無くした携帯電話
自分の部屋で、深くベッドに沈み込む。
あれは、勘違いではなかったのだろうか?
まだ捕まれた手に感覚が残っている。思い出しただけで身震い。
人が地中で生存することが可能なのか。成績上位の僕だったら、納得できる理論を組み立てることが出来るはず。
「馬鹿らしい」
考えることを放棄。結論。あれは勘違い。
それにしても、暑い。窓から入ってくる風はなく、体感気温はひどく高くかんじる。窓から吊す風鈴は全く音を奏でない。
そんなことはどうでもいい。問題は携帯電話を無くしてしまったことだ。しかし、真昼間に山登りをすることは躊躇われた。きっと、あの穴深くに吸い込まれている。手を伸ばしても携帯電話らしき物は見つからなかった。シャベルかなんか持っていって、掘るしかないな。
その前に昼寝をしよう。穴掘りなんて、日差しが和らぎ比較的涼しい夕方にしかしたくない。
目を閉じれば、すぐに世界が暗転する。このまま、ストンとシャッターが降りる。
根太。根太。
だれだろう?
ぼくの名前を呼ぶ声がする。
ここは、僕たちの場所。秘密基地を作るあの場所。だけど、なにかが違う。
何が。
風がいつもと違う。
木々がいつもと違う。
空気がいつもと違う。
何かが違う。
ーけど、僕たちの場所。
「違う。ここは私達の場所」
風が強く吹き付ける。視界が遮られる。
こんた。
まどろみの中、聞き慣れた声。
「うーん。なんだよ」
電話の子機を押し付ける、僕の母親。
「ほら。真佐美ちゃんだよ」
しぶしぶ、上半身をベッドから持ち上げる。
「ん。真佐美かー」
ゆっくりと、手を伸ばす。子機を手にとる前に、胸に押し付けられる。
夏休み初日からゴロゴロするなとか、部屋を片付けろとか色々と小言を言いながら、僕の部屋を出ていく。
なんで怒鳴られてるんだ。
取り合えず、真佐美からの電話の受け答えをしよう。そしたらきっと、重い瞼を持ち上げることも出来るかもしれない。
「ん。どうした真佐美」
少し、真佐美にしては間が長い。何かがあったかなと、悟る。
「こんた、ケータイどうしてる」
どうしたもこうしたもない。
「落として、無くした」
隠す必要もないので、簡潔に言う。
やっぱり、真佐美にしては間が長すぎる。不安になりこちらから尋ねる。
「何かあったの」
うん。と一言。
「こんたから、メールや無言電話の着信があった」
目は覚めた。メールや無言電話。ぼやけた頭で、くるくると思考する。結論をくだすために、まず認めなければならないことがある。
しかし、それは容易いことではない。
「いつから」
昼過ぎ。と、真佐美。
僕は、惰眠を貪っていた。まずなんにしろ、携帯電話を所持していない。誰かが僕の携帯電話で操作した物だ、と考えるのは自然な流れであろう。
あの時、捕まれた腕の感触が蘇る。
「ごめん、気にしないで。明日説明するから」
子機の電源を切る。真佐美はわかったよーとか言って、さして気にしていないようだった
僕がまだ、何もこの状況を飲み込もうとしていないのに。真佐美の勘違いではないのだろうか。
しかし、この事実を飲み込まなければならないようだ。子機が電子音をひびかせる。
勝人からだ。
「どうしたの、勝人」
どうしたも、こうしたもないと勝人。
「お前、俺のストーカーか?」
やめてくれ。気持ち悪い。たぶん、気持ち悪いのは勝人のほうだと思うけれど。
「メールや無言電話がきたんだね」
勝人は、そうだと答える。
「明日説明する。だから気にしないで」
勝人が、唐突に漏らす。
「明日、俺も秘密基地作りをする。だから、その時に教えてくれ」
少しだけ驚く。真佐美はどうやって勝人を誘ったのだろうか。しかし、今はそのことを尋ねる場合ではない。
うん。わかった。それだけを言って、電源を切る。
またもや、子機が騒ぎ出す。和博からだ。
軽い咳ばらい、そのあとに投げられた言葉。
「気持ち悪いから、やめてくれないか」
それで終わり。一方的に電話を切られる。
もし、親が電話にでていたらとか考えないのだろうか?考えてないんだろうな。
恐れから、少しずつ怒りへと変わっていく。
右手で奇妙な手に捕まれた腕を抑える。実行に移すしか、答えを見つけることは出来ないらしい。
庭に錆びた倉庫があり、たてつけの悪い扉を力付くでこじ開ける。シャベルを引っ張りだし、ボストンバックに突っ込む。
準備万端。
僕の携帯電話を見つけだす。いや、取り戻す。
もう一度、あの場所へ。