7.ドラゴンさんは麻痺してる
「よし、渦を買いましょう」
「渦だと?」
ダンジョンの私室で森で狩った豚をナイフで解体しながらヘルガに聞き返す。
すでに肉を焼く準備は万端。ブレスで熱し、熱気を上げている鉄板へ肉を乗せていく。油が熱され弾ける音が響き腹を刺激するような匂いが室内へと充満していく。
人化の首輪をヘルガの奴が外してくれんから人型のままでブレスを使ったが丸焦げにしないようにするのが難しいのう。
そんな中ヘルガはというと幾つもの巨大なクッションに埋もれるようにして本を読んでいた。いや、あれは本ではなくあれはDPカタログじゃっただろうか?
「渦を買う余裕なんて我のダンジョンにはないんじゃないのか?」
渦、それは自然発生するはずのモンスターを人工的に作り上げる物の名称のことだ。
作り上げるモンスターの数はランダムではあり、モンスターによってかかる費用、DPは違うがそれなりに元が取りやすいものではある。召喚するには個別に費用がかかるが渦は初期費用は掛かるが設置すれば時間経過で増えていくからのう。
ダンジョン防衛に使ったりする徘徊用のモンスターに使うためによく使われるものであるな
「…… ここまできたら多少の借金が増えたところで変わりません」
どこか狂気を漂わせたような色を浮かべた瞳のヘルガが自嘲気味に笑うのを見て思わず背筋に悪寒が走る。
こいつは追い詰めたらいけないタイプなのかもしれん。
「なにより借金を負うのは私でなくマスターですし!」
「さっきまでと打って変わって爽やかな笑顔じゃな⁉︎ おい!」
清々しいまでの笑顔を見せてきたヘルガに思わず叫んでしまったわけだが。
「そんなことよりこれですこれ!」
バシバシと音を立てながらカタログを見せつけるようにしてくる。
仕方なしにそちらの方へと目をやると「大特価! ゴブリン渦」という文字がデカデカと表記されている。
「これどこの紹介じゃ?」
胡散臭い。というより安すぎる。
普通の渦ならゴブリンでも確か50000DPはしたはずなのにこの広告には10000DPって書かれてるし怪しすぎるじゃろ。
「魔界ネットスズキですが?」
「…… 大丈夫かのぅ」
品質とかいろいろと。
「大丈夫ですマスター! あそこはオマケも付けてくれる魔界では有力な商店ですから!」
「まぁ、ヘルガがいいのならいいんだがな」
だってDP管理してるのはヘルガじゃしな。我には雀の涙くらいの小遣いしかくれんから売りに出されたフィギアを買い戻すことすらできん。
仕方なしに節約するために焼肉をしているわけだしな。
鉄板の上の焼きあがった肉を手で掴み上げ口へと放り込む。
うむ、微かな塩味で良い味だ。
「では渦を五十個ほど購入します」
「多いな⁉︎」
まさかそんなに大量に頼むのか⁉︎
いや、ヘルガよ。そんなにゴブリンが好きなのか⁉︎
「そんなにゴブリンが好きとは知らなかったぞ?」
「ち、ちがいます! ゴブリンが目当てではなくこちらです!」
慌てて手を振り回して否定するヘルガが非常に怪しいものだが次にヘルガが指をさした部分に目をやり納得する。
そこには「今なら渦を五十個購入のお客様にはシークレットモンスターが当たるガチャチケットをお付けします」という文字が見て取れた。
「ゴブリンはオマケです。私の狙いはシークレットモンスターです」
「オマケで渦を買うのか……」
「ゴブリンなら面倒など見なくても勝手に増えますし大して手間もかかりません。増えすぎたら共食いもしますし」
「我のダンジョンが汚れるじゃろうが!」
綺麗好きドラゴンの代表としてはゴブリンの汚さは許せないものがあるからのう。
「奇麗好きなら手づかみで肉を食べないでほしいんですが…… あと油のついた手でドアを触らないで! なら山にでも放逐しましょう。ゴブリンなら生きていけますよ」
それでは渦を買う意味がない気がするんじゃが…… ダンジョン用に買うかと言っとっと気がするんじゃが。
どうもシークレットモンスターとやらの方に意識が向いてるような感じじゃな。
「まあ、好きにするがいいわ」
「任せてください!」
まあ、買うのはゴブリンの一番安い渦なわけじゃし。ロクデモナイものを摑まされたとしても大した損害には…… いや、我の借金が増えるのか! だがまぁ、一億の借金に端金が増えたところで変わらんか。
うーん、感覚が麻痺しとる気がするのぅ。
そう考えた我は考えるのを放棄し、焼肉を再開するのであった。
うん、うまい。