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流星の魔女 -Witch of shooting star-  作者: 紗絽
第一章 魔女邂逅編
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第二話 魔法学序論

 けたたましくスマートフォンのアラームが午前七時を知らせる。布団の中から手探りでスマホを探し当てると、液晶画面を叩いてアラームを止めた。ゆっくり身体を起こしたエレナの目はまだ半開きだ。すると玄関のチャイムが鳴る。こんな時間に人が来ることは初めてで疑問に思いながら玄関へ歩き出した。部屋の中の家具は異様に少なく、綺麗なままで、まだ引っ越してきて間もない様子が窺える。扉を開けるとそこには満面の笑みで立つ翠の姿があった。


「おはようエレナちゃん!」


 エレナはその言葉の全てを聞く前に扉を勢いよく閉め切った。


        *


 十分ほど経つとバンと大きな音を立てて制服に着替えたエレナが出てきた。エレナは不機嫌そうに眉をしかめてこちらを睨み続けている。エレナの家は小さなアパートの二階にあった。新築らしき雰囲気があり、学校から二駅のところにあるのを私は初めて知った。


「てめえ……朝から何の用だよ!」

「一緒に学校行こうと思って」

「はあ?」


 思わずすっとんきょうな声が出る。昨日の悪魔の事件で、怪我をしていたかもしれないのに私の心は恐怖より興味への羨望を最優先としていた。本物の魔法が見れたのだ、興奮して彼女の家まで一方的に話しながら着いていき、早起きして迎えに来たのだ。私はスキップしそうな勢いで歩き出す。エレナは大きなため息をつき、謎の距離を保ちながら着いて来る。初日にエレナに付きまとわれたときとは正反対である。

 そして昼の休み時間になって私はエレナを体育館下のピロティーに連れ出した。家から持ち出して来た大量の古本を積んで勢いよく頭を下げる。


「エレナちゃん! 私に魔法を教えてください!」

「…………は?」

「家帰ってから魔法の呪文? とか試したんだけどやっぱ上手くいかなくて……えへへ」


 私はあの時の興奮が冷めやらぬうちに部屋の本棚から西洋の魔法に関する本を片っ端から漁った。ほとんどは古本屋やフリマアプリで手に入れたものなので状態が悪いものも多い。魔法の呪文の唱え方や魔法陣、おまじないのやり方を全て試したが私の願いに応えるものはひとつとして無かった。


「あのなあ、魔法は誰でも使えるわけじゃねえし常に死と隣り合わせなんだぞ」

「やっぱりセンスとか生まれ持った魔力的なのが必要なのね!?」

「顔がムカつくが、半分合ってる。全ての人間は多かれ少なかれ必ず魔力を持って生まれる。魔力は自然のエネルギー、生命力と似たようなものだからな。あとはセンスと知識ってとこかねえ」


 エレナは私の持ってきた本をパラパラとつまらなそうにめくりながら淡々と話した。単細胞かと思いきや、もしかして頭が良かったりするのだろうか……。


「……知識って、その本じゃだめなの?」

「ああ。概要は合ってるが術式も材料もめちゃくちゃ。当然だがな」

「当然?」


 エレナはこちらの顔を見て少し悩んだ後、ゆっくりと口を開いた。その顔はいつにもまして真剣だ。


「……五百年前まで()()()()()()にも魔道士や魔物は大勢いた。けど当時の教会や国から弾圧を受けて魔道士は処刑され、魔導書や道具は燃やされた。だから正しい魔法の知識が現存していない」

「魔女狩り……!」


 中世ヨーロッパを中心に起きた、集団迫害。現代となっては女性迫害とか社会制御手段が原因と言われている。もちろん魔法が実在してたからという説は聞いたことがない。


「じゃ、じゃあ現代では魔法使えないの? でもエレナちゃん使えてるよね……」

「お前は初心者だから簡単ですぐ使えるものなら教えられる。だが死の危険に巻き込まれる覚悟がある。それでもやるか?」

「……ずっと追いかけてきた夢だもの。五十年後にあの時やっておけばって後悔したくない」


 私は自分の頬をパンと叩いて決意した。一度しかない人生、やると決めたらとことんやってやる!


「そう言うと思ったぜ」


        *


「だからってぇ……こんなことする必要ある!?」


 そして私はなぜか、ジャージに着替えて街中をランニングしていた。すでに息は上がり切って全身が熱い。横で並走するエレナは汗ひとつかいていない上に棒読みの応援がかなり精神にくる。


「ゴールはまだ先だぞー気張れー」


 彼女によれば「体力も魔法を使う上で欠かせないもの」らしいが明らかに限界だと言ってるのに一向に辞めさせてくれないのだ。ランニングが終われば腹筋やスクワットなどの筋トレ、学校の敷地内の坂で走り込みをやらされた。走り込みのはの字も知らない生活を送って来たから私は終わった瞬間にその場に文字通り倒れてしまった。


「はあ……はあ……もう、無理……ゲホッ」

「体力ねえなあお前。年下でももっと走れるぞ」


 少し離れたところで部活動をしていると思しき男子生徒たちの集団が見える。ひときわ目立つのは同級生で一番モテると噂の日下(くさか)優一(ゆういち)くんだ。確かにイケメンだが無口、しかし妙に惹き付けられるオーラを持っている。彼はよく色んな運動部から引っ張りだこなくらい運動神経抜群なのだという。本格的にスポーツをやっている人たちを見ると自分が恥ずかしく思えてくる。

 するとそこへ、見慣れたローツインの女子生徒が駆け寄ってきたのが見えた。


「翠! ジャージで何やってんの? 筋トレ?」

「……杏子(きょうこ)ちゃん」


 彼女は新島(にいじま)杏子。私とエレナのクラスメイトだ。明るくノリのいい性格でクラス内外に友人が多いイメージである。コミュ障な私に最初に話しかけてくれた人物でもあるのだ。


「まあ、筋トレ、だね」

「へえ~いいね! ってか星守さんじゃん、え、仲良し? いつの間に? 弱み握られてるとかじゃないよね、お金渡したらアウトだよ!」

「誰がカツアゲなんぞするか。あと仲良しじゃねえ」

「まあ、大丈夫だと思う……」


 エレナがすかさず訂正するが杏子は聞く耳を持たない。エレナに物怖じせず声を掛ける彼女の器の大きさは見習いたいものだ。


「翠は細いからねえ~いっぱい運動していっぱい食べた方が良きよ! 頑張ってる翠にはコレあげる! じゃね~」


 杏子は私の手に何かを押し付けて走り去ってしまった。手の中を見下ろすと可愛いピンク色の包装紙のキャンディがあった。全く、お菓子をよく持ち歩く彼女らしい。ふうと大きく息をついて空を見上げた。

 何やってるんだろう私……。私はふと、ポケットに入れていたあの黄緑色の宝石を取り出した。なんとなくお守り代わりでずっと持っていたのだが、不思議なことに人肌くらいの温かみを帯びている気がした。


「ねえエレナちゃん。この石って何なの?」

「そいつは『マナクオーツ』。人間が魔法を使うために欠かせない媒体みてーなモンだ。こっちの世界の宝石とそっくりだから凡人が見分けるのは難しい」


 エレナは自分の杖に取り付けられた宝石を見せてきた。確かにただの宝石にしかみえないし、本物の宝石も見たことがないが、マナクオーツをよく見つめてみると石の中の光が生きた泡のようにゆったり流れてくのが見えた。


「マナクオーツは持ち主を選ぶ。お前は自分の手で掴み、認められた。絶対誰にも渡すな。じゃねえとぶっ飛ばす」

「う、うん。えっぶっとば?!」

「じゃあやるか」


 エレナは気だるげに立ち上がると私に向かって杖を構えた。


「まずは初心者向きのやつな……『ブライト』」


 エレナが呪文を唱えると、杖の先が発光しだした。まだ昼下がりなので正直明るさは変わらない。


「暗いとことかで使うやつ。無属性魔法だから誰でも出来る」

「むぞくせい?」

「あー、魔法には自然環境になぞらえた七つの属性があるんだ。火、水、土、風、氷、雷。あと光、闇。それらに当てはまらないものは無属性と呼ばれる」

「へえ。なんだかワクワクしてきた!」

「魔法に大事なのは想像(イメージ)だ。頭ん中のイメージが強固であれば魔法もそれに応えてくれる。そのイメージと身体の中の『流れ』を意識してみろ」


 私はマナクオーツを握りしめ、強く目を閉じた。身体の中の流れ、血流みたいなものだろうか。それらの力が腕を通り、指先から石に流れ、事象へ変換する。魔法は空想を現実へ起こす一種の換算とも聞くが、そんなことは忘れて手の中のマナクオーツに意識を集中させる。


「……『ブライト』!」


 呪文を唱えると、マナクオーツが一瞬強い輝きを放ち、すぐに弱い光に戻ってしまった。古い蛍光灯程度の弱い光だが、確かに発光している。


「で、出来た出来た出来た! エレナちゃん光ったよ!」

「最初のが眩し過ぎんだよ! 魔力一気に込めすぎたんか……? まあ、慣れれば詠唱なしで使える」

「もっと使いこなせるようになればエレナちゃんの魔法みたいなの出来るようになるかな?」

「無理」

「即答?!」


 エレナがよっこらせと腰を下ろそうとした途端、急に動きを止めた。それから勢いよく周囲を見回す。険しい顔つきからは何かの気配を察知したことが窺える。


「……エレナちゃん?」

「悪魔がいる。後ろにいろ」


 前方のコンクリートの地面に木陰が出来ている。その一部が黒い沼のように揺らいだかと思えば、ずるりと現れたのは四角い箱の頭に中世の貴族を思わせる宮廷服を纏った、何とも奇怪な姿の悪魔だった。箱頭の悪魔は紳士のように丁寧に頭を下げる。


「お初にお目にかかります、かぐわしき香りに釣られ、根の国より参上仕りました……高位の魔女様とその下僕とお見受けします」

「悪魔にしちゃ礼儀がなってるじゃねえか。すぐに捻り潰してやるけどな」

「下僕……私のこと言ってる?!」

「淑女がそんな言葉遣いではいかがなものかと……いえ、本題に入りましょう。貴女がたの命とマナクオーツをいただきとうございます」

「当然お断りだっ! 『マレクステラ』!」


 エレナが杖を振ると、悪魔の頭上から人一人分ほどの隕石が勢いよく落下して激しい轟音が響く。


「待ってエレナちゃん! ……いなくなってる!」


 土煙が晴れると、悪魔が立っていたはずの場所には何もなかった。それどころか周囲のいたるところからあの悪魔の声が囁いているように聞こえてきた。


「悪魔を恐れないことは素晴らしいことです。しかしそれでは私を斃すことなど到底不可能……その命、私に捧げなさい!」


 その瞬間、箱頭の悪魔はエレナの目前に迫っていた。すんでのところで避けているが、かなり厳しそうだ。


「エレナちゃん!」

「雑魚は黙ってろ! クソッ、どこから出てきやがる!」


 エレナが常に周囲を警戒していても、箱頭の悪魔は常に視界の外から現れ、エレナを痛めつけていく。その様はまるで遊ばれているようにしか見えなかった。


「貴女ほどの魔女様でもこの程度ですか、噂ほどではありませんね。ではそこの下僕から頂きましょうか」


 攻撃が来る!

 そう思って目を瞑ろうとした瞬間だった。ギリギリのところでエレナが割って入り、彼女の身体は弧を描いて地面に叩き付けられた。


「エレナちゃん大丈夫?!」

「大丈夫に見えるならお前は立派なイカレだぞ……」

「……どうして庇ったの」


 わずかな沈黙ののち、エレナはフイと目を逸らしながら立ち上がった。


「ここで死なれても面倒なだけだ」

「……そっか。ありがとうね」


 きっと、彼女は素直じゃないだけだ。そうでなかったら私に魔法なんて教えないだろう。私はふと、ある点に気が付いた。あの箱頭の悪魔はいつも()()()()攻撃を行ってきた。いつも地面にあって、それ以外にはないもの……。


「もしかしてあの悪魔、影の中にいるんじゃないかな」

「影だと?」

「さっきも、私の足元から気配がした!」


 悪魔は影の中を移動していたのだ。だからいつも死角から現れることが出来た。逆を言えば、影以外の場所に潜ることはできないのではないだろうか。


「フン、んなこと、とっくに気付いてたわ!」

「さっきめっちゃ驚いてたよね? そこでちょっと提案があるんだけど……」


 エレナが自信満々にドヤ顔をかますと、自分の足元や木陰にモグラ叩きのように顔を出す箱頭の悪魔を片っ端から追いかけ出した。しかし、いくら魔法を放っても全く当たらない。痺れを切らしたエレナは苛立ちを露わにしている。


「大人しく当たれやクソ頭ァ!」

「フフ、行動原理が分かっただけでは無意味ですぞ」

「……ほーう? じゃあそんなイキり悪魔に種明かしをしてやるよ」


 箱頭の悪魔はいつの間にか体育館下のピロティーに誘い込まれていた。悪魔を挟んでエレナと私は彼を逃がさないように立ちふさがる。


「ここは全て影。私の独壇場へ招いてくださったのですか?」

「ハッ、その逆だよ」


 私とエレナは杖と石をかざし、同時に叫んだ。


「「『ブライト』!」」

「な、影が!?」


 眩い光がピロティーに広がり、影が塗り潰されて悪魔はやむを得ず実体を現した。エレナは杖を持ち直して構える。


「捕まえた……! 天に座す星よ、彼の世の者を流転せし運命に還せ! 『グランド・セクスタイル』!」

「……おのれ、殺してやる殺してやるぞテメエら!」


 箱頭の断末魔は空しく魔法陣に吸い込まれ、跡形もなく消えてしまった。


「お、終わった……」

「影の中たぁ、地味な真似しやがる」

「エレナちゃんに庇われたときに何となくそうかなって思ったんだけど、まさか正解だとは」

「…………てめえ、あたしを実験に使いやがったな!?」

「わー違う違う! ただの偶然だってば!」


 慌てて訂正するが怒れるエレナは聞く耳を持たない。


「ムカつくからランニングもう十周行ってこい!!」

「んな無茶な~……」


 日暮れのカラスが呆れて鳴いた。そのやり取りを見つめるひとつの視線。柱の陰には優一が静かに立っていた。

次回:第三話 騎士の名は

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