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魔犬サラマー その8

 パニックに陥った花見小路。後に残された人の多くは将棋倒しで手足を折った負傷者たちと、素早く応急処置に応じた人たちだけだった。

 真央が手渡したハンカチで鼻血を拭く静香の後ろでは、泣きわめく子供の声と負傷者たちの怒鳴り声が激しく飛び交っていた。重傷、軽傷を伴う多数の負傷者を目撃した真央は、素早くスマホを取り出し通報をした。

「じ、事故です! 事故です! 祇園甲部歌舞練場の前の通りでパニックによる事故です! 大勢の人が将棋倒しで倒れています! 早く来て下さい! 花見小路で事故が起きています!」

 110番通報や119番通報をする人間は真央一人だけでは無かった。血相を変えた何名かの男女が大声で早く救助を要請し、そこかしこで何名かがスマホで録画している姿が見て取れた。

 多くの観光客が逃げ出し、一時的に人気ひとけが少なくなった花見小路だったが、逃げた観光客とともに野次馬たちが続々と集まり出すと、未だ来ぬ救急隊員たちの到着を邪魔するほどまでに増えてきた。

 周囲の喧騒をよそに小百合は、クルリと振り返って闘う二人の様子を伺った。そこにはギドンもサラマーの姿も無く、残されていたのは破壊された「ぼんぼり」の破片だけであった。

「あらま!」

 怪訝な顔で小百合は、小首を傾げた。

「どうなってンの?」

 応急処置を終え、後は救急隊員の到着を待つだけとなった真央と静香が呆然と突っ立っている小百合に近づき、背後から声をかけた。

「どうしたの? お母ちゃん……」

 二人を見ずに前方を見つめたままの小百合は、祇園甲部歌舞練場へと続く広い通りの奥を指差した。

「消えちゃったのよ。煙のように、あの二人が……」

「あら、ホントだ。誰もいないわね」

 小百合が指差す先を、静香も驚きの表情で見つめた。

「一瞬でしたね。まるで、神隠しにでも遭ったみたい」

「……神隠しと言うよりも、バケモノだったのかも?」

 意外な小百合の言葉に、二人は同時に驚いた。

「えッ?」

「バ、バケモノですか?」

「そうよ。あの二人は魑魅魍魎ちみもうりょうたぐいのバケモノだったのよ。タイガーマスクだった男も、獣面人身の化け物で、華奢きゃしゃに見えたあの女も、人間じゃなかったのよ」

「お母ちゃん。ちょっと、それは考え過ぎじゃないの?」

 小百合は少々ムキになった。  

「あんた、何言ってンの! 奥へ逃げたとしても、本気で闘っていたあの二人が仲良く一緒に、お手々つないで逃げるワケが無いでしょう。例え一緒に逃げたとしても後ろ姿くらいは見えるでしょう。見物人が騒いだのも、ホンの一瞬だったんだから……」

 小百合の顔色を伺うようにして、静香が恐る恐る聞いた。

「あのう。逃げ足が速かっただけではないでしょうか。バケモノなんてこの世にいないと思いますけどォ……」

 真剣顔の小百合は、キッパリと言い切った。

「いいえ。この世にバケモノはいます。二人がバケモノだった証拠に、男は地中から鉄パイプを引っこ抜いて殴りかかると、女はそのパイプを奪い取って男を殴り返したのよ。パイプの中心を握れば女性でも鉄パイプを持ち運ぶことくらい出来るかも知れないけど、あの女は、パイプの端をバットのように片手に持って振り回したのよ。驚くのはそれだけじゃないわ。殴った鉄パイプは「への字」型に凹んでしまったのよ。そして、二人とも一瞬にして姿を消してしまったわ。どこをどう切り取っても人間が出来るわざじゃないじゃないの。怪物かバケモノにしか出来ない。だから、私は断言しているのよ。あの二人はバケモノだったって……」

 一気に話し終えた小百合のフレーズの中に「人間業ではない」の言葉があった。その表現に真央は、一抹の不安を覚えた。

 丈二が話してくれた「快炎鬼」の粗方あらかたの概要の中で、「魔犬サラマー」が登場することを真央は知っていた。「閻魔の息子の魔餓鬼」と共に現世に現れた魔犬のことだ。

 丈二の説明によると、魔餓鬼を道連れに丈二は自爆したが、この世に残された「魔犬サラマー」はその後の行方が判明していないとのことだった。

 新聞やテレビでは「六道総合医療センター」で若者が何者かによって、人間業とは思えない残酷な殺され方をしたと連日のように報道されていた。痴情や怨恨は考えられず、殺しの動機も見当たらない謎の殺人事件だった。しかし、怪しげな犬を病院内で目撃したと言う証言は無く、心の奥底で何かが引っ掛かる思いのする事件だった。

 もしかして若者は、「快炎鬼」として間違えられ「魔犬サラマー」に抹殺されたのではと推測したが、荒唐無稽のバカげた推測だったと思った真央は、丈二に推測を伝えることも無く、心の中に封じ込めていた。

真央をメランコリーにさせた理由は他にもあった。

憂鬱ゆううつの多くは、母親、小百合の活発な行動力にあった。

 ある日突然、小百合から真央に、「お見合い」の電話が入った。見合い相手の身上も聞かずに即座に断ると、小百合は断る理由を根掘り葉掘りで問い詰めてきた。咄嗟に嘘を言えない性格が災いし、返答にきゅうした真央は、ついに丈二の存在を明かしてしまった。

 氷室家と糸川家のこれまでの確執から、二人の交際は当然、大反対されるものと覚悟していたが、思いも寄らず小百合は二人の交際を認め、それだけではなく、真央とは幼なじみで性格のいい丈二クンだったら反対する理由が無いと大喜びして、後押しまでしてくれた。

 そこまでは良かった。

だが、肝心の丈二からは婚約どころか未だプロポーズさえもされていないのに、小百合は我が事のように大喜びすると、相手方となる氷室家の了承も得ず、勝手に結婚話をどんどん前に進め始め、挙式は二人の友人の多い京都ですると決めつけると、幾つかの式場を訪ね歩くだけでなく、挙句の果てには静香と一緒にウエディングドレスの選択にデパートまで足を運んだ。最初は「京都へ遊びに来るのが目的」だと軽く考えていた真央だったが、ゴッドマザーの小百合は結婚に対して本気モードだった。

 喜んで良いのか悪いのか、実に頭の痛いところである。頭痛のタネだからと言って、プロポーズや婚約を丈二に積極的に催促することは出来ず、母親が京都に来ている事さえも話せずにいる。苦悩とまでは言わないまでも、日々悩んでいるのが実情であった。

 そして悩みは、また一つ増えた。

 争っていた二人が小百合の言葉通りにバケモノだったとしたら、タイガーマスクを倒した女性の正体は、行方不明になっている「魔犬サラマー」の可能性が非常に高くなってくる。

 丈二が話してくれた「快炎鬼」を真央は、全面的に鵜呑みに信じた訳ではない。だからと言って、荒唐無稽だと完全に否定した訳でもなかった。正直に言えば、半信半疑であると言った方が妥当なところだろう。

 小百合にしても同様で、二人がバケモノだと本心で言ったワケではないと思う。闘う男女の得体が知れず、説明が付かず納得の出来ない身の消し方に不満と不気味さを感じ、そう表現したのだと思っている。

 真央の悩みはそこにあった。

『先ほど目撃した不思議な状況を、そのまま丈二さんに伝えるべき? 半信半疑でいる私が「魔犬サラマー」は女性に変身していると断言し、丈二さんに連絡してもいいのかしら? それとも、無駄な報告だとこのままやり過ごす?』などと自問自答を繰り返し、いつまでも悩みの尽きない真央だった。

 ざわめく人混みの中でかすかだが、サイレンの音がした。一方通行の多い京都の道路だがサイレンは、四方八方から聞こえてくるようになってきた。

 サイレン音は次第に大きくなり、多数の救急車が直ぐ近くにまで集まって来ていることが、音量によって量り知ることが出来た。

 うるさいほどまでに鳴り続けていたサイレンも、次々と消えていくことにより、救急隊員が事故現場に到着したことが、分かった。

 花見小路にいた大勢の野次馬たちは、誰に指示されることもなく道の両サイドに静かに身を引くと、雑踏の中に一筋の大きな道が自発的に出来上がった。

 スムーズに事故現場に到着することができた各署の消防隊員たちは重傷者を最優先にしてストレッチャーで搬送して行った。事故現場に残されたのは静香を始めとした軽傷者たちと、その場に居合わせた観光客たちだけだった。

 搬送する救急隊員たちと入れ替わるようにして、数名の警官たちが小走りでこちらに向かって来る姿が見えた。市内を巡回中だったパトカーが次々と四条通りに集結して来たようだ。

 駆けつけた警官たちが現場に居合わせた人たちに聞き取り調査を行っていると、白い自転車に乗った中年警官と、ひょろりと背の高い新人警官が真央たちの近くで自転車を止めた。

「東山署祇園交番の者です。何が遭ったのか、お聞かせ願えますか?」

 外人の女性に踏みつけられた静香が戸惑いの表情を浮かべながら、中年警官の質問に小さな声で応えた。

「それが、私たちにも何が起こったのか原因が判らないんです。私たち、ここで隠し撮りだと思われるロケを見学していたんですが、外国の女性が急にびっくりするような大きな悲鳴を上げて逃げて行き、その悲鳴に驚いた人たちが次々とパニックを起こしたようです。外人の女性が何に驚いて悲鳴を上げて逃げたのか、私たちにもその原因が判りません」

 今度は新米警官が聴いてきた。

「お話の外国の女性は、病院に運ばれましたか?」

「今もここにいますか?」

 矢継ぎ早に質問してくる若い警官に対し、静香に代わって真央が応えた。

「それさえも判らないんです。グループでの観光客だったように見えましたから、多分、全員が一緒に逃げたと思います。病院には行っていないと思います」

 物々しい雰囲気の中で事情聴取を受けている真央たちに三名の救急隊員が近づくと、その中の一人が背後から静香に声をかけた。

「大丈夫でしょうか?」

「えッ?」

もう一人の隊員が尋ねた。

「踏みつけられたと伺ったのですが……」

「私ならこの通り、大丈夫です」

 三人目の隊員が険しい表情で、笑顔の静香に警告した。

「そう言って帰宅して、自宅で亡くなった方がいます」

「えッ? ホントですか?」

「ホントです。念のためです。精密検査を受けて下さい」

「でも……」

 黙ってやり取りを聞いていた小百合が、検査を渋る静香に呼びかけた。

「シズちゃん」

「はい」

「私ね。年配の人で背骨を圧迫骨折した女性を知っているの。その人もね。最初は『大丈夫』だと言ってたけど、二、三日してから腰が痛くなって調べて貰ったら骨にヒビが入っていたの。その人、二ヶ月間仕事を休んだらシルバー人材センターをクビになってしまったの。こんなことはまれで、まあ、単にその時の担当者が非情でメッチャ厳しかっただけのことだと思うけど、これ、ホントの話だから、シズちゃんも念のために検査を受けておいた方がいいと思うわ」

「はい、私、検査します」

 静香は快諾した。

笑顔でこっくりとうなずき下を向いた小百合は、静香の足を見て、素っ頓狂すっとんきょうな声を張り上げて指を差した。

「あんた!『鎌鼬かまいたち』にやられてンじゃないの!」

「えッ?」

「かまいたち?」と、中年警官が怪訝な顔で問い返した。

 令和の初め頃には「かまいたち」という名の芸人コンビもいたようであったが、問い返した中年警官と救急隊員たちは別として、言われた静香は勿論のこと、真央と若い警官は「かまいたち」という言葉さえも知らなかった。救急隊員たちと若い警官は慌てて小百合の横に集まると、腰をかがめて眉間にシワを寄せ、目を凝らしながら、小百合が指差す先の静香の足元に注目した。

 数名の男性陣からマジマジと太い足元を見られた静香は、恥ずかしさの余り、声も出せずに真っ赤に染めた顔を、両手で覆って隠した。

 静香の両膝の下から、通称「弁慶の泣き所」と言われる箇所に、横一文字に爪で引っ掻いたように傷跡が残っていた。

 救急隊員の一人が言った。

「……これが、『かまいたち』の傷ですか?」

 もう一人が目を丸めた。

「言葉は知っていましたが、傷跡を見たのは初めてです」

 身を起こした残りの一人が意気込み、まだ恥じらう静香を急かした。

「参考資料になります。『かまいたちの傷跡』としてデータを残して置きたいので、写真も撮らせて欲しいんですが、お願いできますかね?」

 顔から手を離した静香は、前かがみになって自分の傷を確かめた。

「あら、ホントだ。痛くも痒くも無いのに、いつの間に、こんな傷が?……」

 顔を上げた静香は、自ら救急隊員たちを笑顔で促した。

「じゃあ、行きましょうか」

「では、早速……」

 呆然と事の成り行きを見守っていた真央に、去りかけた静香が声をかけた。

「どこの病院で検査するか判らないけど、着いたら電話入れるからね」

「うん。分った」

 静香をストレッチャーに乗せた救急隊員たちは、足早にその場から去って行った。

 真央たちとともに遠ざかる救急隊員たちを見送っていた若い警官は、小百合の方に身体の向きを変えると、怪訝な顔つきで尋ねた。

「先ほど、『鎌鼬かまいたちにやられた!』と仰っていましたけど、教えて頂けますか? 『かまいたち』の正体を……」

「私も知りたい。教えてよ。お母ちゃん」

 若い警官と真央を交互に見た小百合は、おもむろに口を開いた。

「あんたたち、魑魅魍魎ちみもうりょうって、知ってる?」

 問われた若い警官は、眉間にシワを寄せた。

「知っています。言葉だけは……。でも、詳しくは知りません」

「私も詳しくは知らないのだけど、近所に『妖怪好き』のおじいちゃんがいてね。

若い頃は『おんな好き』だったようでね」

「そんなことはどうだっていいから早く話を前に進めてよ!」と真央は、小百合を急き立てた。

「はいはい。分りました。おじいちゃんの話ではどちらも妖怪なンだけどね。魑魅ちみ魍魎もうりょうは違っていて、『かまいたち』は魑魅か魍魎のどちらかに属している妖怪なのよ。なぜ名前が『かまいたち』なのかと言えば、『いたち』が立ち上がった高さくらいのところを『鎌』でサッと切られたような傷が、突然出来るの。その傷は痛みも出血も無いのだけど、傷を見た人たちは『かまいたち』にやられたって思うのね。外国の女性が悲鳴を上げて飛んで逃げて行った理由も、もしかしたら、自分の足もシズちゃんのように『かまいたち』にやられたようになっていて、ビックリしたのかも?」

 小百合の話を黙って聞いていた中年の警官は、物腰は柔らかであったが強い口調で小百合に聞き返した。

「それにはちょっと、無理があるのではないですか?」

「はぁ?」

「と、言うのもですね。『かまいたち』は『つむじ風』が原因で空気が真空状態になった時に『皮膚が鋭利な刃物で切り裂かれたような傷が出来る』と言う説もあります」

「お母さんは、このような場所に魑魅魍魎の一種の『かまいたち』が出現したと、本気で仰っているのですか?」

「私の話が本気でなく、オチャラケだとでも?」

「いや、そう言う訳ではありませんが……」

 言葉を濁らせた中年警官に向かって、小百合は胸を張って反論した。

「お言葉ですが、私は本気も本気。大真面目で言っています」

「ほう。それはなぜ?」

「お巡りさんがご指摘のように『かまいたち』と言う表現は少し違っているかも知れませんが、それに類似した怪物とかバケモノとか妖怪がこの場所に存在していたってことは、ハッキリと断言することが出来ます。その証拠をお見せしたいのですが、ご足労願えますか?」

「ぜひ、拝見したい」

「案内して下さい」

 小百合と真央が先頭に立ち、通りを奥に向かって進み出すと、二人の警官は黙ってその後に従った。

――― 

 ギドンとサラマーたちが闘っていた場所で立ち止まった小百合は、『ぼんぼり』が引っこ抜かれた石畳の跡を人差し指で指した。

「見て下さい。これを……」

 小百合に言われるまでもなく、既に二人の警察官は小百合が指差す先を、目を凝らして見つめていた。

「タイガーマスクの面を被った男が、鉄パイプの支柱の『ぼんぼり』を地中から引っこ抜きました。こんなこと、人間業では出来ません。驚いたのはそれだけじゃなくて、男は引っこ抜いた鉄パイプで若い女に襲いかかって行くと、女は男からパイプを奪い取り、逆に男の頭を狙って殴り返しました。男は咄嗟に頭を腕でカバーしましたが、男の腕の骨は折れもせず、殴りつけたパイプの方が『への字型』にゆがんだんです。女が観光客たちに向かってパイプを投げつけてきたとも聞きました。その時、空気が切れてしまって真空状態となり『かまいたち』の超常現象が起きたのではないかと思います。『かまいたち』の現象に驚いた観光客たちが慌てて逃げる間に、争っていた二人は騒ぎに乗じてこの場から一瞬にして姿を消しました。壊された『ぼんぼり』の残骸はここに残っているのに、引き抜かれたパイプは、消えた二人とともに無くなっています。これをバケモノ、妖怪の仕業と言わずして、何と言えばいいのでしょうか。お巡りさんはこの状況をどう受け止めますか? 理解できましたら、私たちに分かり易く説明して下さい」

 腕組みをした中年の警官は、地中から引き抜かれた跡をじっくりと見ながら、小首を捻った。

「う~む」

「摩訶不思議というよりも。……怪奇現象ですよねぇ」

 暫くしてから中年警官は、若い警官に意見を求めた。

「どう思う?」

「妖怪ですよ! 妖怪の仕業ですよ。間違いありません」

「お前の名前で『報告書』に、そう書けるか?」

「無理ッス。先輩の名前でどうぞ」と若い警官は、片手を前にサラリと差し出した。

 両警官の間に暫く沈黙の時が流れると、おもむろに小百合が申し出た。

「ご説明が無いようですので、私たちはこれで失礼します」

 中年の警官は引き止めもせず、ホッとした表情で労をねぎらった。

「お疲れ様でした。お気をつけて……」

 二人の警察官に見送られながら真央と小百合は、花見小路へと歩を進めた。

 真央は、今回の一件を丈二に伝えていいものかどうか、未だに迷いながら、重い足取りで小百合の後ろに従っていた。

 伝えるのは簡単だ。だが、魔犬サラマーが女性に変身していると先入観を持たれては、逆に丈二を危険な目に遭わせることになる。そうかと言って、このまま見逃せない先ほどの事件だった。花見小路に差しかかったところで真央は、ピタリと足を止めた。

「先入観を持って対処する人じゃないから、やっぱり先に知らせておいた方がいい。アトで後悔することの方が怖い。復活した魔犬サラマーは、若い女性に変身しているのだと……」

モヤモヤとしていたものが一気に吹っ切れた真央は、爽快な顔でスマホを手に取った。

しかし、丈二を呼び出しても応答は無く、真央は虚しく流れ続けるマナーモードの音声を聞いていた。

「……会議中かしら? それともは張り込み中かな? 仕方がない。ラインで送信だけでもね」

 素早くスマホの画面に打ち込んだ文面は、「魔犬サラマー、花見小路で出現。若い女性に変身。要注意」だった。

 先を行っていた小百合は真央の遅れに気付き、怪訝な顔で戻って来た。

「どうしたのよ? 急に立ち止まって……」

「ううん。何でもない」

 笑顔の真央は子供のように甘えた声と仕草で、小百合の腕に手を回した。

「さあ、行こう。お母ちゃん……」

 足取りも軽く、二人は花見小路の人混みの中に紛れ込んだ。

                                 続く


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