が加えられていないので、どこもかしこも同じ道にしか見えない。
だけど、僕たちは僅かな目印を見つけて、迷わずに動くことができる。
ここにも僕たちの思いが強く残留し続けている。
勝人も和博も真佐美が転校する話は知っていたようだ。しかし、惨めに泣いたのはぼくだけらしかった。
和博にも勝人にも馬鹿にされた。いつも通り真佐美は僕を宥めてくれていた。
父親の都合らしい。ここに残ることを強く希望したのだが、彼女の願いは聴き入られなかったらしい。
初めて親に泣きついたとも言っていた。小学校からいつも一緒にいたんです。最後までお願いします。
頭を下げて懇願した。
「だけど、ザンネン」
真佐美は寂しくわらっているだけだった。
和博はまだオオクワガタを収穫することを夢見て探しているらしく、片っ端から木を蹴飛ばして揺らしていた。
僕はその様子を見ながら、和博の足の骨が折れてしまわないか心配になる。
彼は本当に骨折することが多く、些細なことでポッキーのように骨を折っていた。
僕が知っているだけでも八回は骨折をしている。
勝人も自分の好きなノコギリクワガタをさがしているのだろう、いつものポイントをチェックしている。彼もまた、自分の経験を頼りに歩いているのだ。
僕の肩が二回刺激が軽く送られる。
僕は後ろを振り向く。
目前にカブトムシ。艶があり黒々としており、ギミックのような音がする。真佐美がカブトムシの角を持ち上げ、僕に掲げているのだ。
「おっきいでしょー」
カブトムシの足が不規則に揺れる。久しぶりに僕もヒラタクワガタを探そうかと思いはじめる。
「相変わらずカブトムシなんだな」
後ろから僕たち二人に声を掛ける勝人。その手には、ノコギリクワガタ。
顎が刺々しく力強い。立派な大きさのノコギリクワガタ。
和博も何も変わらない。手にはコクワガタ。
「オオクワガタみつからなかったんだねー」
小さくてかわいいと和博の見つけたコクワガタを撫でる。
「触るな。こいつはお前の全てをかみちぎる」
メガネを挙げて自慢げにしている。
僕もいつものポイントに立っている。幹が太く立派な木。見上げれば、樹液に群がる先客。その中に僕の好きなヒラタクワガタが足を休めていた。
それを手の中に収める。僕は笑う。
「勝人のノコギリクワガタなんてバラバラにしてやる」
勝人は笑う。
「真っ二つにしてやるよ」
真佐美も勝負に乗る。
「カブトムシが王様だよー」
和博は話にならない。
「挟まれたら一番痛いぞ」
確かに。一度コクワガタには痛い目をあわされた。顎が小さい分、肉がもぎ取られるほど痛い。
また、懐かしい闘いが始まる。
ルールは至って簡単。腕の太さと同じくらいの木株を見つける。そこに互いの相棒を乗せる。
ルール1、地面に降りたら負け。
ルール2、背中を向けたら負け。
ルール3、これは真剣勝負。
この三つが鉄のルールとされている。
僕はヒラタクワガタを愛でながら、勝人に勝利宣言をする。
「勝人のノコギリクワガタは勝てない」
勝人も堂々と構える。
「お前のヒラタクワガタ、震えてないか?」
売り言葉に買い言葉。
互いの相棒をお見合いをさせる格好で準備。
軽く怒らせる程度に指で小突く。
調度いい具合に興奮する。勝負開始の合図。ジリジリと互いの距離を詰める、僕のヒラクワガタと勝人のノコギリクワガタ。
勝負は一発で決まってしまう。先に挟み込まれたら負け。
まず、僕のヒラタクワガタが挟みに掛かる。互いの顎が擦れて、鈍く響く。
勝人のノコギリクワガタの怒りが最長点に達する。一気に距離を詰め、顎を振り回す。それを弾くように頭を降る、僕のヒラタクワガタ。再度、距離を詰めてくる。
ここで、僕のヒラタクワガタが巧に身体を入れ替える。勝負ありだ。無防備な横腹から挟み込む。振り回された勝人のノコギリクワガタは木株から足が離れる。そのまま地面へとたたき付けられた。
「これで勝率はドローだ」
僕はガッツポーズをして喜ぶ。今までの勝人との戦績は10対9で僕が負けていた。この勝負で10対10となる。
「うむ。身体ばっかりで根性なしだったな」
そう漏らす勝人は、ノコギリクワガタを古木にしがみつかせ逃がしてやる。
僕もヒラタクワガタを逃がす。
その間に和博と真佐美の勝負は終わっていた。和博のコクワガタは真佐美のカブトムシに吹っ飛ばされてどこかへといなくなってしまった。
寄り道をしながらも秘密基地を作る場所へと到着する。目前の高い草を手で払う。四人で久しぶりにこの空間に入る。
「久しぶりだな」
勝人がまじまじと、木々を一本一本確認するように目線を動かす。
和博も懐かしそうにメガネの奥の瞳に風景を映す。
「変わってないな」
「そうだねー」
静かに変わっていくはずなのだ。形あるもに永遠はない。だけどここにだけには存在しているかのようだ。いつまでもそこに有り続ける、僕たちのように。
そう、僕たちのように、有り続けなければならない。
どうして、僕たちが変わらなければならないのだろう。
僕は光の届かない穴の中に視線を移す。変わらず、吸い込むような暗闇が口を開けている。
僕はその暗闇に歩み寄る。
「ここ」
僕はその穴を見下ろしながら、みんなに示す。
真佐美も勝人も眉を寄せている。和博だけがその穴を興味深く覗き込んでいた。
どこまでも深く続いている。どこまでも僕たちも続けばいいのに。
「一人ずつ、手を入れてみてくれない?」
僕が幻を見つづけているのかどうかが、これでわかるから。