変だ、オカシイ
明日の計画を、大まかに組み立てる。僕の我が儘から始まった秘密基地作りが、ここまで順調に行く。
この木々に囲まれた場所で四人で座る。尻が障害物で痛みはするが、問題ない。
「段ボールは俺が持ってこよう」
勝人が口を開く。
「じゃ、僕は遊び道具全般を」
「秘密基地といったら宝物は必須だろう」
和博がしたり顔で言う。
「ぬいぐるみをたくさん持ってくるよー」
真佐美の部屋にはぬいぐるみは全く飾っていない。しかし、隣の部屋には、キャラクターものやファンキーなぬいぐるみだけで占領する部屋がある。
「あまり持ってくるなよ」
嫌そうな顔の和博。
「和博に似てるぬいぐるみもあるんだよー」
抱えきれないぐらいのぬいぐるみを持ってくるつもりなのだろう。真佐美の笑い声が響く。
「やめてくれ」
本当に良かった。これで僕は真佐美が笑った顔を見ることが出来る。
ひとしきり秘密基地の制作手順をまとめて、僕たちは腰をあげた。
日が沈み空が真っ赤に燃えている。周囲は暗くなりはじめている。
「そろそろ、帰るか」
勝人が話しをまとめて言う。
「そうだな」
和博が大きな欠伸をする。僕も誘われて欠伸をしそうになるが、噛み殺す。
「明日からが楽しみだねー」
そう、明日からが僕たちの四人の形を残す、大切な時間。
「本当に楽しみだね」
秘密基地を作る空間となるは、いつまでも形が変わらない、永遠の場所。
ゆっくりと再度、見回す。ひっそりと在りつづける、深く細い穴が目に入る。
「明日もまた来るって伝えてくる」
僕は手帳とボールペンを持って近づく。どこまで続いているのか、日が落ちたために、なおさら深淵に見える。
「僕たちは明日も来るよ」
そういって、手を穴の中に伸ばす。指が一本ずつ絡んでくる。僕は笑う。もう恐怖することはない。この手が僕たちに危害を加えることはないのだ。
「秘密基地を作ることを許してくれてありがとう」
まだ、冷たい指は僕の手を握りつづける。もしかしたら別れが寂しいのかもしれない。
「離してよ。手帳が入れられない」
軽く引っ張るが、離れない。引っ張るが、離れない。強く引っ張るが、離れない。
僕はいつから、この存在に心を許してしまったのだろうか。握られた手は、僕を締め付けて来る。
「みんな、助けて」
もう片方の手で助けを求める。勝人も和博も真佐美も、この空間から出ていく。どうして?
僕の声が聞こえていないのか?
冷たい手は、僕をゆっくりと引きずり込む。僕の身体を無理矢理に細く深い穴の中へ。
僕は三人が、秘密基地を作るこの空間から出ていくのを見る。
「こっちを見てよ」
勝人が出ていく。和博が出ていく。真佐美が出ていく。
僕は穴の中へ穴の中へと徐々に沈み込んでいく。変だ、おかしい。なんでこうなるんだ。
ついには上半身も穴の中へと吸い込まれる。視界は何も見えなくなる。あらゆる骨が変な方向へと曲がるのがわかる。
当然だろう、。この穴は腕一本を通すだけが限界なのだから。
暗闇の中、声が聞こえる。
「ふざけないで。あなたはどうして」
美月の声がする。泣いているのか。僕は、意識がそこで断ち切られていく。
手の平が僕の顔面を覆う。
「どうして」
口の中に泥が入ってくるので喋りづらいが、僕は聞かなければならない。
「僕の手だけを握るの?」
暗闇を漂う。深海魚になった気分だ。僕の手はまだ握り続けられている。美月の手には温度が無い。それが無性に悲しい。
僕は暗闇を漂う。
やがて、意識も泳ぎはじめる。
明日からが楽しみだ。顔を覆う手の平は震えているきがした。