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実家では虐げられてきましたが、可愛い婚約者の国でこれからはのんびり暮らします。  作者: 丹羽坂飛鳥


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6/6

目指すべき温かな家庭

 華やかな歓迎会の、翌日。

 朝練するというアルバ様たちと訓練をご一緒した。


「能力なしでやろうぜっ、エリクセルはチュルカ姉様より強いんだろ?

 話聞いてから、戦いたくてウズウズしてたんだ!」


 ヨア様とエイル様とも願われて戦ったが、お二人とも相当な運動量をこなしていても元気一杯で、しかもお強い。

 二人と戦って互角が続いた時には気力で立つだけしか出来ず、改めて妖精との体力差を思い知らされた。


 しかし。

 何より、同じ人間のはずのアルバ様に驚かされた。


 四十代後半のはずの父親は、走り込んで剣の素振りを続け、あらゆる武芸の型を丁寧になぞる。

 さらに筋力を上げるための訓練も、常に何か行っている。

 息子たちが突然襲いかかっても平気で戦って倒し、改善点を指導の上、出来るまで戦いながらやらせている。


「アルバ様、あの……まさか毎朝、この練習量をこなしているのでしょうか」


「? そうだ。ボクがムルカナにいた頃から続けているから、妖精でなくとも出来るはずだ」


 目の前が回るかと思った。


 幼い頃にも俺は朝練に参加したが、全員子供だったからか、ここまで練習量は多くなかった。

 たまに父上が「アルバは人間なのか分からない時がある」などと言っていたのを冗談だと思っていたが、実際に目にすると、同じに思えるかもしれない。


(果たしてアルバ様は、人間なのだろうか)


 生まれは確か、父上よりも早かったはず。

 父上が倒した先王の時代から、第一線で戦地に立って活躍してきた『ムルカナの剣』がアルバ様だ。歴史書にも出てくる英傑だ。

 なのに童顔らしく、子供達と同じくらい若く見えるから、ハッとした。


(そうか、実は妖精なのを隠して暮らしていたのか?!)


 逆さになって腕立てを続けているヨア様と、その上で足の筋力増強術を続けているエイル様が、無邪気に笑っている。

 彼らは、どちらもアルバ様の息子だ。

 妖精同士の子だから身体能力に優れているのかと納得しかけた、その時だ。


「人間ってすごいよね。エリクセルも強かったな。

 もしかして歳を取ったら、エリクセルも父様と同じくらい出来るようになるのかな」


「妖精同士ってお互いに妖精だって分かるけど、父様は誰がどう考えても人間だもんなぁ。

 人間の方が隠してる能力があったりするのか? エリクセルは何の能力? 風?」


 ない。

 絶対に、アルバ様は人間だ。

 首を横に振ったけれど、エルタニアの剣聖でもある近衛兵長は話を聞いて、森に続く道を示した。


「エリクセルは持久力がないから、練習をキツく感じているんだ。

 体力を作るためにも、今から一緒に走り込むか。行こう」


「あっヨア兄様、この状態で走って! 上に乗ってる俺もいい鍛錬になるからさっ」


「えー。いいけどエイル、落ちないでよ? 走りながら乗せ直すのって大変だからね」


 後ろから、ヨア様が大地を蹴り足で掴んで、走っているような音が続く。

 けれど振り返ってはいけない、自信をなくす。


(だってさっきまで逆立ちをしていたはずだ)


 妖精から見ても特殊らしいムルカナの英雄アルバは、楽しそうな兄弟を連れて、どこまでも遠くまで俺を連れて走り始める。

 黒髪黒目の近衛兵長は息一つ乱さず、ふと振り返った。


「ああ、そうだ。今のうちに伝達もするか。

 近衛の仕事を覚えてもらうのにも、朝はチュルカと一緒に学校に行ってもらう。

 夕方に戻ってくるまでは勤務時間だから、指導役のワイアットに従うように。

 もし途中で難しいと感じたら、素直に伝えてくれ」


 そう、まだ朝練なんだ!

 ほぼ全力疾走の走り込みに付いて行って、へとへとになっても一日の終わりじゃない。


 終わったら、呆然としながら練兵場のシャワーで汗を流した。

 隣のシャワー室で、エルタニア王家の兄弟は何もなかったかのように、楽しそうにしている。

 着替えたら皆様と朝食の席を同じくしたが、隣に座ったチュルカ様が食事の進まない俺に狼狽えた。


「どうしたの、えっちゃん、疲れ切ってる。

 旅の疲れが出ちゃった? シャーちゃんに栄養剤の処方してもらおうか」


「いえ、その……まだまだ鍛え足りないと、思いまして……」


「もしかして、父様たちの朝練に付いて行ったの?

 ヨア兄様もエイルも成長して体力お化けだから、遠慮しないんだよっ。

 シャーちゃんの朝練がちょうどいいよ、朝からすっごく身軽に動けるようになるよ?」


 さらにその隣に座っているティフォルナ様にも聞こえたみたいで、頷いている。


「シャーちゃんは医者らしく、最新の健康科学に基づいて体を整える朝活をこっそりやってるのよ。美容にもいいからみんなお気に入り。

 場所を教えるわ。ね、いいでしょ、シャーちゃん」


「ん?」


「ねえねえシャーちゃん、ちょっとこっち来て。会議しよ?」


 呼ばれたシャグマ様が素直に席を立ち、娘たちの間にしゃがんで作戦会議を始める。

 事情を聞いたデアの王弟は、笑っている。


「わかるわかる。男としてはアルバに負けたくないし、付いていきたいんだけどね。

 無理なものは無理ってこの子たちも言うし、きついなら俺の方においで。

 でもエリクセルが本気で強くなりたいなら、アルバの方がいいよ?

 厳しいけど結果はついてくる。近衛ならアルバに直接教えてもらえる方がいいと思う」


 ……確かに、今日も動けなくなるギリギリを見極めてもらっている気はする。

 周囲の妖精兵と比べて体力が劣っているのも事実だ。剣の技術などは父上に習っていても、基礎的な部分は積み上げなくてはならない。

 悩む俺に、シャグマ様が笑った。


「じゃあチュルカはエリクセルと朝活がしたいだろうから、一回だけでも付き合ってあげて?

 それからどっちが自分に合うか、決めればいいよ。

 一日おきとか分散してもいいし。アルバには俺から伝えておくからさ」


「ありがとうございます。……では、明日はチュルカ様とご一緒します。

 ところで、なぜこっそりなのでしょうか。シャグマ様の朝活、良い活動だと思うのですが」


「んー……うちは美女揃いだからさ、俺がまたハーレム作ってるって噂になったんだよね」


 え。

 密かに息を呑んだ俺の前で、短い白髪に綺麗な褐色肌、世界でいちばんの美貌と謳われるシャグマ様は肩をすくめている。


「相手してるの、妻と娘だけなのに。

 噂になって浮気を疑われるっていう悲しい事件があったから、こっそりやってる。ただの運動なんだけどね」


 世界一の美男は、いつでもやっかまれるものなのだろう。

 シェレイア様は本日領地に戻られる予定だが、ラフィネル陛下を筆頭にチュルカ様、ティフォルナ様、クラエッタ様、エルテ様とニア様が揃えば、見た者は驚くに違いない。


「……改めて、考えたのですが……俺が参加しても良いものでしょうか。

 楽しむ女性たちの中に入るのが、申し訳なくなってきました」


「えっ良いよ、だって私が参加して欲しいもんっ。

 ティーちゃんもそうだよね? えっちゃんは、私と一緒するの、いや?」


「違います、そういうことでは」


「……さっきからこそこそ、何の話だ」


 錫杖を手にしたラフィネル陛下も会議に参加し、シャグマ様の隣にしゃがみ込んでいる。

 女王陛下が今にも膝をつきそうなことに慌てたが、陛下はシャグマ様が楽しそうな顔を見ている。


「俺のハーレムに、エリクセルも参加するって話だよ」


(その言い方は誤解を招きますよ、シャグマ様!?)


 実際、ラフィネル陛下は目を丸くしている。

 シャグマ様を見て、俺を見て、じっと見て、またシャグマ様を見て、動揺に目を揺らしてうつむいた。


「朝活の話ね」


「あさかつ……? ああ、朝の運動の話か!

 ふ、そうだよな、お前がハーレムなどとややこしいことを言うからだぞ、全く。

 エリクセル殿下も混じれば良いだろう。私も明日は休みだし出るつもりだ。体が動きやすくなるぞ。

 ……ところでシャグマ」


「ん?」


「悪いがいわゆる解釈違いだ。私はお前とアルバがいいわけであって、他の組み合わせは考えたくない」


 シャグマ様が瞠目し、緑の瞳を丸くした。

 しかし美丈夫は瞳を揺らして、ハッと呼吸する。

 綺麗な両手で顔を覆って真っ赤になっていくシャグマ様を見て、陛下がなぜか慌てている。


「違うのか!? 待ってくれどの意味だったんだ、お前が紛らわしいことを言うからだぞっ」


「ふ、っふふ、どの意味でも、君は俺たちが好きってことで、幸せだね」


「何なんだお前、私に恥ずかしいことを言わせたかったのか!? えっ、まさか、違うのか!?」


 賢王と名高いラフィネル陛下が真っ赤になって、顔を覆いながら笑うシャグマ様と戯れている。

 パルムクル王国との貿易や交通網を整備し、大陸中の物品の流れをよくすることで新鮮な他国産の商品が流通するなど、もはやその頭脳には父上すら『剣で勝てる相手じゃない』と認めている才女ではあったが。


「あー俺の奥さん可愛い。しばらく思い出すだけで幸せ」


「頼むぞシャグマっ、今のは後で話をしよう。な、いいな!?」


 シャグマ様のシャツを引っ張って揺らしている姿に、大熊にすら立ち向かったあの凛々しい女王陛下ですら、少女らしい一面があったのだと驚く。

 ティフォルナ様がちらちらと様子見しているが、お子に食事をさせているアルバ様が眉間に皺を寄せている。


「シャーちゃんったら、母様が困っているわよ。

 ほら、父様まで気になってるじゃない」


 第一王女のシェレイア様も上品に口元を隠し、ラフィネル陛下に耳打ちされてさらに吹き出すシャグマ様を見ている。


「うふふ、好きな女性をいじめたくなるのは幾つになっても同じってことみたいよ、父様。

 はっ……つまり……もしかしてライウェン様も私のことを好きだから、冷たく当たられるのかしら?!

 大人だからなるべく会わないようにすることで、想いを募らせるようにしている可能性が……っ」


「……ねえ、チュルカ。

 あそこまで避けられて、徹底されて、よくその言葉が言えるなって思わない?」


「うん……姉様は早く現実を見た方がいいよ。

 とにかく、えっちゃんは明日の朝、私と一緒にシャーちゃんの朝活に行こうね。約束だよっ」


 頷いた俺のそばで繰り広げられる、家族になって初めて見られる御一家の姿に驚くほかなかった。

 陛下はいつだって凛々しく、妖精として人間の夫たちを従えているのかと思われるような側面もあった。

 ご夫君たちは能力で従わされている説が時折聞こえるくらい、社交の場でもお互いに礼節を保っている様子だった。


 しかし違うのだと、揶揄われて膨れている姿にも、シャグマ様が笑いすぎて涙を拭っている姿にも、家族としての時間の積み重ねを感じる。


「はー可愛い。アルバにも言おうっと」


「やめろお前、もう忘れろ、っと、なんだアルバ」


 騒ぎについにアルバ様が立ち上がり、陛下がシャグマ様を追いかけたのを腕の中に抱き込んだ。

 驚いた陛下が何かを耳元で言われて、おとなしくなる。

 口元を手で隠しながらの言葉が続くと徐々に真っ赤になっていき、アルバ様に手を引かれて席に送り届けられると、頭を抱えて机に倒れている。


「えっちゃんは見るの初めてだから驚いちゃうよね。

 いつまでも熱いんだよね、うちの両親。いつものことだから安心して?」


「シャーちゃんばっかり構うなって言われたのかしら。父様ったらやきもち焼きだから」


 平然としているチュルカ様たちのように、どうやらいつものことらしい。


(なるほど、エルタニアは奥深い……)


 母上が幼い頃に語ってくれた、優しい思い出が蘇る。

 父上への愛情に満ちた未来の展望を、叶えてあげることは出来なかったけれど……胸の奥を締め付けるような想いに気づいていた。


(……こういう暖かい家庭にしたかったのだろうな、母上は)


 俺の母上は、平民出身だった。

 自分が知る家族のことを伝えてくれる母上の優しい目も、父上といつかと願い続けていた夢も、母上は俺を抱きながら一つずつ教えてくれた。


 知らないことがまだまだあるのだと、知った気でいた妖精王国が一つずつ崩れていくのを感じる。

 それが不思議と心地よく、また嬉しくて……隣にいるチュルカ様と隠れて手を繋ぐと、肩が跳ねて目を回されてしまった。

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