第五十話『戦場看護師』
がぃん、と鈍い音が鳴る。
『戦場看護師』メロンが両手の金具を重ね合わせた音だ。
丁度それが、闘争の合図となった。
「来るのかい。武芸者」
「行かんと思うか」
アニスは両手で持った刀を肩に置き、限界まで横に寝かせた。敵には柄の裏を見せ、間合いの見誤りを誘う。
メロンはレベル三十五。アニスはレベル三十。ややメロンの方が優越している。
常識的に考えるなら、力量で劣る以上アニスに安易な攻め方は許されない。一つの隙が、そのまま死に繋がるからだ。
十分すぎるほどに間合いを図り、呼吸さえも読むことが求められる。
「――まかり通るぞ、異郷者殿」
しかしアニスは、まるで当然かのように前に出た。
相手の出方など伺わない。必ず自らが先手であり、猟犬のように飛び掛かる。これこそが、自分の武だと語らんばかり。
十段以上ある階段を悠々と飛び越し、アニスの刃がメロンに向けて放たれた。
銀の半円が、ぎゅるりと空を斬り裂いて接敵する。
「はぁ」
しかしメロンは、驚愕一つしなかった。十字が刻まれた瞳を歪め、嫌気でもさしたかの如く言う。
「あんたらのそういう所が、あたいは嫌いなのさ」
鉄と鉄がかみ合う音。アニスの行動を読み切っていたかの如く、メロンは両手の具足で刀を受け止めた。
予測されていたか。アニスは即座に刃を引いて再び間合いを作りつつ、刃を掲げる。
息を吐かせぬ連撃。
しかし。
「本当に、学ばないね。あんたら」
すでに、メロンが一歩深い間合いに入っていた。
具足を鳴らす音がする。彼女は魔力を両手に収束させ、そのまま一息にアニスの腹へと突き出した。
――馬に蹴り上げられたかの如く衝撃。
アニスの身体が宙に浮きあがり、瞬く間に階段から突き落とされた。
「アニスっ!」
ヴァレットの悲鳴が響くが、アニスにそれを考慮している暇はない。
全身を駆け抜ける痺れがまだ抜けていなかった。メロンは少女の如き体躯だというのに、その両手に込められた力はもはや人間の型を遥かに超えている。
まるで人体に、象が入り込んでいるかのよう。
数多の鍛錬を受けてきたアニスだが、背骨にまで衝撃が届くのは久しぶりだ。
「知らないみたいだから教えてあげようか。『魔法士』は、絶対に後衛職ってわけじゃない。能力の割り振りによっちゃ前に出れるし、短縮詠唱で傷だって治せる。あたいは職業柄、色んなジョブを試してきたがね」
メロンの言葉の節々には、アニスの理解を超える単語が含まれていた。この違和感は、グリフと会話した時と似ている。
同じ言語を話しているはずであるのに、遥か異世界の事を話されているかのような。
そんなアニスの違和感を振り払うように、メロンが言葉を続けた。
「『魔法士』のジョブと、『戦場看護師』の二つ名。防衛なら、この組み合わせが一番さ。諦めな、アニス=アールビアノ」
再び階段の最上段に陣取りながら、メロンは視線でアニスを射抜く。
それは勝利宣言だ。たとえアニスが何をしでかそうとも、その悉くを撃ち落とせる。そんな自信に満ち溢れていた。
彼女の発する重圧と魔力は、敵対者の心をへし折るのに余りある。
こうも実力を示されて、そう簡単に向かっていける者はいない。
「貴殿が何を言っているかは分からんが――」
けれども、物事には例外がつきものだ。
「――まかり通るという己の言葉が聞こえんかったか?」
原則から外れるという一点において、アニスは突出している。彼女は再び階段を駆け上がり、あっさりとメロンの間合いに入り込んだ。
刃が描く半円が、メロンの首筋に狙いをつけている。
「っ、ぃ! ああ、もう! これだから現地人どもは嫌なんだ!」
メロンは刃を具足で叩き落し、再び構えを取りながら叫んだ。
まるでそれは、心の奥底にため込んでいた嫌悪感を、ここぞとばかりにぶちまけるかのよう。
「気味が悪いぐらいに、設定された通りに動いちゃってさぁ! 自分の意志ってものがないのかい!」
「意志?」
カウンターとばかりにメロンから放たれた拳の一撃を、アニスは刃を返して受け止めた。
上半身を使った、腕だけの一振り。だというのに、ただそれだけでアニスの両手が震えた。
「愚問だな。これが己の意志だ」
「はんっ!」
メロンはアニスの言葉を鼻で笑った。
それは嘲笑であり、しかしどこか諦めが含まれている。
「前に出るようにしかプログラミングされてない奴が言っても説得力がないね」
アニスは間合いを図り、時には偽装を挟みながら次々と刃をメロンへと突き入れる。
先ほどのような大振りは控え、手数での勝負。常人ならばまずついてこれない速度だ。
だが、メロンも防御におけるスペシャリストを名乗っただけはあった。恐ろしいほど正確に、必要な刃だけを見極めて両手の具足でもって悉くを撃墜する。
アニスの連撃が鍛錬の積み重ねによって得られた武技であるならば、それらに追随し飲み込んでしまうこれは何と呼ぶべきなのか。
冷静にそれら全てを観察しながら、アニスは思う。
――何か裏があるな。
武芸に身を浸してきたアニスは即座にそう理解した。
メロンの動きは見事としか言いようがないが、それは技量でアニスを上回っているわけではない。
武芸者というには稚拙と思える仕草がメロンには散見される。
力量差があり、能力を底上げしているからこそまだアニスに付いてこれているだけ。
「ふ、む」
そうなると疑問なのは、その撃墜精度だ。
アニスの技は、ただ速度があれば追いつけるものではない。反射の域で武技が身についていなければ、追随する事など不可能。メロンにそれだけの技はない。
軌道を予測するにしても限度がある。
とするならば。
「――よもや、己の事をご存じかな異郷者殿」
それはもはや、アニスがどう動き、どう振るうかを熟知している以外にない。
有り得ないはずの前提。だがそうでなければ、目の前で起こっている現象に説明がつかない。
メロンは頬をひくつかせるようにしながら、苦いものを噛むような笑みで言った。
「……そんな台詞も言えるんだ。あたいも知らなかったね」
アニスは息を吐かせぬ連撃を取りやめ、刃を立ててメロンと密着する形――鍔迫り合いを選んだ。
顔がより近づき、互いの声がかみ合うように響く。
「あたいは色々とやり込む派でね。プレイ時間だけなら、ヘルミナにだって負けやしないよ」
言葉の意味を、アニスは殆ど理解出来なかった。しかし、肯定の意図である事だけは承知した。
初めて刃を重ねるはずが、まるで長年に渡って稽古を共にしたかの如くこちらの剣筋を知り尽くした敵。
やり辛いはずだ。
アニスは奇妙な納得を心に抱きながら、十字瞳を見つめる。
「だが。それでもまかり通るのは変わらんよ、異郷者殿」
「はん。良いのかい、こんなに近づいちゃあ――」
――能力で勝るメロンの有利。
咄嗟にメロンが十字瞳を跳ね上げた。周辺に視線を回す。
兵士以外、誰もいない。ヴァレットがいない。やられた。
密着戦となれば、メロンに敵わない事をアニスは最初の攻防で理解している。その彼女が敢えて鍔迫り合いを選ぶとするならば。
それはメロンの視界を狭めたいだけだ。問答も自分に意識を集中させるため。
そうと気づいた時、アニスはすでに後ろに跳んでいた。もはや密着している必要はないのだと、彼女の表情が語っている。
その際に放った去り際の一振りが、メロンの頬を掠る。初めて彼女が、赤い血を噴き上げさせた。
「まかり通る。が、それは別に己でなくとも良い。使えるものは何でも使う。案外、己も学んでいるものだな」
「……へぇ」
メロンは頬から噴き出た血潮を軽く具足で拭う。大して深くはない。行動にも制限はかからない程度の傷。
けれど――メロンの予測を完全に外した一撃。
この瞬間、メロンはヴァレットの追跡を投げ捨てたようだった。いいやもはや、彼女の存在など忘れ去ったのかもしれない。
むしろ、それよりも。
「その行動は、あたいも見たことないね」
目の前の事象は、見逃すわけにはいかない。
そう告げるかの如く、メロンは両手の具足を打ち鳴らした。
「武芸者――アニス=アールビアノ」
何処か神妙さを纏った言葉で、彼女は言った。
「あんたには、最後まで付き合ってもらおうか」




