正当な戦い
二刀流らしい圧倒的な手数が、俺を襲い続けている。
剣と体捌きでなんとかかわし続けるけれど、叩きつけられる一撃の重さも相まって、今は攻撃をいなすしか出来ない。
「っ、く」
右から左から、二刀が振りかぶられる。
妖精の体は、人間よりも優れていて強い。
アルバ様の筋力やしなやかさも受け継いだチュルカ様は、不可思議な軌道すら描きながら剣を縦横無尽に動かした。
捌いて、弾く。
攻撃を受け続けて、反撃の機会を待つ。
練兵場の砂地の上で何度も何度も打ち合いながら、接近戦を続けて一瞬の隙を狙った。
……子供の頃に陛下とともに大熊に襲われた時は、何も出来ずに震えるしか出来なかった。
弱い俺は、泣くしか出来なかった。
(でもその悔しさのおかげで……あの頃よりずっと、強くなれたんだ!)
避けても金の髪が、剣圧に散る。
幾度も音が響く中、ついに自分からも攻撃を加え始めた。
反撃を始めた俺に、チュルカ様はしかし冷静だ。
剣を読んで、受けて、さらに一撃を入れようと薙ぐ。
「ふ……っ」
まだ、相手の呼吸に合わせる。
チュルカ様があまり空気を吸えないようにだけ、狙って剣戟を入れ続けた。
どんな生物も、呼吸せずには動けない。
それはたとえ妖精であろうとも、同じことだ。
浅い呼吸を続けさせるため、あえて近づき、休ませない。
「っはぁっ」
やがて、少し呼吸が乱れたのを見た。
二刀を振り回す以上、運動量に見合うだけの酸素が必要になる。
注意が散漫になった。
わずかに大振りになる。
(今!)
狙った鳩尾が空いたから、剣を突き出す。
軽く突かれても痛む場所だ。
相手も癒しの妖精で、医者だから知っている。
「……っ」
覚悟しながら、それでもチュルカ様は反撃の剣を、俺の肩目掛けて横薙ぎにした。
ガァンッ!!
チュルカ様が驚いて、目を見張っている。
気付けばアルバ様が、片手の剣を弾いて奪っていた。
「そこまで。……エリクセルの実力は見られた。
チュルカにも負けないどころか、気遣って攻撃をやめたか。……近衛としての心構えも、十分だ」
お互いに激しく呼吸しているけれど、チュルカ様が顔を上げて……戦う間ずっと厳しくしていた表情を崩す。
練兵場は、暖かな拍手で湧いている。
しかし婚約者は瞳をどんどん潤ませて、空いた手のひらで鳩尾を押さえている。
「ごめ、んね、えっちゃん……私のこと、突いて弾いても、いいんだよ……っ私、今、本気で……えっちゃんのこと、叩こうと、してた……っ」
「はあ、はあ……っそれは、真剣に戦った、証でしょう……でも俺には、チュルカ様を攻撃するなんて、出来ない……やはり戦っているとはいえ、あなたを守るために、ここに、きたので……つっ」
隠したかったが、あまりにも強い攻撃を受け続けた利き手が傷んで声に出ていた。
チュルカ様が剣を腰に穿き直し、慌てて俺の手を包むと、あたたかい力が入り込んでくる。
痛みもすぐに引いて、労わる柔らかな手が俺を包むことだけを感じていた。
「っ、ごめんね、えっちゃん……っいっぱい叩いて痛かったよね、ごめんね……っ」
「いえ……戦いを望んだのは、俺ですから。
チュルカ様に力を尽くしてもらえて、よかったです」
暖かな拍手に、からかいの指笛も混じる。
俺もチュルカ様の手を包むと、泣き顔を上げた彼女に笑いかけた。
「あなたをもう、泣かせたくない。
……俺はあなたを泣かせてばかりいた。
だからこれからは、笑っていて欲しいんです」
幼い頃、国に戻る決意を隠した。
突然の別れを体験したチュルカ様を、ひどく泣かせた。
パルムクルでは再び『離れたくない』と泣く彼女を見た。
「俺はこれから先の人生をずっと、あなたとともにいる。
あなただけを愛し、チュルカ様らしい笑顔が溢れる毎日をそばにいたいんです」
まだ十二歳の少女らしい泣き声が溢れて、練兵場に響く。
大粒の涙を流し始めてしまったチュルカ様を見て、剣を先程まで握っていた手が赤いのを見て、俺にも癒しの力があれば良いのにと唇を付けた。
「っ!?」
息を呑んだチュルカ様の涙が、止まる。
柔らかな親指と人差し指の間に、付け根に唇を触れさせた。
滅多にない行為に、黒目を丸くした姫は一気に頬を染めている。
「残念な称号ですが。
……俺の父、レイトは『稀代の女たらし』として知られているそうです」
英雄王として国内でも名高い父を尊敬しているが、父はラフィネル陛下相手でも手を出そうとした。……アルバ様とシャグマ様に取り押さえられるのを、俺も見たことがある。
「しかし女性を愛し、慰めるための所作を習ったことを、今はありがたく感じている。
目を合わせて、指など敏感な場所に唇を触れさせる……よかった、泣き止んでくださいましたね」
「あわ、あわわ」
可愛らしい婚約者は目を回しながら、縦に首を振っている。
アルバ様が固まったチュルカ様を剥がすと、溜息を吐いた。
「似なくていいところまでレイトに似るな。……チュルカは医者として堂々としているようで、その実、初心な娘なんだ。
これからはボクの部下として、レイト以上に鍛えてやる。覚悟するように」
「はいっ」
憧れのアルバ様に認めてもらえた嬉しさに、エルタニア式の胸に手を当てる礼を返す。
こうして俺は、近衛への正式入隊を果たした。




