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第五十四話『妖艶なる異形』

 思ったよりも、しぶといな。メロンは、軽く吐息を漏らす。


 ヘクティアル本邸。二階へと続く階段で、鉄が噛み合う音が唸る。


 十字瞳を輝かせる異郷者――『戦場看護師』メロンが両手の具足を重ねた音だった。


「……短縮詠唱。アビリティ発令『救命看護』」


 両手に嵌めた具足『エマージェンシー』に込められた呪文が、即座に反応してメロンの身体を癒していく。致命傷となる傷は一つもなかったが、細かな傷も蓄積するとミスに繋がる。


 可能な限り、治療しておくべきだ。小さなものの積み重ねが勝利に繋がると、メロンは確信している。


「ふむ。またもやそれか。詰まらん戦いぶりだとは思わんのか」


「いいや? あたいはこういう戦い方が好きなのさ。じっくりとやるのがね」


 相対するアニス=アールビアノもまた、致命傷は負っていない。しかし、メロンと比較すればその優劣は明らかだ。


 アニスは身体の至る所に傷を負い、健在なのは艶やかな口ぶりのみ。呼吸は千切れはじめ、今にも途切れてしまいそう。


 そろそろ彼女は、何処かで破綻する。メロンはそう確信した。


「物事には進め方ってもんがあるだろう。状況を理解し、戦術を組み立て、後はトライアンドエラー。そうやって攻略した時が、一番楽しいじゃないか――じゃ、行くよ」


 メロンは具足を打ち鳴らし、不意にアニスに接敵しながら言った。


 即座にアニスの刀が輝きを放つ。武芸の冴えはアテルドミナでも随一。守勢に回れば、打ち崩すのは至難を極める。


 だが、すでにこのパータンをメロンは何度も確認していた。おおよその動きは全て予測がつく。


「ほい、ほい!」


 一つ、二つ、三つ。メロンの拳が連続してアニスに向けて注ぎ込まれた。


 技術のみで語るなら、アニスの方が格上だとメロンさえ思う。それらを撃ち落とされるのは全て計算の内だ。


 ゆえに、本命は次。


「はいよっと!」


「む、ぅ――ッ!?」


 先の三発と連携して打ち込んだ回し蹴りは、完全にアニスの意識の外を穿った。


 攻防の中に生まれる刹那の間隙を貫いた一撃は、したたかにアニスの横腹を打ち付ける。彼女の全身は階段の欄干に叩きつけられ、まるで玩具のように跳ね飛んでいった。


「これで終わってくれないかなぁ。それが一番お互いの為だと思うんだけど」


 言いつつも、メロンは全身を満たす手ごたえに笑みを見せていた。


 やはり、『攻略』は楽しい。ゲームの醍醐味とはこれだ。


 一見は困難に見える敵のパターンを読み切り、その僅かな隙を突いて畳みかける。難敵だったはずの相手が、他愛もない獲物に変わる瞬間。得も言われぬ快楽が脳内を走っていく。


 ここに来る前のメロンは、ゲームの難関攻略に挑戦し、実況プレイや解説をメインにしていたプレイヤーだ。敢えて様々な制限を設け、攻略するための糸口を掴むのは慣れたもの。


 メロンというキャラクターも、制限プレイの最中に使用していたのだが。まさか、こんな形でメインキャラクターになってしまうとは。


「……問うまでも、なかろう」


 アニスは欄干に片腕をひっかけながらも、弾き飛ばされた身体をどうにか起き上がらせてきた。口から軽く血が零れている所を見るに、喉か内臓を痛めている。


 どうやらメロンの回し蹴りを受ける際、反射的に防御姿勢を取ったらしい。そうでなければ、口が利けるはずがなかった。


「止まらない。いいや、止まれないが正しいかな。知らないけどさぁ……」


 言いながら、メロンは再び戦闘態勢を取った。


 相手のパターンは全て把握。基本性能はこちらの方が上。ならば、ここからは余裕を持って戦える。


 アニスもそれを理解しているだろうに、止まれないのだ。メロンの眉間に、強い皺が刻まれた。


「……本ッ当にしょうがないねあんたらは!」


 アニスの行動は、メロンの感情を強く刺激する。まるで針を直接喉に注ぎ込まれたかのよう。


 理由は単純。人間のような顔をしながらプログラム通りに動く現地人を、メロンは嫌悪していた。


 感情を持ち、理性を持ち、喜び、悲しむ彼ら。


 アテルドミナに降臨した当初、メロンは困惑しながらも彼らと共に生きようと思った。異郷者同士で寄り集まる輩も多かったが、この世界で圧倒的に多いのは現地人なのだ。


 それに、この世界が悲劇に見舞われると、数多の災厄が注ぎ込まれると自分達は知っている。


 それならば、自分達は彼らが救われる手助けをすべきだ。その為にこそ、自分達はここに来たのではないのか。


 直情的とも、常識的とも言える正義感。メロンにとっての不幸は、そんなものを抱え続けていた事かもしれない。


「どうせ――何一つ変われやしない癖に! 人間みたいな面をして! 都合よく振舞ってるだけだろうにさぁッ!」


 メロンはアニスの動向を伺う前に前へと出て、拳を振り上げる。彼女がどう出てこようが、幾らでも対応できるという自信があった。


 そう――彼女らはプログラミングされた行動を変えられないのだから。


 これまでだってそうだった。


 メロンやヘルミナ、ズシャータ達が幾度、歴史を変えてみようとしたって。誰かを救ってみようとしたって。


 誰も何も変わらない。


 哀願のように説得しても。脅しつけてみたとしても。どういうわけか、過程が変わるだけで結論は変わらないのだ。


 今回のヘクティアル東西紛争だってそうだ。形や規模は変われど、アーリシアとヴァレットが相争う構図は変わらない。この紛争を契機に、大陸全土は『大分裂時代』に陥っていく。


 あの大魔導書――グリフは、ただ理解していないだけだ。


 アテルドミナに君臨するのは、歴史という冷たく無慈悲な女王。自分達に出来るのは、延々とそれを飲み干す事だけ。


「ッ、グ、ゥ!」


 メロンの連撃を前に、苦悶の声をあげるアニスもまた同じ。


 アテルドミナきってのトラブルメイカー。だが行動パターン自体は限定的であり、攻略は容易。得意の『金色一閃』は予備動作が明確すぎて、脅威でさえなかった。


 ヴァレットを通す際に少し変化パターンも見せたが、それ以上のものはなかったらしい。


「悪いんだけどさ、とっととズ・シャータ達と合流したいから――」


 メロンはがちりと具足を唸らせ、両脚でタイミングを計る。アニスが連撃を裁き切った後、僅かに態勢を崩すパターンを読み切っていた。


 タイミングを合わせ、右足を軸に左足を回転させる。素人芸であれ、瞬きさえも許さない豪速。


「――さっさと倒れなよ!」


 読みに迷いがないからこその、全力。回し蹴りは命を刈り取るだけの速度と威力を持って、アニスに向けられた。


 しまったな。放った後になって、メロンは思った。これだけの威力では、殺してしまうかもしれない。


 アニスほどの実力者なら戦闘不能にしておいて、後で仲間にするのも悪くない。『救命看護』で間に合う程度の傷なら良いのだが。


 そう、思ったと同時だった。


「え――?」


 ――腹が熱かった。燃えてしまいそうなほどの熱が、インクの染みが広がるように、全身に行き渡っていく。


 何があったのだろうか。何が起こったのだろうか。


 数瞬遅れて、刀の柄が自らの鳩尾を貫いている事に気づく。


「どう、して……」


「どうしてもこうしてもなかろう」


 本来なら、もう倒れているはずの相手の声がした。


 全身に傷を負っているはずなのに、彼女は当然のようにメロンを突き飛ばし間合いを取る。刀を構える姿は、異様としか言いようがない。


「何か勘違いをしているのではないか、異郷者殿」


 アニスは紫の頭髪を艶やかに払う。血の沁みたそれは何処か淫靡であり、しかして不吉だ。


「己らは殺し合いをしている。殺し殺されるためにだ! 弱きが死に強きが生きるためにだ! 一たび刃を向け合った以上、己らは鉄火の契約を結んだのだ!」

 

 アニスは血に汚れた姿など気にならぬという様子だった。


 瞳は雄々しく炯々と光輝き、もはやそれは彼女の意志を超えた灯であった。


「ならば。相手を打ち倒すその時まで、相手の息の根を止めるその時まで、何が起こっても不思議ではあるまい! それが闘争というものだ!」


 人間の形をした異様が、狂乱の声を響かせる。


 メロンはこの時初めて、理解した。


 もうすぐにでも、アニスは破綻する。その考えは誤りだった。


 彼女はすでに破綻している。どうしようもないほどに。ゲーム上の彼女は、こんなではなかった。


 とすれば、彼女をこうしたのは誰だ。


 ヴァレット=ヘクティアルか。それとも――。

 

「――言うね。良いよ、決着つけようか」


 メロンは、その拳を強く握りしめていた。


 頬に浮かんだ表情は、動揺以上に一つの期待を握りしめている。


 よもや、まさか。


 そんな色合いが、幾度も明滅を続けていた。

何時も拙作をお読み頂きありがとうございます。

先般もお伝えした内容で恐縮ですが、

「このライトノベルがすごい! 2026(https://konorano2026.oriminart.com/)」にて、

拙作の『女装の麗人は、かく生きたり』『天羽ルイナの空想遊戯』の2作が対象になっております。


締め切り間近になっておりますので、

もし2作がお気に召しておりましたら是非ご投票頂ければ幸いです。

何卒、よろしくお願いいたします。

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