67 勲章授与
会場でお喋りする人もおらず、耳鳴りがしそうなほど静かな部屋で席に座って十数分。
ゴーーン、ゴーーン、と鐘の音が鳴り響いた。
「ご起立ください」
司会の指示に従い立つ。
「国王陛下のご臨席です」
その声と同時に全員が両腕を胸の前で交差させ、上半身を前へ傾ける。王族に対して行うときの礼だ。
(お辞儀の角度は45度。頭からお尻まで一直線になるように)
患者さんの伝手で教えてもらった鬼のマナー講師の言葉を頭の中で繰り返す。
正面右の扉から国王陛下と王妃様かな、あと後ろにも何人か続いて入ってくるのが足音で分かる。
そして陛下が壇上の中央に立ち、
「どうぞ姿勢を楽にしてください」
の言葉で頭を上げる。
(よし、ここまでは大丈夫。多分ミスってない)
なにせ前に人がいないからカンニングできない。
国王陛下のお言葉を聞きながら、この人が王様かぁなんて思いつつ、少し観察。
ブラウンに近いブロンドの髪とヒゲに金色の瞳。歳は50代半ばくらいだろうか。優しそうな印象を受ける。
そして視線を横に移して、あっ! と声に出しそうになった。
(アーサーさん!)
見知った顔を見つけて一気に緊張がほぐれた。が、同時に彼が別世界の人なのだと思い知った。
王族とはこういうものか。
同じ人であって同じではない感覚。尊敬と畏怖を感じずにはいられない存在。
ここと壇上の距離はたった10メートル。なのに王族としてそこにいるアーサーさんはこんなにも遠い。
急に寂しくなって視線を逸らした。
アーサーさんの右隣は30歳くらいの男性。多分お兄さんだろう。王様やアーサーさんと違って厳しそうな、切れ者といった雰囲気がある。
その隣の王妃様はプラチナブロンドで色素の薄い水色の瞳が印象的だ。相当な美人で気品が漂っている。
(あぁ、アーサーさんはお父さんに、お兄さんはお母さんに似てるんだ)
親子なんだなぁとしみじみ思う。
「皆様ご着席ください。それでは勲章の授与に移ります。栄冠大綬章、ナオ・キクチさん」
名前を呼ばれてドキリと跳ねた心臓を精神力で押さえつけ、再び立ち上がる。
歩く時は大股で歩かない。滑るように歩く。背筋は伸ばし、手は臍の辺りで重ねる。肘の内側の角度も45度。顎は引く。少し口角を上げる。視線は前。
(でもごめん先生。目は多分泳ぎまくってる)
壇上に上がり、国王陛下に近づく。
緊張のせいで見えている光景が遠く感じる。
陛下との距離は例えるなら卒業式の校長先生と生徒くらい。
そこで止まって礼を取る。
ゆっくり数えて3秒。陛下が体を起こしてもいいという雰囲気を出したら顔を上げる。
(先生! 雰囲気って何ですか!?)
本番でもやっぱり分からなかったので、3秒数えて恐る恐る顔を上げた。
大丈夫そうだ。周りの空気に異変はない。
陛下は従者らしき人の持つ黒のお盆からネックストラップのついた記章を手に取る。
私は鬼の先生に教わったとおりに半歩前に出て、腰を落とし左足を後ろに50センチ引いた。
陛下が首に記章をかけてくださる。
カメラのシャッター音がバシャバシャと鳴る。
会場のどこかに新聞社のカメラがあるらしい。
次に陛下はお盆から短剣を手に取った。
叙爵の儀に使うものだ。
剣を受け取ることで「命に代えてこの国と民を守る」ことを示す。
剣の長さは責任の重さを表し、陞爵するごとに長くなる。
私は同じ姿勢のまま両手のひらを上にして持ち上げた。
手のひらは頭の高さに、肘の内側は90度。頭は少し下げる。
ちょっとつらい姿勢だ。
そのまま数秒。
手のひらにヒヤリとした重たい感触があった。俯いているから見えないが、短剣が今手の中に収まった。
落とさないように軽く親指で支えながら両手を胸の位置まで下げる。そして左手で下から握り込み、右手を下から上に滑らせて真ん中少し右を握る。
それから左手は放し体の横につけ、右手に持った剣を縦に回し、腕を上げ短剣を掲げる。
最後に左足を後ろに引いて、
(回れー、右! イチ、二!)
体育の要領で180度回転。体を正面に向けて足を戻す。
(できてた? 間違わなかった!?)
不安に思ったのも束の間、割れんばかりの拍手に包まれた。
圧倒されるほどの大音量。
会場内の人が静かに溜め込んでいた熱気が、今この瞬間一気に開放されたらしい。
終わった、やり遂げたと思うと同時に、最後の山場を乗り越えねばならない。
受章スピーチだ。
毎年、その年の最高位の受章者が全員を代表して陛下にお礼を言上するのがきまりだ、と講師の先生が教えてくれた。
(スピーチだって練習した。大丈夫、大丈夫。仕事のプレゼンや成果報告と一緒。それよりちょっと会場が大きくて人が多いだけ)
自分で暗示をかける。
私は上げていた剣を下ろし、臍の位置で横にして両手で持ち直す。
それから深呼吸ひとつ。深く息を吸って、少し止めて、ゆっくりゆっくり吐く。ヨガの呼吸法は感情を落ち着かせてくれる。
「まずは、今日この日までに受けた賞賛や名誉を研究のために命をかけた方々と、その中で亡くなったテネラさんに捧げます」
私は目を瞑ってしばし黙祷を捧げた。
そしてまた話し始める。
「私ががん治療の魔法を研究したのは、ウィルド・ダムで私を実の子供のように受け入れてくれた人ががんになったからです。そして、私自身もがんに強い憎しみがあります。だから、今度こそがんに打ち勝ってやる、絶対に助けたい、その一心で新魔法の開発にあたりました。医学発展に役立ちたいとか、多くの人を助けたい、というような尊い信念などなく、私の動機は褒められたものではありません。しかし始まりはどうであれ、これにより多くのがん患者が救われることを大変嬉しく思います。また、この研究が礎となり、将来全てのがんが治療、予防できる世が来ることを願います」
誰もがんで死なない世界になればいい。
以前、私と同じく転生したらしい占い師に『死神が悪さをして私の魂をこの体に入れた』と言っていた。それと引き換えに私には患者の病名が見えるし、魔力が多いのもそのせいだろう。
だとしたら死神は私が治療魔法師になることは織り込み済みで、この世界は私にがんを治す魔法を作らせたのだろうか。
目に見えない存在によって導かれているような感覚がある。
それを人は運命だとか神様の思し召しとかと呼ぶのだろう。
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