12.ドラゴンさんは圧縮する
その光景は一言で我が言うならば波だ。
それも緑の波。
鎧クマのバカが切り裂いた扉の亀裂から次々と緑の波が入ってくる。それも異臭を漂わせながら。
我の清潔な空間に入ってくるとは許せん。だが数が多い。我がこんなほぼ密室に近い空間でブレスなんて使った日に瞬きをする間に空気を燃やし尽くし酸欠で倒れてしまうことじゃろうし。
「い、イヤァァァァ! ゴブリンイヤァァァァ!」
先程まで勇ましく闘っていた姿はどこに消えたのか年頃の少女のように悲鳴をあげよる。いや、まぁ、年頃の少女なんじゃがな。
ゴブリンに囲まれたトラウマが蘇ったのか彼女の周りには人間の国が色々な理由から禁止している魔法陣がいくつも展開されていく。そのどれもがロクデモナイ効果を発揮する超魔法であるわけだし使ったのがバレたら即座に人間共の軍が動いても仕方がないような魔法ばかりだ。
当たると最強生物であるドラゴンの我でも痛かったりする。
「お、落ち着け!」
「ひぃぃぃぃぃ!」
完全に我を忘れているようだ。
こういう時のヘルガはやばい。なにせ動く物全てに魔法を叩き込もうとしてくる。だからこそ我も下手に動けなんのじゃ。こやつは剣も使えるし魔法も無駄に一級品じゃがそのくせメンタルが脆い。そのせいで宝の持ち腐れと化しているわけだが。
「あまねく死神の手よ! 我が眼前に繰り出せ!」
やばい、詠唱からしてやばい。死神とか言っとるし。
そして魔法の詠唱内容の効果範囲からしてヘルガの前にいるのはヤバすぎる。
すでにヘルガの手には黒々とした魔力が滾っている。それをヘルガは大きく前方の空間に向かい薙ぎ払う。
「デスゥゥゥゥ!」
魔法名を解き放ったことによりヘルガの腕から黒い風が吹き荒れる。それは当然ヘルガに迫る緑のゴブリンの群れへと襲いかかるとゴブリン共は糸の切れたから人形のように倒れていく。たまに生き残ってる奴もいるが大半が死んでる。
確率即死魔法。
自分より弱い者に死を確率で与える即死魔法。即死魔法は防ぐ手段が運でしかないため国で禁止されてるかどうかはかなり怪しい魔法だ。いかに強い我でも運が悪ければ何もできずに死ぬ。そんな代物である。
だがそんなものがどうしたというようにしてゴブリン共は仲間の屍を乗り越えてさらに迫ってくる。
その数は一向に減っている様子はないのう。
「ひぃぃぃぃぃ⁉︎」
「くま⁉︎」
再びヘルガの奴が悲鳴を上げて後ずさるがさすがにヘルガばかりを相手にしている場合ではないと判断したらしい鎧クマが迎撃するべく斧槍を振り回す。なんて冷静な判断じゃ。召喚主とはえらい違いじゃな。
しかし、いかにゴブリンを圧倒するスペックを持っているとしても多勢に無勢というものだ。いくら吹き飛ばしてもゴブリン共の数が減るようには見えん。
「おい、ヘルガ。お前の使い魔がやられかけてるぞ」
ゴブリン共にどれほどの知恵があるのかは知らんがこれは完全に物量で押してきてる。我は少女のものとはいえ力はドラゴンであるこの体を動かせばその力の大きさの差からそれだけでゴブリン共は死ぬわけだが変異種とはいえ鎧クマのほうはそうもいかん。飛び掛かられては傷を負っておるわけだし動きも鈍くなる。今や鎧クマはというとゴブリンに群がられている状態だな。
「く、くまぁ!」
「わ、私のレアになにしてるんですかぁぁぁぁぁ!」
いつの間にか取り出したらしいドラゴン殺しの剣がヘルガの怒声に反応するように震え、そこに今度は弾ける音が聞こえるほどの魔力を纏いはじめてる。これもやばい。
「痺れる剣スパークソード!」
魔力を纏った剣を振るうと剣に纏わりついていた魔力が斬撃と共に鎧クマに群がるゴブリン共へと襲いかかる。もちろん群がられている鎧クマごとだ。
「ピギャァァァァァォぁぁ⁉︎」
「きゅまぁぁぁぁ⁉︎」
痺れる剣とかいう名前のくせにゴブリン共は黒焦げになってるんだが……
しかし、さすがは変異種というべきか黒い鎧クマは黒焦げにはなっていないようじゃが痺れて動けんようじゃな。
じゃがあの感情がないはずなのに鎧クマの眼は絶対に恨んでいるような眼だぞ?
しかし、すぐに攻めきれないと気づいたらしいゴブリン共も攻撃の手を止めこちらを伺うように見てきているんじゃが。
「どうですか! ただの鎧クマの変異種たるあなたにはできない芸当でしょう! ご、ゴブリンなんか恐るるに足りないのです!」
そんな鎧クマの瞳に気づかないまま胸を張って宣言するヘルガだが声が震えてるし、ついでに言うなら足も音が聞こえそうなくらいに震えてるな。
しかし、これは好機でもある。乱戦が止まり敵味方がしっかりとわかる今こそ我の力を見せつける時であろう!
口を大きく開き、体内の魔力を口へと集める。さらには範囲ではなく貫通することに魔力を特化さすために圧縮を繰り返す。
「ぎ? ぎぎ!」
先程までヘルガを警戒していたゴブリン共が我が口内に溜め込んでいる魔力を見つけたのか驚きの声をあげると必死な形相? になりながら扉の裂け目へと殺到していき逃走を開始しはじめる。
「ま、マスター⁉︎ そんなの撃ったらこの辺りの酸素が一瞬で無くなります!」
ヘルガも気づいたのか我を止めようとしてくる。
だがヘルガよ。安心するがいい。これはブレスではない。そう、名付けるならば、
「ヴォルケイルビィィィィィム!」
我が技名を叫ぶと共に口の中に溜まりに溜まった魔力を放射。白い線が宙を疾り抜けていき立ちはだかるものを貫通。
ゴブリンなど存在しないかのように溶解さしていくのだった。