第八話『異郷者』
――他の異郷者と接触しました。
応接間を前にして、当然に発生するウィンドウメッセージに目を通す。
異郷旅団――俺からすれば、同郷者の一人が来てるんだ。相手にも、同じメッセージがポップアップしているはず。
異なるのは、俺はアイテムで、相手はプレイヤーだという一点。魔力で人の形をしていても、その点に変わりはない。
「御無沙汰しております、ヴァレット公女……いえ、ヘクティアル公爵閣下。この度は、お時間を頂き誠にありがとうございます」
部屋に入ると、恰幅の良い初老の男が第一声を発した。
ハンカチで頬の汗を拭っているが、間違いなく冷や汗の類だろう。
そうか、こいつが来るのか。ヴァレットの態度が硬化するのも仕方ない。
天霊教が司教、ルージャン=バルリング。ヘクティアル領における天霊教の活動を一手に任されている男で、決して無能ではない。ヴァレットやデジレと同様、ゲーム『アテルドミナ』にも登場するキャラクターだ。
こいつの場合問題なのは、能力より余りある権力欲だろう。ゲーム上でも、その欲を制御しきれずに破滅する事が多い。
司教とは名ばかりで、清廉さは欠片もない。いずれは統括司教、いいや枢機卿にまで成り上がろうと、権力者にすり寄り、富をかき集めるのがルージャンの商売だ。
今になって冷や汗をかいてるのは、ルージャンがずっとデジレに肩入れしていたからだ。いいやむしろ、積極的に力を貸していた、と言った方が良いか。
そちらの方が、より自分の権力を拡大しやすいと踏んだんだろう。
「『お初に』お目にかかりますわね、ルージャン司教」
ヴァレットは、初めて、という部分を強調するように言った。実際には、ヴァレットとルージャンが出会うのは初めてではない。
しかし、周囲から意図的に無視され、存在をなきものにされたヴァレットにわざわざ挨拶をした要人はいない。ルージャンもその一人だ。
彼は幼いヴァレットを粗雑に扱った事はあっても、礼儀を見せなかった。
かつて彼が一度だけ発した言葉を、俺もヴァレットも忘れてはいない。
――薄汚い格好だ。公女としての自覚がないのか。
デジレから、まともな服装さえ与えられなかったヴァレットに発した言葉がそれだ。その言葉は、彼女の尊厳を踏みにじるに等しいものだった。
不味いな。俺も少々、熱が上がって来た。
「こ、公爵閣下。その、我々の間には多くの誤解が」
「ええ、そうね。ルージャン司教」
ヴァレットは応接間のソファに腰かけながら言った。
「これからは、『誤解』が生まれない方がいらっしゃるのを望みますわ」
ルージャンの顔色がみるみる内に青白くなっていく。
ヴァレットの言葉は、彼がヘクティアル領の司教として相応しくないと宣言するようなものだ。
天霊教側も、ヘクティアル家ほどの勢力が不満を出せば司教を交代せざるを得ない。それに、彼らとて事情はよく知っているはず。ヘクティアル家との正面衝突は避けるだろう。
力無くソファに座り込んだルージャンの傍らには、もう一人の男がいた。彼は立ち上がったまま、ゆっくりヴァレットに頭を下げた。
「公爵閣下。お時間を頂きありがとうございます。異郷旅団のズシャータと申します」
「挨拶を受けとりましょう。確か、異郷者を統括するクランでも、最も大きいものだったかしら」
「ええ。我ら異郷者は、余所者ゆえに力を合わせます。それのみが、我々の生きる方法なもので」
ヴァレットと彼、ズシャータが会話を済ませる内に、俺は目の前に浮き上がるウィンドウを見つめる。
ヘルミナの時にも見た、異郷者の基本ステータスを表示させるものだ。
――『影亡き』ズシャータ。ジョブ『匪賊』。五十一レベル。
匪賊。盗賊の上位職。剣闘士と同様に前衛向きだが、趣や適性が異なる。
彼らは正面から斬り合うような戦闘屋ではなく、むしろアイテムを強奪したり敵の手足を切り刻んで行動不能にしたりといったアビリティが多い。
匪賊と言われれば確かに、彼は『らしい』恰好をしていた。礼儀は損なわぬ程度だが、毛皮を付けた装飾に、しなやかな筋肉と長い犬歯。
ズシャータはヴァレットに促されソファに座った。だが、何処か警戒心は抜けきっていない。
その鋭い瞳は、昨夜のヘルミナと同じく誰かを探しているようだった。彼もまた、異郷者と接触した通知を受け取っている。にも関わらず、そいつのステータスが確認できないのだから当然だ。
「我がクランは、先代当主様と良好なお取引をさせて頂いていました。これからも、引き続きお取引を頂ければと」
クランとは即ち、異郷者が作成する同胞集団だ。ゲーム上ではそこに他プレイヤーが作成した異郷者を呼び込む事も出来るし、領土を獲得して一大勢力にする事も出来る。
まさしく、異郷者にとって基盤となる存在と言える。他勢力に仕えるのでもない限り、クランを作成して勢力を拡大していくのがゲーム攻略の常套手段だ。
俺はヴァレットの隣に腰かけながら、ズシャータを見て口を開いた。異郷者の手の内は、ヴァレットよりも俺の方が知っている。探りを入れるなら、俺からの方が良いだろう。
「――異郷旅団は、ローディス連合王国だけでなく、他国にも影響を持たれているとか。もはや一つの勢力でしょうな」
「……いや、余所者の集団に過ぎません」
ズシャータは訝しむように俺を見ながら、言葉を選んで言う。
このアテルドミナにおいて、『異郷旅団』を名乗るクランはすでに一大勢力となっている。各国から傭兵集団のように扱われる事もあるが、誰もその存在を無視できない。
そもそもからして、異郷者と現地人では性能が違い過ぎるのだ。
異郷者とは、即ちゲームをクリアーする者。異能と奇跡を発する世界の異分子でありながら、英雄の道を辿る者。彼らはそんな設定のもと、この世界に降り立つ。
彼らが集まって、一大勢力にならない方がおかしい。
――いいや何より、『俺達』が彼らが英雄になるように設定したのだ。
「ところで、ヘルミナ嬢はお元気ですかね。以前、少しお会いしたのですが」
「……何処でお会いに?」
ヘルミナの名を出した途端、ズシャータの目つきがあからさまに変貌した。
あからさまではないが、瞳の奥で陰惨な感情が見え隠れしている。彼が匪賊のジョブを選択出来た理由が理解出来た。
こういう部分か。分かりやすい奴だな。
アテルドミナでは、プレイ前に適性診断を行う。その性格に対して適性を当て嵌め、選択できるジョブに幅を付けるのだ。魔法の属性もこの際に鑑定される。無論、その診断時に嘘をつけば適性は自由に選択可能だが、ズシャータの場合は素直にやったらしい。
「何処かの夜で偶然ね。名乗り遅れました。私はグリフと名乗っております。まぁ、宜しくお伝えください」
「……ええ、しっかりと伝えておきましょう」
ズシャータの瞳が引き締まる。牽制としては十分だった。
――昨晩、ヘルミナはあの場で自分から名乗っていない。
即ち彼女の名を知る者は、彼女と直接遭遇した異郷者のみ。彼女の名を出しておく事で、こちら側に協力する異郷者の存在を改めて示す事が出来る。ズシャータは勿論、異郷旅団側もそう簡単に手出しは出来まい。
このような流れから始まった会談は、当然に重苦しいものとなった。
形式的な挨拶が済めば、今後の取引や会談について簡単に取り決めをし、それ以上は踏み込まない。表面的なやり取りに終始する。
だからこそ、相手が別の話題にシフトしたのはある意味で必然だったかもしれない。
切り出したのは、ズシャータだった。
「公爵閣下。我らのお話はこれまでにし、今後のお話をいたしませんか」
「今後?」
ヴァレットの疑問を予期していたかのように、ズシャータは頷いた。
「ええ。――リ=ヘクティアル家についてです。我らは同家から、デジレ殿が当主となられた際の、協力要請を受けておりました。今となっては、あり得ぬ話ですが」
しまったな。素直にそう思った。
ズシャータの頬に浮かぶ、獰猛な笑みを見ながら感じる。
思った以上に、踏み込んで来やがった。




