未来の娘婿
運動をして、長く続いた馬車旅の疲れた気分もスッキリした。
汗を流してエルタニア式のジャケットとシャツ、スラックスに着替えると、髪も整えてもらって……俺は招かれていた晩餐会に向かった。
「あ、エリクセル」
廊下でかけられた声に振り向くと、礼装に着替えた第一王子のヨア様と、第一王女のシェレイア様がいた。
領地運営のため最近は王城から離れて暮らしているが、今日は歓迎のために出席してくださると聞いていた。
陛下から実務を任される優秀な双子との再会に、俺も胸に手を当てて礼を返す。
「お久しぶりです、ヨア様、シェレイア様」
「久しぶり。チュルカの近衛になったって聞いたよ。
大変だと思うけど、妹をこれからもよろしくね」
「エリクセルのパルムクル国内での活躍は、チュルカからいつも聞いていたわ。あの子を守ってあげてね。
あと、その……あなたも私たちの家族になるのだから、敬称はつけなくていいのよ。
シェレイアでも姉様でも、気軽に呼んでちょうだい」
「承知しました。そうですね、では……慣れるまでは今まで通りの方が気楽なため、そのままにさせてください。
俺のことは名前のみで構いません。家族になれた気がして嬉しいです」
公の場ではお互いに敬称をつけるし、まだ結婚もしていないうちからラフィネル陛下のお子達に礼を欠きたくはなかった。
白髪を綺麗に編み込んだシェレイア様は上品に口元を隠しながら、空色の瞳を緩めて笑っている。
「昔は私たちの方が歳が近いから、ライウェン様と結婚する計画が崩れてしまわないかヒヤヒヤしたけれど……チュルカが掴んで離さないから安心しているのよ。
正式にチュルカの婚約者として来てくれたから、私もようやく自由に話せるわ」
確かにシェレイア様からは『近づかないで』という警告のような気配がすごかった。
ヨア様も覚えているようで気まずそうにしているけれど、両国とも婚約者探しを兼ねて顔合わせをさせていたのだから仕方がない。
「俺に近づきたくなかったのも、恋人を思えばこそだったのですね」
「こいびと……恋人……私がライウェン様の……恋人?!
ああ、なんて素敵な響きなのかしら……早くなりたいわ。
そうだわエリクセル、年上の男性としての男心を教えてもらえるかしら。私もチュルカのように、彼の方の心を掴み取らなきゃいけないのよ」
「はいはい、シェレイア、その話は長くなるからそこまでにしてね。
それじゃみんなで会場に行こうか。こっちだよ」
気さくな兄姉と共に、歓迎会の場へと入る。
家族だけが集まると聞いていたが、飾り付けられた会場はすでに賑やかだった。
お会いした兄弟姉妹が集まって話す姿もやはり仲が良く、自国で共に過ごしてきた血縁者との違いが思われた。
(しかし、俺の目が悪くなったのだろうか)
エイル様のそばに、ラフィネル陛下が三人いる気がする。
双子の妹たちが陛下そっくりだとは聞いていたが、三人ともドレスと髪型以外は全く姿が変わらないなんてあり得るのだろうか。
妖精は五十代を超えるまで、全く老けないらしい。
十八歳くらいの綺麗な女性が三人で戯れているのを見ると、エルタニアのパーティに出席した父が思い出話をするたび『エルタニア王家は美女だらけ』などとニヤついていたのを思い出してしまった。
(父上はあえて言わなかったのかもしれない。面白がりそうなものだ)
共に会場入りしたヨア様とシェレイア様を振り返ると、なぜか遠い目をしている。
「ああ……ニアがあえて三人固めてそうだね。『誰が母様でしょう』って問題を出すのが好きなんだ」
「大丈夫よ、エリクセル。話せばすぐに誰が誰か分かるわ。
あら、クラエッタが呼んでる……ヒサメが泣いているのね。
ごめんなさい、私たちは弟を見てくるわね。あなたは母様のところに行ってらっしゃい」
「はい、ご案内ありがとうございます」
促された通り別れて進むと、俺に気づいたエイル様が陛下たちに伝えている。
桃色の髪に空色の瞳の美女三人が同時に顔をあげ、一人が俺に手を振った。
「あっチュルカ姉様の旦那様がきたよ! すごぉい、レイト王と同じ金髪に碧眼だ、綺麗!」
「まだ結婚していないから、旦那様ではないの。
エルタニアへようこそなの、エリクセル殿下。さあ、女王ラフィネルが誰か当てるの」
「当てるのー」
「はは。私とお前たちが並ぶと見分けがつかないだろうが、もう誰が誰かはお分かりだろう。
エリクセル殿下、驚かれたかと思うがどちらも私の娘たちだ。
こちらがエルテ、双子の姉。明るくて元気な子だ」
「はーい。エルテだよ、初めましてっ。
わー本物のえっちゃんだー、チュルカ姉様が『えっちゃんのこと大好きー』っていつも言ってたよ。これからよろしくねっ」
八歳と聞いていた通り、仕草や言葉にあどけなさの残る愛らしいエルテ様と握手を交わす。
今度は反対側の女性が握手の手を差し出した。表情だけでは陛下と見分けがつかない。
「こちらがニア。エルテの双子の妹だ。
語尾に『なの』と必ずつく。少し話すのを聞けば見分けられるようになるから、遠慮なく話しかけてやってほしい」
「母様、語尾なんてエルテが真似したら終わりなの。もっとわかりやすく印象付けてやるの」
「あーじゃあ目がいつもだるそうに閉じ気味なのがニアで、ぱっちり開いてる方がエルテって覚えたら?
俺は誰かに説明する時、そうやって伝えてる」
「ひどい話なの。エイル、印象付けると言ってもそういうことではないの。
エリクセル、お前とはディーエ平原で会っているの。ニアを覚えていないの?」
「え? ディーエ平原?」
「お前は冷たい雨の降る夜、第一王子派の刺客に刺されて亡くなるところだったの。
でも姉様が可哀想だから、ニアが追っ払ってやったの。感謝するの」
(なぜ、それを。……チュルカ様への手紙にも書けずにいたことなのに)
平然と事実を告げてきたニア様に、否定も肯定も出来ずに息を飲んでいる。
パルムクル王国のディーエ平原で、俺は刺客に追い詰められた。
激闘の末、死を覚悟したのに……刺客は突然幻覚を見たかのように乱心し、逃げ出した。
不気味だが命拾いした事件、国内の一部しか知らないはずの事実を言い当てた少女に、ラフィネル陛下も目を丸くしている。エイル様は妹の頭を遠慮なくポンポンした。
「ニアは『死の妖精』なんだ。エルタニアでは誰もが知ってるくらい有名だし、世界中にいるって聞いたことある」
「そうなの。でもあれは待っている姉様が可哀想だったから、特別にしてやったことなの。
だからニアに感謝するなら、姉様をちゃんと幸せにしてやるの。
あとはエイルに冒険の話をしてやるの。いつも聴ける日を楽しみにしていたの」
「聞きたい! なあなあ、エリクセルが負けそうになったのは人間だけ?
パルムクル王国は大熊もいるし、大猪も大蛇もいる。大鰐もいたって聞いたぜ。
そいつらには負けなかったのか?」
「あ、ああ……動物相手は、負けなしだった。
パルムクル王国は、他にも原生生物がいて……」
空色の瞳をキラキラさせるエイル様に国内の話をすると、兄弟姉妹で話していたお子達も興味を持って寄ってきてくれる。
聞かれるまましばらく答えていると、不意にバタバタと廊下を走る音がした。
アルバ様とシャグマ様が幼い子供を抱き上げて入ってきた扉からは、姉妹が諍う声が聞こえる。
「チューがいつまでもしゃべってるから、遅刻しかけちゃうんでしょ!?」
「ティーちゃんが止めてくれないからだもんっ、せっかくドレスと髪の毛綺麗にしてもらったのに、ぐちゃぐちゃになっちゃうよぉっ」
「えっ、待ってよチュー、扉開いてる!」
……シーン。
やがて何事もなかったかのように、チュルカ様とティフォルナ様が楚々と入ってきた。
扉の近くにいたアルバ様が、二人に近づいていく。
「チュルカ、ティフォルナ」
「う。父様、何かしら」
「誤魔化そうとしているが……エリクセルにも全部、聞こえていたぞ」
(アルバ様、それを言ってはおしまいでは)
真っ赤になった仲良し双子姉妹が、ティフォルナ様は膝丈のドレスで、チュルカ様は足首までのドレスで、お互いの足を踏もうと戦っている。なんだか愛らしい。
ラフィネル陛下もそんな姿を見て、楽しそうに笑っている。
「騒がしい娘たちだが、社交の場ではなく家族としての場だから許してやってほしい。
この場にいる皆が、これからエリクセル殿下の家族となる。
誰を頼っても良いし、頼れば皆が力となるだろう」
「はい。……家族としてお迎えいただけること、心より感謝しています」
王族であっても家族は支え合い、守り合うものであったのだと、俺も改めて温かな光景を目にしていた。
父上以外、血のつながりがある者はいなかった。
いつも家族として集められた者は、敵同士だった。
エルタニア王家の仲の良さに憧れ、旅空を見ながら思いを馳せた日もあった。
「さあ、主役が揃った。皆に改めて紹介するが、チュルカの婚約者でエリクセル殿下だ。
知らないものはいないだろう、チュルカがすぐに『えっちゃん』と言い始めるのだからな」
開幕を彩るのは、温かい拍手と笑顔。
チュルカ様がティフォルナ様に背中を押されて、俺の隣に歩み立つ。
幸せそうに笑ってくれた黒髪に黒の瞳の姫を見て、生涯守りたくなる相手と出会えたことを改めて幸福に感じていた。
「姉様、えっちゃん、結婚おめでと〜!」
「エルテ、まだなの。エルタニアは十八まで結婚できないの」
「チュルカ姉様は絶対に掴んで離さないから、もう結婚したも同然じゃね?」
「せーのっ」
「「「エリクセル、ようこそー! これからもよろしくね!」」」
兄弟姉妹の様々な歓迎の声に、チュルカ様が嬉しそうに笑っている。
俺を見上げた婚約者と目が合うと、二人で笑い交わしたけれど……チュルカ様がハッと息を呑んだ。
「あっ、そっか、えっちゃんに付け直して貰えばよかったっ」
「付け直し? 何をですか?」
「指輪……自分で付けてきちゃった……」
持ち上げた彼女の右手には、母上の形見の指輪がはめられている。
チュルカ様を見守ってくださいと母上に願い、彼女の無事を祈って渡したものだ。
青い石の指輪が会場の明かりに光るのを見て、俺は首を横に振った。
「チュルカ様との婚約式は、以前パルムクルで行いましたから。
改めて贈るのなら、今度はこちら側と決めています」
何もない左手を包んで、彼女に見せる。
息を呑んで理解した彼女の薬指、その付け根に軽く唇を触れさせると、跳ねるくらい驚いたチュルカ様に笑っていた。
「結婚式で、次は左手の薬指に贈らせてください。
これからは母上の指輪の代わりに、俺があなたを守ります」
近衛として、家族として、今度は俺が隣にいる。
黒髪に黒目の姫が真っ赤になっているのを可愛く、心を寄せてもらえることを幸せに思いながら、指先にも唇を触れさせた。
「チュルカ様の近衛として、婚約者として、これからは毎日ずっと一緒です」
まとめ上げた髪も忘れて、彼女は必死に首を縦に振っている。
温かい声が誰からもかけられて、意を決したチュルカ様が俺のジャケットを掴んだ。
「えっちゃんっ」
「はい」
「あのね、……っ、あのねっ、えっちゃんのこと、私、大好きっ。
ずっとずっと、大好きだよっ」
「はい。俺も、チュルカ様のことが大好きです」
ご家族の前での返答に、シャグマ様が指笛を鳴らして会場を盛り上げる。
ラフィネル陛下も方法を知っているらしく、自ら指笛を吹いて笑っていた。
こうして俺は、エルタニアに婚約者として……ラフィネル陛下の未来の娘婿として、迎え入れてもらえた。




