和博、歓喜する
「飲み物、用意してくるねー」
真佐美がベッドから腰を上げて、部屋を出ていく。
僕はぐるりと首を一回転させる。中央にソファー、角にベッドがある。壁に季節ごとにあしらった風景が映えるカレンダー。勉強デスクに和博のケーキセットが乗った小机。今時珍しい、はと時計がひときわ目を引く。
掃除は隅々まで行き届いてるように感じる。だけど、女の子の部屋にしてはかざりっけのない部屋。天窓から自然の光が眩しくない程度に僕らを照らす。
落ち着く部屋である。
「勝人。遅い」
和博が単刀直入で勝人に批判を浴びせる。
「それが、おっきいのがトイレでつまりやがってよ」
念仏のように手を顔の前に上げて答える。すごいなそれ。
それより、と僕。
「メールの内容はどんなのだった」
勝人が携帯電話の画面を僕に向ける。
そこには、日本語としては意味が伝わることのない文章。
「和博は?」
「気持ち悪かったから、消した」
貴重な情報は消去されてしまった。和博だったらメールを残すはずはないだろうことは折り込みずみ。
たとえ、メールが消去されてしまったとしても問題はない。
「和博に来たメールも、勝人と同じ?」
ケーキを一口すくい、フォークを自分の口元へ運びながら答える。
「それよりもだ、なんでこんなことをしたのかを説明して欲しいんだけど」
すっかり、忘れていた。和博は秘密基地作りに参加するのかな。
「和博は、秘密基地を作るのに参加してくれるの?」
眉間を人差し指で掻きながら、仏頂面で答える。
「まあな」
本当に真佐美はなにをしたのか。勝人といい和博といい、こんな頭が沸騰するような季節に、ただの僕の暇つぶしに付き合ってくれるなんて。
「ありがとう。君達は僕の成績を超えることはないです」
ついつい、二人を挑発してしまう。
真佐美がドアを開けて、アイスティーを二つ運んでくる。
これから楽しい夏休みだ。
真佐美はどうぞーと、僕たちにアイスティーを促す。氷が音をたて歩照った体を冷やす。
「うん。おいしかった」
グラスに添えられたストローは使わずに、氷ごと一気のみをした勝人。
「おそまつさまー」
真佐美が勝人のグラスを自分側へと引き寄せる。
勝人が団扇を仰ぎながらこちらを伺っている。心なしか真佐美も気にはしている様子。
あまり話したくない。信用させることができるだろうか。
一呼吸置いて、まずは本論を述べよう。
「昨日のイタ電やメールは僕のやったことじゃないんだ」
勝人と真佐美は真剣に聞いている。和博はさして興味もなさそうにソファーで反り返っている。
「あれは、幽霊の仕業なんだ」
無理だ。こんな馬鹿げた話し信じられるはずがない。
しかし、この馬鹿がいてくれる。
和博が首が吹っ飛ばすような勢いでこちらに顔を向ける。メガネが心なしかズレてしまっている。
「なんていった」
ここまでは僕の予想通りの展開となった。
まず、和博がこの手の話しに飛びつかないはずがないのである。
「僕たちが秘密基地を作ろうとしている場所に幽霊かなにかがいる」
僕は情報を付け足して、幽霊という単語を再び言葉にする。
和博の整った顔面が、たちまち崩れていく。気持ち悪い。整っている物体が崩れていく様は気持ち悪さを増幅させる。
勝人と真佐美は目を開けたまま表情が動かない。顔の筋肉の使い方を忘れてしまったみたいに見える。
和彦は我関せず、興奮して収集がつかない。しかし、こんな陳腐な話しを信じてくれる和博には感謝でいっぱいだ。
これで二人対二人。なんとか、幽霊の話しを冗談として捕らえないように持って行かなければならない。
まずは、仲間を増やすことが鉄則である。
和博は僕の前で歓喜している。鬱陶しい。
「はやくいこう。山へ。俺達の秘密基地へと」
和博の興奮は最高潮に達している。真佐美の部屋を今にも出ていこうとする。
このテンションは無理矢理こっちの話しを通すには大きな武器となる。
「勝人と和博は、僕が秘密基地を作ろうとしている場所わかってるんだよね」
真佐美が携帯電話の写メールを見せたよーと、携帯電話をひらひらさせる。
「そこに穴があって、携帯を落としたんだ」
勝人と真佐美は話しを促すように黙っている。和博は真佐美のベッドで体を跳ねさせている。
「その穴の中の人がメールやイタ電をしたと思う。うん、詳しくいえば手の脈はなかった」
間を置いて、二人の様子を伺う。黙ったままだ。
「その手は動いている。けれど、脈をうっていなかったんだ」
勝人が答える。
「お前の携帯に履歴は?」
僕も昨日の夜に確認した。
「残っていなかった」
団扇を仰ぐ手を停める勝人。
「信じられない。少なくとも、俺がその幽霊をみるまでは」
「真佐美は?」
返事を聞きたくて真佐美に顔を向ける。
「そのユウレイさんとお話してみたいねー」
素晴らしい。真佐美はこの陳腐なホラーをあっさり受け入れてくれる。
「面白くなってきたな」
勝人がまた、団扇を仰ぎながら答える。
だから、僕はみんな大好きなんだ。
「山にいってみよう」
すぐに話しがまとまり心底安心する。
いつのまにかドアの前に仁王達する和博。和博はドアを開けて僕たちを誘導する。
「さあ、行こう。俺達の夢あふれる遊び場へ」
テンションは今だ最高ヒートの和博。腕を振り僕たちを外の世界へと連れていく。