ペーパーコミュニケーション
僕たちは、打ち解けていく。幽霊と打ち解けていく。和博と真佐美はずっと穴と話しつづける。勝人と僕は、この二人から心持ち距離を取り、さりげなくつぶやく。
「おい、これは大丈夫なのか?」
「僕も心配になってきた」
勝人は二人の方向をさりげなく覗く。自ずと穴も目に入る。
「俺はまだ信用出来ない」
「僕もまだ半信半疑だよ」
これまでの穴と僕たちの手帳を介してのコミュニケーションからわかったことがある。
この手は女であること。待ち人がいること、それも長い間待ち続けていること。彼女にとって、ここは大事な場所であること。眠りつづけていた事。そして、僕の手と触れ合うことで目を覚ましたことである。
彼女の名前は小美野美月と名乗っていた。長く地中で眠りつづけていたことになる、美月。もう、素直に楽しんだ者勝ちなのかもしれない。穴の前で談笑する、和博や真佐美のように。僕の手帳を入れては受け取りを繰り返し、交換日記を続けているみたいだ。
しかし、それにより、彼女の情報が僕の手帳に溜まっていく。いささか趣味が悪いが持ち帰ったあとにじっくりと読ませてもらう。このまま放っておくわけにもいかない。美月を屠るための貴重な情報源となる。だけど、美月を屠るキーワードは、やっぱり待ち人だろう。
「でもなー、待ち人って言われてもなー」
頭を掻き乱しながら、僕は呟く。
「たぶん、そいつも死んでいるのではないか」
僕が悩んでいることを読み取る勝人。
一番の有力情報ではあるが、これは本人に突き付けてもいいのだろうか。悲しむだけならまだいい。僕たちを呪ったりするんじゃないだろうか?
呪うとか考えてる時点で僕は美月という存在を信じはじめているということに気づく。
「危ない!」「当たれ!」
突如、真佐美と和博が叫ぶ。僕と勝人は急な大声に驚く。ピンポン玉ほどの大きさの小石が僕と勝人の頭に直撃する。
「いったー」「いって」
同時に頭を摩る。一緒に僕の手帳も飛んで来ていた。最後のページを開く。
ー迎えに来ると信じております
「聞こえてたのか」
勝人は穴の方に視線を向ける。
「そうみたい」
それにしても痛かった。和博の発言がすごく引っ掛かるけど、置いとくとしよう。
真佐美が僕たちにむかって駆け寄って来る。
「だいじょうぶ?」
覗き込む用にして、僕たちの額を確認する。
「うむ。大丈夫だ」
「うん。大丈夫、大丈夫」
和博は、僕たちを指差してほくそ笑んでいる。
「石を投げた張本人より、アイツがむかつく」
指をで示す勝人。当然ながら指を刺されているのは和博である。
「お前が悪い」
指を指しかえす和博。たまにストレートに言い返せない言葉を投げて来るから救えない。
それにしても、本当に信じて待ち続けていることがわかった。直接には尋ねにくい事柄だったので助かったとも言える。
「美月すっごい良い人だよ」
僕の手帳をめくり、真佐美の言う美月が良い人だということを示すページを開く。
そこには、わたしはサクランボが大好きです、と書かれている。
「サクランボが好きだと、良い人なの?」
「当然だよー」
当然のように胸を張る真佐美。美月は待ち人を、どのくらいの時間を待ち続けてるかは分からないけど、一途であることは確かなのだろう。
少し顔を落として真佐美が言う。
「やっぱり、恋人さんだよねー」
真佐美の拳が心持ち強く握られる。
「ま、そうだろうな」
勝人は先ほどの美月の地獄耳を気にして、用心深く言葉にする。
「でも、本当に幽霊っているんだな」
和博は腕を組んで答える。「て、ことはだ」と和博が続ける。
「待ち人の幽霊もいるんじゃないか?」
「そうだといいね」
僕は心のそこからそう思う。
「それよりも、本当に美月はみんなの手を握ってはくれないの?」
そして、気になっていることを吐き出した。
「うん」「ああ」「おう」
三人とも同時に答える。
風が一際強く吹き、枯れ葉が空へと舞い上がった。