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第二話『アテルドミナ』

 ――アテルドミナ。


 そう語られる世界であり遊び場は、かつて俺が複数の仲間とともに造り上げた小さなRPGゲームだった。複数のシナリオとルートを用意し、ただ俺達が組み上げた世界をお披露目するだけの場所。


 言うなれば、仲間内で楽しむためだけのものだった。近しい友人しか知らないような秘密基地。それくらい誰にだってあるもんだろう?


 だがどういうわけか、アテルドミナは俺達だけの秘密基地にはならず、多くの人々の目に留まったらしい。


 趣味が高じただけのインディーゲームが、何時しか企業に取り込まれコンテンツを拡大していく。典型的なサクセスストーリー。


 同輩から羨ましがられる事もあったが、俺にとっちゃ真っぴらな話だ。


 俺達の手に納まってたはずのアテルドミナは、あっという間に手が付けられないほどに肥大化した。


 当時の仲間の多くは権利を手放して、代わりに金を得た。残ったのはメインプログラマーの俺を含めた変わり者だけ。


 目立ちたがりで権力欲が強いと小馬鹿にされた事もあったが、何てことはない。


 俺にとっちゃ、少しでもアテルドミナの原形を残したかった。それだけの話だ。


 どうせ未来では、俺が手を加えられなくなるほどコンテンツは更に巨大化するか、見すぼらしく忘れ去られる。


 そう思っていたとも。


 俺がこんな本の形に詰め込まれて、アテルドミナの世界に突き落とされるまでは。


 大魔導書グリフ。それが俺に与えられた役割ロール。この世界においては三天と呼ばれる最上の霊性――即ち魔力を帯びたアイテムだ。


 今の俺が唯一名乗れる名前でもある。本来の名前は、ここに送り飛ばされた時に忘れちまった。忘れっぽい性格だったのが災いしたな。


 勿論、俺がどうしてこんな目に遭っているのか、なんて理由は誰も説明してくれない。未だに俺自身の気がどうかしてしまったんじゃないかと一日に何度も疑っているほどだ。


 いいやもしかすると、ここは全く別の世界で、アテルドミナなんて関係がないのではないか、とも思っていた。


 ――他の異郷者プレイヤーと接触しました。


 だが、これは間違いなくゲーム『アテルドミナ』にて用意された、ウィンドウメッセージ。


 異郷者とは、即ちプレイヤー。


 アテルドミナのプレイヤー達は、誰もが他所者として扱われる。それは旅人であり、異郷からの到達者であり、隣人ではない者。


 要するに、この地域に一切の関わりない『異郷者』となり、この世界を冒険する事がこのゲームの基本スタイルになる。


 異郷者は参加するクエスト次第で、現地人の敵にも味方にもなる。時には戦争に参加して地図を変え、時には自ら国家を樹立さえする存在。


 それこそが、異郷者。現地人の枠組みを超える可能性そのもの。


 アテルドミナは、本来は個人で楽しむRPGゲームに過ぎないが、各々が育てた異郷者を一つの舞台に送り込み、大陸がどんな歴史を辿るか観戦するモードもある。


 このメッセージは、そのモードで他の異郷者と出会ったときに出て来るメッセージだ。とするならば、こいつは俺と同じように、この世界に閉じ込められた同郷者なのか?


「ん~。何処いかれたんですかねぇ。お嬢様の死体の後始末に出て行ったんでしょうかぁ。そんなわけ、ないですかねぇ」


 しかし今この場で、思考する時間は与えられない。


 呑気で、何処か眠たげな声。しかしまるで獲物をつけ狙うハイエナのような響きがあった。


「よりによって、追手が異郷者かよ」


 ヴァレットもまた言葉の意味を理解したのか、俺を抱きかかえたまま喉を震わせる。


「グリフ……」


 当面の危機は去ったと思ったのだが、どうもヴァレットは厄介に付きまとわれる運命らしい。


 いいや、彼女の正体を考えれば当然か。


「不安そうな声出すなよ。ここでじっとしてれば、出ていくかも知れねぇだろ」


 そんなわけがないと、言った俺自身が理解していた。声の主は兵どもと同様、間違いなくヴァレットの敵だ。


 異郷者ともなれば――彼女を殺しに来る理由は十分すぎるほどにある。同郷者だとか考えてたら、俺も命が危ない。


 異郷者は、現地人に対して圧倒的な性能差を持つ。現地人以上のアビリティポイントを持ち、レベル上限も異郷者の方が上。


 ごく一部、異郷者に匹敵するだけの現地人も用意されているが、やろうと思えば異郷者は何処までも強化できる。


 今回の相手がどれほどのレベルかは分からないが、兵士を相手にしたのとはわけが違う。


 どうする。どうすれば、ヴァレットを救える。


 数秒考えて、即座に結論を出した。


「ヴァレット。君、まだ死ぬ気はないな?」


 問いかけには、一瞬の逡巡があった。しかしヴァレットは紅蓮の瞳を輝かせ、答える。


「さっき、一度死んだようなものよ。もう一度死ぬのは嫌ね」


「よろしい。なら、俺に手を貸して貰おうか。異郷者が相手なら、俺一人だとちょいと厳しい」


 兵士相手の不意打ちとは違う。魔導を前にすれば異郷者は相応の迎撃態勢を取るはず。


 単なる魔抗体質や防御陣程度ならともかく、最高位アビリティの魔喰体質トリクスを選択されていると最悪だ。俺一人では間違いなく突破される。


「あら、先ほどは私を守ってくれる騎士だったのに。もう舞台脇に隠れるわけ?」


「それなら最初から引っ込んでるさ。――悪いが今の俺は魔導書だ、人に使われるのが本分でな」


「今の…………へぇ」


 ヴァレットは続きを促すように、目を細めて軽く顎を引いた。


「武器と似たようなものでね、契約者に使われて初めて威力を発揮できる。さっきまでのは、遊びみたいなもんだ」


 事実だった。俺の中にため込まれた魔力で多少の魔導行使は可能だが、本来は持ち主の属性に合わせた魔導を行使するための書物。


 拳銃が誰かの手で使用されて、初めて凶器足りえるのと同じだ。

 

「契約に基づき、君の属性を『鑑定』する。表紙に手の平を乗せてくれ。少し時間がかかる」


「属性、異郷者がよく語ってるアレね」

 

 属性。これは何も、魔導行使にのみ影響するわけじゃない。例えば炎属性の強い人間が、水の魔石を使用しようとすれば効果はごく限定的になるし、逆もまた然り。


 剣技のような白兵系の技能だって、魔力の性質によって習得しやすいもの、し辛いものが定められてくる。


 本来なら、属性というよりも天賦センスと呼ぶのが適切かもしれない。


 ヴァレットはゆっくりと俺の表紙へと触れる。彼女の鼓動が、ゆっくりと伝わって来た。即座に『鑑定』を始める。


「それよりもグリフ、一つだけ聞いておきたい事があるの」


「どうした。属性についてなら、後にしてくれ。語ろうと思えば一日中でも語れるからな」


 属性は即ち、性格や生い立ちに紐づく。


 能動的、衝動的であれば炎。理知的、変節的であれば水といった具合。無論、人の性格は多面的である事から、複数の属性を持つのも珍しくない。


 原則は大元素と呼ばれる炎、水、風、土、空の五属。


 しかし余りに偏り過ぎた性質を持っている人間は、特異な性質を持つ事もある。


 例えば、人生を傾けるほどの信仰深さを持つならば、神聖。


 例えば、物事の究明に悉くを費やす熱量を持つならば、探査。


 よく覚えているとも。魔法や魔導まわりはこの俺が設定し、ゲームに組み込んだのだ。むしろ魔とつくものが好きだったからゲーム作りに手を出したというのに。


 まさかその因果で魔導書になったわけじゃあるまいな。


「いいえ、そうではなくてね。その口ぶり。貴方もとは人間の男よね」


「ん、ん。いやそれは、なんだ」


「どうなの。嘘は許さないわ」


 唐突な問いかけに、思わず言葉に詰まる。鑑定中に何を聞いてくるんだこいつ。


 別に、魔導書の中に人が入っていた所で何ら問題はないだろう――いいや、あるな。


 そういえば丸五年間、俺はヴァレットと一緒に過ごしていたわけだ。流石に湯あみの中にまで持ち込まれた事はないが、どういうわけか彼女は俺を肌身離さず持ち続けた。


 とすると、まぁ色んな面は見てしまっているわけで。


「いや待て。俺からすれば子供相手にどうこう言う気は――」


「――乙女の素肌を見ておいて、とんだ言い逃れをするものね」


 ヴァレットが頬をひくつかせながら、眦をつりあげた。唇が尖り、俺に置いた手の平が震えている。


 五年間間近で見ているのだから理解している。


 これはそれなりに激怒している時の素振りだ。本当に待て、そんな事を言っている場合では――。


 ――瞬間、物置の壁が失われた。


 実に呆気なく、余りにも唐突に、音さえなく。まるで精密な硝子細工が計算通りに崩れ去っていくような儚さで、物置はその外郭を失う。


 薄暗かった室内が、廊下の灯りに照らし出されていく。


「見つけましたぁ」


 そこに立つは、一人の少女。


 眠気眼ではあるものの、吸い込まれそうな蒼い瞳は青空を思わせた。

 栗色の髪の毛は纏めあげられ、両肩で留めた短めの赤いマントがよく映えている。所々装飾を施した衣装は剣闘士というよりも舞台役者のような姿だが、両手に持つ二振りのレイピアが彼女が戦う者である事を示していた。


 指先は今にも砕け散ってしまいそうなほどか細いが、間違いなくその指がぶ厚い壁を崩壊させたのだ。


「あいつ、掃除の時は目につくものを全部捨てるタイプだな」


 言っている場合ではない。ヴァレットが転がるように物置の奥へと退避するのにあわせ、俺ははっきりとその少女を視認した。


 これは間違いなく、異郷者同士のエンカウント。


 ならば。


 ――『闘争請負人』ヘルミナ。ジョブ『剣闘士』。七十二レベル。


 やはり、最低限の情報は読み取れる。


 異郷者はアテルドミナにおいて、ジョブと二つ名を獲得する。


 ヘルミナのジョブ、『剣闘士』は剣士の上位職で、前衛職の中でもトップクラスに攻撃的だ。『闘争請負人』という二つ名は、五百戦以上の戦闘を行った証。


 レベルも現地人の平均が二十、クリアに必要なレベルが五十前後と考えると、予想以上に強敵だ。参ったなこりゃ。


 もしそのままヘルミナがこちらへと襲い掛かって来たなら、俺もヴァレットも終わりだった。先ほどの壁と同じく、レイピアで貫かれていたに違いない。


 しかし、ヘルミナはきょろきょろと周囲を見渡して、警戒するように二振りのレイピアを構えた。


「……ん~? まだ姿を隠しているという事は、敵対クランですかねぇ。聞いてないんですけどぉ」


 それを聞いて、ぴんと来た。


「ヴァレット。チャンスだ。今の隙に鑑定を終わらせる、動くなよ」


 何故思い至らなかった。俺とヘルミナ、二人の異郷者がいる。これは異郷者同士のエンカウント。


 とすれば、間違いなく彼女にも例のアナウンスが入っているはず。


 ――他の異郷者と接触しました。


 俺とヘルミナが決定的に異なるのは、一つ。


 俺は『二つ名』も『ジョブ』もない、ただのアイテムだ。ゆえにヘルミナには、何の追加情報も与えられていないはず。奴はまだ、ここに俺達以外の異郷者が潜んでいて、機会を伺っていると思い込んでいる。


 ゆえに、無防備同然のヴァレットに襲い掛かれない。


「……ええ、信じるわ。グリフ」


 小さく頷いたヴァレットが、俺の表紙に再び手を置いた。ゆっくりと彼女の血流が、俺の中に響く。


 血液は生物の本体だという説がある。肉も骨も臓器すらも、その内部を流れる血液を生かす為の部品に過ぎない。血液のために食事をし、血液の為に健康を保ち、次世代へと受け継ぐ。


 そうしていずれ血液を失って、生物は死に絶えるのだ。


 ――ゆえに本体たる血液には、その生物の全てが刻み込まれている。 


 魔力とは、人体における第二の血液。泥のように眠る性質も、静かに潜む深層も、自覚すらない才覚も。一切合切を刻み込まれた、モノ。


 魔力を洞察し、観察し、看破する。それこそが、大魔導書の役割の一つ。


「ヴァレット――改めて、君が俺の新たな主人だ」


 瞬間、淡い黄金色の光がヴァレットから零れだす。魔力は奔流となり、彼女の全身を駆け巡る。


「ッ――!」


 剣闘士たるヘルミナは、即座にその輝きに感づいた。そこからの彼女の判断は迅速の一言。


 猛獣のように身を奮い立たせて跳躍し、間合いは瞬時に消失した。二振りのレイピアはそうと決められていたかの如く、ヴァレットを狙って正確に宙を舞う。


「……あ~」


 ヘルミナの眠たげで呑気な声が漏れる。そこに危機感は一切なく、闘志さえも感じられない。


 しかし、ほんの僅かな衝撃を含んだ声で彼女は言った。


「もしかしなくても、早々に契約を結んじゃいましたかぁ。『本来』なら、もっと後のはずなんですが~。それだけは防ぎたかったですねぇ」


「……そのために私を殺しに来るなんて、お熱いアプローチね」


「それほどでもぉ」


 ――レイピアは二振り揃って、宙で静止していた。


 それは何も、ヘルミナが手心を加えたのではない。


 ただ、静止する事を強いられたのだ。


 他ならぬ、ヴァレット=ヘクティアルが生み出した魔力の渦によって。魔導契約に伴う一時的な魔力の奔流。敵の攻撃を一時的に防ぐだけなら十分な効果がある。


「ヴァレット、君の属性を教えよう」


 しかし、こんなものはただの副次効果。ヴァレット本来の魔力に沿って魔導を行使すれば、異郷者相手にでも十分立ち回れる。


 その属性は。


「――狂乱属性だ。存分にやってくれ」


「ちょっと待ってグリフ。嫌な台詞が聞こえたわ」


 黄金の奔流の中、紅蓮の瞳をした少女が頬をひくつかせた。まるで自分の運命を、絶対に受け入れられないと嘆くように。

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