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魔犬サラマー その13

 強い口調で呼び止めるその声に、クルリと振り返った真央は怪訝な顔で聞き返した。

「あら? まだやる気なの?」

「聞くまでもねーッ!」

冷たく微笑みながら

「思い知らせてあげるわ。あたしを呼び止めたその一言が、確実に死を招いたことを……」

 横殴りになっている雨の中。ゆっくりと、近づく真央を厳しい表情で見据えながら快炎鬼は、自分自身に強く言い聞かせていた。

「騙されるな。あれは真央じゃない。サラマーだ」

 吠えるようにして快炎鬼は叫んだ。

「お前は真央じゃね―――ッ!」

 呆れた顔で真央は呟いた。

「フン! 何を今さら……」

 鼻でせせら笑った真央が立ち止まろうとした寸前、床を蹴って快炎鬼がまっすぐに飛び込んだ。

 僅かに驚きの表情を見せた真央の両肩をガシッと鷲掴みにした快炎鬼は、飛び込んだ勢いをそのままに真央と共に床上を、水平に滑空した。

「うおおおおおお―――ッ!」

 浮かんで吹っ飛び続ける二人が南塔屋の壁に激突するまさにその時、真央を突き放して飛ぶ勢いを止めると、爆音を上げて真央は壁に激突した。

 真央の身体は、粘土に押し付けられたように壁に杭込み、直ぐに抜け出せなくなっているところを快炎鬼は、間髪を入れずに強烈な左右のフックを上半身に浴びせ続けた。

外見は真央そのものであったが、真央の中身は強靭な肉体の持ち主だ。

容赦なく快炎鬼が殴りつける毎に、真央の上半身は壁に更にり込んでいった。

だが、ダメージを受けるどころか、繰り出されるパンチを快く受け止めているように見えた。

「いつまでも……」

「調子こいてンじゃないよ!」

 既に鋼鉄の靴と化している真央のローヒールが、快炎鬼の下腹を強烈に蹴りつけた。

隙を突かれた快炎鬼は、「ぐうっ!」と低い呻き声を上げると、身体を「くの字」に曲げて大きく吹っ飛んだ。

 ヒビ割れた壁を両手で押しのけるようにして出て来た真央は、透かさず快炎鬼に駆け寄ると、仰向けになって倒れている快炎鬼の両の足首をガシッと掴み取った。そのまま、自分の身体を軸にしながらハンマー投げのように何度も回転して快炎鬼を振り回した。か弱い女性が男性の足を持って振り回す光景は、まさに異様であった。

 数回、快炎鬼を振り回した真央は、パッと手を放すと、暴風の中を快炎鬼は、東病棟の方に向かって頭から飛んで行った。

 真央が狙いを定め快炎鬼を手放した目標物は判っている。東病棟の屋上で横に5台並んだキュービクル受変電設備だった。

 そのまま一直線上に快炎鬼が東病棟に向かって吹っ飛んで行けばキュービクルボックスを直撃し、5台の中の例え1台であってもボックスが破壊されれば配線は激しく火花を散らしてショートして、病院内は一斉に停電を引き起こすだけでなく、変圧器は爆発して大事故に繋がる。

 吹っ飛ばされながらも快炎鬼は迷っていた。異次元に移行して速度の遅い時空間の中を行動すれば容易たやすく事故を回避することは出来る。だが、それを安易に選びたくは無かった。

 あれこれと選ぶ猶予はすでに無く、標的物はもう目と鼻の先だった。

 パッと両手を前に突き出し身を反らせて僅かに床から身体を浮かび上がらせた快炎鬼は、瞬時に頭を引っ込めると両足を抱え込んで丸くなり、「人間ボール」となって飛んで行った。

 ボックスの5㍍ほどの手前で「人間ボール」となった快炎鬼の身体は、軌道を変えて急激にストンと落ちだ。

空気がブレーキとなり、重力の働きによって快炎鬼の身体は、フォークボールかナックルボールのようにボックスの手前で急激に落ちたのだ。

大きくバウンドした「人間ボール」の快炎鬼は、丸めていた身をボックスの上部で両手を大きく広げて元に戻すと、クルッと空中で一回転してトンボを切って、ボックスの向こうに姿を消した。

 ボックスに激突するものだと思い込み、快炎鬼の哀れな末路を楽しみにしながら眺めていた真央は、僅かに驚いた顔を見せたが直ぐに笑顔へと変わった。

「少しは褒めてあげるわ。異次元に移行しなかったこと……」

 力強く床を蹴った真央は、快炎鬼の後を追って南病棟から東病棟のボックスに向かって跳んだ。

 ボックスの中央に降り立った真央は、前方を見て驚いた。

 ラック型の大きな送風ダクトと連結し、高さが2㍍以上はあろうかと思われる大型の排気ファンの上で腰に両手を当てがい、「どや顔」をした快炎鬼が立っていた。

「何を気取ってンの? つくづく、おバカさんのようね。ぶつかるのを回避したくらいで……」

「何とでも言え。勝負はこれからだ」

 かかって来いとばかりに快炎鬼は、片手で真央を手招きした。それを合図に真央は、飛び蹴りの態勢で、ボックスの上から排気ファンに向かって飛び出した。

 真央の足元がボックスから離れるのを見定めた快炎鬼は、一呼吸遅らせてから真央と同じ態勢で勢いよく排気ファンから飛び上がった。

 反対側に真央が飛び降りると快炎鬼の姿はすでに無く、東病棟から西病棟に向かって飛んで行く快炎鬼の後ろ姿を真央は、忌々し気な顔で見過ごした。

「何なの? あの男……。宮本武蔵にでもなったつもり? それとも、あたしをからかっているの?」

 真央は般若の如く血相を変えた。

「アッたまに来た! ブッ殺してやる!」

 大型の排気ファンを力強く蹴った真央は、逃げた快炎鬼のアトを追うように、西側へ高く飛び上がった。

―――

 快炎鬼はその存在に気付いてはいなかったが、西病棟のエレベーター室の外壁を背にして、いつの間にか医師の不動明王が姿を現し、こっちに飛んで来る快炎鬼と真央の二人を悠然と眺めていた。

 西病棟の屋上に一足先に降り立った快炎鬼は、なぜか後ろ向きのままで微動だにしなかった。 

上空から快炎鬼の後頭部に狙いを定めた真央は、前蹴りの体勢で突っ込んで行った。

 快炎鬼の後頭部を直撃する寸前、パッと振り返った快炎鬼は、急降下して来た真央からサッと身をかわすと鳩尾みぞおち近くを狙い、手刀を突き上げた。

 ガズンと鈍い音がした。

「俺は待っていたんだ。この時を……」

真央の鳩尾みぞおちに突き刺さった手刀は、5本の指先が見えないほどまでに深く突き刺さり、突き上げられた真央の顔は苦痛で大きくゆがんでいた。

「俺が握れば鉄を溶かす。俺が突き刺せばはがねをもつらぬく。覚えておけ。それが『快炎鬼』と言う名の、この俺だ」

「うるさい!」

 快炎鬼の手首を両手でガッシリと握りしめた真央は、快炎鬼の膝の辺りを交互に激しく何度も蹴り続けて抵抗したが、何の効果も無く、何としてでも快炎鬼の手を引き抜こうと、快炎鬼の太股ふとももに両足を付けた真央は、身体を「くの字」に大きく曲げて必死の形相で踏ん張ったが、下から突き上げられた快炎鬼の手はまったく抜けなかった。

「ど、どうして? なぜ、抜けないのよ!」

「お前の中で手を開き、指先を曲げてカギ状のフックにした。開いた手を結ばなければちょっとやそっとのことでは抜けない。無駄な足掻あがきだ。諦めろ」

「何が、結んで、開いてよ! お遊戯やってンじゃないンだ! ふざけンな!」

 足掻き続ける真央に初めて快炎鬼は、小さな笑いを浮かべた。

往生際おうじょうぎわの悪いヤツだ」

 真央の鳩尾みぞおちを更に深く突き刺し、片手で持ち上げたままの快炎鬼は、ドンと力強く床を蹴ると、クーリングタワーなどを取り囲んでいる塔屋に向かって飛んだ。

 抵抗を続けている真央を突き刺したまま塔屋の真上に跳び上った快炎鬼は、塔屋の壁に設置されている避雷針より更に上昇を続けた。

 上昇が限界に達し落下に転じたところで、スッと真央の身体から腕を引き抜き身体に空いた穴を避雷針にかざすかの様に急降下した。

「許せ! 真央―――ッ!」

 真央の鳩尾みぞおちの穴に避雷針の先端を的中させた快炎鬼は、避雷針の中程まで一気に真央を引っ張り込んで串刺しにした。

骨と肉が同時につんざかれる不気味な音が響いた。

異音と同時に真央の姿は、魔犬サラマーに戻っていた。

「ぎゃああああああ―――ッ!」

サラマーの悲鳴は屋上に響き渡った。

断末魔の悲鳴だった。

 いつしか風は収まり、雨はピタリと止んでいた。

スッと床に降り立った快炎鬼がゆっくりと避雷針を見上げるとサラマーは、何としてでも串刺しにされた避雷針から抜け出そうと、必死になって藻掻いていた。

 静かに避雷針を見上げている快炎鬼の横に、音も無く男が現れた。

白衣姿の不動明王だった。

「人の殺し方は数あれど、避雷針で決着ケリをつけたのは、恐らくアナタが初めてでしょうね。『モズの速贄はやにえ』のようです。モズはバッタが好物ですが、バッタには毒が有り、毒が自然分解されるまで刺しているのだと言われています」

「それは知りませんでした」

「ついでに言っておきましょう。これで二度目なのです」

「……何のことでしょうか?」

「風神の話によりますとサラマーは、以前にも『賽の河原のアララ』にペンで耳を突き刺され、一度はこの世から消えていたそうですよ」

「それも、知りませんでした」

「何かに身を貫かれるのがお好みのようですね。サラマーは……」

 改めて不動明王は、ニッコリ笑って快炎鬼の方に身を向けた。

「お疲れ様でした。ここまでくれば終わったのも同然です」

 ついと上空を仰ぎ見た不動明王は、両手をメガホン代わりに口元に近づけ叫び声をあげた。

「お~~い。雷神よォ あんたの出番だ! 片付けてくれ―――ッ!」

 まるで不動明王の呼び掛けが合図のように、衝撃的な出来事が瞬時に展開された。

 閃光一瞬、周囲がまばゆいばかりに照らし出されると、無残なサラマーの身体は、つるりとした陶器のような真っ白い犬へと成り代わった。

二度目の閃光と同時に、耳をつんざく轟音が屋上に響き渡った。鼓膜が破れるほどの落雷は白い犬の脳天を直撃した。

 雷神が放った一度目の落雷は魔犬サラマーの存在位置を確かめるべく、二度目の落雷は仕上げの為のまさに電光石火の仕事振りであった。

 落雷を受けたサラマーの身体にビシビシと大きなヒビ割れが音を立てて隅々まで生じると、破片は一気に勢いよく周辺に拡散した。

屋上の濡れた床に飛び散った破片は、急速に溶け出すと、小さな水たまりとなってその場から消えた。

破壊されたサラマーの分身がそこかしこで次々と液化して行く状況を目撃していた快炎鬼の頭髪は、雷が落ちた衝撃で起こる爆風とコロナ放電の所為で怒髪天を衝くがごとく逆立ち、怒りに燃えているように見えたが、その表情には物悲しさと切なさが浮かんでいた。

「サラマーを倒したからと言ってすべてが終わった訳じゃない。問題はこれからだ。残された問題をどうやって解決していくかが問題なんだ」

 歓喜の表情をまったく見せない快炎鬼の横に立っていた不動明王は、怪訝な顔で問いかけた。

「どうしたのですか? 浮かない顔をして……」

「サラマーは俺の彼女に変身してました」

「えッ?」

「もしかするとサラマーは、変身した女性が俺の彼女だと知っていながら利用したのかも知れません。ですから、俺はこの手で自分の彼女をあやめたかも知れないのです」

「そ、それは大変だ!」

 予期せぬ快炎鬼の告白に、すぐさま天を仰いだ不動明王は、雷神と同様にして呼びかけた。

「お~~い。風神よォ。そういう理由ワケだ。風の噂でもいい。何か知っているなら教えてくれ―――ッ!」

 天に耳を傾けながら何度も頷き納得した不動明王は、心配顔の快炎鬼に告げた。「判りましたよ。彼女の状況が……」

「テレパシーですか? 俺には、何も聞こえませんでしたけど……」

「そうじゃない。私の耳は地獄耳。仏たちだけじゃなく雷神や風神といった神の言葉も聞き分けることが出来るのです」

「で、風神は何と?……」

「彼女は全身に大火傷を負い、東病棟・905号室で治療中だそうです」

「大ヤケド?」

 快炎鬼は血相を変えた。

「ど、どういうことですか?」

「詳しいことは何も判りません。『風評』と言う言葉が有ります。風神の話のすべてが真実とは限りません。あくまでも風の噂ですから……」

 不動明王の言葉を聞くや否や、快炎鬼は瞬時に異次元の時空間へと移動した。

 間髪入れず、不動明王も同様にその場から姿を消した。


                                 続く


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