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流星の魔女 -Witch of shooting star-  作者: 紗絽
第一章 魔女邂逅編
7/7

第七話 完成

 遠くで、小さな女の子が泣いている。手を伸ばそうとしたけど女の子の身体は霞のようになっていて掴めない。やがてうずくまる女の子は底無しの闇へゆっくりと沈んでいく。その表情は——。


        *


 あの日から数日。私は気が重いまま日々を過ごしていた。せっかく会えた子が悪魔に取り憑かれているなんて事実をすんなりと受け入れる勇気は私にはなかった。魔法やオカルトは好きだけど、それによって誰かが困ったり傷付くのが見たい訳じゃない。私は優一に連絡を取って、一緒にエレナのアパートに押し掛けていた。エレナは怪訝そうな顔をしていたが大人しく部屋に入れてくれた。初めて入る彼女の部屋は真新しく、段ボール箱がいくつか雑に置かれており、床やテーブルの上にはやけに古びた古書のようなものが適当に放置されている。エレナはガラガラの冷蔵庫から炭酸ジュースを取り出すと一人ベッドに勢いよく腰を落として飲み始めた。彼女は不安や緊張が欠如しているのだろうか。私は床の隙間を見つけて部屋の中央に置かれたローテーブルの傍に正座した。


「悪魔なら、エレナちゃんの魔法で祓えないかな」

「グランド・セクスタイルを使うには色々と制限があるんだ。あれは悪魔に対してのみ効果を発揮するし、相応の魔力量が要る。あいつン中から悪魔を引きずり出さねーと使えねえな」

「無理に引き剥がせば死ぬぞ。悪魔は狡猾だ。まずは悪魔の正体を知る必要がある」


 部屋の本を適当に読みながら優一が言う。彼の発した死という単語に一瞬、肩がびくついた。ただの趣味から踏み入れた世界で、人の命が懸かっていることは正直まだ実感が湧かないが、異様なほどに落ち着かなかった。


「じゃあ日下くんが悪魔の正体を見抜いて、出てきたところをエレナちゃんが倒すってこと?」

「ああ。今回は危ないから、高槻は待ってて……」

「私も行くよ! 緋和ちゃんは友達だもの。大人しく待ってるなんて出来ない」

「こいつァあたしより頑固だ。諦めろ」

「……だな」


 優一が軽くため息をつくと、私たちは緋和に会いに行く計画を立てた。そして早速明日の放課後から江の島へ向かうことになった。


 翌日。人の少ない電車に揺られて花芽高校前駅で降りる。付近には下校途中と思しき緋和と同じ制服を着た学生たちが歩いていた。その中に緋和の姿を探すが一向に見当たらない。


「まだ学校なのかな?」

「聞きゃあいいだろ、聞きゃあ」


 面倒臭がったエレナが適当に女子高生二人組に詰め寄っていく。相手はエレナの強面に怯えているのも無理はない。


「本猩緋和って知ってるか? お前らんとこの学生のはずだ」

「エレナちゃんそんな恐喝みたいな……」


 その名前に思い当たるものがあるのか、一人がおずおずと口を開く。


「あ、たぶん一組の」

「知ってるの?!」

「えと、まあ……喋ったことはないんですけど、有名、というか」


 しどろもどろに話す女子高生の様子から、良い目立ち方をしていないようだ。一気に不安が募る。


「そいつについて知ってること、全部話せ」


 結局、二人の女子高生を優一とのツーショット写真で買収し、話を聞くことが出来た。その内容は酷いもので、いつも怪我をしていて暗い顔をしていることから同じクラスのいじめっ子グループに目を付けられていること、その怪我はいじめだけでなく両親から暴行されたものもあるらしく、学校に来ない日の方が多かった。虐待だけでなく、非人道的なあらぬ噂も流れて学年どころか学校中に名前が広がっているのだという。彼女と関われば学校での居場所がなくなるのだ。


「……私、緋和ちゃんのこと、何も知らなかったんだな」

「知らなくて当然だ。本人が言わなかったんだから。いや、言える訳ないか」

「で、緋和は今どこにいる」

「今日は欠席らしいから、家にいると思う。確か、近くの図書館の裏辺りに……」

「行くぞ!」

「え、ちょっと待ってよ?! あ、お時間いただいてありがとうございます! 失礼します!」


 家の場所を聞くなり走り出したエレナに私と優一は慌てて続いた。


 彼女たちが言っていた図書館近くで、本猩の表札を探し回る。初めての地で家探しなど困難だ。私は早速息が上がってしまって、優一に助けられつつ歩き回った。先に走っていたエレナがふと一軒家の前で止まる。表札をじっくり見た後、私たちに向かって手を振った。


「あったぞ!」

「ここが……」


 ほかと何ら変わりない普通の一軒家だが、小さな庭には植木鉢一つなく無機質だ。雨戸も全て閉まりきっていて、外部から何者も寄せ付けない不気味さがあった。そして私は無意識にインターホンを押していた。


「バカ! 何いきなり押してんだよ!」

「え? あ、ごめん! 何も考えてなかった!」


 慌てる私たちの中にインターホン越しに四十代ほどの女性の声が入り込む。


『……はい』

「! あの、緋和ちゃんいますか?」

『どちら様?』

「えっと、私たち緋和ちゃんの友達で……今日学校休んだって聞いたので様子を見に」

『そう……風邪引いてるので、うつすと悪いから帰ってください』


 鋭く突き放すような女性の声は私の勇気を切り裂くには充分過ぎた。これ以上食い下がって怒りを買うような真似をすれば自分たちだけでなく緋和も危なくなる。煮え切らない衝動を抑えながら帰ろうとしたとき、エレナが一歩、前に進み出た。


「じゃあ本人に伝えろ。『夜は早く寝ろ』とな」

『何なんですか、あなたたち……』

「じゃ、じゃあこれで失礼します! お大事に!」


 私は逃げるように二人の腕を引っ張って走り出す。あなたはそこにいるんでしょう、必ず、助けるから。


 外の様子が騒がしくて、窓にそっと耳を当てる。聞き覚えのある、翠の声だ。本当に会いに来てくれたんだ。感じたことのない高揚が胸を満たしていく。

 だが同時に、私は薄暗く、無機質な部屋の中を見渡した。床の至るところに使いかけの包帯や紙くずが散らばっていて壁やドアには何かを投げてぶつけたような跡がある。まだ新しい包帯の巻かれた腕を掴んで、座り込む。


「私はもう、どこにも行けないんだよ……」


        *


「だいぶ暗くなってきたね」


 水平線の向こうに陽が沈むのを見届けながら私たちは海岸沿いの道路を歩いていた。冷たい潮風は夏前でも肌寒い。


「とりあえず夜になるのを待ってから、出直すぞ」

「夜も?」

「悪魔は夜の方が活発になる。恐らく本人が眠っている間に身体を奪うはずだ。そうすりゃお前の魔力に釣られて動き出すに違いねえ」

「私……囮ってこと?!」

「それ以外にねーだろ」

「ひどっ!」


 そうして私たちはカフェや海辺を行き来しながら夜を待った。パトロール中の警察官をかいくぐりながら、緋和の家へ向かう。住宅地は一切の物音を許さず、青白い電灯が時々点滅している。眠気が強くなってきたころ、スマートフォンの時計は深夜十二時を示した。


「日付変わっちゃったよ……ねむ」

「まだ悪魔が動いてねえ。寝るな」

「……来たぞ」


 優一が剣に手をかける。微弱だが、悪魔独特の嫌な気配が身体の表面をつつく。私は頬を叩いて眠気を吹き飛ばすと、すぐさま悪魔の気配を追い始めた。


「あいつの家の方角だ。追うぞ」


 緋和の自宅の前に着くと確かに悪魔の気配がするが、今まで出会った悪魔たちよりも感じられる魔力が少ない気がした。


「家の人いるよね、どうやって入ろう」

「二階から気配がする。窓から入るぞ」


 優一はひょいと石塀を乗り越えて、屋根を伝って二階の窓へ向かう。私はエレナの箒に乗せてもらって二階へ上がった。屋根へ降りると一つだけ、窓が開け放たれてカーテンの揺れている部屋がある。覗き込んだその部屋は、包帯や紙くずが散乱していて、長い間締め切っていたかのような生ぬるい閉塞感があり同時にここが緋和の部屋であることが分かった。


「俺たちが追っていたのは悪魔の残滓か……」

「くそっ! 早く本体を追うぞ。この様子じゃ相当同化が進んでやがる」

「同化? それが進むとどうなるの……?」


 恐る恐る聞く私にエレナは目を合わせずに箒に跨る。


「人間が悪魔に取り憑かれて行き着く先はいつも一つだ」


 言われずとも、最悪の答えが私には分かってしまった。


        *


 悪魔の気配の痕跡を辿っていくと、遠くの建物の屋根の上に小さな黒い影が見えてきた。


「あそこは……花芽高校か」


 花芽高校の校門を越えると、静まり返ったグラウンドの中央に人の大きさはある黒いモヤが黙って月を見上げていた。優一は悪魔を前に剣を抜き、エレナが杖を構える。


「その人間を解放しろ。そうすれば俺たちはお前に危害を加えない」


 黒いモヤは数秒動かず、ゆっくりとこちらを向く。モヤの中から赤い双眸が覗いている。


「……助かる気あんなら何とか言えや、緋和」

「……え?」


 モヤが晴れていくとそこには緋和が立っていた。月光に照らされているせいか、顔色が悪いようにも見える。


「よく分かったね、エレナ」

「緋和ちゃん! いま助けるからね!」

「もう良いんだ。私に取り憑いてる悪魔はね、私が呼んだものなの。死にたいってずっと思ってたら、悪魔が現れて気持ちが楽になって、全部どうでも良くなった」


 緋和は落ち着いた口調でそう語った。目に映る姿は緋和でも、感じる気配は悪魔の方が強いことは確かだった。それでも私は諦めきれなくて叫んだ。


「まだ間に合うよ! まだ友達になったばっかりだけど、緋和ちゃんと行きたいところ、見たいもの沢山あるんだよ!」


 私が緋和のそばへ駆け寄って手を掴もうとすると、彼女の指に触れた瞬間、まるで落ちるように校舎に向かって弾かれた。すんでのところで優一がキャッチしてくれたが、突然のことで心臓が激しく跳ねている。


「てめえ何しやがる!」

「わ、私は何もしてない……!」


 彼女を包むように黒いモヤが蠢いている。彼女自身も混乱しているようだ。もしかして、今のは彼女自身も制御しきれない悪魔の力だとでも言うのか。それなら一刻も早く祓わないと危険なはずだ。


「エレナちゃん、私は大丈夫! 緋和ちゃんを助けなきゃ」

「高槻は本猩に声をかけ続けてくれ。あいつに取り憑いているのは悪魔じゃない。悲しみや怒り、行き場のない負の感情が呼び寄せた闇だ。本人が強く拒めば助かる可能性がある」

「分かった!」


 優一が剣を構えて飛び出すと、直前で身体が止まり、勢いよく空中へ投げ出される。小さな弧を描きながら剣を持ち替えて攻撃しても止められてしまう。隙を見てエレナも魔法を放つが傷一つ付いていないのだ。


「緋和ちゃんがもう少しだけ頑張って! まだあなたは生きられる!」

「私は死にたいんだよ……でも、生きなきゃいけない……?」


 緋和の表情がどんどん曇っていく。魔法の衝撃に翻弄されつつも、転びそうになっても目をそらしたくない。


「私、緋和ちゃんのこともっと知りたい。たくさん話したい。ここであなたがいなくなったら私は寂しいよ!」

「死にたいくせに生きていたいなんておかしいか。私、自分の気持ちが分からないよ」


 会話が成立しない。自分の身体の中に二つの存在があるから無理もない。それでも私は叫び続けた。ただ、緋和のいる未来だけを信じたかった。顔を伏せてうずくまる彼女の意志に反して、エレナたちを近付けさせないでいる。近付いた瞬間に弾かれるというより、まるで――。


「この感じ、重力だな」

「重力だぁ?」

「ただ距離を取ろうとしているところ、()()()()()()()()()。使い方を覚える前に倒さないと厄介になるぞ」

「わあっとるわ!」


 片手間に箒を出現させて、猛スピードで緋和に向かって飛び出していく。黒いモヤがエレナを認識して、弾くと同時に箒が消えてエレナの身体は緋和の足元へ滑り込む。エレナの背に隠れていたのは剣を構えた優一だった。正直、いつの間に二人がここまで連携できるようになったのは驚きだった。


「今だ!」


 エレナの叫び声で一気に走り出した私はがむしゃらに緋和に飛びつく。三人に全身を掴まれて身動きが取れない緋和に呼びかけた。


「生きたいのも、死にたいのも、みんな持ってる気持ちだよ! どっちも当たり前の感情で、どっちの緋和ちゃんも私の友達だよ。緋和ちゃんは一人じゃないよ」


 その言葉に反応して、ふと顔を上げる。緋和の目からは赤黒い涙が流れている。怯えた小動物のように小刻みに震える手を宙へ伸ばしながら。


「そっか、あなたも……私、なのか……」

「緋和ちゃん?」


 突然、緋和の身体にまとわりついていた黒いモヤが暴走して、一気に弾き飛ばされる。衝撃で緋和の髪留めが切れて長い黒髪が揺れている。髪の隙間から覗く彼女はまるで安堵したかのように薄い笑顔を浮かべている。


「ありがとう、翠。やっと分かったよ。こいつも私の一部だったんだ。認めてほしかっただけなんだ」

「何バカ言ってやがる! そいつを受け入れれば戻れなくなるぞ!」


 悪魔に長く取り憑かれると同化して最悪の事態になる。それは彼女の人間としての死を意味していた。熱を帯びた目から涙が溢れていることにも気付かず私は叫んだ。


「緋和ちゃんだめだよ! 死んじゃうよ!」


 剣を振った優一を緋和は空中へ逃げてかわした。その足は地につかず鳥のように浮いている。そのまま上空へ逃げようとしたがすかさず私はエレナの箒の後ろに乗って後を追う。エレナの放った光線のような攻撃が緋和の胴を掠める。動きを止めた彼女に表情はなかった。しかし本当の彼女を見ているようだった。


「……緋和ちゃん、一緒に帰ろう」

「もう戻れないことは私がよく分かってる。こいつも私なら、受け入れてあげなきゃ。自分を救えるのは自分だけ――だから戻れない。翠、指輪ありがとね。すごく嬉しかったよ」


 黒いモヤが緋和の身体に染み込んでいく。四文字の言葉を吐いて彼女の身体は逆さまになる。彼女の瞳から溢れる鮮やかな赤が朝日に照らされて、美しい宝石のように艶めいて、どんなに手を伸ばしても届くわけもなくて。私もあなたも、重力には逆らえない。ただ彼女の身体は地面に辿り着く前に、深い闇の淵へ飲み込まれて跡形もなく消えてしまった。


「…………」

「……遅かったか」


 言葉も、彼女の身体も、消えゆく夜に攫われていった。私の手の中には何も残らなかったが、その指にきらきらと小さく輝くガラスの指輪だけがあった。


        *


 薄紅色の朝焼けが街を照らす。海岸沿いの階段に座り込んで私たちはぼうと空を眺めていた。どんなに叫んでも、手を伸ばしても緋和に届かなかった。でもあの子は最期に笑っていた。当たり前に朝が来るこの世界より、柔らかな闇の中で微睡み続ける方が彼女にとって切なる願いだったのだろうか。死ぬことは駄目って漠然とした意識でいたけど、彼女にとってはそれすら救いに思えたのか。


「私、何も出来なかった。緋和ちゃんを助けられなかった」

「どのみちあいつは悪魔との同化が進んでいた。どうにも出来ないところにあいつはいたんだ。あたしにも、お前にも」


 どこか遠くを見つめるエレナの髪が揺れる。その瞳の中に海と空と太陽が映り込んで優しく輝いている。珍しく棘のない言葉を噛み締めて、私はまた朝日に視線を戻す。


「エレナちゃんは後悔したことある?」

「……さあな。でも終わったことを悔やんでばかりじゃ、積み重ねてきた努力も経験も、思いも、無駄になっちまう」

「そっか……」

「星守って意外とちゃんと考えてるんだな」

「んだとこの天然スカシ野郎! てめえよりは脳みそ詰まってんだよこちとら! いつかぶん殴ろうと思ってたが今殴ってやらあ!!」

「ああああエレナちゃん落ち着いてーーっ!」


 すぐに頭に血が上るエレナに必死にしがみつくけど怪力すぎて止まらない。ギャーギャーと治安の悪い叫び声が砂浜に響き渡る。きっといつしか当たり前の日常が戻ってきて、当たり前に私たちは生きていく。遠く遠くへ沈んでいったあなたのことを思いながら。

第1章はこれで完結となります。

続きの「第2章 クルセイド編」「第3章 魔界編」はNolaノベルで読めます。こちらは不定期更新です。

ストックが貯まり次第投稿するのでぜひお待ちください!

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