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流星の魔女 -Witch of shooting star-  作者: 紗絽
第一章 魔女邂逅編
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第四話 仁愛の魔女

『マナクオーツは持ち主を選ぶ。お前は自分の手で掴み、認められた』


 あの時のエレナの言葉がずっと脳裏に響いていた。なぜ平々凡々な私が選ばれたのだろうと不思議でならなかったのだ。もちろん人によって魔法の向き不向きがあることは分かったし、自分にも多少その才能があることも分かった。しかしあの石と似たものを昔どこかで見たような気がするのだ。悪魔の言っていた半欠けの魂とやらも気になる。思い出そうとしても出てこなくて、モヤモヤしたまま眠れない日が続いていた。


        *


 エレナや杏子と一緒にいるようになってから周りの目が気にならなくなった。根拠のない偏見に怯えていた頃の自分から成長できたことはささやかな自信へと繋がっている。しかし同時に、エレナに魔法の練習を手伝ってもらっても、あれから全然上達できていないのが気がかりだった。そもそも何故自分は魔法を練習しているのだろう。使えるようになって何がしたいのだろう。思考が巡るほどに理解が出来なくなっていった。


「なんか……やる気出ない」

「あ? んだよ、もうギブかよ」

「体力はまだ大丈夫なんだけど、なんというか、気持ちがこう、ね……」

「んなもん気合いでどうにかしろや!」

「精神状態も魔法に作用する。息抜きくらい良いんじゃないか」


 練習を傍らで見ていた優一が冷静に諭す。エレナはやや不服そうだったが小さく舌打ちをして「しゃーねえなあ」と息を付いた。


「せっかくだから、みんなで遊べたらいいよね。何が良いかな?」

「高槻は息抜きで、何かしてるのか?」

「本読んだり散歩したり……全部ソロ活動じゃん!」

「それでも良いと思うが……」

「あたしらぐらいの奴らはどこか行ったりしてねえのか?」


 うーんと首をかしげて考える。思えば友達がいなさ過ぎてろくに集団で遊んだ記憶がほとんど無いのだ。ふと、唐突に思い浮かんだ場所に私はエレナを連れていくことにした。


        *


「なんだここ……!?」


 私たちが訪れたのは電車で三つ先の駅にあるゲームセンターだった。昼下がりということもあって制服を着た子が多く遊んでいる。メダルゲームやアーケードゲームの異様に大きい音が耳を塞ごうとしている。


「ここがゲーセンだよエレナちゃん!」

「げーせん……うるせえし眩しいな。こんなとこで遊んでんのか?」

「まあ、たまにって感じだな」

「私も滅多には来ないんだけどね。物は試しでやってみようよ! 気になるのある?」


 私はエレナの手を引いてゲームセンターの中を歩き出した。大きなぬいぐるみの入ったクレーンゲームや射撃ゲーム、プリクラなど彼女にとってはどれもが目新しいようで、しょっちゅう立ち止まってはこれは何だと訊ねて感嘆していた。その様子がまるで幼い子供のようで私は見ていて心地が良い気分だった。


「これなんだ? 入れんのか?」

「ああ、プリクラだよ。写真を撮ってそれに落書きしたり可愛く加工できたりするの」

「しゃしん?」

「え、写真知らない? カメラで撮るやつ!」

「分かんねえ。村には無いな。どうやったら出来るんだ?」

「お金入れて撮るんだよ。あ、百円玉ないや。ちょっと両替してくるから待ってて!」


 私は財布の中身を確認するなり小走りで両替機へ向かった。優一は自分がいない時にエレナのセーブ役になってくれるので口には出さないがとても助かっている。ふと、視界に入ったクレーンゲームの前に一人の少女がいた。丸いロリポップキャンディを手に、灰がかった薄桃色のケープとスカート。一際目を引くのは鮮やかなピンク色の長髪だった。何かのコスプレだろうかとも考えたが何故こんな所にいるのだろう。その少女はぐるんとこちらを見つめてきた。目が合った……!? 私はぱっと目をそらして足早にエレナたちの元へ急いだ。


「エレナちゃん、日下くんお待たせ!」

「遅えぞ」

「待ってないから大丈夫……高槻、後ろの奴は?」

「え?」


 後ろを振り返ってすぐのところにさっきの少女はニコニコと立っていた。気配がなかった、この子は誰?


「てめえ、なんで付いて来た」

「だってエレナ先輩いなくて寂しかったんだもん。やっと追い付けて嬉しい!」


 怒り混じりに口を開いたエレナの腕を抱き締めた少女は嬉しそうに話す。優一のときのように強い嫌悪感は出していないが、知り合いなのだろうか。


「エレナちゃん、その子って……」

「ああ、同じ村から来た奴だ。てめえは名乗るくらいしやがれっ!」

「わ、すっかり忘れてたぁ。初めまして! ターニャ・ウィンです。よろしくねぇ」

「魔女!? エレナちゃんと同じ!」

「先輩には及ばないけどねぇ。ところであなた誰?」

「んえっと、高槻翠です。エレナちゃんから魔法教わってるの。よろしくね!」


 ターニャはふーんと自分を一瞥し、小さく笑みを零した。


「うーん、翠ちゃん魔力全然ないねぇ」

「ぐっ……!」

「エレナ先輩いつ帰ってくるのぉ? みんな寂しいって言ってるよぉ」

「うるせえなあ。てかお前、無断で出てきたならあいつにどやされるぞ」

「大丈夫だよぉ、ラーグさんに許可もらえたし!」

「あのクソジジイ……!」


 なんだか私の知らない界隈の話が進んでいる。優一も黙ったままだし、どう切り出そうか悩んでいた。はっと、ターニャと優一の目が合った時、ターニャは小刻みに震えながら顔色を青くしていく。これは、まさか……。


「……え、エレナ先輩この人聖騎士じゃん!?」

「今更かよ!」

「存在感無さ過ぎて気付かなかったよ! 早く離れて私が守るからああああ!!」

「一旦落ち着けてめえはああああ!!」

「ちょ、騒がないでよ二人共ー!」


        *


「ずびばぜん~、てっきりエレナ先輩を狙う輩かと思ってぇ……」


 ターニャはずびずびと泣きながら優一に頭を下げていた。騒ぐターニャにエレナがうるせえとゲンコツをくらわせたために彼女の頭頂部には大きなたんこぶが出来ていた。必死に彼が味方であることを伝えたら罪悪感で泣き出してしまい、優一は構わないと言っていたがどことなくショックそうな雰囲気があった。


「いや、疑うのは仕方ないことだ」

「大体、あたしがこんな弱っちい奴に捕まるわけねーだろ」

「それはそうだけど~……」

「ねえ、ターニャちゃんってエレナちゃんと同じところから来たの?」

「そうだよぉ。魔界のねぇ……」

「おい!」


 エレナがターニャを制するが彼女はどこ吹く風のようだ。


「エレナ先輩、故郷のこと話してないの? なんでぇ?」

「あたしら魔道士と人間の関係忘れたのか? それに……」

「別にいいじゃない。仲良くなるためには必要なことだよぉ」

「……もし話したくないのなら無理に言わなくていいよ。私が知りたいだけなんだ」


 エレナはしばらく口をつぐんだ後、大きなため息をついた。


「…………あたしらの故郷はこことは別の世界『魔界』にある。魔界は魔道士たちが魔女狩りから逃れるために五百年前に創られた人工世界だと言われている。だから魔道士が人間と関わることは避けられてきたんだ」

「魔界……もう一つの世界。初めて聞いた」

「歴史上じゃ魔女狩りで姿を消した、としか書かれていないしな。俺も初めて聞いた」


 私たちとは異なる世界の住人。価値観も何もかも違っていたことに合点がいく。そうだとしたら、なぜエレナはこの世界に来たのだろう。凄惨な歴史があると理解した上で。


「……小さい頃からずっとおとぎ話で聞かされてた、もっとたくさんの人間と、もっと広い街がある別の世界。知らないことをただ知りたかった。自分の目で見て、聞いて、感じたかった。だからあたしは人間界(ここ)に来た」


 どこか遠くを見ながら語るエレナの目は静かに、激しく輝いていた。それは熱を持っているようにも感じる。同時に気付いたのだ、彼女も自分と同じように憧れを抱き、それでも諦められなかった側の人間なんだと。


「そう、なんだ。じゃあ私とエレナちゃん一緒なんだね。お互いに憧れて、それを同時に叶えたんだよ! 偶然というか……これって奇跡だと思わない?」

「…………ああ、そうだな」


 魔法に憧れた人間と、普通に憧れた魔女。なんだか夢のようで、エレナの笑顔を見ていると心から安心するのだ。もっと、ずっと昔から一緒にいるような、根拠のない理由。ターニャも優一も、一緒になって笑い合った。

 すると、どこか遠くから獣のような遠吠えが響いてきた。辺りを見回してみるが、街中に獣などいるはずもなく。


「あれ見て!」


 そう叫んだターニャが指さした上空には飛行機よりもずっと大きな、金色の体躯をした何かが飛んでいたのだ。街の人たちにはそれが見えておらず、焦ってるのは自分たちだけである。金色の巨大な生物は翼を一振りするだけで強風を巻き起こし、街の上を通過している。あれが巨大な鳥だと認識するまでに時間がかかった。


「随分でけえな、どこから来たんだ!」

「なにあれなにあれっ!?」

「ロックバードだねぇ。実物見るのは私も始めてだよぉ」

「ロック……もしかして、ロック鳥のこと? ゾウとかも運べる?」

「まだ絶滅していなかったのか!」


 ロックバードは大きな嘴を開いて鳴いている。それは非常に攻撃的で、今にも地上に降りて人を襲ってしまいそうだった。


「人を襲う気か?」

「そんな! どうにかしないと……!」

「たぶん違うよぉ」


 ターニャはロックバードを見上げながら間延びした声でつぶやく。


「あれは怖がってるんだよぉ。驚いちゃってるねぇ」

「怖がってる? どういうこと?」

「魔物の言葉は分からないから、落ち着かせて聞いてみましょ」


 そう言うとターニャは花の装飾が施された一冊の本を取り出した。それはさながら魔導書のようであった。ターニャが何かをつぶやくと魔導書はひとりでにパラパラとめくれはじめ、光を放つ。


「何をするんだろう?」

「召喚だ。ああみえて、村でも少ない召喚魔法の使い手なんだよ」

「魔物や精霊を使役して呼び出す魔法か。使いこなすのは難しいと聞く」

「すごい……!」

「双竜よ、その名は白。水底より出でて塔を見下ろす月となれ! 召喚魔法(サモンズ)、『ルナ』!」


 魔導書から月光のような青白い光が放たれ、その中から自分よりずっと大きな、美しい白い翼を持った青い目のドラゴンが現れた。ドラゴンの身体はしなやかな曲線を描いて、冷え冷えとした空気を纏っている。


「ど、ドラゴン!?」

「この子はルナ。私の親友。可愛いでしょぉ」


 ルナは愛おしそうにターニャに顔を擦り付ける。気持ちよさそうに目を細めている。ターニャはルナに指示を出すと、彼女を乗せて自分よりも大きなロックバードの元へ飛び立った。


「あたしらも行くぞ」

「う、うん!」

 

 私とエレナもホウキに乗って後を追う。ロックバードは近付いてきた私たちを見つけると警戒するかのように鳴く。ターニャはひるむことなくロックバードにしつこく着いていく。


「ちとこらしめてやらねえと駄目か?」

「エレナ先輩、攻撃しちゃダメですよぉ!」


 ターニャが叫ぶとエレナはホウキを止めて二匹の姿を見上げていた。巨鳥と竜、目の前で伝説が生きているのを見ると、人間には決して手の届かない領域があるのだと思い知らされる。


「知らないものばかりでびっくりしてるだけだよね。大丈夫だよ、お家に帰ろう?」


 ターニャは赤子にささやくように、優しく話す。それはどこまでも慈悲深く、聖女のそれに近い。だから彼女は「仁愛」の名を冠する魔女なのだと分かった気がした。ロックバードは段々勢いを緩め、ターニャとルナはそっと彼の身体に手を触れた。


「よーしよし……良い子だねぇ。みんなあなたの味方だよ」

「すごい、大人しくなった……!」


 ロックバードはターニャに懐いたのか、飛び去る瞬間まで彼女から離れようとしなかった。あんなに大きな鳥なのに行動はまるで子どものようだった。地上で待つ優一の元へ戻り、皆でロックバードが去るのを見送ったころには夜がすぐそこまで迫っていた。


「ターニャちゃんすごかったよ! あんな大きな魔物怖くないの?」

「怖くなんてないよぉ。私魔物大好きだもん。ルナだって使役してるんじゃなくて、友達として一緒にいるんだよ」

「そっか、なんだか素敵だなあ」


 それぞれが家路に付こうとしていた時、人混みの中からこちらに向かって手を振る男性が見えた。


「誰だろう、知り合い?」

「あたしのだ」

「エレナちゃんこんばんは。外で会うのは珍しいね。お友達?」


 紫のポニーテールと、夜なのにサングラスをかけている背の高い男性だった。着飾っていないパーカーとジャージ、足元のサンダルを見る限り、近所に住んでいるのだろうか。思わずエレナの後ろに隠れる私だったが、エレナは特に怯みもしていない様子だ。


「友達じゃねーし。つーかあんたは何してんだ」

「俺は夕飯の買い出し。君たちと会うのは初めてだよね? こんばんは、山吹(やまぶき)達希(たつき)です。エレナちゃんの保護者みたいなのやってます。あ、魔法のことについては俺も知ってるから安心していいよ! それで君が聖騎士の男の子で、君がエレナちゃんに魔法教わってるって子だよね、よろしく!」

「は、はひ……」


 怒涛の陽キャオーラに戸惑いを隠せず、思わず私と優一は固まってしまっていた。エレナとターニャは親しげに山吹の買い物袋の中身を覗いている。


「ターニャちゃんも、事前に連絡くれれば部屋片付けておいたのに」

「えへへ、ごめんなさぁい。早くこっちに来たくて!」

「そうだ、良かったらみんな夕飯食べていきなよ! 俺いつもエレナちゃんにご飯作ってるからさ……」

「本当ですか! じゃあお邪魔したいですっ」

「一言多いんだよてめえはっ!」


 笑顔の山吹の顔面に、エレナの渾身の蹴りが勢いよくめり込む。騒がしくも、暖かな夜になりそうだ。

次回:第五話 廃屋に潜むもの

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