二人っきり
山道をゆっくりと歩く。木陰の下からだと、太陽を見上げることが出来る。
山見をゆっくりと歩く。真佐美の一歩一歩が短く、自然と僕も歩くのが遅くなる。
勝人と和博には用事を済ませてから戻ってくると言い残してきた。
真佐美の横顔を眺める。何が楽しいのか、ずっと笑っている。真佐美が僕の視線に気づき、目を細くする。
「秘密基地を作るの、楽しみだねー」
「うん。楽しみだ」
僕は頭の中を整理する。
真佐美が美月に見えてしまった。これは、考えないことにする。考えたところで答えを出せそうにないだろうし、おかしくなってしまったのは、僕の可能性が高い。
だけど、穴が消えてしまっていることは? 駄目だ。頭の中が何物かの手によって掻き乱されているかのようだ。こんな状態ではまとまるものもまとまらない。
真佐美が僕の顔を伺って来る。そして、考える表情をして言う。「涌き水場で、こんたはわたしのことを美月って呼んだよねー」
やっぱり、美月はみんなの記憶から消えてしまっているのか。
「美月ってだーれ? 」
どうして僕に聞いてくるんだ。僕だって分からないのに。
「わたしのこと、美月って呼んでたよねー」僕の前を歩く真佐美が、身体を反転させて、こちらを向きながら再度尋ねる。
「何でもないんだ」
ごまかすことしか出来なかった。僕はやっぱりおかしくなったのか?
真佐美が首を横に振る。瞳に映る僕の影が揺れたように思える。目を伏せ、静かな声音が響く。僕の真佐美の第一印象、そして女の子と初めて友達になれそうだと思うきっかけとなった声。
「こんた。あなたは間違っていないよー」
僕が、間違っていない。裏返すならば、真佐美は今の状況を説明できるということなのだろうか。
後ろ向きのまま歩く真佐美は、僕にいつもの笑顔を見せてくれる。
僕もゆっくりと笑みを返す。
「うん。秘密基地を作ろう」
そうだ。僕がしなければいけないことは、当初から決まっている。
「もちろん。今も人形をいっぱい持ってくるために帰ってるんだから」
「そういえば、僕も遊び道具を持って行くって言っちゃったっけ」
突然、バックステップで歩いていた真佐美の身体が、ストンと落ちる。木の根が地中へと張り出しており、高低さでバランスを崩したようだ。
「危ない!」
反射で手を伸ばし、真佐美の手を引っ張りあげる。
「あ、ありがとー、びっくりしたよー」
僕は、真佐美の手首を握ったまま動けずにいた。女の子の体重とはいっても、片腕一本で支えているのは力がいる。
真佐美は滑らした片足を、ゆっくりと安定した地面に降ろす。同時に僕も握った手を離した。
「大丈夫? 」
どうして、こうも冷静でいられるんだ? 僕は、いまほど自分を褒めたいと思ったことはない。どんなに成績がよくても、財布を交番に届けたとしても自分をこんなに褒めたいとは思わない。
「だいしょうぶだよー」と真佐美が言う。
真佐美の手は冷たかった、尋常じゃないほどに。そして、脈がなかった。だけど、僕は気にしてはいられない。これからが僕たちの、夏休みの始まりの合図となってくれるのだから。






