表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流星の魔女 -Witch of shooting star-  作者: 紗絽
第一章 魔女邂逅編
1/7

第一話 星は交わりて

 陽光の射す昼下がり。雑踏の中に、その人は立っていた。美しい瞳の奥は暗くてよく見えないが、きっと空の青さに見惚れているのだろう、ずっと遠い空の向こうを見上げている。なにをしているのかと尋ねたら、その人は一瞬、ひどく驚いたような顔をして、それから私の目線の高さに合わせて膝を付いた。


「お前は、私が怖くないのか」

「……うん。怖くないよ」


 私は不思議そうに答える。


「ねえ! あなたは誰?」


 去ろうとするその人に向かって私は叫んだ。その人はゆっくりと振り向きながら、こう囁いた。


 ――『魔女』と。


        *


 誰かの駄弁る声で目を覚ます。ゆっくりと目を開くと放課後になって気の緩んだ生徒たちの姿が見えた。机に伏した上体を起こして周囲を見渡すが、誰も私に気が付かない。そこまで脳が理解したら、私の五感は緩やかに覚醒していく。通い始めたばかりの教室、遠くから響く金管楽器の音色、柔らかな春風の香り、机の温度、口の中は無感情だった。


 風見(かざみ)高校に進学してから、周囲の子たちが急に大人になった。髪の色も、スカートの丈も、私と異なっている。とても綺麗で可愛いけど、妙に寂しさを覚えた。私ときたら、地味な黒髪に、校則通りのスカート丈。幼い子供から抜け出せていない自覚はある。その上、小さい頃に夢で見た()()の存在が忘れられないままなのだ。


 鞄を持ってそそくさと教室を出る。下校のピークをやや過ぎていたせいか、廊下を通る生徒は少なめだ。私は昇降口へは降りずに同じ階の図書室へ向かった。傾きかけた日が眩しい。図書室の扉を閉めると廊下の喧騒は遮断され静まり返る。本の匂いと温かさがお気に入りポイントだ。


 あの日から、魔法とか、ファンタジーとか、そういった空想じみたものに強い魅力を感じるようになった。ネットでオカルト系の掲示板や動画を漁ったり、テレビの都市伝説特集なんかをひたすら見続けた。あれは現実逃避だったのかもしれないが幼い私にとって、魔法は憧れだった。もしも魔法が使えたら、ホウキに乗ってこの街を飛び出し、美しい魔法で誰かを笑顔にしたり、色んな世界を冒険するのだと思い描いていた。だが、自分が子供のままでいるのがなぜだか妙に恥ずかしくて、人前で夢を語ることをしなかった。

 鞄を椅子に置いて、今日の本を選ぶ。昨日は霊媒師のエッセイを読んだが、凡人の私から見ても解説が強引で好きでなかった。今日は……。


「これ、なんだろう?」


 ふと目に留まったのは高級感のある黒い、艶のある背表紙。見たことのない文字が書いてあったが全く読めない。蔵書のラベルもないし、誰かが置き忘れたのだろうか。しかし妙に惹き付けられる。きわめて異質なその本に手を伸ばした時、不意に誰かの手が重なる。

 隣には自分より背の高い、金髪の美少女が立っていた。するどい目つきと、自分よりずっと短いスカート。美しい金糸のポニーテールに、鮮やかな紫色の瞳。宝石かと見違えた。私は彼女の身なりを見て思わず二、三歩後ずさりしてしまった。


「ほ、星守(ほしもり)さん!?」

「……」


 彼女は星守エレナ。クラスメイトであり、入学式で上級生と喧嘩して圧勝したとの噂を持つ、いわゆる不良だ。それだけでも私をパニックにさせるには充分すぎるほどでそれ以上言葉がうまく出せない。慌てふためく私を、星守さんはじっと見つめる。その目は私の表層だけでなく心の奥底まで観察しているような、品定めしているような目つきだった。


「お前、名前は?」

「……高槻(たかつき)(すい)、です」

「魔法に興味があるのか」


 淡々とした声で発せられた問いに思わず気の抜けた声が出る。魔法? どうして星守さんがそれを聞くの? もしかして新手のカツアゲか何か? 妙な思考を巡らせる私に返ってきた答えは想定外のものだった。


「魔法には近付くな」

「どういうこと?」

「お前みてえな半端者が手を出していいものじゃねえ」

「何を言って……」


 意味深な答えを述べたエレナは、私を見下ろしてきた。一体何を言っているんだこの人は。訳が分からなくてただ黙って聞いていることしかできない。


「お前は何もしなくていい。命が惜しければな」


 そう言い捨てると、エレナは颯爽と図書室から去ってしまった。もしかしたら彼女は自分以上に、色々拗らせてしまっているのかもしれない。


「なんだったのよ……」


 棚にあった黒い本は、いつのまにか消えていた。


        *

 

 本を読む気でなくなった私は重い足取りで帰路についた。正門を出ようとすると、入り口近くに先ほどのエレナが門番のように仁王立ちで立っているのが見えた。


「星守さん……! なんでいるの、まさか、私が来るのを待ってる……!?」


 私は謎の恐怖を感じて踵を返し、反対側にある裏門から帰ろうとした。いま彼女に絡まれたら面倒な気がする。自分以上に拗らせているのはネットの人たちだと思っていたがあそこまで世界観に入り込んでいるとなると、周りから距離を置かれるのも分かる気がした。

 物陰から見回して裏門に誰もいないことを確認する。ほっと息をついてとぼとぼと歩き出した。裏門近くは森が近いため人通りはほとんどない。そのため先生からもなるべく人通りの多い正門から帰るようにと言われていた。しかし今はやむを得ない状況である。陽の落ちかけた森の影は濃くなり不気味さを増していく。オカルトやファンタジーは好きだが、怖いものは未だに苦手だ。なんだか寒くなってきた気もして、とにかく急ごうとした。


「おい!」


 不意に背後から声が聞こえた。思わずばっと振り返るとそこにはエレナが立っていたのだ。


「星守さん……!」

「やっぱりこっちにいたか」


 慌てて帰ろうとする私の腕をエレナは強引に掴む。力が強くて振り払えない。


「離してください! 何なんですか、さっきから!」

「こっちは忠告してやってんだ! どうせ言っても聞かねえだろうから――」

「魔法なんて信じてるわけないでしょ! どんなに願ったって所詮は空想よ! いまだに中二病拗らせてバカじゃないの?」


 カッとなって私はエレナに叫ぶ。自分の夢を自分の言葉で否定してしまったことが悲しくて目頭が熱く霞んでいく。一変した私に驚いたエレナだったが、突然、険しい表情になって叫んだ。


「おい、危ねえ!」


 いきなり強い力で突き飛ばされるのと同時に、何かが自分のいたところに飛び降りてきた。数メートル飛ばされて地面に転倒してしまう。全身が痛んで何が起きたのかさっぱりだ。顔を上げるとそこには見たことのない、おぞましい化け物が立っていた。特徴的な山羊の角に、犬にも似た凶悪な頭、蝙蝠の翼、肋骨が浮き出るほど痩せこけた汚い黒色の胴を人間の四肢に近いもので這うように支えている。まるで本で読んだ悪魔そのもののようだ。悪魔は醜いしゃがれ声で笑い出す。


「クヒヒ……美味そうな匂いがプンプンするなア!」


 エレナは自分よりずっと大きい化け物を睨み、何もないところから掌にロッド――三十センチメートルほどの細い木製の杖――のようなものを出現させて慣れた手付きで回転させながら構える。先端にはエレナの瞳と同じ紫色の宝石が輝いている。


「話の途中で割り込むたぁ、良い度胸じゃねえか悪魔!」

「……何をする気?」


 エレナが力強く杖を振り払うと、悪魔の周囲がキラキラと輝き、それらが大きな音を立てて爆発する。私は目の前でなにが起きているのかよく分からなかった。土煙が晴れると悪魔の左腕が欠損していて、悪魔は金切り声を上げて地面に伏して悶絶している。エレナは杖を振っただけで悪魔を攻撃した? つまり、彼女は()()を使ったのではないか。必死に頭を回しても辿り着く答えはその一つだけだった。

 悪魔はずるんと欠けた左腕を再生させ、私たちをめがけてその大きく裂けた口を開く。禍々しい牙が目の前に迫った途端、視界は一瞬暗くなり、次に瞬きしたときには悪魔は遥か眼下にあった。それどころか学校や道路が遠くにある。私は空を飛んでいたのだ。それも、エレナと共に箒に乗って。


「ええ、と、飛んでるー?!」

「ったく、手間かけさせやがって」

「星守さん、もしかして……」

「喋ってると舌噛むぜっ!」

「ちょっ、きゃああああ!」

 

 エレナは身体を傾けてホウキを一気に急降下させる。命綱無しのバンジージャンプのように、強風の音が耳をかすめ、力いっぱいエレナにしがみつく。悪魔の姿がぐんぐん近付き、エレナが杖を振ると再び悪魔の周囲に煌めきが起きて爆発する。少し離れた道路へ私をやや乱暴に降ろすと、箒はエレナを乗せて悪魔の上空を飛び回りながら光の玉を悪魔に向けて数発放つ。夢でも見ているのかと思うほど、先ほどから非現実的なことばかりが起きて眩暈がする。


「くそう、人間のくせに人間のくせに!」

「そこらの人間と一緒にすんな。『流星の魔女』星守エレナ様だ。その小せえ脳みそにねじ込んでおけ」

「流星の、魔女……」


 堂々たるエレナの後ろ姿は夕陽に照らされて暗いシルエットを象っているはずなのに、私の目には力強い閃光の如く輝いて見える。悔しがる悪魔は途端にニヤリと口角を上げた。すると、エレナの足元から植物のツタのようなものがコンクリートを突き破り、逃げる間もなくエレナはツタに縛り上げられてしまった。


「なっ?!」

「クヒャヒャ! 油断したなバカめ! 俺様が植物を支配できるとも知らねえでよォ!」

「星守さん!」

「ッ、てめえはさっさと逃げろ! 死にてえのか!」

 

 エレナがものすごい剣幕で叫ぶ。彼女の杖は縛られた衝撃でエレナの杖は地面に放り出され、同時に彼女のポケットから一瞬、光る何かが放り出されたのが見えた。優しいグリーンを持った小さなオーバル型の宝石だ。宝石は少し転がって道路の溝で停止した。

 その宝石を見た瞬間、悪魔は目を見開いて飢えた獣のように宝石に飛びつこうとした。私は熟考する間も怖気付く間もなく、ただ全てを忘れて宝石に向かって走り出していた。


「その石を渡せええッ!」

「バカ、よせ!」


 宝石が何なのかも、悪魔が狙う理由も、エレナが止める理由も私は知らない。体力の少ない私の身体ではすぐ悪魔に殺されてしまう。それでも目の縁に涙を携えながら、もつれる足を必死に前へ押し出し続けるのは、何故だろう。加速する脈拍と共にタイムリミットが迫る。そのとき、不意に昔のことを思い出したのだ。

 小さい頃、街の中心で魔女に出会ったことがある。といっても、ボロボロの黒いローブに身を包んでいて、逆光になっていたこともあって顔は見ていないので声色から女性と判断した。魔女は怖くないのかと尋ねたが私は首を横に振った。


『お前はいずれ運命と出会う。自分の望むままに生きて見せろ』


 今も覚えている、彼女の言葉を。そして、それを信じている。今、私はエレナを救いたい。これが答えだろう。

 

「あれはエレナちゃんの大切なものなの! 絶対に、私が守るんだああっ!!」


 輝く宝石に手を伸ばして、勢い良く掴み取る。遠くでエレナが嬉しそうな顔をした気がしたが、その瞬間に宝石は眩い光を放ち、私を守るように広がる。どこか温かくて、優しい光だ。

 悪魔は光に怯えるように二、三歩後退りして全身を震わせながら瞳を見開いて私を凝視した。

 

「『マナクオーツ』と、()()()()()……お前が、お前がそうなのかッ!」

「……やっぱ、こうでないとなァ!」


 私は何かに憑かれたかのように、悪魔の怯んだ隙を狙ってエレナの杖の元へ走り出す。悪魔の言葉を気にしている余裕は無い。宝石の光は悪魔を退け、私を守ったのだろう。がむしゃらに杖に飛び付くとそのままエレナの方へ投げた。


「星守さんっ!」

「上等だ!」

 

 エレナは両手を使えない代わりに杖を歯で受け止める。まるで獣のように目をぎらつかせると、彼女を縛っていたツタが杖の光に飲まれて消滅していき、自由になった彼女は再び悪魔に杖を向ける。


「降参するなら楽にぶっ飛ばしてやるぜ?」

「この、ガキが舐めやがってえっ!」


 憤慨した悪魔の鋭い爪がエレナに向けられる。同時にエレナの周囲の気温が一気に下がっていく。しかし恐れは一切なく、心を静めてくれるような気がした。彼女の周囲は満天の星空のように輝き、風が吹き荒れる。


「さあ、天に座す星よ、彼の世の者を流転せし運命に還せ! 『グランド・セクスタイル』!」


 悪魔は金切り声のような断末魔をあげながら地面に現れた光る風穴に吸い込まれていく。


「くそ、クソクソクソ! また這い上がって来てやる! 覚えてろおおオ!!」


 風穴が一気に塞がり、そこには何もなかったかのように静寂が訪れた。それを見て安堵したのか、私はへなへなと座り込んでしまった。大きな息をついて深呼吸しても胸の高まりは収まらない。


「いっちょあがり……おい、生きてっか?」

「……たよ」

「あ?」

「さっきの魔法すっっごいかっこよくて綺麗だったよ! 星守さんって魔女だったんだね! どうやって覚えたの? 私でも使えるようになる? あ、もしかしてこのマナクオーツとかいうのを使うのかな、あと異世界とか魔物って実在するの?」


 私はいきなり立ち上がってぐいぐいエレナに質問責めをする。彼女は嫌悪感丸出しの表情で私の両肩を押さえつけた。


「……だーもー! しつこいぞお前! あと星守さんって呼ぶな気持ち悪ぃ!」

「ごめんエレナちゃん!」

「ちゃんもやめろや!」

「ごめんエレナちゃん!」

「人の話を聞けーっ!!」

次回:第二話 魔法学序論

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ