ご家族との顔合わせ
同僚との顔合わせを終え、夕方になる頃には城内の移動許可も下りた。
チュルカ様は晩餐会の支度のため一時的に王城へ戻られたが、俺はアルバ様から指導を受けていると……賑やかな声が、高い練兵場の壁を飛び越えて入ってきた。
「やった、ちょうどいいところに兵長、みっけ!」
学校の制服姿の男が練兵場に駆け込み、筋骨隆々の妖精兵長相手に身一つで挑んでいる。
周囲も動じていないし、彼はアルバ様と同じ黒髪だ。
目の前にいる指導者の表情の険しさも物語っている……チュルカ様の弟の、エイル様だ。
「ははは、殿下。一足飛びにしても何にもならないと言っているでしょう。出直してください」
鮮やかな動きでどこからともなく槍を持ち出し、翻した兵長に、エイル様は地面に叩き伏せられた。
(年齢は、確か十歳だったか)
妖精は成長が早いと聞いていた通り、彼も大人と同じ体格をしている。
叩きつけからも平気で立ち上がった頑丈なエイル様は、長い手足についた埃を払いながら、アルバ様に似た顔を顰めた。
「くっそー。兵長強すぎ。……俺の理論合ってると思うんだけどな……まだ刹那の妖精には勝てないのか……?」
悔しがりながらも近づいてきた彼は、空色の瞳で俺を見ている。
身長も俺と同じくらい高いから、バッチリ目があった。
「あ、姉様の婚約者だ。金髪に碧眼の王子、小さい頃に見たことある」
「エイル様は、あのとき二歳くらいだったかな……改めて、パルムクル王国の第二王子エリクセルだ。今後ともよろしく」
握手の手を差し出すと、彼も素直に交わしてくれた。
「俺はエルタニアの第二王子エイル。
姉様たちから『えっちゃんは旅をずっとしてた』って、話だけは聞いてる。
俺も旅に憧れててさ。詳しい話が聞きたかったんだ」
「いろいろあったから、ぜひ。……アルバ様の後になるとは、思うけど」
「その通りだ。来い、エイル」
襟首を掴んだ父親に、問答無用で引き摺られていったエイル様を見送る。
学校が終わったから、きっと続々とご兄弟姉妹も戻ってきているのだろう……そう思っていると、弾むような女性の声が聞こえた。
「えっちゃん見ーっけ!」
「あ……ティフォルナ様!」
長い白髪を頭の横でふたつに括った女性が、元気に駆けてくる。
空色の瞳を輝かせて、チュルカ様の双子の妹……共に過ごした思い出のある名探偵が、手を振るのに振り返した。
学校の制服姿の彼女が立ち止まると、右手を俺と叩き合わせて、明るい笑顔を浮かべた。
「お帰りなさい。チューとは会えた?
学校を休んでまでえっちゃんのお迎えするって、出立が決まってからずっと張り切ってたんだから」
「会えました。ティフォルナ様もお元気そうで何よりです」
「よかった。私は元気。またまた領地運営を任されて母様の名代してる兄様と姉様と違って、王城暮らしの学生だから気楽なものよ。
えっちゃんは近衛に入ったの? いいじゃない、制服が似合っているわ」
「はい、明日よりチュルカ様のお付きとして配属されます」
「うわぁ……あー……うん、チューったら喜びそう……うわぁ……」
微妙な間があったが、普段からチュルカ様はティフォルナ様相手に賑やからしい。
シャグマ様のお子らしく綺麗な顔立ちに育った彼女は、王城を示した。
「じゃあ、今日くらいはチューからも話聞いてあげなきゃ。
あまり話すと兵の邪魔になってしまうし、また後でね。
歓迎の晩餐会、楽しみにしているわ」
「はい、また後で」
昔から人当たりもよく、頭脳明晰だった。
名探偵らしく状況把握も早い少女は、城へ続く廊下を進んでいった。
エルタニアはアルバ様とシャグマ様のお子がそれぞれ六人ずつ、合計十二人の王子王女が暮らしている。
パルムクル王国も父上が女性好きで親違いの兄弟姉妹が多いけれど、全員仲が悪くて蹴落とし合っていたから、エルタニアの明るく賑やかな雰囲気を感じるだけでも嬉しい。
まだまだ挨拶できていないお子を考えていると、兵がざわつき始めた。
「……」
こっそり。
練兵場の丸い柱に姿を隠しているけれど、とんでもない美女が立っている。
シャグマ様と同じ白髪に、褐色の肌。瞳はラフィネル陛下と同じ空色。
妖精は八歳ごろに大人と同じくらいの体格に成長すると聞いていた通り、十歳の彼女は手足がすらっと伸びていて、背丈も高い。
世界一の美貌が受け継がれたと噂だけ聞いていたけれど、目鼻立ちの完璧な美女が、制服姿でこちらを見ていた。
「あれ? ティーちゃん、もうご挨拶終わって、お城に戻っちゃったの……?
エイルは? 父様と一緒……?」
幼少期から体が弱く、あまり人慣れしていないから最近は人見知りするらしい。
父親を探す心細そうな声だけで、周囲の男性兵が一斉にアルバ様の居場所を示す。
姿を見ただけで誰もを魅了するとうたわれるクラエッタ様が同じ方角を向くだけで、陽の光に煌めく髪も、周囲の空気も何もかもが輝いた気がした。
「ティフォルナ様とのご挨拶は終わりました。もう城内にお戻りになりましたよ。
改めましてお久しぶりです、クラエッタ様。パルムクル王国の第二王子、エリクセルです」
「……エルタニアの第四王女、クラエッタです。
チュー姉様が悲しむから、柱の影から失礼します。
父様には、ちゃんとご挨拶に来たって伝えてください」
「承知しました」
声をかけると、彼女は走り去ってしまった。
砂が散る音がしたから振り返ると、胸を押さえて倒れている妖精兵がいる。
……目を覆って、今の光景を焼き付けている妖精兵がいる。
クラエッタ様の存在の余波だけで周囲が賑やかに変わっているが、彼らは一人一人が一騎当千の兵だ。気付けば恨めしく俺の背後に立っているし、侮ってはならない。
「クラエッタ様からの声掛け、羨ましい……」
「俺たちクラエッタ様愛好会の憧れを、いとも簡単に……っこれが王子かっ、生まれながらの立場というやつなのかっ」
「どうした、騒がしいな。
……クラエッタか。全員、頭が空になるまで走れ。今すぐにだ」
絶対零度の空気で鎮めたアルバ様の言いつけ通り、妖精兵が外周を走らされ始めた。
俺も参加したけれど、とんでもない速さで何周もしている。これで全力ではないのだから、恐れ入る。
流石に体力がもたず、ひと足さきに走り終わってしまうと、アルバ様が肩で息をする俺を見ている。
「エリクセル、一つ尋ねる」
「はっ、はいっ」
「……お前、まさか、クラエッタに転んだりしていないよな……?」
「え? いえ、チュルカ様の妹君としか……。
チュルカ様の婚約者であることに、俺は誇りを持っています」
「ならいい。
……成長したことで体が強くなったが、おかげで表に出るたび『世界一の美姫』などと騒がれていてな。
本人はなんとも思っていなくても、目が合うだけで勝手に愛好会などに入会するんだ。いい加減にしてくれ」
溜息と同時に疲れた顔をした近衛兵長を見て、笑ってしまう。
「あと。……チュルカがひどいやきもちやきなんだ。……これも覚えておいてくれ」
凛々しいアルバ様でも、肩を落とすのか。
親として大変そうな様子なのに、俺はなんだか嬉しくて、押さえた胸が熱くなっていた。
だって、それだけチュルカ様が俺を好きでいてくださった証拠だからだ。




