3.ドラゴンさん家はエコである
「では、モグモグ、まずはモグモグ、ダンモグモグ、ジョンの現状から説明さしていただきます」
『うむ、よろしく頼むぞ』
メガネを掛け、キリッとした表情をしたヘルガが宣言する。相変わらず眼は死んだように濁っているわけだが……
あれから何枚か鱗を斬り飛ばされたがなんとか落ち着いたらしきヘルガが椅子へと座り、お菓子を貪り喰いながら説明をし始めた。単語の途中でも容赦なくお菓子を食うのでなにを話してるかが非常に聞き取り辛い。だがそこを指摘してはまた鱗が斬られそうなので黙っておくことにする。お菓子はヘルガの精神安定剤じゃからな。勝手に食べるとキレるし。
「まずはダンジョンの部屋数からです」
ヘルガが指を鳴らすと部屋が暗くなり、背後から光が照射される。
すると壁には我のダンジョンの詳細な図が表示されていた。
「現在マスターのダンジョンの部屋数は三つ。しかもトラップなしのただのだだっ広い空間なだけです。強いて言えば二つ目と三つ目の部屋の間の通路が嫌がらせのような迷路になっているだけです」
指示棒で部屋を指すヘルガ。
『うむ、我が迎撃するからのう!』
「……」
『あ、はい、すいません。黙ります』
今、何勝手に喋ってるんだ殺すぞこのドラゴン。みたいな殺意が篭った視線を向けられたので黙る。あと指示棒がなんだか鳴ってはいけない音を上げていたようだが…… 決してヘルガにビビったわけじゃないぞ?
「次にトラップの稼働率ですがこちらはゼロ。さらにいうなら通常ならダンジョン内を徘徊し、防衛に使えるはずのモンスターもゼロとなります」
うむ、トラップや配下をやたらめったらと使うのは弱者の思想じゃからな。
最強たるドラゴン種の我は我一人で群勢を薙ぎ払うことすら楽勝じゃ。
「これにより本来なら掛かるはずのトラップの維持費、配下のモンスター達に払う給付金などもゼロとなります」
そう、我自身が戦うことで色々と細々したお金が一切かかることがない! これはなんて素晴らしいことであろうか! まさにエコ!
「そして次が一番重要なダンジョンへの収入。欲望ポイント通称DP、こちらですが」
ふふふ、我位になると余裕で黒字であろう。なにせ掛かってる費用はほぼ無いに等しいのだからな。
「こちらは端数を切りましてマイナス一億DPとなります」
『ハハハハハ! 我は有能だからな! それくらいは…… なんだと?』
「マイナス一億DPです。マスター」
プラスではなくマイナスだと?
いやいや、それはないだろう。我のダンジョンは極力物を配置しない超エコなダンジョンだというのにどうしてマイナスになる?
「詳細が必要でしょうか? マスター」
分厚い冊子のような物を手にしていたヘルガがズレたメガネを上げるような動作を行う。メガネのレンズが光りどことなくできる女に見えなくもない。ジャージでなければだが。
「まず前提としてこのダンジョンは維持費がほぼ掛かりません。ですが収入がないというのも事実です。いえ、あるにはありますがスズメの涙レベルです」
『なぜだ? ダンジョン内で人間は消し飛ばしているはずだろう?』
ダンジョン内で生物が死ぬと強さに応じたDPへと変換される。これは鉄則である。しかし、一定期間ダンジョン内に生物が留まっている場合もDPを手に入れることができるわけだが。
「はい、確かにマスターは侵入者を跡形もなく消し飛ばしています」
「ならなぜ……」
「こちらをご覧ください」
壁に移されていた我のダンジョンの図が消え、代わりに見ていて頭が痛くなるような小さな文字で数字が描かれている。赤と黒に色分けされているがこれがなんだというのだ。
ふむ、だが見ていると赤文字が多い気がせんでもないな。
『これはなんだ?』
「こちらはおバカなマスターにもわかりやすく! ダンジョンの経営状態を黒文字と赤文字を記したものになります。黒字はプラス、赤字はマイナスになります」
なに⁉︎ そうなるとこの黒文字よりはるかに赤文字が多いということは本当にマイナスなのか⁉︎
「そしてこちらの項目を注視してください」
画面がズームされたのかヘルガの言う項目が嫌でも目に入る。
そこには大きく赤文字で『ダンジョン修繕費』と記されていた。
『修繕費だと?』
「はい、修繕費です」
修繕とはあれか? ダンジョン内の備品かなにか物を直しているということか?
我は特に何かを壊した記憶はないんだがな。となると!
『ヘルガ! 貴様なにを壊したんだ⁉︎ 怒らないから言ってみるがいい!』
「私が壊すわけないでしょうが! このおバカマスターが! 全部マスターが壊したに決まってるでしょ!」
な、なんだってぇぇ⁉︎
『我がいつダンジョンの備品を壊したというんだ! 言ってみろ!』
ぶちっという音を聞いた気がした。
その音が聞こえた瞬間、目の前にいるヘルガの奴が指示棒を握り締めると粉砕。
また濁った瞳を我へと向けてくる。
そして何も持っていない手を頭上に掲げる。
「バカマスターが侵入者が来るたびに大はしゃぎしてダンジョンをぶち壊しまくるからに決まってるでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『わぁぁぁぁぁぁ⁉︎ その剣はやめるのじゃぁぁぁぁぁぁぁ!』
即座に召喚された黄金の剣を握りしめたヘルガは涙を流し大声を上げながら我へと手加減なしの攻撃を繰り出してきたので我も負けないくらいの大きな悲鳴を上げたのであった。