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流星の魔女 -Witch of shooting star-  作者: 紗絽
第一章 魔女邂逅編
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第五話 廃屋に潜むもの

 放課後のチャイムを合図に、私たちは人目を忍んで学校裏の小さなグラウンドに集まっていた。そこで私たちは本当の自分を見せ合うことが出来ていた、はずだった。ホームルームが終わって私はそそくさと荷物をまとめ始める。


「おい、今日は……」

「あ、エレナちゃんごめん! 今日用事あるから!」


 近付いてきたエレナを手で制しながら私は目も合わせずに教室から飛び出す。その様子にクラスメイトがざわつく。


「あの星守さんから秒で逃げるなんて……」

「高槻さんって一体何者……」

「最近ずっと一緒にいるよな。仲良いの?」


「……なんなんだよあいつ」


        *


「というわけでだな、今日はあいつ抜きで行くぞ」

「んええ、翠ちゃん先輩いないんですかあ! 寂しい……」


 ターニャはがっくりと肩を落とし、翠の不在にショックを受けていた。自分より弱いとはいえ、すっかり懐いているようだった。学校の最寄り駅のホームで、エレナと優一、ターニャは待ち合わせをしていた。まだ下校途中の生徒も多い中で、学校一のモテ男と不良と謎のロリータ女子がまとまっていればちらつく視線も多い。しかし本人たちは全く気が付いていないようだ。


「急ぎの用なのか?」

「知らね。最近目も合わせねえし、ほっとけ」


 エレナは苛立ちを露わにしたまま、真新しいスマートフォンを鞄から取り出す。液晶画面にはオカルト掲示板のサイトが表示されている。その中に『風見町の幽霊屋敷』と題の付いた記事がある。


「誰もいない廃洋館に男の霊が出る、家具や扉が勝手に動く、ありきたりな内容だが」

「幽霊……出るんですかあ?」

「デマの可能性もあるだろ。確証はあるのか?」

「ああ。この動画の中」


 エレナはそう言って、動画の再生ボタンをタップした。噂を聞いた動画配信者が深夜に廃洋館を訪れたものらしい。男性が背の高い茂みをかき分けて洋館に辿り着くと、二階の窓際に人がいると言い出したのだ。そのまま中へ入ると、荒れた部屋の中で、不気味な声と思しきものが入る。そして、人とは思えぬ黒い影が男性の目の前に現れた直後に動画は終わってしまった。


「この影。わずかだが魔力を感じる。おそらくマジだぜ」

「なんとも言えないが……」

「さすがエレナ先輩! 私はさっぱりわかりませんでした! でも幽霊は怖いですう……」

「どっちにしろ行くぞ。悪魔ならあたしの仕事の範疇だ」


        *


 地図アプリを頼りに辿り着いたのは、今にも倒壊してしまいそうな、西洋風の一軒家だった。豪華だったであろう玄関の扉は朽ちて、ギイと不快な音を立てて開く。ゆっくりと中へ入ると、床には割れたガラスや家具が散乱し、いたるところに蜘蛛の巣が張り巡らされている。異様に冷たい空気が足元にまとわりつく。


「せんぱぁい、私膝の震えが止まらないんですけど……」

「てめーはいつまでしがみついてんだよっ! こえーなら帰れ!」

「エレナ先輩と離れるのはもっと嫌ですううう!」

「いいから離れろや!!」

「近いぞ……ゴーストの弱点は光だ。敵なら俺の剣で浄化する」

「勝手に決めてんじゃねえ陰キャ野郎」


 一層暗い、廊下の奥から何かの気配がする。どこからか冷たい空気が刺さるように流れてくる。大きな、強い魔力だ。悪魔か、同じくらい凶悪な何かか。二人が構えたとき、ゆらりと白い頭の男が現れ、反射でエレナが男の頭を床に思い切り殴り付けてしまった。


「ここは、僕の家だー! ……へぶしっ!」

「出やがったなゴーストめ!!」

「きゃああああおばけえええ!!」


 男は地面にめり込んで動かなくなってしまったかと思いきや、ばっと身体を起こしてエレナたちを見上げた。白い髪に、赤く大きな目。自分たちより少し年上くらいの若い男のレイス――肉体と魂が分離した末に生まれる亡霊の魔物。そのほとんどは元魔道士――だった。


「急に殴るなんて酷いよ! 相手が僕じゃなかったら気絶してたよ~」

「星守に殴られても気絶しない……!?」

「話通じるの!?」

「……てめえ、レイスか」

「お、正解。そういう君たちは魔女と、聖騎士だね。随分珍しい組み合わせだ。同胞に会えたのは実に二百年振りだ! あ、自己紹介がまだだったね。僕はアレン。この屋敷を住処にするしがない亡霊さ!」


 アレンは嬉しそうにそれぞれ握手をかわすと、スキップするかのように二人の周りを回る。


「幽霊屋敷のゴーストってのは、あんただったのか」

「その通り。僕がここを見つけたのは二、三十年ほど前かな。この鬱蒼として、じめーっとした空気の居心地の良さといったら最高なんだよ! でも少し前から()()()が現れてね。そいつがまあマナーのなってないことで。周囲の動物や虫を喰い尽くして、部屋を荒らしてしまうんだ」

「既に荒れ放題だが……」

「優一さん、しー!」

「だから奴を退治できる人間を探そうと噂を流した。そこに君たちが来たというわけさ」

「ほーう、他力本願ってか?」

「言い方がよろしくないな。僕は戦うのが不得手なんだ、もう百年近く実戦をしてない」


 そう言うと、アレンは屋敷の二階の、ひときわ大きな扉を指さした。


「あの扉の先に大広間がある。やつはそこに巣を作っているよ」

「……よし。行くぞお前ら」


 エレナは震えるターニャを引きずって二階への階段を慎重に進む。扉はほかと同じく古びているが最近開けられた痕跡がある。おそらくアレンか、噂に惹かれた者のものだろう。重い扉をゆっくりと押し開けると、室内は真っ暗で、ガラス片や木片が散乱している。エレナが杖の先に光を灯すと、やがて闇の輪郭が見えてくる。


「これは……!」

「なるほどな。ずいぶんとでけえ巣張ってやがる」


 照らされたのは通常の蜘蛛の糸の何倍も太い糸で張られた蜘蛛の巣と、それに群がる蜘蛛の魔物の群れだった。ターニャは高い悲鳴を上げてエレナの背後に飛び退く。大きさからしても普通の蜘蛛ではない。魔力を持った魔物だ。洋館の周りに生き物がいなかったのもおそらくこいつらが原因だろう。そして三人に大きな影が忍び寄っていた。


        *


 駅のホームのベンチで私はひとり溜息をついていた。春の和やかな陽気で、何をするにも好調な天気なのに心は重く憂鬱だ。私がエレナから逃げるように帰ったとき、どこか悲しそうな顔をしていた気がする。我ながらひどい態度を取ってしまった。


「謝って許してくれる……かなあ」


 どんなに魔法を練習しても、どの魔法も上手く発動させることができない。彼女いわく、私の魔力は極端に少ないらしく、魔力の流れが不安定になっているのだという。だから使える魔法に()()がある。正直実感は湧かないけれど私はそれがどうしようもなく高い壁に思えた。ずっと夢だったのに、憧れだったのに、持って生まれたものが足りなかった。


「……いやいや! ちょっと使えるだけいいじゃないの! でも……」


 彼女たちとの差が今更大きく感じられて、嫌になって、逃げだしてしまったのだ。電車が来るアナウンスが響く。私はこのまま、離れていってしまうのだろうか。ホームに到着した電車のドアが開いて、乗ろうと足を踏み出す。降りてきた乗客の誰かが言った。


「あの幽霊屋敷に誰かが行ったみたいだぜ」


 振り返ったときにはもう、誰かはいなくて、電車が動き出していた。


「…………」


        *


 爆発音と共に屋敷の壁が粉々に吹っ飛ぶ。土煙の中からエレナたちと、それを追う蜘蛛の魔物の群れが飛び出してくる。蜘蛛といえど、大型犬ほどの大きさがあるのでその迫力は言うまでもない。廊下を走り抜けながら魔法で攻撃しても、蜘蛛たちは一向に減らない。


「想像よりおっきいし多過ぎなんですけど?! どうするんですか先輩!!」

「今考えてんだよ!」

「星守の封印魔法は使えないのか」

「魔力の消費量えぐいんだぞあれ! 本体に使わなきゃ意味ねえ!」

「そんなぁ!」


 迫りくる蜘蛛の大群に優一が剣を構える。蜘蛛たちは優一目掛けてスピードを上げていく。黒い波となって飛び掛かった瞬間、優一の剣は鞘から目にも留まらぬ速さで抜かれて、蜘蛛の胴体を切り裂いていた。胴と泣き別れになった蜘蛛たちの身体は靄となって消滅する。


「……蜘蛛の子の相手をずっとしているわけにはいかない。どこかに親がいるはずだ」

「親を見つけて、エレナ先輩の魔法で封印してしまいましょう!」

「ああ……くそ、なんでこういう時にあいつはいねえんだ」


        *


「いまさら来ても……かな」


 翠は開かれた幽霊屋敷の玄関の前に立っていた。妙な衝撃音も聞こえたし、おそらくエレナたちが中で悪魔と戦っているのだろう。自分が役に立てると確信したわけじゃない。それでも、逃げていたらもっと後悔する。半開きになった扉のドアノブに手をかけた瞬間、暗闇からぬっと、白い頭が飛び出して来た。


「わひゃあ?!」

「あれ、僕が見えるんだね。何かご用?」

「え、人? あの、ここに金髪の女の子来ませんでしたか」

「もしかして魔女の知り合いかい? 彼女なら絶賛悪魔退治中だよ」

「……案内、してくれませんか」


 白髪の怪しげな青年は笑顔で頷くと、私の手を引いて屋敷の中へ招き入れた。


「なんで、手繋いだまま……?」

「ここは悪魔の瘴気が濃くて危険だ。それに君は()()だから尚更だよ」

「?」

「ありゃ、自覚無しかい。まあ自分の魂の状態なんて普通じゃ分からないもんね」

「どういうことですか?」

「君、魂が普通の人の半分しか無いんだよ」

「え……」


 屋敷の奥へ進んでいくと、何かが腐ったような酷い異臭が漂ってくる。思わず眉をひそめて鼻を抑えた。複数人が走る音と、もっと大きくて重い何かの音がこちらへ近付いてくる。廊下の突き当りの壁を破壊して現れたのは探していたエレナたち、と彼女らを追う無数の小さな蜘蛛だったのだ。さらに奥から獰猛な目つきをした巨大な縞模様の蜘蛛の悪魔が飛び出す。


「でかっ?! 悪魔?」

「翠ちゃん先輩? どうしてここに!」

「エレナちゃん、ターニャちゃん!」


 巨大蜘蛛の悪魔は、身体が磁石に引き寄せられるように私に向かって大きな口を開く。これ、食べられてしまうんじゃなかろうか。そう思った時、ポケットに入れていたマナクオーツが熱くなっていくのを感じた。


「ボケッとすんな!」


 エレナが蜘蛛の胴体を魔法で弾き飛ばすと、蜘蛛の子と巨体はいとも簡単に壁を突き抜けて瓦礫の中へ突っ込む。そのまま巨体は暗闇へ溶け込もうとしていく。


「また逃げるぞ!」

「翠ちゃん先輩、部屋の奥まで照らして!」

「う、うん! 『ブライト』!」


 とっさにマナクオーツを掲げると、石はまばゆい閃光を放ち、部屋から闇を取り除く。逃げ場を失って狼狽えた隙を狙って優一が胴に飛び乗りその剣で貫く。


「今だ、星守!」

「天に座す星よ、彼の世の者を流転せし運命に還せ! 『グランド・セクスタイル』!」


 巨大蜘蛛は金切り声を上げて、蜘蛛の子と共にものすごい勢いで魔法陣へ飲まれていく。はた、と吹き荒れる風が止むと、そこに荒れた部屋だけが残った。


「よ、良かった~……」

「この程度なら、お前でも倒せたんじゃないか。アレン」

「いやあお見事! 僕じゃとても敵わないよ!」


 物陰に身を潜めていたアレンは喜々として四人に拍手を送った。呆然とする私の前に立ったのはエレナだった。


「……機嫌治ったんか」

「あ……うん。ごめんね、私、魔法が上手なエレナちゃん達が羨ましかったんだ。でも一緒にいないのはもっと嫌で。ごめんなさい」

「翠ちゃん先輩……良い人過ぎ! 一緒にいましょうねえ~!」

「ターニャちゃん、ありがと」


 ターニャはなぜか涙を流しながら私を強く抱き締める。黙ったまま屋敷を出ようとする彼女の横顔は、なんとなく微笑んでいた気がした。


「エレナちゃん。一つ、聞いても良いかな」

「あ?」

「私の魂、半分しか無いのって本当? 半分だから魔法が上手く使えないの?」

「……なんで、それを」


 振り返った彼女は酷く動揺している。それでも私は知りたいのだ。私の知らない何かを、エレナは知っているのだろうから。


「魂が視える者はそう多くない。彼女の魂が少ないことで悪魔は彼女を人間として感知するより先にマナクオーツに反応していた。君たち……ほんとは何者?」


 エレナの視線は揺らぎながら下へ向き、わずかに震えた言葉が絞り出される。


「……本当だ。魂が半分だからお前は魔法を上手く使えない。そのマナクオーツも、お前の魂と肉体の繋がりを補強するためのものだ。悪魔の手に渡ればお前の命も、この世界も、終わる」

「め、めちゃくちゃ大変じゃないですかぁ!」

「半分の魂を持った人なんて聞いたことが無い。何があったんだ?」

「それは……今は、言えねえ」

「じゃあエレナちゃんは私を守ってくれたんだね。ありがとう。本当のことも気が向いたら、いつか話してね」

「ああ……」


 エレナは終始、目を合わせてはくれなかったがそれでも彼女の優しさで、今の自分の状態を凪いだ気持ちで受け入れることが出来た気がする。いつか、エレナの心の重荷が軽くなることを願いながら私たちは屋敷を後にする。

 

 ふと、屋敷の隅にエレナの封印を逃れた蜘蛛の子が一匹、床を這いずる。


「おや。君はまだいたのかい」


 アレンが指を差し出すと、蜘蛛の子は白い肌色の指を伝い出した。手のひらまで来ると、鮮やかな赤色の炎が手から吹き出て、蜘蛛の子の身体を灰へ変えてしまった。灰は宙を舞い、どこかへ消えてしまう。白灰色の髪の隙間で、幽霊は笑みを浮かべる。


「楽しくなりそうだ」

次回:第六話 愚者の嘆き

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