62 パスタを食べながら
「何かできることはありますか?」
「いえ、簡単なものなので大丈夫です」
私は喋りながらも手を動かし、生クリームの代わりに使う牛乳とバターを食料庫から探した。
しかしバターがない。
(しまった。冷蔵庫がないのにバターなんて買い置きしないわよね)
どうしたものか。牛乳だけだと物足りない味になってしまう。けれど他の味に変更しようにも丁度いい食材もない。
「どうかされましたか?」
「えっ、えぇ。バターがなくてどうしようかなと」
「そうでしたか。では買ってきます」
リビングダイニングに相手あるテーブルの椅子からスッと立ち、「すぐ戻ります」と言って出て行ってしまった。
(王族の人をパシリに使ってしまってよかったんだろうか……? いや、よくない気がする!)
あとで全力で謝罪しようと思いながら、パスタに入れる野菜の下処理をする。
きのことキャベツを水で洗う。
ジルタニアでは井戸から水を汲んでくる必要はない。
(あぁ水道万歳……!)
それからフライパンにオリーブオイルを入れ熱し、みじん切りにしたニンニクを入れる。
香りがたったら食料庫にあった数種類のきのことキャベツを入れて炒める。
全体に火が通ったら具材を皿に移して一旦火を止めアーサーさんの戻りを待つ。
(アーサーさんって不思議。王族なのに軍人をしているみたいだし、それにすごく腰が低くて、私のことを詮索しないでいてくれる優しさと思慮深さがあって)
この世界の貴族や王族の人は皆あんな感じなんだろうか? それとも彼だけ?
大人な雰囲気だけど何歳なんだろうか? それでも奈緒より歳上ということはないだろう。あの肌ツヤは。羨ましい! って今は私もお肌つるぴかなんだった。
なんて考えていたらアーサーさんが戻ってきた。
「ありがとうございます! あの、買い物なんか行かせてしまってすみませんっ」
「いいえ、私にできることはこれくらいしかなさそうだったので」
なんの嫌味もない爽やかな顔で笑う。
真正面から見ると本当に綺麗なお顔で、海外の映画のワンシーンでも見ているようだ。
そのままスクリーンを凝視するように見続けてしまいそうだったので、意識的に目を外して料理に戻った。
フライパンを再び火にかけて、バターを加えて溶かす。
次に小麦粉を少し加えてダマにならないように混ぜる。
それから牛乳を少しずつ入れてとろみがつくまで混ぜる。そのあいだにパスタを茹でておく。
ソースがとろみを帯びたら炒めておいた野菜とパスタを加えて完成だ。
先生はまだ診療が終わらないようで戻ってこない。
「先生には悪いけど、先に食べちゃいましょうか」
私はパスタを2皿よそってテーブルに置いた。
「こちらは、パスタですね。ロームを訪問した時に何度か食べたことがあります。美味しそうだ」
「お口に合わなかったら残してもらっていいので」
「とんでもない! いただきます」
アーサーさんはきっと美味しい料理を食べ慣れているはず。素人の作ったなんちゃってクリームパスタを食べさせるなんて畏れ多い……
「美味しいです」
「それはよかったです」
お世辞だろうけどなんであれ食べられそうであれば上々だ。
「王子といっても毎日豪勢な食事をしているわけじゃないんですよ?」
私の内心を察してか、アーサーさんが苦笑しながら言った。
「えっ、そうなんですか?」
「昔は毎日贅を尽くした晩餐だったらしいですが今はそんな時代じゃないですからね。私などは軍属ですから軍の食堂で皆と一緒に食べています」
この国の王家は庶民派なのだろうか。
それとも軍人のアーサーさんが特別なのだろうか。
しばらく無言で食べていると、アーサーさんが静かにフォークを置き話を切り出した。
「私はあなたがあの悲惨な列車事故で大勢の人を救ったことを知っています。けれどあなたのことを実のところは全然知らない。……教えていただけますか?」
超どストレートの球が来て面食らう。
でもだからこそ有耶無耶に誤魔化そうという気は起こらなかった。
「私は2年半前にアーサーさんと先生に命を助けられました。それ以前の記憶はありません。分かっていたのは名前くらいで、自分がどこの誰なのかさえ今も思い出せていません」
話がややこしくなるから前世のことは抜きにして説明しやすいように話した。
「怪我が治った後は生きていくために先生に師事して治療魔法師を目指すことにしました」
「生きていくため……。申し訳ないことをしました。先生にも人を助けたら責任を持てと言われていたのに軍務や公務でなかなかこの街に来られず……。結果あなたを投げ出すようなことになってしまった」
「い、いえ! 命を救ってもらい、入院費も出していただいたんですよね? 十分です。1年かけて勉強して国家試験に合格し晴れて治療魔法師として働き始めました。そんな矢先、勤務先していた病院に私の過去を知っているらしい女性が患者さんとして来院しました。そして私を見るなり『人殺し!』と叫び騒ぎ立てました。私はそれで病院を離れざるを得なくなった……」
あの時の血の気の引くような感覚は今も鮮明に思い出せる。そして『夢に出てきた光景は自分の過去なのだ』という確信と絶望__
「人殺し……。いや、ナオさんがそんなことをするはずがない……」
アーサーさんが痛ましそうに私を見る。
「私は思い出せない自分の過去が怖くなって、私のことを誰も知らない場所へ行こうと考え、ウィルド・ダムの大森林へ行きました。……その道中であの列車事故に遭ったんです」
「あぁ神よ……!」
アーサーさんは両腕をクロスさせ首を垂れた。
最大限の感謝を伝えるジェスチャーであり、神に祈るときの仕草でもある。
「神はそれほどの試練を与え給うのか……」
私は前世でも今でも神様なんか信じちゃいない。
いたらこんなことにはなっていないはずだ。
「でも大森林での暮らしは本当に楽しくて。ずっとこのままここで暮らすんだと思っていました。母のように私を受け入れてくれた人ががんになるまでは」
「あぁ……」
今度は悲痛な面持ちになった。
アーサーさんは優しい人だと思った。
赤の他人のことでこんなに心を痛めてくれる。
「私はその人を失いたくない一心でがんを治す研究を始めました。……そして__」
言いかけた時、ガチャリと玄関扉が開き先生が家に戻ってきた。
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