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第三話『狂乱の君』

「嫌よ。私、そんなの認めないわ!」


「認めないも何も、属性は変わらんぞ。というより、狂乱属性は、最高に有用だ」


 血液型を変えたいと言って変えられる奴がいないのと同じように。属性も一度染まってしまったならば、そう変えられるものではない。それに狂乱属性が有用というのも、その場しのぎの誤魔化しではなかった。


 敵を翻弄し、味方を鼓舞し、悉くを自分の世界へ巻き込んでしまう狂乱の魔。


 ゲーム上の性能で言うならば狂乱という状態異常をつかいこなし、敵の性能を極端に引き下げ、味方の性能を最大にまで引き上げる役回りだ。敵に回せば厄介この上ないが、味方なら非常に頼もしい。


 舞い散るエフェクトにもどれほど拘った事か。どうせなら俺自身が使いたかった。


「それにだ、ヴァレット。口論している余裕はない」


 すでに異郷者にして闘争請負人ヘルミナは、間合いにいる。


 四方を駆け巡る魔力の奔流が失われれば、再び渾身の一撃が来るだろう。今度は、こちらを守ってくれる盾はない。


 ヴァレットは頬を大きくひくつかせながら言った。


「……分かったわ、構いません、良いじゃないの。呑み込んであげる。但しグリフ、事が終わったら貴方にも私の言葉を呑み込んでもらいます」


「何の交換条件だよ」


「宜しくて?」


 有無を言わさぬ、紅蓮の眼光が輝く。


 問いかけの形を取っているが、俺が頷く以外の選択を許容しないと言外に語っている。


 流石、お貴族様。こういう時のヴァレットが曲がらないのはよく知っている。


 ため息を吐き出すつもりで言った。


「……よろしゅうございますよお嬢様。かわりに、俺が言う通りに詠唱を頼む。そうでなけりゃ二人揃って棺桶だ」


「結構でしてよ、グリフ」


 ヴァレットはすっかり切り替えた様子で、優雅さを残した指先で俺を開く。


 先ほどまで空白のみだった俺の身体には、永遠に続くかと思われるほどの呪文が綴られている。


 魔力の渦越しに見えるヘルミナが、呟く。


「ふむぅ。もう契約済みとなれば、私のやる事は一つですねぇ」


 大魔導書グリフは、文字通り魔導の書。神秘を熟成させ、歴史を編み込み、数多の魔女の渇望をもって形造られている。


 魔に連なるアビリティと存在、そしてプログラムは俺の担当だ。俺が知らない魔導は存在しない。全ての魔導も魔法も、俺が造り上げた。


 詰まり、全ての魔導が俺の頭に収められている。


 この場における最適な呪文はすでに頭に浮かんでいた。


 ヴァレットは、俺が彼女に伝えた通りに唇を動かす。視界はただ、レイピアを構えるヘルミナに据えられている。


「『世に真実はなく』『見えるは語るに耐えぬ虚偽ばかり』『ゆえに語り得るはただ一人』――」


 ヴァレットの詠唱は滑らかだった。まるで、この日のために生まれて来たかのように堂に入った振る舞い。


 しかして魔力は全身を駆け巡り、彼女の命じるままにうねりをあげる。


 いわば魔導も、プログラムとそう変わらない。必要な命令プロンプトを適切に打ち込んでやれば、その通りに稼働する。


「――魔導展開『狂乱の道化師』」


 魔力の渦を引き裂くように、ヴァレットの影からぬるりと『道化師』が現れる。


 色彩豊かな格好で、衣服の所々にちりんと鳴る鈴が纏わりついている。顔には笑みを意味するペイントが成された魔導のパペット。しかしその両手でお手玉するのは、ボールではなく鋭いナイフだ。

 

「――」


 道化師はナイフを幾つも手の中でくるりくるりと回しながら、素早くヘルミナへと飛び掛かった。


 振る舞いは陽気にさえ見えるのに、驚くほど迅速だ。


「っ、う! あーぁ、面倒ですね、本当に~」


 ヘルミナは眠気眼を僅かに跳ね上げ、道化師のナイフをレイピアで受けて素早く数歩を引いた。


 素早さでは間違いなくヘルミナの方が上。破壊力や耐久力も、道化師では前衛職の剣闘士に遠く及ばない。


 しかし――問題はない。彼の商売は、戦闘ではないのだから。


「お嬢さん、この場で引いてくれないかね。もう勝負しても仕方がない。お互い面倒なだけだ、そうだろう?」


 ヴァレットがぎょっとした顔で俺を見たが、構わない。


 ヘルミナもまさか、魔導書が話しているとは思わないさ。何せ、ゲームの中で大魔導書グリフが喋る設定はない。彼女がゲームのプレイヤーであるならば、即座に選択肢から外す。


 それよりも、この場に隠れている『はず』の異郷者だと思うだろう。


「……貴方の思惑が分からないんですけどぉ。『あの』ヴァレット=ヘクティアルを庇って、貴方に何の得が?」


「得も何もないさ。情があるから助ける、人なんてそんなもんだろう」


「信じられませんねぇ」


 ヘルミナは道化師と対峙したまま、両手のレイピアをだらんと垂らしていた。


 それは油断ではない。それこそが、即ち道化師と打ち合った効果だ。


 アビリティ『狂乱の道化師』――魔導のパペットを作り出し、敵を襲わせる。戦闘能力は高くないが、戦闘行為を行った対象に軽度の狂乱状態を与え、アビリティ行使を封じる。


 更に言うのならば。召喚対象は、一体ではない。


 周囲の影という影がぼこりと音を立てて隆起する。次から次へと膨れ上がって道化師が現れ、総勢二十体の道化師が姿を見せた。少なくともこれで、数の利はこちらだ。


「――ヴァレット=ヘクティアルは私達の敵なんですよ。それでもですかぁ?」


「……貴方達と敵対した覚えは、私にはないのだけれど」


 ヴァレットが、俺とヘルミナの会話に割って入った。


「『今だけ』ですよ~」


 ヘルミナは油断なく、即座に移動できるよう両脚に力を込める。しかし視線は間違いなく何処かに潜んでいるであろう、俺を探していた。狂乱状態が解除されるタイミングを待って、俺を仕留める気だ。


 要するにこれは、時間稼ぎのための会話。彼女に撤退する気はまるでない。


「しかし、将来はどうでしょう。申し訳ないんですがぁ、異郷者わたしたちにとって、貴方は敵でしかありません」


「わけが分からないわね。ヘクティアルの名が御嫌い?」


「違いますよぉ?」


 ヘルミナは含むものを残すようにして、唇を濡らす。


「私達は、『絶対悪ノクターナ』ヴァレット=ヘクティアルが怖いだけです」


「はぁ――?」


 ヴァレットは怪訝そうに眉を顰める。


 当然だった。ヘルミナが何を危惧し、何を懸念し、何に恐怖しているか。この時代の彼女が知るはずもない。


 知るのは、異郷者おれたちだけ。


 ――絶対悪。大悪霊。最も聖から遠い者。首切り女王。


 凶悪な言葉の羅列。その全てが、未だ十七の少女に過ぎないヴァレット=ヘクティアルが冠する事になる肩書であり、俺の友人たちが彼女に与えた役割ロールだった。


 アテルドミナ世界において、ヴァレット=ヘクティアルは明確な悪である。


 悪意と憎悪を振りまきながら、どんなルートであれ必ずプレイヤー達の天敵となる者。異郷者が目の色を変えて、いち早く殺しておくべき者。


 だからこそヘルミナ――異郷者は、ヴァレットに敵対する母親や分家に肩入れしたのだろう。彼女が歴史の表舞台に出る前に、抹殺される事を願って。


 ヴァレットを庇うように、声を響かせる。

 

「だからと言って、殺す事はないさ。何事も仲良くやるのが俺達の国の常識だろう」


「残念ですがここは異世界ですので~」


「それはそうだな」


 言いながら、ヘルミナは両手のレイピアを再び振りかざした。


 狂乱状態の効果が切れるには十分な時間のお喋りだった。再び場が一瞬で加熱していく。


 ヘルミナという少女には、それだけの熱量があった。プレイヤーとしての力量レベルだけではない、戦闘における才気のようなものさえ感じさせる。


「とはいえ、俺達に戦う気はないさ。――やってくれヴァレット」


「本当によろしいの?」


 俺を信じろ。そう告げると、ヴァレットが俺を懐に抱えたまま再び唇を開く。ヘルミナが警戒を露わにして飛び掛かろうとするが。


「――『解除』」


 肩透かしを受けたように、ヘルミナは眠気眼を見開いた。ヴァレットの詠唱に合わせ、道化師は次々と消えていく。彼らを構成していた魔力は霧散し、空中へと消失していった。


 本来はこちらに飛び掛かるはずだったヘルミナの両脚が咄嗟に停止する。何をする気か、何が起ころうとしているのか、を警戒しているのだ。


 しかし、時間稼ぎはもう十分させてもらった後さ。


「ヘルミナ。君は、余りアテルドミナの魔導や魔法について知らないみたいだな」


「……人並み以上には知ってるつもりですがぁ。一応ファンでしたから」


 製作者としては嬉しいお言葉。


 眠気眼をぴくんと跳ねさせながら、ヘルミナはこちらの話に乗って来た。俺の思惑を知りたいのだろう。


「狂乱魔導は強力ですが、詠唱に時間が必要でしょう。剣闘士の私の方が、有利だと思いますけどぉ」


「ははは。君、ゲーム上の仕様は理解していても、フレーバーテキストまで読み込まないタイプか」


 俺が軽く合図をすると、ヴァレットは頬に汗を垂らしたまますっくと立ちあがる。本来ならばそれだけでヘルミナに串刺しにされてもおかしくない行動だが。


 ――ヘルミナはどういうわけか、その場に膝をついた。


「ッ!?」


「狂乱魔導に限らないが、魔と名のつくものは詠唱外でもその性質を持つ。氷属性の魔力なら存在するだけで冷たさを覚えさせるし、炎属性ならその逆だ。――そうしてヴァレットは、道化師を使ってこの部屋に狂乱属性の魔力をバラまいた。意味は分かるかい、お嬢ちゃん。俺は別に、君と戦わせるために道化師を召喚したわけじゃない」


 ただ単に都合よく盾になって、数が呼び出せるからだ。その方が、魔力をバラまくのにずっと効率が良い。この場に魔力を充満させるための時間は、彼女自身が稼いでくれた。


 良くない癖だな、こういう事柄になると話が長くなる。


「俺は本当は、ゲーム上でもこういう魔力の使い方をしたかったんだ。君のお陰で実現出来てとても嬉しい。ありがとう、お嬢ちゃん。君は俺の想像通りに動いてくれたよ」


「こ、の――ッ!」


 ヴァレットは油断なくヘルミナの様子を見ながら、その脇を通り抜ける。ヘルミナは幾度もこちらへ向かってこようとするが、身体が言う事をきかないらしい。


 あらぬ方向に腕を振ったり、身体を捩ったりしてしまい、とうとうその場に伏せる格好になってしまった。


 そも、狂乱状態とは何か。その本質は物事の想定を超越させる点にある。


 本来ならこうあるべき、という姿を変質させる。時に意図以上の能力を引き出し、時には本人が全く意図しない行動を引き起こさせる。


 つまり狂乱魔導とは、自他の『意図』を操作する魔導に他ならない。


「貴、方!? 名前はなんと、言うんです! 姿を見せないのなら、名乗りなさい!」


 ヘルミナは地面にひれ伏したような恰好で、明らかな怒声を含みながら言う。


 もはやヴァレットよりも、俺にご執心のようだ。


「……答えてあげないわけ?」


「嫌だよ。覚えられたら怖いだろ」


 別に俺はあちらに興味はない。本来ならこの場で何かしらの処置をしておきたいが、剣闘士の彼女を傷つけるのはやや面倒だし、さっさとここから離れる方が先決だ。


「それに恨まれるような真似はしてないさ。殺さなかった分、温情だろう」


「貴方、人から知らない内に恨みを買うタイプね。背中に気を付けなさい」


 やめろヴァレット。やや心当たりがある。


 離れる度にどんどんと大きく、そして怒りの感情が強くなるヘルミナの声を背にしながら、ようやく地下室を出た。ヴァレットが住む別邸は深夜なのもあり、人気はない。ここから逃げようと思えば幾らでも逃げられるだろう。


 ヴァレットは身内の多くから命を狙われている。最も安全に過ごすのは、ここから脱出し、馬の一つでも使って他領へ亡命する事だ。


 ヘクティアル現当主の亡命となれば、他領主は喜んで受け入れてくれる。いいやいっそ王家に泣きつけば良い。ヘクティアル家の権勢に危機感を持っている王家は、これを機会にヘクティアル領土に介入するだろうが、ヴァレットの命は助かる。


 彼女には、数多の選択肢があった。


「……グリフ。どうあれ今日この時、私はヘクティアルの当主、そうよね」


 しかしヴァレットは、まるで震えるようにそう問うた。


 それは一人の人間が、一つの決断をしようとしている。そんな声だった。

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