真佐美の願い
何故、僕たちに存在を明かしてもなお、僕以外の三人に手を握るという、決定的物理的証拠を提示しないのだろうか?
本当は眠りを妨げた僕に怒り狂っているのかもしれない。
手帳に綴られた美月の文字は、僕たちに感情まで伝えきることは不可能だろう。まして、顔の見える対人同士ですら相手の本音まで見通すことは難しいのだから。
手っ取り早い方法がある。掘り起こしてしまうことだ。そしたら何もかもが終わりを迎え、僕たちは気持ち良く秘密基地作りに取り掛かれるかもしれない。どう考えても無理だなと悟る。和博は美月の墓を暴くことを躊躇わないだろう。真佐美は確実に首を縦には振らない。
「美月がダメって言ってるんだからダメー」
と、こんなふうに断れるんだから。
「美月にもプライベートがあるんだよー」
眉をへの字にして睨みつけてくる真佐美。
「だってさー、このままじゃ成仏出来ないじゃん」
僕は困りながらも訴える。そこにまた、手帳が穴から吐き出される。
ーよけいなお世話です。
「わかったよ」
ため息を吐きながら手帳を拾い上げる。和博は残念そうである。また、穴を覗き込んで無理矢理姿を確認しようとしている。そして、石つぶてを受けて咆哮をあげている。
和博も集まり、何事もなかったかのように強がる。
「ここに秘密基地をつくるんだろ?」
勝人が続ける。
「美月を説得しなければならんな」
僕も考えていたけれど、説得する良い手段が見つからない。
真佐美が麦藁帽子を脱ぎ、穴に近づく。
「美月。ここで、秘密基地を作らせてください」
相手には見えているのか見えていないのか、わからないにも関わらず、地面に深々と頭を下げる。要するに、土下座だ。
「真佐美、そこまでしなくても」
僕は美月の行動を止めようとするが、勝人がやらせておけと、肩を掴まれて制止させられる。
和博も黙って真佐美の行動を見つめている。
真佐美は地面からわずかに顔を持ち上げる。
「わたしはもうすぐ、ここに来ることが出来なくなります」
穴の奥へと深く反響する。
「大好きな人達ともお別れしなければなりません」
時間は止まりはしない。時計は睨んでいる間は全く針が進まないくせに、幸せな時を過ごすしているとあっという間に進んでいるのだ。
「形に残しておきたいんです」
ゆっくりと、真佐美が穴に向かって笑いかける。
「いつまでも残ることはないと思います」
僕たちは真佐美がいてくれたから楽しい時間を過ごせたことに、いまさら気づく。時間が過ぎるのは本当に早かった。
「だけど、一つ形を作りたいんです。私たちの形を」
また、頭を下げる真佐美。僕は穴に近づき、手帳を投げ入れる。後は、美月の答えを待つことしか出来ない。
静かに待つ。勝人も和博も余計な言葉を吐かない。ただ、待っていた。僕も真佐美の力強い背中に見とれる。
「リーダーは昔から真佐美だな」
自然に言葉が出てしまった。昔から真佐美は僕たちのまとめ役。手帳が穴の奥から出てくる。
勝人と和博が吹き出す。
「その通りだな」「あいつは強いもんな」
ゆっくりと真佐美が手帳を拾い上げる。
ーここは、私たちの場所。だけど、今は残っていないのかも知れませんね。許可します。
最後のページを僕たちに見えるように広げる。
偉そうだなと、思いながらも嬉しかった。僕たちはここに秘密基地を作る許可を得た。
真佐美も腰をあげて、麦藁帽子をかぶりなおす。
振り向いた真佐美の顔には、満面の笑顔が咲いていた。