一人目のメンバー
僕は小学校時代にやり残した事がある。公園の隅や空き地、建物の廃墟などを利用して作るあれだ。秘密基地と呼ばれる、青春のたまり場を作ることである。
これまでに女っ気の事柄以外の青春はあらかた経験してきたものだと自負している。しかし、秘密基地を作ったことがないという青春はいかがなものだろうか?
友と共同作業で作りあげ、そして週刊誌や人生ゲーム、ちょっと大人の雑誌を持ち込んだりもしたりする。考えれば考えるだけで楽しそうではないだろうか?
夏休みにはいり、我が家を出ればうだるような暑さ。蝉は歓喜の大合唱。アスファルトの照り返しだけで、ミイラ化しそうだ。どうだろう、絶好の秘密基地制作日和じゃないか。携帯電話を強く握る。
「誰も付き合わないよな」
高校最後の夏休みであり、受験シーズン真っ盛りだもんな。無駄に携帯を開けたり閉めたりして、小気味よい音を楽しむ。庭に乱雑に置かれた自転車を道路まで押す。
「さてと、出掛けるかな」
夏休み初日から涌き水を汲みに行く。母親に借金があるため、パシリとして良いように使われている。わき水は山の麓からわき出ており、そこまで坂が続いている。25度くらいの坂ともなれば、これはなかなか重労働。自分の足となるは籠付きのハンドルが曲がったクールなスタイル。そう、ママチャリだ。スペック的に文句のつけようがあるだろうか。むろん愚痴っていることは言うまでもない。
川沿いに沿って真っ直ぐ進み、右手へと折れると坂道へと差し掛かる。
「きっつっ~」
中盤にさしかかり、ペダルの重みが増してくる。しかし不思議なことに、ここまで来ると男の意地とやらが働くらしい。地面に足をつけると負け的なルールが頭の中で出来上がる。残るは四分の一といったところか。
「......はっ......は......」
ポイントまであと少し。
「うっしゃ」
蝉の声が歓声にすら聞こえる。ふと、歓声に混ざってベルの音。颯爽と僕を追い越す自転車。操縦者は女の子。更に立ちこぎすらしていない。
ショックのあまりに足を付く。ハンドルを離した僕の自転車は無残にもアスファルトを削った。
頭を垂らし、自転車を押しながらの到着。彼女は、水汲み用のボトルを4本持ってきていた。こちらも4本をカゴに入れて持ってきている。
「やっほー、こんたー」
僕の名前は岩城根太である。響きが男らしくないのであまり自分の名前は好きではない。
彼女の真新しい電動自転車が視界に入る。
「おはよう真佐美、電チャリくれ」
ついストレートな言葉を投げてしまう。電チャリがあればこんな坂道手放しで登りきってやれる。
彼女の名前は飛田真佐美。八分刈りの髪型とボーイッシュな出で立ちではあるが、外見とはギャップが激しいほどのお金持ちである。
「バッテリー切れたらあげるよー」
一般市民の感覚とは少しズレがあると感じているのは、僕だけではないだろう。電チャリを消しゴム感覚で人に譲ってしまうのだから。
「うん、やっぱりいいや。大切に使ってやって」
真佐美はただ、素直なだけである。通行人からお金を下さいと言われれば、財布を渡してしまうのではないだろうか。ある意味、一番達が悪い性格である。
「うーん、そうするよ」
先に水を汲み終えた真佐美は、水の入ったペットボトルを高く挙げる。日光を浴びてキラキラと乱反射する。
僕も籠の中に放り込んだペットボトルを取り出す。岩と岩の間に挟まれた竹筒の切っ先から水があふれている。地面を叩く水の音が体の中心部から冷やしていく。
ペットボトルの口を竹筒の切っ先へと宛がう。コンビニで売られている天然水の完成。
全てのペットボトルに水を入れ終わり、カゴの中へと投げる。真佐美はその間待ってくれていたらしい。山の入口を見つめていた。入口とは言っても、特別に知名度がある山ではないので、人間の手が加えられていない。そのため獣道と言ったほうが正しい表現かもしれない。
「どうした、真佐美?」
真佐美とは小学校からの付き合い。次ぎの言葉はだいたい予想できる。
「高校最後の年なのにね」
僕も釣られるように、この山の入口を見る。一瞬、子供の影が笑いながら山の奥へと吸い込まれたように思えた。影は4人分。過去の僕たちがだろうか?
とても楽しかった。ガキの時代、ここの山はドキドキとワクワクが詰まっていた。しかし今はちっぽけな山でありただの風景の一部になってしまっている。
真佐美を誘ってみよう。僕と同じで時間を持て余す受験生仲間。きっと魅力的な提案であると思ってくれる。
「この山に四人の秘密基地を作らない」
真佐美は笑う。そういえば、秘密基地って作ったことないーと笑う。
「うん」
真佐美の首が縦に揺れる。夏休み暇なんだーと。
「夏の天王山って暇だよなー」と僕も肯定。
僕たちは進学校に通う。成績は真佐美と僕が上位をワンツーフィニッシュで飾っている。受験勉強なんてしないでよろしい。
ただいつもの面子を揃えるためには残り二人が危険信号。成績のビリからワンツーフィニッシュ。
今、まさに死に物狂いで学業に勤しんでいるだろう。彼等にもプライドがあるらしく、奇跡の逆転劇を上演すると、鼻息が荒かった。
さーどうやって誘う?
携帯を閉じたり開いたりして小気味よい音を楽しむ。