女は偉大
四人で川沿いを歩く。午後3時を過ぎてもなおこの暑さ。
和博が後ろでコケシのような姿。見ていて痛々しい。
「さっきまでの元気はどうした」
勝人が背中越しに和博を覗くようにして言う。
額の汗を拭いながら愚痴を言う和博。
「俺は帰宅部だ」
続いて、僕も言う。
「僕も帰宅部」
なおも、勝人。
「俺も帰宅部」
真佐美がとどめ。
「わたしも帰宅部ー」
なんて覇気のない青春。嫌いではないけれど。
真佐美が、鞄からペットボトルのお茶を和博のために取り出す。
「お茶だよ。今から坂道も登るんだから大切に飲んでね」
和博はペットボトルを受け取り、がぶ飲み。
「大切に飲めって」
当然なツッコミを入れる僕。和博は坂道で死ぬのではないだろうか。
真佐美はみんなの分もあるよーと鞄を軽く持ち上げる。
「僕がもつよ」
男としては女の子に荷物を持たしたまま黙っているわけにもいかない。
「ありがとー」
お礼を言いながら、鞄をこちらに手渡す。勝人が僅かに慌てる。
「む。俺が気が利かない奴みたいじゃないか」
僕は勝人に真佐美から受け取った鞄を手渡す。
「じゃ、よろしく」
勝人が僅かに眉尻をあげる。
「むかつくな。なんか」
僕は勝人に不敵な笑みを投げる。不敵な笑みを投げ返してくる勝人。
「勝人もありがとー」
真佐美が間に入る様に勝人にもお礼をする。
「不本意な形だが、荷物を持とう」
勝人は苦い表情で荷物を持つ。和博が水分を補給したためか、コケシ状態から復活していた。
角を曲がり、坂道へと入る。今さらながら自転車で来ればよかったと後悔する。
真佐美の家まで自転車で来ていた僕だが、勝人と和博は徒歩で来ていた。
そのため、真佐美と僕は二人に合わせて徒歩で山まで行くことになった。
本音を言うと、僕一人だけでも自転車に乗りたかった。
しかし、ここでまた真佐美がこんなことを言うのである。
「四人で歩けばピクニックみたいで楽しいよー」
真佐美もこの暑さが身体に応えないはずがない。僕も勝人も命を削る思いだ。和博にいたっては死ぬかもしれない。
麦藁帽子を被る真佐美の横顔は汗が浮かんでいる。
相変わらず、忠実にまとめ役だ。
「あついねー」
真佐美が帽子の唾を握り、大きく息を吐く。
意識を失いかけながら歩く和博。
団扇を仰ぎながら180を越す大きな身体で歩を進める勝人。
そして、僕。
この中に一人だけ混ざる女の子。
本当に不思議な存在。
後ろで和博がペットボトルを落として、坂道を転がる音がした。
和博はそれを追い掛けることすらしなかった。
やっと坂道を登りきる。涌き水があることに感謝神様アメアラレだ。
和博は水分を補給することでまた元の和博に戻っていた。
僕も真佐美が持ってきてくれたお茶を飲み干し、竹の切っ先から溢れる水を目一杯入れる。
僕たちは木陰で座り込み、ひとまずの休憩。
涌き水の地面を叩く音と柔らかい風が、僕たちの流れる汗を乾かす。
ペットボトルに先程入れた水を一口飲む。
染み渡って、活力が沸いて来る。
僕は聞きたいことがあった。真佐美はどのような方法で勝人と和博をここまで付き合わせたのかを知っておきたい。
勝人は団扇で仰ぎながら、和博と何か話している。
今のうちに真佐美に聞いておこうと思った。真佐美は上ってきた坂道を見下ろしている。
ゆっくりと近付いて、真佐美の背中に声を掛ける。
「どうやって、真佐美や和博を言いくるめたんだ」
真佐美が麦藁帽子を深く被り答える。
「セミさんとおんなじだよー」
セミさん?
様々な方向から響くセミの声。今は夏だー、夏だーと必死に僕たちに訴えかけている。
「ごめん。どういうこと」
真佐美が僕に伝えようとしていることが何なのか、僕なりに必死に考える。
真佐美は寂しそうに透き通った瞳で僕を写す。
水を入れたペットボトルを高く挙げて、光がキラキラと乱反射していた。
真佐美は風に乗せて言葉にする。
「夏休みが終わったらお別れ何だー」
僕は再び意味が理解することが出来なかった。そんな僕に、真佐美がもう一度。
「この夏休みが終わったら転校するんだ」
言葉にした。
寂しく笑っている。けれど僕は何か言うことは出来なかった。
だって、小学校からこの四人で僕の生活が回っていた。そこで一人が欠けることなんてあってはならない。
「だから勝人と和博も、こんなずっこいやり方を使って誘ったんだよー」
僕が泣き虫なのだろうか?彼女は泣いていないのに、僕だけ泣くなんて。なんて情けない。
「そういうことだ」
勝人と和博がいつの間にか僕の後ろに立っていた。勝人が僕の肩に大きな手を置いている。
「だから泣くな」
と、勝人。
「気持ち悪いぞ」
と和博。
「うるさい」
と、僕。
真佐美は静かに僕の目の前で笑う。深く被った麦藁帽子の奥で涙が伝っているのが見えた。
女の子はこうも強いのか。性別が違うだけでこうも心の強さが違うものなのだろうか。
僕は秘密基地を作ることの大きな意味を今理解した。