僕の手だけに
予想はしていた。やっぱりこうなるのか。
和博が手を入れる。奥まで突っ込む。
「ただの穴だ」
泥を払いながら答える。次に真佐美が手を穴の中に。
「寝ちゃってるのかなー」
残念そうな顔。勝人もお構いなしに手を穴に押し込む。
「こんな茶番に付き合わされるとは」
両手を軽く持ち上げて、鼻で大きく息を吐く。こうなる予想も考えていたけど、これは一番最悪な予想であることは言うまでもない。
僕はやっぱり幻を見ていたのだろうか?そうだとすれば、また携帯電話の問題へと戻らなければならなくなる。それにしても悲しい。だって、今の僕の状況が痛い人だからだ。
ゆっくりと僕が穴の中に手を入れる。手を伸ばす。
伸ばして。
伸ばして。
伸ばして。
人の手に捕まるのだ。
どうして、僕だけが。
もう、僕は怖くはなかった。どこか冷めた目線で穴の奥底を見下ろすことができる。
「離して」
その冷たい手は絡む指を解いていく。僕はポケットの中に手帳とボールペンを持ってきている。こちらのほうがこの手とスムーズに交信が出来るはずだ。
ポケット手帳とボールペンを穴の中に放る。勝人と和博の目線が背中越しからも突き刺さる。まるで鋭利な刃物で何度も心臓をえぐられるみたいだ。
真佐美も徐々に不安になってきている。僕に合いの手を入れようと、手を伸ばす。
それを手で制止、待ったを掛ける。
一分ほど経過して手帳とボールペンが穴から吐き出される。良かった。もし無事に事が進まなければ、本当に自害していたかもしれない。
勝人と真佐美はこの現象に驚く。和博は嬉々として手帳とボールペンを拾い上げる。
そして和博が手帳を開く。そこには文字が書かれている。
ーうるさいです
ただ一言、だけど十分な一言となってくれた。もし、僕が手帳とボールペンを中に入れて反応がなかったとする。僕は自ずと幻覚を見ていたことを認めざるおえず、許してくださいと地面に頭を擦りつけなければならなかっただろう。
驚きを隠せない、真佐美と勝人。和博は盛りの犬みたいにうるさい。
「ま、こういうことなんだ」
心の奥底で一息吐きながら僕は答える。
勝人がゆっくりと僕の手帳とボールペンを受け取る。
「こちらの声はきこえているのか?」
僕は、たぶんと首を縦に降る。
穴の前でしゃがみ込む勝人。
「そこで、何をしているんだ?」
僕と同じ様に手帳とボールペンを投入。そして、返事がかえってくる。
ー眠っておりました。
「なぜ、ここに?」と勝人。同じことを繰り返す。
ー迎えが来るのを待っております。
和博が俺も聞きたいことがあると、穴の中へと声を響かせる。
「あなたは幽霊なのですか?」
ーそうかもしれません。。私が死んでから結構な時が流れました。
真佐美がお話したい~、と和博と交代。
「ここに、頻繁におとずれると思います。お邪魔してもよろしいですか?」
僕は驚く。この存在を知ってもなお、ここで秘密基地を作ることを中止にしないことに。
真佐美はメモ帳とボールペンを落とす。
ーここは、わたしと大好きな人との大切な場所です。他を当たって欲しいです。
大切な人と書かれた文字は、滲みが強く、気持ちがこめられている。なにか強い意思が伝わって来る。
真佐美が不思議な感覚だねーと、笑みを浮かべて僕に同意を求める。
僕はもっと不思議な感覚の中を漂っている。この手が掴むのは何故、僕の手だけなのだろうか?何か意味があるのだろうか?
ただの気まぐれなのかもしれないけど、頭の片隅で引っかかり続けた。