選択
走る。足が溝に埋まり、バランスを崩す。手をつき、身体を立て直す。蝉が泣きはじめる。これからが夏が始まるんだ。四人の秘密基地を作り、形を残す。ダレのために? 僕はただの暇つぶしのつもりだった。でも、それには大きな意味があると、気づかせてくれた。鬱陶しい草を払いのける。
僕たちの秘密基地を作る場所にたどり着く。
「勝人、和博」
息が詰まり、荒く、大きく呼吸する。そこには勝人と和博がいた。
振り向く二人は、僕を見て驚く。
「どうした? そんなに慌てて」
「幽霊でもみたんじゃないのか? 」
膝に手をつき、心臓を落ち着かせる。
「ま...」
声が出ない。
「真佐美は? 」
顔をあげて、二人に尋ねる。
「真佐美? 真佐美がどうかしたのか? 」首を傾げて答える勝人。
「それより、こんなに朝早くからどうした? 」嫌らしい笑い方をしながら言い、そして僕に聞き返す和博。
「そんなに秘密基地作りが楽しみだったのか? 」
「それよりも、真佐美は?」
焦りながらも感情を抑えて、再度尋ねる。
勝人が僕の空気を察して、僅かに顔を厳しくする。
「何があったか聞きたい」
僕は美月にあった。真佐美と同じ顔、同じ声。どれもが真佐美と似通い、だけど確実に違う。説明は出来そうにもない。だけど、ここにたった一つの希望がある。
「勝人、和博、どいてくれ」
僕は勝人と和博で隠れた穴を確認するために駆け寄る。
「あ...穴が無い?」昨日までは確かにあった、その場所に膝をつく。
「どうした? 根太、お前変だぞ?」勝人が心配して、僕の背中に声を掛ける。
ゆっくりと風が流れる。木々が揺れ、一つ、二つ、小枝や枯れ葉を踏み歩くリズムが聞こえはじめた。
僕はまだ地面を見下ろし、動くことは出来ない。
「お、真佐美か」勝人が驚いた顔をする。
「なんで真佐美もこんな朝っぱらから来てんだよ」と含み笑いをしながら言う和博。
僕も背中越しに、顔だけを後ろへ向ける。足元からゆっくりと見上げる。
「美月...?」
勝人も和博もわかんないのか? あれは美月だ。僕がおかしくなっているのだろうか?
「おはよー」
なんて、明るい笑顔だ。穴があったはずの地面をかく。柔らかく暖かい泥を握る。
「朝早くから山で秘密基地作りとか」心持ち肩を降ろす勝人。
「ま、受験生のやることじゃないな」と続ける和博。
いつまでも、表情をさらけ出してはいられない。僕はどちらかの行動を選択しなければならない。
この目の前の女の子を美月と認識するか、真佐美と認識するか。僕は。
「お早う。真佐美」
こうするしかない。僕がキチガイになってしまったんだ。
「さっきも挨拶したよー」
真佐美の笑顔が、酷く歪んで見える。
「こんた、まだ水汲み終わってないでしょ?」
「...うん」
秘密基地の入り口から出て行く真佐美。
「一緒に帰るよー」
僕は誘われるようにその場を後にした。