第二十五話『魔女の遺産』
「何故こんな辺鄙な場所による必要がある? 補給地点にもならんぞ」
アニスが不服そうに唇を尖らせるのを見ながら、街道から外れた木々の中へと踏み入っていく。溢れんばかりの植物の匂い。久しく感じていなかった自然そのものが目の前にある。
場所は南方までの道筋にある大樹の森。
本来ならば何のイベントもない、森特有のアイテムや魔性と遭遇出来るだけの場所だ。経験値稼ぎの場にはなっても、それ以上は何もない。わざわざ遠征中に立ち寄る価値がある場所ではなかった。
だが、俺にとっては違う。
「これでも昔は各国を回っててな。色々と隠したものがあるんだよ」
俺がアテルドミナ開発時に、遊び心で入れたイースターエッグプログラムは複数ある。
設定的に表に出せなかった、三大霊性たる聖剣エル、世界杖リベカ、大魔導書グリフ。他にも様々な意図を含めて織り込んだ、霊性や魔性たち。
言うなら、クリア後要素に近い。
そこまでやり込んでくれる奴がいれば、感無量だ。そう思って仕込んだプログラムの多くは、俺の希望通りプレイヤー達に発見された。ネット上で共有され、この世界にいる異郷者達もよく知る所だろう。
しかし、俺が趣味に走りすぎて誰にも発見できなかった代物も多い。
ここは、その一つだ。
あきれた様子で、傍らのヴァレットが口にした。言葉には何処か棘がある。
「本当に、私に隠している事が山ほどありそうね」
「ヴァレット、その件は後にしよう」
「良いでしょう。後にはちゃんと話して貰えるというわけね」
参った。感情を爆発させて以来、ヴァレットがよりしたたかになってしまった。最近は返答に窮する事も多い。最初の頃は、もう少し素直に俺の言う事を聞いてくれたというのに。
「もしかすると、グリフ様。隠しマネーでもあるのです?」
「似たようなもんさ。ほら、あそこだ。ちょっと急いでくれ」
後ろからついてくるリザに向けて言いながら、足を進める。目的地である大樹はもう見えていた。
幹は大人三人が並んでも足りないほどに大きく、この森を『大樹の森』と呼称させる象徴と言える。だがまぁ、大きさ以外は何の変哲もないただの樹だ。
本来ならば。
「ヴァレット、もう正午になったかな」
「正午? ええと……後、数分かしら」
「丁度良い時間につけた。正午丁度にはここに着いてる必要があったんだ」
首を傾げるヴァレットに視線を送りつつ、彼女の手元の懐中時計を覗き見る。
正午丁度まで、後三分――二分――一分――今。
定刻だ。即座に幹の部分を五回、軽くノックするように叩いてみる。
「おお、出てくれたな」
瞬間、目の前にポップウィンドウのようにコマンド入力画面が現れた。
ゲーム上の仕様ではゲーム内時間の正午丁度に、大樹を五回チェックする必要があったが、どうやらノックで代替になったらしい。一分でもズレるとウィンドウが出現しないのは、自分でも少々やりすぎたと思っている。
しかし本当に不思議な世界だ。現実とゲームが入り乱れたかのような不思議な現象の数々。
ただの異世界ではない。明確な人造世界。一体何故俺達はここにいて、何故俺は魔導書みたいな身体を与えられたのか。
答えが出ないまま、コマンドを入力していく。
――P・A・L・H・Y・U・M・E。
昔、同じ名前の魔女が正午丁度にここで滅びた。そんな表に出せなかった設定をコマンドだけに残している。
プレイヤー達が辿りつけなくて当然だ。コマンド入力画面と合わせて、そう簡単に分かるはずがない。完全な俺の拘りに過ぎない。細部にまで拘りたくなるのは、俺の悪い癖だった。
「少し離れていた方がいいな。巻き込まれかねない」
コマンドを入力した瞬間、大樹がうねりをあげながら捻じれていく。ぎゅるりぎゅるりと音をたて、枝葉をねじらせながらゆっくりと幹に空洞――入口を作ってくれる。
その先には、地下に続く螺旋階段が見えていた。
「……貴方、本当に説明責任ってものがあるのよ。これも含めて、全部隠し通せると思ってないわよね」
ヴァレットが眉間に深い皺を寄せながら、疑わしそうに俺を見て言う。
「失敬な。俺は偶然この樹に触れたらこんな事になっただけだ!」
「え。もしかしてこの樹と一緒に薪にされたいの? 今日の晩御飯はシチューがいいわね」
「すまない。俺の負けだ。ちゃんと説明はするから、先に中に入ってくれ」
不味い。ご主人様は本気で苛立っている。
逆にアニスやリザは、興味深げに内部構造を観察していた。
「これは、何時の時代の仕掛けだ。このような仕掛け、己は見た事もないが」
「……恐らくは、旧時代の遺物かと思われます」
アニスが持ち前の好奇心で真っ先に階段に足を踏み入れると、それに付き従い、リザがじろりじろりと内部を見渡す。白髪が逆立つ様に彼女の感情を表していた。
俺とヴァレットもそれに続く。階段の壁は冷たい中に仄かな温かみがあり、樹木とも鉄とも言えない質感を表している。
リザが、感嘆を口から漏らした。
「凄い……魔女がまだ、地上にいた時代のものとしか思えません。こんなものが、まだ残ってるなんて」
「リザ。随分詳しいのね。ナビアではそういう事も学ぶの?」
ヴァレットが前を行く小さな背中に声をかけると、びくりと彼女の背筋が跳ねる。
「その、リザ達は各国の歴史を書き留める習慣があります。それでつい、珍しいものを見ると反応してしまうのです」
何処かぼかしたような言い方だったが、リザはそれからも瞳を輝かせて壁や階段の造りに見入っている。
珍しいもの好きなのは、商人らしいといえばらしい。彼女らは常に利益を追求するように造り上げられているのだろう。
螺旋状になった階段は、どんどんと地下へ降りる仕組みになっている。本来は存在しないはずの空間であるからか、獣や虫の姿はなく、酷く静かだ。
だからだろうか。この階段は降りるというよりも、堕ちるという感覚の方が強かった。脈動する生物の内部へと入り込んでいるような圧迫感。狭い階段の中だからこそ、余計にその感覚が強まる。
普段はこんな事、感じもしない。
もしかせずとも、俺が今回の遠征に不安を感じている証拠だろう。
今までの状況も酷いものだったが、今回の遠征は極めつけだ。様々な手を打っても、まともに帰れるかどうかは分からない。
言ってしまえば、俺はただ世界の設定に詳しいだけの製作者。それ以外は大した取柄もない。
そんな俺に、ヴァレットやアニス、リザ達を救う事が出来るのか。失敗して、何もかも失ってしまうのではないのか。
視線を何となく傍らのヴァレットへと移す。
彼女は俺の横顔に向け、軽く意地の悪い笑みを浮かべた。
「どうしたのよ。まさか、ここに来て不安にでもなったんじゃないでしょうね」
ご主人様にはお見通しらしい。思わず呼気を漏らした。
「……俺は弱いんでな。不安も感じるさ。だから、それを減らすためにここに寄ったんだよ」
「そう」
ヴァレットは頷き、あっさりと答えた。
「なら私と変わらないわね。安心したわ、私ばっかり不安になっているのかと思ったから。しっかりと公爵として振舞えているかさえ分からないもの」
本気か冗談か分からない口ぶり。やられた。どうやら彼女に配慮されたらしい。情けないにも程がある。
少なくとも家臣をそうやって思いやってくれるだけ、ヴァレットは主人として十分だとも。下々の人間は、不安を抱えていても前に進んでくれる人間を望むものだ。
そんな立派な主人に、これ以上情けない所は見せられなかった。両肩を竦めながら、歩を進める。
「もう着くぞ。最下層の部屋が目的地だ」
最下層では、小さな玄室が控えていた。他に部屋はなく、螺旋階段を含めた全てが、この空間のためにだけ作られた仕掛けなのだと分かる。
中にあるのは、一つの棺。部屋の前ではアニスとリザが罠の有無を確認していたが、そんなものはここにはない。
ヴァレットも揃って、全員で室内に入る。アニスが、正面に見える棺を見てぽつりと言った。
「これは……一体何処ぞの人間の墓だ。隠し墓は世に多いが、こんな奇妙な構造は聞いた事もない」
「パル・ヒュームだよ。それらしい墓だろう?」
部屋は長方形の造りで、壁は巨大な樹木に覆われている。室内には幾つかの植物が生い茂り、花々がまるでここに眠る者を祝福するかのように咲いていた。
まさしく、妖精姫たる魔女パル・ヒュームの墓に相応しい装い。エルフ族の魔女であった彼女は、死後も植物に包まれる事を望んだ。
「なるほどパル――はぁ!?」
「え、あの。待ってくださいグリフ様。それってあの、魔女の」
「ん、それ以外にパル・ヒュームって名前の奴がいるのか?」
彼女らが何に動揺しているかは置いておく。目的のものはこの棺だ。
パル・ヒュームの棺に手を置き、祈りを捧げる。手順はただそれだけ。
――次の瞬間には、光がそのまま編み込まれたのかと思う程の輝かしい布地が手元に収められている。
これこそは彼女が遺した霊性。魔女たる彼女の本質であり、彼女を象徴するもの。そうして、俺がこの地に残した隠しアイテム。
――『異貌の外衣』
マントのように加工も出来るし、広げればここにいる全員を包み込めるほどの大きさの布地。
これが欲しかった。ようやく一つだ。
こういった魔女の遺産とも言える霊性は、隠し要素としてアテルドミナ全域に散りばめられている。今後、異郷者や魔性に対抗するためには必須となるアイテムだろう。
「……グリフ?」
「ヴァレット。見てくれ、ようやくまともに君の力になれそうだ。こいつは――」
「――ええ、一先ず」
俺が喜び勇んで『異貌の外衣』を見せようとした瞬間だ。
ヴァレットが頬をひくつかせながら俺を見ていた。いいやそれだけではない。アニスは玄室から逃げるように飛び出ていたし、リザも茫然と周囲を見つめている。
まるで見てはいけないものを、見てしまったとでも言うような様子。
唯一、まだ理性を保っているらしいヴァレットが言った。
「貴方に常識がない事が、よく分かったわ。主人である私の責任ね。ええ、その通り」
吐息を荒げるようにしながら、ヴァレットが俺の瞳を見る。
「いや、ヴァレット。これは非常に有用な霊性でだな。だから」
「分かった。分かったわグリフ。話は聞きます」
まるで子供に言い聞かせる様子で、彼女は言葉を続けた。
「但し――まずは私の話を聞きなさい。一つ一つ、かみ砕いて教えてあげる。魔女が、この世界にとってどういう存在か」




