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0.プロローグ

〈ゴトッ…ゴトゴトッ…ゴトゴトゴトッ〉


「あんちゃん、見えてきたぜ。」

「…んあっ?」

「この橋を渡ったら直ぐに検問だ。準備しときな。」

「(ふわぁぁぁ)……あぁ、そろそろか。」


 馬車の揺れが心地良くて転寝してたのか。


 馬車の旅もそろそろ終わりかと思うと、なんだか名残惜しいな。こんなに穏やかな朝は久しぶりだ。


 何しろ、出発した日から連日忙しなかったからな。



ー数日前ー


 俺の名前はアオバ。今年で9歳になるバンデンクラット領の辺境出身の平民だ。

 今年、めでたく王都にある薬師の学園に入学する事になった。


 何故かって?


 友人に唆されて記念受験のつもりで入試を受けたら、合格してしまったからだ。

 もちろん、聞かされた当初はそんな筈ないと疑った。

 だが、答案用紙の写しと合格通知を見せられ、認めざるを得なかった。


 友人曰く、友人の住んでいる中央街の同世代達よりも俺の方が頭が良く、幼い頃から裏山を遊び場にしてたから毒草なんかにも比較的詳しい方だったらしい。


「軽率だったとは思ってる。相談もなかったもんな?けど、俺だって合格するなんて思わなかったんだよ。」


 その上、何処で聞きつけたのか『学費と生活費を免除するから進学する様に』とバンデンクラット公爵直々の勅令が下った。


 もはや後に引く事は出来ない。


「俺だって出来れば王都には行きたくないよ。けど、公爵様の計らいを無下にするわけにはいかないだろ?」


 だが、俺はこの話を前向きに受けようと考えている。


 うちは代々続く狩人の家系だ。山に住み、狩った魔獣を町に卸して生計を立てている。


 当然、安定した収入が得られる職業ではない。

加えてここ最近、何故か魔獣の数が減って来ている。


 このまま今の生活がいつまでも続けられる保証は無い。


 何より、裏山に薬草が沢山あるのに使う事も売ることも出来ないなんて歯痒くて仕方なかった。

 どうにかして売る事が出来れば、その金でオヤジ達にもう少し楽な暮らしをさせてやれるし、弟達の将来も明るくなると思ったんだ。


「これは、俺たちみんなのために必要な事なんだよ。」


 そうして迎えた今日は、王都への旅立ちの日。


 友人の馬車でバンデンクラット領の中心街を経由して王都に向かう予定だ。


 そんなハレの日に俺は……


「(ギュウッ)」

「だからナオキ……そろそろ放せ。」

「イヤ!」


 文字通り、足留めを喰らっていた。家の前で俺の足にしがみ付くこいつはナオキ。俺の弟だ。


「お前が放してくれないと兄ちゃん、学校に行けないだろ?」

「イーヤー!!」


 参ったな。

 こいつ、普段はこんなに駄々を捏ねないのに。王都に行くと話した途端にこれだ。


「ほらナオキ、(スィッ)あいつらを見習えって。」


 両親の間に並んだ2人の弟を指差す。


「「………」」


 2人は驚くほど静かにそこに立っていた。


 全く、少し前まではこいつらも駄々を捏ねてたのに………………ん?


「「………(ギュッ)」」


 あー違うわ、これ。全身で悲しみを堪えてるだけだ。


 ズボンの裾をギュッと握り締めて顔をしかめちゃってるな。大分無理をさせてるみたいだ。


「ヒビキ、コウキ、休みにはちゃんと帰って来るからな!」

「「……(コクッコクッ…フルフルフル……)」」

「……」


 心が痛い。


 弟達に我慢を強いるとか、兄貴失格だ。


 今からでも取り止めるべきかな?


「「………!(ギュッ)」」


 いや、それは良くないな。

こいつらは覚悟を決めている。それを俺が踏みにじる訳にはいかないよな。


「ヒビキ」

「…なに?」


 三男のヒビキに声を掛ける。


「今度休みで帰って来る時、『大英雄レグロア』の本を買って来てやるよ。」

「えっ!?」

「そん時は、朝まで読み聞かせてやるからな。」

「本当!?」

「あぁ、約束する。それまでは良い子で待ってろよ?」

「うんっ!」


 よし、ヒビキはこれで大丈夫かな。


「コウキ」

「はいっ!」


 次に、次男のコウキに声を掛ける。


「俺が居ない間は、お前がこいつらの兄ちゃんだ。」

「えっ!?…ぼ…僕が…兄ちゃん……?」

「そうだ。兄ちゃんが居ない間、こいつらの事をしっかり頼むぞ。いいな?」

「はい!!」


 良い返事だ。今度帰って来たら、弟として存分に甘えさせてやろう。


「ナオキ」

「イーヤー!!」

「ナオキ!いい加減にしろ!兄ちゃんが困ってるだろ!」


 コウキが叱りつける。


「やーだーっ!!」

「ナオキ!(ガシッ)」

「(スッ)コウキ!待て。」

「えっ?で…でも……」


 ナオキに掴み掛かるコウキを止める。


「ありがとな?けど、ここは兄ちゃんに任せてくれ。

…な?」

「……はい(パッ)。」


 しゃがんでナオキに目線を合わせる。


「ナオキ、何で行って欲しくないんだ?」


 普段はコイツが1番聞き分けが良いんだ。引き止めるからには、何か理由があるはず。


「だ…だってだって!あそこには怖い魔物や、意地悪なおじさん達がいるんでしょ?危ないよ!!」


 やっぱり、心配してくれてたのか。


 こいつは相変わらず優しいな。


「大丈夫だ。兄ちゃんを信じろ!」

「で…でも魔物は?」

「深い深い谷の底だよ。強い冒険者のおじさん達も居るし、にいちゃん達の所まで来るのは……無理じゃないか?」

「じゃ、じゃあ、意地悪なおじさん達は?」

「こっちが逆に意地悪してやるよ。こんな風にな!!(わしゃわしゃ)」

「わうっあぅっ!?」


 ナオキの頭をくしゃくしゃに撫でる。


「(スッ)…だから大丈夫だ。離してくれるか?」

「…うん(パッ)。」


 やっと離してくれた。


「待ってろよ?今度帰って来たら、王都での武勇伝を話してやるからな!」

「ほんと!?」

「あぁ、本当だとも。それまで良い子にしてるんだぞ?」

「うんっ!」


 ようやく、出発の準備が整ったな。


「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ。母さん、オヤジ。」

「おう、頑張って来い!」

「大変だったら、いつでも帰って来なさいよぉ。」


 ……本当はわからない。


 もしかしたら魔物に襲われるかもしれないし、悪い大人に騙されて骨までしゃぶられて捨てられるかもしれない。


「大丈夫だよ。けど、今度の休暇には一度帰って来るよ。」


 だが、家族の為にも、俺はここで立ち止まる訳にはいかない。


「行って来ます。」


 そうして俺は、故郷を後にした。

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